第5話 マンポテト
2020/09/12 本文を細かく修正
「〈召喚〉!」
「おお!」
「これは!」
地面に描かれた魔法陣が光り輝くと、そこには通常のジャガイモよりも一回り大きい毒々しい色をしたジャガイモが出現していた。
特徴的なのはその見た目だろう。
そのジャガイモにはまるで人の顔のような皺が刻まれており、額の部分には紫色に光る小さな石が浮き出ていたのである。
その表情はまさに憤怒。
鬼か悪魔かといったおどろおどろしい表情をした、中々の大きさを誇る立派なジャガイモだったのである。
しかし、いくら顔が怖いとはいっても、召喚陣の中で微動だにしないのであれば恐れることなど何もない。
耳を塞いでいたクーネルは、覚悟していた絶叫と状態異常が来なかったことを疑問に思いながらも、その人面ジャガイモに近づき、懐からナイフを取り出して額の石を抉り取った。
するとどうだろう。
毒々しい色をしていたジャガイモの見た目があっという間に普通のジャガイモと同じ土色に変化し、人の顔に見えていた皺も心なしか穏やかな表情に変わってしまったではないか。
ここは冒険者ギルドの奥、今はもう誰も訪れる者のいない訓練所の中である。
どこもかしこも草が伸び放題であり、正直荒れ地と変わりがなかった。
どうしてそんな所にわざわざやって来たのかというと、クーネルの【職業】である【召喚士】の力を使うためである。
莫大な借金を返すために少しでも割の良い依頼を探していたクーネルは〈ジャガイモの納品&マンポテトの討伐〉という奇妙な依頼に興味を持ち、その依頼書を酒場のマスターをしていたギルドマスターの下へと持って行ったのである。
「マスター、この依頼について詳しい話を聞きたいのだが」
「あ? ああそいつか。それは通常依頼の一つとして常時張り付けてあるジャガイモ収穫の依頼だな」
「いや、それは読めば分かる。そうじゃなくて、どうしてこんな依頼が冒険者ギルドに回ってきているのかを知りたいんだ」
農作物の収穫や管理は農業ギルドの領分だったはずである。
そもそもマンポテトなんて名前の魔物は聞いたこともない。
しかも同じような依頼が山のように張り付けられていたのである。
マンキャロットとか、マンラディッシュとか。マンを付ければ良いってものじゃないだろうに。
「ああ、お前さんは【職業】を授かってからこっち、ずっと前線暮らしだったから知らねぇのか。魔物の活性化以降、農作物の収穫量が激減しているって話は知っているか?」
「もちろんだ。隊に配給される食糧が日に日にワンパターンになっていたので大分問題になっていたぞ」
軍隊生活における数少ない楽しみの一つに食事がある。
同じ釜の飯を食えば連帯感も増すし、腹が減っては戦は出来ないので、軍において食糧事情はことさら重要視されていたのだ。
しかし魔物の活性化以降、収穫される農作物の量は減少の一途を辿り、肉も魚も野菜も果物も穀物すらも満足のいく量が揃わないのが常態化していた。
そんな中、クーネルが所属している辺境警備隊では魔物を狩ってその肉を食べることが推奨されていた。
魔物の肉はそのまま食べると腹を壊すものが大半である。
しかし魔物の体内から魔石を取り出せば、一部の魔物は食用に足ることは広く知られていたのだ。
魔物の体内には、魔石と呼ばれる紫色の石が存在している。
魔石は魔素が結晶化したものだと言われている。
魔素とは空気中に存在する魔石の素となる謎のエネルギーの事である。
この魔素については詳しいことは何も分かっていない。
魔石があるから魔素が生み出されるのか、魔素があるから魔石が生成されるのか。
卵が先か鶏が先かという話題は常にどこかで議論の的になっているものだが、それはさておき魔石とは魔物の力の源となる厄介な物であり、同時に人々の生活を豊かにするかけがえのない力であったのだ。
冒険者ギルドの天井を見上げれば、そこには煌々とした明かりが灯っていた。
あれはどこの家庭にも普及している魔石を用いた照明の魔道具だ。
この世界は魔石を利用した魔道具によって人々の生活が支えられており、魔石の回収もまた魔物の討伐と並んで軍に与えられた仕事の一つだったのである。
「魔物の活性化以降、魔物の体内から回収される魔石がでかくなったって話は知っているよな? 実は十年くらい前から魔物以外からも魔石が取れるようになったんだよ」
「え? それは新たな魔石鉱脈が発見されたとかじゃなくてか?」
魔素が地中で凝縮した場所は魔石鉱脈と呼ばれている。
そこは大量の魔石が内蔵している場所であり、それを発見した者は巨万の富を得ることが出来るのだ。
「魔石鉱脈みたいな夢のある話じゃなくてな。これまで魔物化していなかった植物や動物が魔物になるって現象が確認されるようになったんだ。お前さんが持ってきたその依頼書もその一つさ。マンポテトってのは、早い話が魔物化したジャガイモのことだよ」
「普通の畑に魔物が出るのか!? それじゃあとても作物の収穫なんてできないじゃないか」
「魔物と言っても、普段お前さんが相手にしている連中とは比べ物にならないくらい弱い魔物だからな。しかしマンポテトは引っこ抜いた際に絶叫を上げて、その悲鳴を聞くと毒の状態異常を引き起こすから農家には嫌われているんだ」
「なんだそりゃ。まるで伝説に聞くマンドラゴラみたいじゃないか」
「悲鳴を聞いたら死ぬって奴だな。そうさ。だからその名前をもじってマンポテトって呼ばれているんだ。ちなみにマンポテト自体は嫌われ者だが、味は濃厚で旨いらしいぞ」
「え? 食えるのか?」
「ああ食える。額に魔石が浮き出ているから処理も楽だしな。もっとも他のジャガイモと見分けがつかないから討伐は非常に困難なんだが」
「見分けがつかない? ああそうか。ジャガイモは土の下に埋まっているから掘ってみないと分からないのか。ん? つまりこの依頼は……」
「気付いたか? マンポテトを討伐するにはジャガイモ畑でジャガイモ堀りをしなくちゃならない。それは結局マンポテト討伐をだしにした農家の手伝いの依頼なんだよ」
「ひょっとして他の依頼も全部そうか?」
「ああ、マンキャロットやマンラディッシュの討伐なんかは人参と大根の収穫だし、魔鮎や魔鮭の討伐ってのはつまりは漁業をしてくれってこった。エビルアップルやエビルオレンジはりんごとオレンジ、つまりは果物だな。そいつらだけを狙って取れれば楽なんだが、それが可能ならそもそも依頼が来ないからなぁ」
「そうか。割の良い依頼かと思ったのだが」
「止めとけ止めとけ、農家の仕事は大変だから依頼を受けたら一日拘束されるぞ。マンポテトの存在は確かに問題ではあるが、お前さんはまず自分の借金を返すことを最優先に考えな」
「……それはつまりクーネル殿がマンポテトだけを狙って退治すれば良いだけの話ではないですかな?」
黙って話を聞いていたハレルヤが、そこで急に口を挟んできた。
しかしそれは無理な話だとクーネルとギルドマスターは判断した。
なにしろマンポテトは地中に埋まっていて外から見ても他のジャガイモと見分けが付かないのだから、ジャガイモを収穫して偶然の出会い期待する以外に遭遇する手立てがないのである。
「いえ、私はクーネル殿ならばマンポテトだけを狙って直接退治できるのではないかと思うのです」
「無茶を言わないでくださいよ、ハレルヤ大神官様。私は根っからの軍人で兵士なのですよ? ジャガイモの見分け方なんて正直ちんぷんかんぷんなんですが」
「いえ、そうではなく。クーネル殿は【召喚士】なのですから、マンポテトを召喚してしまえば良いではないですか」
「え?」「は?」
「マンポテトはジャガイモとはいえ魔物なのでしょう? ならば召喚魔法を使えば召喚できると思うのですが」
ハレルヤは顔を真っ赤にして力説していた。
どうやらハレルヤはいつの間にか酔っぱらっていたようである。
しかしその考えは確かに一考の余地があった。
ジャガイモ堀りをせずにマンポテトを召喚、退治出来ればそれだけで五百マーネが手に入るのだ。非常に魅力的な提案だと言えるだろう。
「待て待て待て待て! 【召喚士】って何の話だ!? クーネルお前さん、【戦士】じゃなかったのか?」
「ん? ああ、気付いてなかったのか? 俺は転職して【召喚士】になったんだよ。腕輪の個人情報にもきちんと登録されていたと思うが」
「はあぁ!? 馬鹿かお前! 【戦士】を極めたってのに【召喚士】になるなんて何を考えているんだ! 【重戦士】や【軽戦士】、他にも【狂戦士】とか選択肢はいくらでもあっただろうがよ!」
「いや、だからどうして狂わなくちゃならんのだ。確かに俺は【戦士職】を極めたけれど、だからといって戦いが好きなわけじゃないんだぞ。召喚した魔物に戦いを任せて楽をしたいと思って何が悪い」
「何が悪いって……いや待て。ひょっとしてお前さん、それが原因で神の怒りを買ったんじゃあるまいな?」
「ああ、おまけにその神様から呪いまで与えられてな。召喚した魔物は一切俺に従わないんだそうだ」
「はあぁ!? なんだそりゃ! そんな【召喚士】がいてたまるか!」
「いや残念ながらいるんだよここに。あんたの目の前でこうして酒を飲んでいるんだ。ちなみにハレルヤ大神官様には説明済みだぞ。昼間会った時に、転職の儀で起きた内容は全て話しておいたからな」
「ええ。だからこそ私はこのような提案をしたのですよ」
ハレルヤはぼりぼりと豆を食べながら、グラスに手酌でワインを注いでいた。
ワインとは別名神の血とも呼ばれる神聖な酒だ。
というか、そういう事にしておかないと聖職者が酒を飲めないから、そういう事になっているのである。
ハレルヤは自分の考えに余程の自信があるのだろう。
グラスに注いだワインをグイっと飲み干すと、突然立ち上がって力説を始めた。
「私は今回の件について深く考えたのです! 果たして神は本当にむやみに怒っただけだったのか!」
「違うと言うのですか?」
当事者であるクーネルからすれば神はただ怒ったようにしか見えなかった。
なにしろ神自身が言っていたのである。
「あの女ぁぁぁ!」とか青筋を立てて絶叫していたので、間違いないと断言できるのだが、残念ながらあの時ハレルヤ大神官はヅラを吹き飛ばされたうえに気絶していたので真実を知らないのだった。
「魔物の活性化は収まる気配を見せず、人々の疲労は蓄積し、死者は増加し、食べる物にも事欠くような今の時代! このような状況下で神がクーネル殿に与えた呪いとは本当に呪いと呼べるのでしょうか!?」
「どういうことでしょう? 召喚した魔物を操れないなど、【召喚士】としては明らかに致命的だと思うのですが」
「そもそも召喚とは何でしょう? それは既にあまたの【召喚士】たちの手によって解明されております。【召喚士】とは召喚魔法を操り、魔物を召喚して術者の思い通りに動かして敵を倒す【職業】! ではその召喚された魔物はどこから来るのか? それはもちろんこの世界から。具体的に言うと、術者の近くにいる魔物が優先して召喚されるのです!」
「術者の近くの魔物が優先して召喚される」
それはクーネルもギルドマスターも知らない知識であった。
これは仕方のないことだろう。
なにしろ二人は共に【戦士職】だったのだ。
そもそも自分の職業以外については基本的なことくらいしか知らないのが普通である。
【召喚士】とは魔物を召喚して戦わせる職業、くらいの認識だったのである。
「より詳しく言うのならば、『術者の近くの魔物が優先される。しかし召喚した時点で人と敵対していないもの』というのが召喚条件らしいのです。召喚した時点で人と争っていたり、明確な敵意を持っていたりする魔物は召喚することは出来ないそうで」
「ああ、それはそうでしょうね」
それが出来たら【召喚士】は無敵となる。
なにしろ目の前で戦っている魔物が召喚可能となれば、【召喚士】には敵がそもそもいないということになるのだから。
「翻ってクーネル殿はどのような【召喚士】なのでしょうか? クーネル殿は召喚魔法こそ使えますが、召喚した魔物は神の呪いのために従わせることは出来ません。つまりクーネル殿はただ単に魔物を目の前に呼び出すことが出来るだけの【召喚士】なのです」
「それはつまり役立たずという事では」
「いいえそれは違います。クーネル殿に出来るのは魔物を召喚することだけ。そして召喚した魔物はクーネル殿に絶対に従わないのですから、討伐を躊躇する必要がありません。これは一体何を意味するか」
「それは……」
「そう! クーネル殿は倒すべき魔物を呼び寄せる事の出来る【召喚士】なのです! 召喚した魔物はクーネル殿に従わないのですから、召喚してすぐに倒してしまえば良い! そもそも私は長い間疑問に思っていたのです。【召喚士】とは要するに、魔物を誘拐した上で洗脳することの出来る【職業】なのではないか? とね」
「誘拐!?」「洗脳!?」
「だってそうでしょう? そうでなければ魔物が人間に従う道理がないではありませんか。つまり召喚した魔物とは味方ではなく洗脳した敵、使い捨ての駒というわけです。どうです? そう考えると神の呪いもまんざら悪くはないでしょう?」
「ずっ、随分と過激な考えをお持ちなのですね」
「ふふふ……、私だって人々を守るために戦っている【召喚士】の皆さんを尊敬しておりますよ。でもね、魔物を用いて魔物を狩るくらいならば、召喚した魔物を召喚したそばから次から次へと殺した方が簡単で確実なのではないかと常日頃から考えていたのです。特にほら、最近はとみに魔物の数が増大し、正直対応が追い付いておりませんからね」
そう言ったハレルヤが指差した先には、未だ未達成の多くの討伐依頼があった。
確かに最近は魔物の活性化の影響で、魔物の数自体が増加傾向にある。
クーネルはまだ【召喚士】に転職したばかりであるから、強力な魔物を召喚することは出来ない。
だが弱い魔物であれば召喚することは可能なのだ。
そして弱い魔物であっても、大量に召喚しその全てを倒し続ければ、それなりに魔物の数を減らすことに貢献出来るのではないだろうか。
召喚のやり方は、【召喚士】になった時点で頭の中に刻み込まれている。
クーネルは召喚可能な魔物のリストを脳内に浮かべてみた。
その中にはマンポテトも入っていた。
さすがはジャガイモが魔物化した存在である。
魔物としては最弱の部類に属するということだろう。
その後、とにかく一度召喚してみようという話になり、三人は揃って冒険者ギルドの奥にある訓練場へと足を向けた。
そしてクーネルはマンポテトの召喚に成功したのである。
それは召喚した魔物を召喚してすぐに倒してしまう、最悪にして至高の【召喚士】が生まれた瞬間であった。