第6話 召喚士の絆
2020/09/12 本文を細かく修正
冒険者ギルドのカウンターの上には都合十体ものマンポテトが並べられていた。
それらは全て穏やかな表情をしていた。
召喚されてすぐに額の魔石をくりぬかれたマンポテトたちは、憤怒の表情から穏やかな表情へと体の皺を変化させ、食べても問題のないただの旨いジャガイモへと姿を変えたのである。
マンポテトたちの横には額から抉り取られた小さな魔石が並べられていた。
所詮は野菜の魔石。その大きさは普段クーネルが目にしている物とは比べ物にならないほど小さい物であったが、それでも小さな魔道具のエネルギー源としては十分使える代物であった。
「マンポテト一体が五百マーネだから十体で五千マーネ。極小魔石は一個百マーネだから十個で千マーネ。合計六千マーネだな」
「まいど」
ギルドマスターの会計が終わると同時に、クーネルの腕輪に表示された借金の額に変化が起こった。
腕輪は冒険者ギルドに登録した際にギルドに設置されている魔道具と連携している。
これによりクーネルが稼いだ金額は自動的に国に送金され、腕輪の表示も変化したのである。
「神殿の片付けの手伝いが半日で五千マーネ。そして召喚した魔物を倒して六千マーネか。中々の稼ぎになったな」
「アホ抜かせ。たった半日で一万越えってお前、相当な稼ぎだぞこれは」
「そうは言うけどな。戦場だと魔物一体から取れる魔石が一万越えなんてざらだったんだぞ」
「そうだった。こいつ最前線組だったんだ」
ハレルヤが酔いに任せて提案した召喚した魔物を使っての金策は、大成功を収めた。
これにはさすがに提案者であるハレルヤ自身も驚きを隠せないでいた。
彼は酔いに任せて普段から考えていたことをぶちかましただけだったのだが、それが想像通りの結果を伴ったことで、逆に呆然としてしまったのである。
召喚したマンポテトは結局状態異常を引き起こすことはなかった。
叫ばなかったのだから当たり前である。
マンドラゴラをはじめとする魔物化した野菜たちは、主に収穫の際に叫ぶことで収穫者とその周辺に被害をもたらすことが知られていた。
しかし今回は一声も叫ばなかったために被害が発生する余地がなかったのである。
その理由は明らかであった。
地面から引き抜くという過程をすっ飛ばして召喚陣の上に召喚したために、マンポテトたちは叫ぶタイミングを失ってしまったのだ。
はじめの一体が叫ばなかったために理由を考察した三人はそういう結論に至った。
しかしあくまでも頭で考えた推論であったために実験してみようという事になり、召喚したマンポテトたちを地面に埋めなおして様子を見てみたのである。
その結果、地面に埋めてから一分以上経ったマンポテトは、通常のマンポテトと同様に叫ぶことが確認された。
その際、三人は思いきり状態異常を引き起こす叫びを耳にすることになったのだが、仮にもかつての実力者と現役の大神官と現役の戦場帰りである。
ほとんどの叫びは無効化された。
たった一度だけかかった状態異常も、ハレルヤが扱う解毒魔法によってあっという間に解除することが出来た。
ちなみにマンポテトの引き起こす状態異常は毒であった。
魔石をくりぬかずにマンポテトを食すと同様の状態異常に掛かるのだが、さすがにそれについての検証は行わなかった。
見た目からして毒々しく、とても食べる気にはならなかったのである。
ちなみにどうしてマンポテトばかりを召喚したのかといえば、これは【召喚士】の特性に原因があった。
【召喚士】という職業ははじめから強力な魔物を召喚できるわけではない。
召喚魔法を使い続けることによって【召喚士】の職業レベルが上昇していき、レベルが上がる毎に召喚出来る魔物の数が増え、レベルが10上がる毎に一段階上の強さを持つ魔物を召喚できるようになるのである。
クーネルは転職したばかりであるから【召喚士】の職業レベルが低い。
レベル1の【召喚士】だったクーネルには一種類の魔物しか召喚できなかったのである。
そして【召喚士】は一種類の魔物につき一日十回しか召喚できない。
これは一度召喚する魔物を決定すると、その魔物が絶滅しない限りずっと同じ魔物しか召喚できなくなるということを意味していたのである。
だからクーネルはマンポテトばかりを十体連続で召喚することとなったのだ。
「それでもお前さんはこれでレベルが上がるわけだから大したもんだよな」
「ああ。条件を満たした瞬間にレベルが上がるのならもっといいのにな」
「それは致し方ありません。日付が変わる際に職業レベルの変更が行われるのは神が定めた絶対のルールなのですから」
【職業】を授かった者、【転職】をした者はすべからくレベル1からのスタートとなる。
そして【召喚士】の場合、レベルを上げるために必要なのは召喚の数なのだ。
つまり召喚士がレベル1からレベル2に上がるためには召喚を十回行う必要があり、次は二十回、三十回、四十回と、数が増大していくのである。
ちなみにこれは累計ではない。
『その【召喚士】が召喚可能な魔物全て』を『同様の数召喚』することで、レベルを上げることが出来るのである。
だから駆け出しの【召喚士】がまず初めに行う事は、最初に選んだ魔物を召喚してすぐに召還し、再び召喚を繰り返すという不毛な行動なのである。
【召喚士】は召喚した魔物を元居た場所に送り返すことが出来る。
これは呼び出すための召喚とは違い〈召還〉と呼ばれていた。
【召喚士】は延々と同じ行動を行い、職業レベルを上げて役に立つ魔物を召喚できるようになると戦場に投入される。
それは大体【召喚士】の職業レベルで言えばレベル21以上だと言われており、それまでは役立たずの無駄飯喰らい扱いをされていた。
しかし今回クーネルが行った行動は【召喚士】の常識を壊すのに十分過ぎるほどのインパクトがあった。
召喚した魔物を召喚してすぐに倒してしまえば、それだけで魔物の数を減らすことが出来るのである。
全ての【召喚士】がこれを続ければ、それだけで世の中の魔物を絶滅させることが可能なのではないか?
そう考えたクーネルであったが、ギルドマスターとハレルヤは首を横に振ったのだった。
「残念ですが不可能でしょうな。そもそもこれまで【召喚士】たちが召喚した魔物を倒してこなかったのは、召喚した魔物と【召喚士】の間に確かな〈絆〉が生まれていたからなのです」
「絆? ですか?」
「そう絆。これは本来目に見えるものではないのですが、【召喚士】と召喚された魔物との間には確かにそれが芽生えるのだそうです。そして召喚した後で召還した魔物は、以降【召喚士】の召喚にいの一番に応えるようになるのだといいます」
「え? 一番近くの魔物が召喚されるというあのルールを無視してですか?」
「はい。はじめに召喚した魔物は一番近くにいる魔物なのだそうですが、一度召喚した後はどこにいても同じ魔物が召喚されるのだそうです。そしてその魔物が死んだ場合のみ、新しい魔物が最も近い場所から召喚されるのだそうです」
「だったら、【召喚士】に事情を説明して魔物を殺させてみてはどうでしょう?」
「難しいでしょうね。実は以前、この話を何人かの【召喚士】にしたことがあるのですが、問答無用で断られたのですよ。『私の大切なパートナーを殺すなんてとんでもない!』とね」
「パートナー? ああなるほど」
「あなたにも覚えがあるとは思いますが、【召喚士】は召喚した魔物と深い絆で結ばれます。だからこそ彼らは主を守るために懸命に働くのだし、【召喚士】はその期待に応えるために自らを鍛えるのです」
「そうだったのですか。てっきり魔物任せで楽をしているものだとばかり」
「まぁ自らの肉体を頼りに戦う【戦士】であったあなたには、そう見えても仕方がないのかもしれませんね。とにかくこのやり方は現状、魔物と絆を深めることの出来ないあなたにしかできません。無理やり言う事を聞かせるという手もないではありませんが、そんなことをしたらその【召喚士】は精神を病んでしまうことでしょう」
「あ~それは避けたいですね。【召喚士】が扱う魔物の中には役に立つ魔物も多いですから」
クーネルは知り合いの【召喚士】たちが操る役に立つ魔物の数々を思い出していた。
大量の資材を運搬することが出来る〈ゴーレム〉、空から敵の陣容を偵察することの出来る〈ダークコンドル〉、愛くるしい見た目で子どもたちの遊び相手として大人気な〈キラーコアラ〉など、【召喚士】が使役する魔物は人の役に立つものも多いのである。
そんな彼らからすればクーネルの行っていることは明らかに邪道だろう。
なにしろ召喚してすぐに魔物を殺してしまうのだから。
魔物の討伐といえば聞こえはいいが、やっていることは誘拐、即殺害なのである。
クーネルはこれから召喚する魔物は、可能な限り不人気でかつ討伐が困難な魔物ばかりに絞ろうと心に決めたのだった。
「それでそろそろ日付が変わる時間なんだが、次に召喚する魔物はどれにするか決めてあるのか?」
「ああ、次もまた野菜系にしようと思っている」
「そうだな、マンキャロットもマンラディッシュも同じ値段で売れるからな」
どうも地中に埋まっているマンドラゴラ系の魔物は一律五百マーネで買い取られているらしい。
十体で五千、それが二つとなれば一万、しかも魔石の買取金額も上乗せされるとなれば他に選択肢などないのである。
ちなみに果物系や魚系などは少し値が下がる。
これはやはり地中に潜っていて、掘り出してみるまで魔物かどうかわからないというのが大きいらしい。
そうこうしているうちにどうやら日付が変わったようであった。
クーネルの体内から職業レベルが上がったという感覚が沸き起こってきた。
これは【職業】を手にして実際にレベルを上げたことがなければ分からない感覚だろう。
新しく生まれ変わったような、もしくは新たなステージへの道が開けたような未知なる感覚が体全体を支配し、気分が高揚するのである。
ちなみにほとんどの場合この感覚は寝ている間に起こる。
日付が変わる時点とは深夜のことなのだから当然の話だ。
そしてその時にはほぼ確実に夢を見るのである。
それは決まって良い夢であり、翌朝は気分爽快で目覚めることが出来るのだ。
それはさておき、【召喚士】の職業レベルは予想通り上がっていた。
レベル2の【召喚士】となったクーネルは早速新しい魔物を召喚しようと、脳内に召還先をリストアップする。
すると妙なことになっているのに気付いたのである。
脳内の選択先からマンキャロットやマンラディッシュといった野菜系の魔物が軒並み消えてしまっていたのだ。
「どういうことだ? 野菜系の魔物が選べないようになっているぞ?」
「なんですと?」
何度念じてみても野菜系の魔物を選ぶことが出来ない。
そこでクーネルは思い出したのである。
知り合いの【召喚士】が使役する魔物たちは実にバラエティーに富んだ構成をしていた事に。
あれはひょっとすると同系統の魔物を選ぶことが出来ないから仕方なくああしていたのではないだろうか?
クーネルのそんな推察を聞いたギルドマスターは、ポンと手を叩いて何かを思い出していた。
「そういや随分と前にそんな話を聞いた覚えがあるな。なんでも同レベル帯の中では同じ種類の魔物は召喚することは出来なくなるとかなんとか」
「それは本当ですか? そうするとクーネル殿が召喚できる野菜の魔物はマンポテトただ一種だけということになるのですね」
「いえ、確かレベル帯が変化すれば同じような魔物も召喚できたはずです。ゴブリンとゴブリンソルジャーとか、グールとハイグールとか」
「マンポテトの上にハイポテトとかポテトソルジャーがいるとは思えないけどな」
「その場合は確か、低ランクの魔物であれば召喚可能だったはずだぞ。まぁよほどのこだわりがない限り、強い魔物を選んで召喚していたけどな」
「それはそうでしょうな。【召喚士】の実力は召喚した魔物の力に比例するものですから」
「俺にはその縛りはないけどな。ああでも、魔石の大きさが変わるからそうでもないのか?」
魔物の体内にある魔石の大きさは魔物の強さに比例すると言われている。
そして魔石の買取価格は大きければ大きいほど高くなるのである。
借金返済のために少しでも金になる魔物を召喚したいクーネルからすれば、そこにこだわるのは当然の話であった。
「まぁそれはおいおい考えていけば良いだろう。それで次は何を召喚するんだ? というか、お前さんがいま召喚出来る魔物ってのは何がいるんだ?」
ギルドマスターに問いかけられたため、クーネルは再び脳内を精査し始めた。
ギルドマスターの手には溜まりに溜まりまくった依頼表が握られている。
どうやら少しでも高く買い取ってくれる魔物を選ばせたいと思っているようだ。
「ちょっと待ってくれ。え~と、今のところ選択できるのは……、ベイビースライムにベイビーゴブリン、ベイビースケルトンにベイビーゾンビ……。あ~、とにかくあれだ。一般的な魔物の赤ん坊状態の連中が大半だな」
魔物にだって子どもの時代があり、赤ん坊の時代もある。
卵から生まれる魔物、雌の個体が生む魔物と生まれ方には違いがあるが、肉体を持った魔物にも成長があることは広く知られていた。
そして死体が魔物化したスケルトンやグールの中にも子どもの死体が魔物化したものが混じっていたりする。
それらを倒す時はさすがに思うところがある。
もう軍隊生活も十年となるが、いまだにこれは慣れることがない。
「魔カブトや魔蝿なんかの虫の魔物は山程いるな。他には魔スズメや魔ツバメなんかの魔鳥。後は魔果実に魔魚もかなりの種類があるぞ」
「多いな! ってちょっと待て、虫や鳥なんかも魔物化してんのかよ。範囲広すぎだろう」
「ふむ、どうも聞いた感じでは、単純に戦闘力の低い魔物ばかりが選ばれているようですな」
「まぁ最初ですからね。そんなものじゃないですか?」
「ふむ、私としてはスケルトンやグールを選択してもらいたいですな。哀れな魂を救える数少ない機会となるでしょうから」
「単純に実入りが良いのは魔魚や魔鳥だろうな。食べられる魚や鳥なんかは大量に捕まえられないから需要があるぜ」
「確かに。いや少しお待ちください。クーネル殿、折り入ってお話があるのですが」
そうしてハレルヤが口にした内容を聞き、クーネルは次に召喚する魔物を選択した。
そしてその場では召喚せず、その場は解散となったのである。
*クーネルが背負うことになった借金の総額:15億268万2109マーネ
*初日終了時点でクーネルが稼いだ金額
神殿の片付け、時給千マーネ×五時間:五千マーネ
マンポテトの納品及び、極小魔石の回収。計十体:六千マーネ
*現時点におけるクーネルの借金総額:15億267万1109マーネ