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第3話 新米冒険者、ハロワック神殿へ

2020/09/09 本文を細かく修正

〈経験値〉のくだりを消去。

 渋るギルドマスターをどうにか説得し、クーネルは転職の儀を行ったハロワック神殿を再訪した。


 一日ぶりに訪れたその場所からは、かつての面影は失われていた。

 荘厳だった建物の外壁にはあちこち罅が入っている。

 屋根は吹き飛び、遠目からでも目立っていた尖塔はバラバラに砕け散って無残な姿をさらしていた。


 ハロワック神殿は合計五つの建物で構成されている、この国最大の宗教施設だ。

 十字の形をしたその建物は、東西南北にそれぞれ東祭壇、西祭壇、南祭壇、そして北祭壇が存在しており、その中心にクーネルが転職の儀に臨んだ中央祭壇が存在していた。


 この神殿は中央祭壇において〈転職の儀〉が、東西南北の祭壇において〈就職の儀〉を行うことが出来る神殿として人々の信仰を一身に集めていた。

 ちなみに就職の儀とは神から【職業】を授かる儀式の事である。


 ここでいう【職業】とは、どこで働くとかどんな職種に就くとかではない。

 神が人類に与えた奇跡の力【職業】とは、すなわちクーネルが最初に授かった【戦士】や、転職の儀によって変更された【召喚士】のように魔物と戦うために必要不可欠な奇跡の力を指す言葉だ。


 ハロワック神とは就職と転職をつかさどる神である。

 実を言えばどの祭壇で神に祈っても、授かる職業に違いはないらしい。

 ではどうして四つも祭壇があるのかといえば、それは単純に使う客層が違うからであった。


 例えば王宮に最も近い北祭壇は、皇族や上級貴族専用とされているし、逆に一番王宮から離れている南祭壇は平民専用として機能していた。


 西と東はその中間の者たちが利用している。

 これは建物の中に入れば一目瞭然で違いが分かるようになっていた。

 宗教施設であるにもかかわらず、いやだからこそと言うべきか、内装や使われている装飾品に明らかな差が存在していたのだ。


 元々ハロワック神殿には就職の儀と転職の儀を行う祭壇がそれぞれ一つずつしかなかったらしい。


 ではどうしていま現在、四つも祭壇があるのかというと、かつてどこかの馬鹿貴族が「貧乏人と同じ場所で神に会いたくない」などと駄々をこねたからなのだそうだ。


 その貴族家の影響力は当時無視できないものがあったのだという。

 だから神殿はその貴族のわがままに応える形で新たな祭壇を増築したのである。

 それが始まりとなり、結局神殿は東西南北四つもの祭壇を抱えることとなったのだ。

 ちなみに転職の儀を行う中央祭壇が今も一つだけなのは、転職が可能になるまで職業レベルを上げる人間が少ないことが原因である。


 神から授かったこの【職業】という名の奇跡には〈レベル〉という概念が存在していた。

 最初はどんな職業であってもレベル1からのスタートとなる。

 一定のレベルに達すると〈スキル〉と呼ばれるその【職業】特有の特殊能力が使えるようになり、さらに強力な力を振るえるようになる。

 そしてほとんど全ての職業がレベル10ごとに新たなスキルが解禁となるのだ。


 例えばクーネルが最初に授かった【戦士】という職業の場合、授かった時点、つまりはレベル1の時点では〈筋力増強〉というスキルを使うことが出来る。

 以降、レベルが10上がるごとに〈体力回復〉〈パワースラッシュ〉〈シールドバッシュ〉〈クリティカル〉と新たなスキルが増えていくのである。


 なお一度手に入れたスキルは、転職しても消えることはないので引き続き使用可能である。

 そのため、誰もが気兼ねなく新たな職業に転職することが出来るのだ。


 転職した後、再び戦場に戻ることになっていたクーネルが気兼ねなく【召喚士】に転職したのにはそういった理由があった。

 【召喚士】に転職したばかりの低レベルでは、強力な魔物を召喚することは出来ない。

 だから【召喚士】のレベルが上がるまでは、これまで鍛え上げてきた【戦士】としての力を使って戦うつもりだったのだ。


 それなのにクーネルは担当した神の怒りを買ってしまい目の前の惨状を生み出してしまった。


 神殿の周りは広場となっており、普段は町の人々の憩いの場となっている。

 しかしそこは現在、大量の瓦礫が散乱し足の踏み場もない状態だった。

 神殿の周囲に散らばっているのは、吹き飛んだ中央祭壇の天井を覆っていた石材である。

 乱雑に散らばっているそれらのほとんどは無造作に広場に転がったままであった。

 どうやら天井が吹き飛んでからまだ碌に片付けもされていないらしい。


 無理もないだろう。事件が起きてからまだ一日しか経っていないのである。

 まずは内部の片付けから始め、雨に濡れては困る物を安全な場所に移動してから外の片付けを始めるつもりなのだ。

 神殿の周りには多くの神官やシスターの姿があった。

 彼らは慣れぬ肉体労働に汗を流し、懸命に神殿の片付けを行っていた。


 その中でも特に力を必要とする仕事に従事しているのは屈強な肉体を誇る神殿騎士たちである。

 彼らは普段きっちりと着込んでいる鎧も兜も全て脱ぎ捨てて、汗だくになりながら散らばった石材や長椅子の処理を行っていた。


 そんな彼らに指示を出しているのは、転職の儀を執り行っていたこの神殿の大神官である。

 もはや隠し通すことは出来ないと諦めたのだろう。

 見事に禿げ上がった頭頂部を衆目に晒しながら、彼は途切れることなく指示を出し続けていた。


 その姿はまさに突然の危機に見舞われた神殿の復旧に尽力する責任者の姿そのものであった。

 シミ一つなかった立派な法衣を埃まみれにして働くその姿には、危機に立ち向かう責任者の重責を垣間見ることが出来た。

 神官もシスターも神殿騎士たちも、ちらほらと目につく手伝いにやってきた町の住人たちも、彼の指示に従ってただ黙々と片付けを続けていた。


 しかし町に住む子どもたちにとってはそうでもないようで……。


「ハゲルヤ様ー!」

「ハゲルヤ様頑張って!」

「ハゲルヤ様! 応援しています!」

「ハゲルヤ様、もうかつらは被らないの?」


 子どもたちの振るう無邪気なナイフが大神官を八つ裂きにしている幻をクーネルは確かに目撃した。


 子どもたちに悪気などありはしない。

 子どもというのは思ったことを考えなしで口にしてしまう生き物なのである。


 大神官がハゲていたことは、彼らにとっては大神官のイメージを覆す要素にはならなかった。

 だから彼らは無条件で大神官を信頼し、同時にハゲであったことに興味を持ったが故にハレルヤ大神官をハゲルヤ様と呼んでいるのである。


 それでも子どもたちの言葉を耳にした大人たちには、事あるごとに笑いの種がばら撒かれてしまう。


 感情とは伝染するものだ。

 悲しみに包まれている者が身近にいれば、その人物の近くにいる者は悲しくなる。

 同じ様に気合の入っている者が近くにいれば、その気合は周囲に伝染するものなのである。

 だから戦場で戦い続けるためには気合と前向きな心を保ち続けることこそが最重要なのだと、部隊長が口を酸っぱくして言い続けていたことをクーネルは思い出していた。


 それほど感情とは厄介な代物なのである。

 制御するのは極めて難しい。悲しみは止められないし、燃える心は沈下できないし、突然の笑いの衝動を止めることなんて不可能に近いのである。


 大人たちは黙々と作業を続けていた。

 そうでもしなければ耐えられないことを彼らは経験から知っていたのである。

 しかし誰も彼もが鋼の心を持ち合わせているわけではない。

 だからこの決壊は必然だったのだろう。


 それは子どもの一人が呟いた何気ない一言がきっかけだった。


「光の大神官様になると、頭も輝くんだね!」

「「ブハッ!」」



 我慢して堪えていた分、決壊してからの威力には凄まじいものがあった。

 神殿前広場はあっという間に笑い声に包まれてしまった。

 作業の手は止まり、大神官は天を仰いでその動きを停止していた。


 大神官様が、大神官様がよりにもよってハゲていた!

 いやハゲている男性など珍しくもなんともないのだが、それを長年に渡ってかつらを被って隠していたとは!


 人々にとっては神の怒りを買い神殿に甚大な被害が出たことよりも、大神官様の髪の秘密が暴かれた事の方が衝撃だったのである。


 中には懸命に笑いを堪えようと努力している者もいた。

 しかし周囲がみな笑っているというこの状況下では些細な抵抗などまったくの無意味だ。


 神殿前広場に広がった爆笑の渦は止まる様子を見せなかった。

 そんな中で大神官は、たった一人で天を仰いで孤立していた。


 その様子をクーネルは神殿前広場の入り口に突っ立ったまま見続けていた。

 それは喜劇の光景であった。同時に悲劇の光景でもあった。

 大神官に秘密があったことは事実である。

 だが、だからといってここまで笑い者にされる必要がどこにあるというのだろう?


 なによりもこの事態を引き起こしたのが自分だという認めがたい現実にクーネルは打ちのめされた。

 だからクーネルは覚悟を決めたのである。

 絞首刑に臨む罪人の気持ちでクーネルは大神官の下へと近づいて行った。



「お忙しいところ誠に申し訳ございません。冒険者ギルトの依頼を見て、作業に訪れた者なのですが」

「……え? ああそうですか、ありがとうございます。詳しいことはあちらの現場監督……に? あああああぁ! あっ、あなたは!?」


 突然の大神官の絶叫に笑い転げていた広場の人々は何事かと目を向けた。

 そこには屈強な大男が存在していたのである。

 突然現れたその男は大神官と何事か言葉を交わしているようだった。

 その内、転職の儀に立ち会った何人かの神官とシスターが大男の正体に気が付くこととなる。

 目の前の男こそ、神の怒りを買い神殿に甚大な被害を与えた張本人だということに。


「なっ!? まさかあの人は!」

「あの時の戦士! 一体どうしてここに?」

「ではあれが神の怒りを買ったという」

「辺境警備隊所属のクーネル=アスオーブ! 中央祭壇崩壊の原因を作った張本人だ!」


 広場を包み込んでいた笑い声はあっという間に消失し、代わりに突然の緊張感が広場一体に張り詰めた。

 子どもたちは大人たちのこの突然の豹変に右往左往している。

 子どもたちはクーネルの存在を知ってはいたものの、顔も特徴も知らされてはいなかったのである。


 幾人かのシスターたちが素早く子どもたちの手を取って、大急ぎで広場から遠ざけていった。

 神殿騎士たちは一斉に広場の片隅にひとまとめにしておいた武器に群がり、クーネルの周囲をぐるりと取り囲んでしまう。


 戦いが不得手な神官と町の住民たちはシスターの後を追い既に広場から退避していた。

 気付けばクーネルと大神官は無数の神殿騎士によってぐるりと取り囲まれていた。

 そんな中でクーネルは大神官ハレルヤに向かって頭を下げたのだった。


「ええとその……ハレルヤ大神官様。この度は大変なご迷惑をおかけしまして、まずは謝罪をさせていただきます」

「はっ、はぁ。それはご丁寧に」

「私にも言い分はあるのですが、神の怒りを買った事は事実ですので、それに関しては認めざるを得ないかと」

「左様でございますか」

「はい。それでですね、既に国の文官から話が来ていると思うのですが、この度の騒動の補償はすべて私が負うこととなったのです」

「ええそれは。なんでも結構な額をお支払いしていただくことになったとか」

「そうなのです。それで少しでも金を稼がなければならないと考え冒険者ギルドを訪れたところ、こちらで人手を求めていると知りましたので、雇っていただけないかと考えお伺いした次第でありまして」


 神殿が壊れる原因を作った張本人が、あろうことか壊れた神殿の再建で金を稼ごうとやって来た。

 それを理解した神殿騎士たちはクーネルに向かって激しい罵倒を浴びせかけた。


「言うに事を欠いてなんという事を! 神殿が崩壊したのは貴様が神の怒りを買ったからではないか!」

「そうだそうだ! 貴様には神殿を修復する義務があるに決まっているだろう! 黙って働け! タダ働きだ!」

「大神官様、速やかにご命令ください! 我ら神殿騎士一同、すぐにでもこの恥知らずを叩き潰してご覧に入れましょう!」


 神殿騎士たちはクーネルに対して激しい敵意を向けていた。

 それに反してハレルヤ大神官はつとめて冷静だったのである。


「皆さんどうか落ち着いて下さい。クーネル殿、私は今回の件に関してあなたに非があったとは考えておりません」

「なっ!?」

「大神官様!?」


 二人を取り囲んでいた神殿騎士たちは、大神官の予想外の言動に取り乱すこととなった。

 それは無理からぬことだろう。

 なにしろ当事者であるクーネルでさえ、目の前の大神官が怒り狂っていると思っていたのである。


「あなたは転職先を選んだ理由を尋ねた神に対して「楽をしたいから」とお答えになった。実はあなたと同じ答えを返した人は過去にも存在したのですよ」

「え? そうだったのですか?」

「はい。あなたがご存じかどうか分かりませんが、実は転職の儀に現れる神は常に同じ神というわけではないのです」

「その件については聞いています。なんでもコロコロと担当が変わるのだとか」

「はい。そして過去あなたと同じ答えを返した者たちに神罰が下ったことはありませんでした。そもそもあなたは何一つとして間違ったことなどしていません。ただ単に神との巡り合わせが悪かった。これはただそれだけの話なのですよ」

「それにしては被害が甚大ですが」


 クーネルはハレルヤ大神官から視線を外して崩壊した神殿へと目を向けた。

 かつては荘厳さを誇っていたハロワック神殿の中央祭壇の威容はそこにはない。

 目の前に建っているのは、傷付き修理を待つだけの崩れかけた建造物だったのである。


「それに関しては仕方がなかったと諦めるしかありますまい。仮にも神の怒りなのです。死者や怪我人が出なかっただけ良しとしなければ」

「そう言ってくださると助かりますが」

「それにね、あなたには個人的には感謝しているのですよ。長年の懸案であった私の秘密を暴いてくれたのですから」


 そう言うとハレルヤ大神官は「ハッハ」と笑って頭を叩いた。

 笑うか黙るかクーネルは迷った。

 そして迷った時には黙った方が良いことを思い出したクーネルは、そのまま大神官の話を聞くことにしたのである。


「丁度あなたと同じくらいの年頃だったでしょうか。二十代の半ば辺りから、私の生え際は段々と後退を始めましてね。巡礼の旅をしていた頃の出来事ですから町のみなさんは知らなかったでしょうが、三十を迎える頃には私の頭髪は絶滅していたのですよ」

「そっ、そうだったのですか」

「はい、そうだったのです。そんな時、旅の途中で優秀なかつら職人と知り合う機会がありましてね。昔は剛毛でならしていたと言うと、私にぴったりのかつらをプレゼントしてくれたのです」

「それが今回飛ばされてしまったと」

「ええ。友の贈り物として長い間愛用していたのですが、結局町に戻ってからもなんだかんだで言う機会をなくしてしまい、いつの間にやらこんな年まで秘密にしたままになってしまったのです」

「左様ですか」

「左様なのです。ですから良い機会だったのですよ。これで普段から悩みの相談に訪れた皆さんに後ろ暗い思いを抱かずに済みます。あなたもどうか気にしないで下さい。ハゲを笑われることでみなさんに笑顔を届けられるのなら聖職者としては本望なのですから」

「ありがとうございます。大神官様」


 クーネルと二人を取り囲んでいた神殿騎士たちは大神官の広い心に胸を打たれた。


 それから大神官と神殿騎士たちはクーネルが背負う羽目になった莫大な借金の額に驚愕し、ここで働くことを認めたのだった。

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