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第11話 戦闘訓練その1

2020/09/19 本文を細かく修正

「「「「ギャアアアァァァー!」」」」


 時は日没後、場所は冒険者ギルド裏手の訓練場。

 そこでは四人の若者が、声が枯れるほどの叫び声を上げながら必死に逃げ回っていた。


「走れ走れ走れぇ! そんな調子じゃあっという間に魔物に殺されちまうぞ!」


 ドガアアァン!


「「「「ギャアアアァァァー!」」」」


 振り下ろされた〈木剣〉が訓練場の地面を爆散させた。

 若者たちは自分たちのすぐ真後ろで起こったありえない現象に恐怖を抱き、先程よりも更に速いペースで必死に〈鬼〉から逃げ続けていた。


「なんだなんだそのへっぴり腰は! 走れ走れ走れぇ! 歯を食いしばれ!」


 ズガアアァン!


「「「「ウワアアアァァァー!」」」」


 後もう少しで冒険者ギルドの建物へと通じる扉に逃げ込めるという直前、いつの間にか正面に回り込んでいたクーネルという名の鬼教官が、今度は手にした木製の盾を構えて突っ込んできて、受講生たちを吹き飛ばした。


 長年最前線で戦い続けてきた【戦士】が放った〈シールドバッシュもどき〉を食らった彼らは、あっという間に訓練場の中央まで押し戻されてしまった。

 そこにはいつの間にか彼らを吹き飛ばした張本人である【戦士】が回り込んでいたのである。

 盾を使って彼らを吹き飛ばした直後、彼らが宙を飛んでいる間にその【戦士】クーネルは訓練場の中央まで先回りしていたのである。


 鬼は、鬼教官は、長年最前線で戦い続けてきた【戦士】は、クーネル=アスオーブは、まともに受け身も取れない彼らを空中で受け止めると、次々に地面に降ろしていった。いや転がしていったのである。


 受講生たちは何が起きているのかさっぱり分からなかった。

 分かることといえば、目の前にいる自称訓練教官の【戦士】が想像を絶する力を持っているという事だけであった。




 クーネルが行うことになった戦闘訓練は、いきなり十分遅れで開始されることとなった。

 ギルドマスターが選んだ冒険者二人が、初っ端から遅刻したためである。

 いや、遅刻以前の問題で、彼らは元々戦闘訓練に参加するつもりなどこれっぽっちもなかったのだ。

 だから二人して酒場で飲んだくれていたのだが、いつまで経ってもやってこない二人に業を煮やしたギルドマスターに発見されて捕獲され、強制的にギルド裏手の訓練場まで連れてこられたのである。


「クーネル! 俺が許可する。こいつらに地獄を見せてやれ!」


 それが発端となり、真面目に参加するつもりだった未成年二人を含めた四人の若者は、訓練開始直後から地獄を味わうこととなった。

 訓練用の木剣と木の盾を装備したクーネルが、威圧感を全開にして四人に迫ったのである。


 最低限の装備をしているだけとはいえ、そこは長年に渡って最前線で戦い続けてきた歴戦の戦士。

 未成年及び万年Gランクの鼻たれ冒険者程度ではその圧に耐えられるわけがなかったのである。

 かくして、彼らは訓練場の中を逃げ回ることとなり、そして唯一の出口からの脱出すらも失敗して、こうして訓練場の中央に戻ることになったのだった。



「よし、これで準備運動は終了とする。ギルドマスターが訓練用の剣を用意してくれているから、それを装備してまずは素振り三百回からスタートだ」

「「準備運動!?」」

「「素振り三百回!?」」


 息も絶え絶えとなった受講生たちは、クーネルの言葉を聞いて己の耳を疑った。

 未成年の二人は、軽い戦闘訓練を受けるつもりで来たら、いきなり殺気を向けられて襲い掛かられた上に「これは準備運動だ」と言われたために目を剥いていた。


 そして冒険者の二人は、やりたくもない戦闘訓練に放り込まれたと思ったら、まさかの基本である素振りから始めると言われて、同じように目を白黒とさせたのである。



「おいちょっと待てよ! 確かに遅刻したのは悪かったが、だからといって素振りはないだろう! そもそも俺たちはGランクの冒険者なんだぞ! 素振りなんざ毎日のようにしているっての!」

「ちょ、ちょっと待ってください! あの、僕たちはまだ【職業】も授かっていない未成年でして! いきなりこれではその、訓練に付いて行けないと言うか」


 受講生たちの文句と泣き言を聞いたクーネルは、久し振りに戦場の仲間を思い出していた。

 部隊に配属された当初、クーネルもまた彼らと同様、部隊の仲間たちに文句を言ったり泣き言を垂れたりしていたことを思い出したのである。


 しかし戦場では誰一人として文句や泣き言を聞いてくれる人などいなかった。

 兵士たちは理解していたのである。

 文句や泣き言を言ったところで、何の解決にもならないという現実を。


 クーネルは訓練場の端にまとめて置いてあった鉄製の剣の下に高速で移動すると、それを人数分手にしてから再び元の場所に高速で戻って来た。


 突然消えたと思ったらいきなり風と共に現れた訓練教官の姿を見た受講生たちは度肝を抜かれた。

 そして目の前に鉄製の剣を放り投げられ、そのうちの一本を手に取って突然素振りを始めた教官の姿を見て、目を見開いたのである。


「フン! フン! フン! フン!」


 クーネルは受講生たちの前で、一心不乱に目にも止まらぬ速さで素振りを繰り返した。

 そう、受講生の四人はクーネルの行っている素振りを目に止めることが出来なかったのである。


 残像と、風切り音と、舞い上がる土埃のお陰でかろうじて目の前で素振りが行われていることは理解出来たが、その動きはまさに規格外の一言であった。


 いつ振り上げていつ振り下ろしているのか、文字通り目にも止まらぬ早さなのである。

 クーネルは次第に玉のような汗をかき始めた。

 しかしそれと比例するように素振りの速度は段々と加速していき、ついに掛け声すらも続けて聞こえるようになったのである。


「フフフフフフフン! フフフフフフフフフフフフフフン!」


 受講生たちは、目の前で行われている異次元の素振りに目を奪われ動くことも出来なくなっていた。

 素振りを行っているクーネルの動きから目が離せなくなったのである。


「フーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン! 〈パワースラッシュ〉!」



 いつも寝る前に行っている『日課の素振り』を終えたクーネルは、いつもの癖で〈スキル〉を発動して訓練場の地面に剣を叩きつけた。

 赤き閃光をまとった鉄剣は訓練場の地面を穿ち地面は爆散した。

 ギルドマスターが丹精を込めて整備した訓練場には大穴が開き、周囲には大量の土砂がばら撒かれた。


 突然の轟音に驚いたギルドマスターが訓練場に駆け付けた時に目にしたものは、腰を抜かしてへたり込む四人の受講生たちと、折れ曲がった鉄剣を片手に吹き飛んだ地面を見て「やっちまった」という顔をしているクーネルの姿であった。


 瞬時に状況を理解したギルドマスターは頭を掻きながらクーネルに近づいていった。

 そして馬鹿なことをやった鬼教官の頭を思いきり叩いたのである。


「アホか! まだ初日なんだぞ。やり過ぎだこの戦場帰り!」

「す、すまない。ついいつもの癖で、思いきり剣を振り回してしまった」

「お前らもいつまで腰を抜かしてやがるんだ、とっとと立て! 戦場に行ったらこいつ程度の実力者は割とゴロゴロいるんだぞ!」

「「「「えええぇっ!?」」」」


 受講生たちは圧倒的な実力を見せたクーネルとその男を叩いて説教をするギルドマスターの存在に驚愕を隠し切れなかった。

 そんなギルドマスターから、クーネル程度の実力者はゴロゴロいると聞かされたのである。彼らの驚きは一瞬で許容範囲を超えてしまったのだ。


「こいつがいた最前線ってのは、こいつのような実力者が集団で当たったとしても支えるのが精一杯っていう地獄なんだよ。お前とお前は早ければ今年にも戦場に送られるんだろう。エクスとレイルはそんな戦場から零れ落ちてきた魔物と戦うんだろう。もっと気合を入れていけ。でなければ早々に死んじまうぞ、お前ら!」


 ギルドマスターは未成年二人の名前を覚えていなかった。

 冒険者の二人は金髪の片腕がエクスで、線の細い銀髪がレイルというらしい。

 受講生の四人は呆然とした表情で、自分たちに降りかかる絶望的な未来を思い描いていた。


「あ~悪い。悪かった、なにぶん冒険者ギルドの戦闘訓練の教官なんて初めての経験だったんでな。でもお前ら、ギルドマスターの言っていることは本当だぞ。とにかく戦場で戦うことになる魔物ってのは狂暴化している上の相当強いからな。そこから零れ落ちて国の中に紛れ込んだ魔物もやっぱり強いはずなんだ。だから強くなっておくに越したことはないと思うぞ」


 クーネルは頭を掻きながら初めての生徒たちの腕をとり、一人一人立たせていった。

 そうして彼らに鉄剣を持たせて素振りの仕方を教えたのである。

 彼らは黙って素振りを開始した。

 どうやらクーネルの行った規格外の素振りにショックを受けてしまったらしい。


 しかしそれも百回くらいで限界が来た。

 息を荒げた一人が剣を置くと、次々に文句が出始めたのである。


「ちょっと待ってくださいよ。勢いに押されて素振りを初めてしまいましたけれど、良く考えてみたらこんなことをする前にいくらでも学ぶべきことはあるじゃないですか」

「そうだそうだ! そもそも【戦士】や【剣士】以外の職業を授かる可能性だってあるわけだろう!」

「俺たちは最初から素振りをしているって言ったじゃないか! なんでわざわざここでもう一度素振りをしなくちゃならないんだ!」


 未だ黙々と素振りを続けているのは線の細いレイルだけで、名も知らぬ未成年二人と片腕のエクスは素振りなどしたくないと駄々をこね始めた。

 クーネルはとりあえずレイルに素振りを止めるように告げると、この訓練の意図を四人に説明したのである。


「悪かった。ではまずこの訓練の趣旨から説明しておこう。理由は単純明解だ。どんな【職業】を授かったとしても素振りは必ず行う事になるし、冒険者の二人には素振りが必要と思ったからやらせている。以上」

「いや、だからその必要と思った理由を説明してもらいたいんですよ」


 未成年の二人の内の一人がクーネルに食ってかかってきた。

 その少年は、クーネルが古倉庫の片付けの依頼の最中に知り合った、この町の商人の息子であった。

 彼の父親は一人息子が戦場で死ぬことがないようにとクーネルに戦闘訓練をお願いしたのである。

 ちなみにそのお願いが、今回の戦闘訓練が始まるきっかけとなったのだ。


(中々に生意気だな。しかしこの調子だと、遠からず死ぬことになるだろうな)


 そう考えたクーネルは、彼の要望に従い素振りをする意図をもう少し詳しく伝えることにした。


「理由は簡単だ。例えばお前さんたちが剣をメインとしない【職業】、たとえば【槍使い】とか【弓使い】、【魔法使い】や【僧侶】なんかになったとしても、必ず剣の訓練は行うことになるからだ」

「え? 【魔法使い】や【僧侶】もですか?」

「ああ。魔物に接近された時の対処方は必ず学ぶことになるからな。俺のいた部隊では、遠距離攻撃専門であっても、近距離戦闘の訓練は決して怠らなかったぞ」


 実際、弓や魔法で戦う者たちが魔物に接近されることで優位を覆されて殺されてしまう事例は多いのである。

 だから軍ではどのような【職業】であったとしても、必ず近距離戦の訓練を行うこととなっていた。


「剣を使っての素振りは、全ての武器に応用が利くからな。そして冒険者の二人にもそれを行ってもらっている理由は、お前たちがまともに剣を扱えていないからだ」

「なんだと!」


 エクスが激高したが、クーネルに睨まれるとすごすごと目を逸らした。

 だがエクスの怒りは収まらず、その怒りは相棒のレイルへと向かうこととなった。

 レイルだけはクーネルの指示に従い、ずっと素振りを続けていたからである。


「おいレイル! お前はどう思う? 俺の剣が魔物に通用しないと思うか?」

「通用しないとは思わないけれど、足りないとは思っているよ」

「なんだと!?」

「だってクーネルさんは明らかに僕たちよりも強いじゃないか」

「そりゃあ! ……そうだけどよ」


 流石にそこは認めざるを得ないのだろう。

 エクスは悔しそうに唇を歪めながらクーネルを上目遣いに睨みつけていた。

 一方レイルはキラキラした目をクーネルに向けていた。


(いいねぇ。一方は反抗的で、もう一方は手放しで賞賛してくれるのか)


 クーネルはもう少しこの二人に自由に会話させることにした。

 軍においてもこうした言い争いは割と頻繁に起きていた。

 そしてこの状況、つまりはお互いの意見を腹を割って話し合うことはかなり重要だったのである。


 腹に一物抱えている相手に背中を預けることなど出来はしない。

 例え喧嘩になったとしても、お互いの意見をぶつけ合い相手を理解することは戦場においては必要なことだったのだ。


「僕たちの実力が足りないと思ったから、クーネルさんは素振りから始めろと言ったんですよね」

「ああ、軍に入った経験がないからだろうな。そもそも基本がなってないんだよ、お前たちは」

「なんだと!」

「落ち着いてよエクス。えっとじゃあクーネルさんがその基本を教えてくれるって言うんですか?」

「訓練教官だからな。ちゃんと強くなるように鍛えるつもりだよ」

「そうですか。よろしくお願いします」

「レイル!」

「エクス、僕たちはもうずっとGランクから上がれないままじゃないか。どうしてなのかは分かっているんだろう? 魔物を倒せないからランクが上がらないんだ。違うかい?」

「そうだけど! こんな奴に!」

「脅されたことを怒っているのかい? 戦いってのは怖いものだって体を張って教えてくれたんだから、むしろ感謝するべきなんじゃないかな」

「くそっ! 勝手にしろ! とにかく俺には戦闘訓練なんて必要ねーんだよ!」

「エクス!」

「うっせーギルマス! これまでずっとやる気なかったくせに急にやる気になってんじゃねぇよ!」


 そう言い捨てるとエクスは訓練所から出て行ってしまった。

 痛いところを突かれたのだろう。

 エクスが消えた訓練所の扉を見ながら、ギルドマスターは実にいたたまれない表情をしていた。


 結局その後、素振り三百回に耐えられず未成年二人も逃げ出してしまい、訓練場にはレイル一人が残ることとなった。

 頭を抱えるギルドマスターを尻目に教官一人、生徒一人となった戦闘訓練は継続し、ついに残りは十分となった。


「よし、それまで。これからしばらくは走り込みに素振り三百回、それと基本的な剣と盾の使い方を教えていくこととなる。地味な訓練だが基本こそが最も重要なんだ。信じて付いてきてくれるとありがたい」

「分かりました。よろしくお願いします」

「では最後に、実戦形式の訓練を行う。これから魔物を召喚するから一人で退治してみてくれ」

「え!? 一人で魔物退治ですか? 僕まだ一人で魔物と戦ったことがないのですが」

「大丈夫だ。魔物といっても全く脅威のない相手だからな」


 そう言うとクーネルは〈召喚魔法〉を発動した。

 そして冒険者ギルドの訓練場に一匹の魔物が召喚されたのである。

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