第4話 冒険者ギルドでの飲み会
2020/09/12 本文を細かく修正
その日の夜、クーネルはハレルヤ大神官と冒険者ギルドのギルドマスターと共に冒険者ギルトの酒場で酒を飲んでいた。
クーネルとハレルヤはカウンターに腰掛けているが、ギルドマスターはカウンターの向こうで酒場のマスターとして働いている。
深刻な人手不足に喘いでいる冒険者ギルトには、酒場のマスターを雇う余裕すらなかったのである。
結果としてギルドマスターが酒場のマスターも兼任することとなった。
彼はカウンターの向こうで意外にも似合うバーテンの格好をして給仕をしながら、時折売り物の酒を傾けていた。
冒険者ギルドの営業時間は日が昇ってから沈むまで。
酒場の営業時間は日が沈んでから夜更けまでとなっている。
古き良き冒険者ギルドの復活を望むギルドマスターは、例え人手不足になろうとも、酒場を閉めることを良しとしなかったのだ。
冒険者時代に自然に磨かれたという料理の腕は中々のものであり、クーネルとハレルヤは次から次へと出されてくるつまみに舌鼓を打ちながら話に花を咲かせていた。
「いやぁしかし、さすがは転職が可能となるまで自らを鍛え上げた【戦士】ですな、クーネル殿。あれだけの数の瓦礫をたった半日で片づけてしまうとは思ってもみませんでしたよ」
「いやいや、元はと言えば今回の騒動の原因は私ですからね。それにあの程度出来なくてはとても生きては来れませんでしたから」
「あなたと肩を並べるほどの猛者が大勢いるというのに、膠着状態が精々だというのですから、やはり最前線の戦いとは凄まじいものなのでしょうなぁ」
「ええ。特に配属された頃は酷いものでしたよ。魔物は活性化の影響で強く凶暴になっているのに、私たちはそのレベルに対応できていませんでしたから。次から次へと仲間が死んでいくあの光景は今でも夢に出てきます」
酒を傾けながら遠い目をしているクーネルを横目に見たハレルヤは、自らの行動が間違っていなかったことを確信していた。
中央祭壇に甚大な被害を与えたクーネルの処刑を望む声が多い中、彼の助命を声高に主張したのは他ならぬハレルヤ自身だったのである。
確かに転職の儀において、クーネルは神の怒りを買ってしまった。
しかし転職の儀の前に二人は多少ではあるが言葉を交わしていたのである。
そこからハレルヤが導き出したクーネルの人格は、決して悪いものではなかったのだ。
だからハレルヤは、最前線で長い間戦い続け転職可能にまで自らを鍛え上げたこの青年を、歴史と伝統があるとはいえたかだか建物の破壊程度で殺してしまってはいけないと考えたのである。
若い神官や神殿騎士たちにとっては知る由もない事ではあるが、転職の儀に降臨する神が定期的に変わり、それぞれに個性があることは代々の大神官に申し送られてきた揺るぎない事実であった。
今回の件はたまたまクーネルと担当の神の相性が悪かったために起きた不幸な事件だったのである。
ハレルヤはグラスに残っていたワインを一息に飲み干すと、お代わりを要求すると同時にギルドマスターに話しかけた。
「ところでギルドマスター殿。依頼の取り消しをお願いしたいのですがよろしいですかな?」
「依頼の取り消しですかい? そりゃ構いませんけど良いんですか? 片付けはまだ終わっていないんでしょう?」
ハレルヤの要請を聞いたギルドマスターは、グラスを拭きながら不思議そうにそう尋ねた。
二人が連れ立って冒険者ギルドを訪れた際に、神殿の片付けはまだまだかかりそうだと話していたのを聞いていたのである。
「実は残りの片付けはすべてクーネル殿にお願いしようと考えているのですよ。このままのペースで行けば、恐らく五日程で終わるでしょうからね」
「五日!? いやでも、俺も見に行きましたがかなり広範囲に渡って山ほどの瓦礫が散乱していたと思うのですが」
「ええ。しかしクーネル殿がかなり頑張ってくれましてね。それに神殿関係者には未だクーネル殿に不穏な感情を持つ者も多い。事件の発端がクーネル殿であることは事実なのですから、当事者が率先して働いてくれれば彼らの感情も収まるだろうと考えまして」
「なるほど分かりました。いやこちらとしては問題なんて何もありゃしませんよ。言っちゃ何ですが、未解決の依頼が多すぎて人手を確保できる当てもありませんでしたからね」
「ふむ、やはりどこもかしこも人手不足なのですな」
三人の視線は自然と冒険者ギルドの壁にある依頼ボードへと向けられた。
そこには所狭しと依頼表が張り付けられている。
いやこの表現では語弊があるだろう。
依頼表は本来張り付ける箇所であるはずのボードの枠内には収まりきらず、直接壁に張り付けてあったり、床に散らばったりしていたのである。
つまりそれだけ未達成の依頼が多いという事なのだ。
ギルドマスターはうんざりとした表情で肩をすくめた。
「魔物の活性化以前、つまりは冒険者ギルド全盛期にはこんなことになるなんて想像もしていなかったんですけどね。割りの良い仕事は早い者勝ちですが、遅れた連中だって小金を稼ぐために率先して様々な依頼を受けていたんですよ。あれほど依頼が溜まるだなんて、かつてのギルドの盛況振りからは想像もできませんわ」
「冒険者を志す人の数はそれほどまでに減少しているのですか?」
「残念ですがね。学徒動員、強制徴用から漏れて、なおかつまともな職に就けなかった連中が最後にやってくるのがここ冒険者ギルドなんですよ。しかも何らかの仕事に適性があると分かるとすぐに他業種に引き抜かれちまうんです。結果としてまともじゃない連中しか残っていないというありさまでして」
「でも魔物の活性化以前だって士官をしたり、身を固めたりする者はいたでしょう?」
「いましたけどね、数が違いますよ数が。思うにあの頃はまだ冒険者って職に夢や希望を抱けたんですな。だから才能のある若者が大勢押し寄せてきたのですが、今じゃそいつらは全員まとめて徴兵されちまっています。残っているのは実力も才能もない三流ばかりなのですから、そりゃあ依頼も溜まる一方ですよ」
「なるほど。ところで依頼ボードは二つあったのですな。町の中の依頼と町の外の依頼ですか。町の外の依頼となると、やはり魔物の討伐を求める依頼が多いのですな。それにしては町の外の被害が少ないように思うのですが」
ハレルヤはギルドマスターとの会話の最中に依頼ボードが町の中と外とに分かれていることに気が付いた。
町の外からの依頼はやはり魔物の討伐を依頼するものが多いようである。
魔物の活性化以降、全ての魔物は凶暴化して凶悪になっているのだからそれも当然と言えるだろう。
しかしそれにしては町の外の村々が壊滅したという話を聞いたことがない。
どうしてだろうと疑問に抱いたハレルヤに対し、ギルドマスターは意外な答えを返したのだった。
「あれは主に魔物の集団からはぐれた魔物の討伐依頼なのですよ」
「はぐれ魔物の討伐? ああそういうことですか」
「砦を築き、陣地を構築して魔物の群れが王国の領内に入るのを防いでいるとはいえ、どうしたって漏れは生じてしまいますからね。活性化以前から王国の領内にいた魔物もいますし。そういった冒険者であっても退治できる単独あるいは少数で活動している魔物の討伐依頼があそこに張り付けられているのです」
「なるほど。しかしそれだと大規模な群れなどには対処できないのではありませんか?」
「おっしゃる通りです。しかし大きな群れが出来たりすれば、真っ先に近くの軍が討伐に向かいますからね。結果として小さな群れや単独で動いている魔物ばかりが残ることになるのです。そしてそれならばどうにか今いる冒険者でも対処が出来るのですよ」
「なるほど。だとすると、国内で暴れている魔物の数は減少傾向にあるのですかな?」
「いえ、倒しても倒してもきりなく湧いてきますからな奴らは。それに冒険者全体の質は落ちたままなので、どうしても全体の数を減らすことが出来ないのです」
「ということは、冒険者の質が向上すれば今の状況を改善出来ると?」
「ええ。本来ならば私が若い連中を鍛えるべきなのでしょうが、数年前に腰をやっちまいまして、まともに戦闘訓練もつけてやれんのですわ」
「そうですか。しかしそれはつまり、若くて強くて暇のある歴戦の戦士が冒険者たちを鍛え上げれば問題が解決するということではありませんか?」
「ははは。そんな奴がいたら軍が放っておきませんよ。それこそ長期の休暇中でもない限り……って、お前だぁ!」
「ん?」
ハレルヤとギルドマスターが二人で盛り上がっていたために食事に集中していたクーネルは、突然指差されたのでフライを口にくわえたままギルドマスターの方へと視線を向けた。
もぐもぐとフライを咀嚼してから、麦酒で喉奥へと流し込む。
(さすがは首都だ。酒が旨い)
(最前線の砦では樽詰めのワインが精々で、たまに近くの町に行って飲む酒は正直旨くもなんともなかったからなぁ)
クーネルは盛り上がる二人を横目に、一人で酒盛りを楽しんでいたのである。
「クーネル! お前さん、休暇中の間だけでいいから、冒険者ギルドの冒険者たちに戦いの手ほどきをしてくれねぇか?」
「ふむ? それは冒険者ギルドからの依頼と考えていいのか?」
「ぬぐ!? あ~そのな。知っているとは思うが冒険者ギルドの経営はかつてないほどの危機に直面していてな」
「それを言うなら俺は歴史残るような借金地獄の真っ最中だ。この飲み会だってハレルヤ大神官のおごりだというからご相伴に預かっているんだぞ」
「そうなのか!? って言うかお前、よりにもよって迷惑をかけた神殿の大神官様にたかってんじゃねぇよ!」
「ああ気にしないでください、ギルドマスター殿。クーネル殿ともう少し話をしたいと思った私が飲みに誘っただけなのですから」
「そうですか。それならまぁ良いのですけれども」
「それでどうするんだ? 神殿の片付けの仕事は明日から五日間、午後からということになっているから、午前中は他の依頼をこなそうと思っていたのだが」
「午前中はちとまずいんだよな。冒険者の仕事は基本朝からだから、やってくれるんだったら仕事終わり、つまりは神殿の片付けの後がベストだと思う」
「つまりは日没後か。場所はどこだ?」
「この建物の裏に訓練所がある。久しく使っていなかったから草が生え放題だが、近いうちに使えるようにしておこう」
「分かった。それで依頼料は?」
「あ~、そうだあれだ! 依頼料は受講者から徴収するってのはどうだ!?」
「受講者から徴収? 俺の戦闘訓練を受けた者が自腹を切るということか」
「ああ。そいつらは自腹を切ってお前さんから教えを受ける。多少金を使ったところで強くなれるんなら文句はないだろう」
「やれやれ、ギルドマスター殿はどうやらギルドの経営には不向きなようですな」
「どういう意味でしょうか、大神官様」
神殿の大神官から「ギルドの経営には不向き」と言われてしまったギルドマスターは困惑した。
そんなギルドマスターに対して、何度も何度も人を動かすために苦労をしてきた大神官は教えを与えたのである。
「クーネル殿の教えを受けたら強くなれるとどうやって証明するのですか? 突然現れた謎の男に金を払って教えを請えと言われても誰もお金を出さないと思いますよ」
「ぬぐっ!? 確かに」
「こういう場合はですね。最初は何人かに絞って、ギルドが金を出す形で行えば良いのですよ」
「何人かに絞る? しかもこちらで受講料を負担しろと?」
「そうです。とりあえず少人数でのお試しと称してクーネル殿の教えを受けさせるのです。そこで結果が出れば、我も我もと殺到するでしょう。それに受講料の免除は最初だけだと言えば角も立ちますまい」
「う~む確かに」
「冒険者が強くなれば冒険者ギルドの収入も上がります。投資分はすぐにでも回収できると思いますよ」
「なるほど分かりました。ではクーネル、とりあえず時給千マーネでどうだ?」
「分かった。引き受けよう」
「よろしいのですか? クーネル殿ほどの戦士職を極めた者から教えを授かるのです。もっと高くても良いとも思うのですが」
「それは私もそう思いますが、それよりもこれだけの数の魔物が野放しになっていることの方が問題ですよ。軍は国境警備やらもっと大きな大群の相手やらに忙殺されていますから小さな問題にはどうしても対処が遅れてしまうのです。冒険者たちが強くなることで国民の被害が少しでも減るのでしたら例え薄給でもやるべきだと思います」
「だったらおめぇ、むしろタダにしてくれてもだな」
「それは駄目だろう。依頼の仲介をする冒険者ギルドのギルドマスターが、そこをないがしろにしてどうするんだ」
「ぬが!? まぁ確かにそうだわな。すまねぇな、クーネル。どうも金に困ると些細なことでも貧乏性が露呈しちまうわ」
「気持ちは分かるさ。金がないと余裕もなくなるからな。さて、俺もこうしちゃいられない。明日の仕事を探しておかないとな」
クーネルはそう言うとカウンターを離れて町中の依頼が張り付けてある依頼ボードへと近づいて行った。
どぶ掃除に失せ物探し。屋根の修理に子どもの世話と実に様々な依頼が張り付けられている。
クーネルが狙っているのは短時間で終わり、かつ依頼料の高い依頼であった。
働ける期間は二ヶ月しかないのである。
この限られた時間の中でいかに効率よく金を稼いで借金を減らせるか。
これこそがクーネルの頭を支配している最重要事項だったのである。
そんな中、クーネルは奇妙な依頼を見つけることとなった。
正直どうして冒険者ギルドにそんな依頼が来ているのかまったく分からなかったので、思わずまじまじと依頼表を見つめてしまったくらいだ。
見れば似たような内容の依頼は無数に存在していた。
クーネルは最初に目についた依頼表をよく見直してみたのだった。
〈常時:ジャガイモの納品&マンポテトの討伐〉
魔物の活性化以降、毎年のように畑の収穫量が減少しております。
特に王国全土で食べられているジャガイモの収穫量の激減には目を覆いたくなるものがあります。
収穫量減少の理由はジャガイモ畑に出現するマンポテトの存在です。
冒険者の皆様、お願いします。
是非ともマンポテトを討伐し、ついでにジャガイモも納品してください。
どうか、どうかよろしくお願い申し上げます。
依頼料:マンポテト一個につき、五百マーネ
ジャガイモの買取価格は、買取時の市場価格に連動することとする。
場所:タンサン王国首都アラトンタ
依頼主:農業ギルド会頭、ベジタ