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第10話 デビルサーモンの納品

2020/09/19 本文を細かく修正

「〈召喚〉!」


 クーネルが声を上げると、目の前に召喚魔法陣が出現した。

 その中に現れたのは一匹の鮭であった。

 体長は大きく、活きもかなり良いようだ。

 しかしその身体はどす黒く濁っており、全身から禍々しい雰囲気を漂わせていた。


 とても食用に耐えられる代物とは思えない。

 しかしこれを美味しく食べる方法は既に確立されているのである。


 クーネルは召喚魔法陣の中でビタビタと跳ね回っている鮭に近づくと、その魚体を押さえつけ額に浮き出ている魔石をくり抜いた。

 するとどうだろう。

 先程までの禍々しい雰囲気は消え去り、どす黒く濁っていた体色は綺麗な銀色へと変化していくではないか。


 しばらく経った後、そこに存在していたのは、活きが良くて旨そうな一匹の鮭であった。

 いや、その体は普通の鮭よりも一回りほど大きいようである。

 マンポテトと同様、魔物化した魚は普通の魚よりも大きく育つ傾向にあるのだ。


 魔物化した魚、通称〈魔魚〉から魔石を取り出せば、ただの大きな魚に変化することは広く知られていた。

 続けて九回同じことを繰り返したクーネルは、冒険者ギルドのカウンターの上に上等な鮭を十匹並べたのだった。


「これで今日の分はおしまいだ。デビルサーモン……もとい、上等な鮭を十匹、確かに納品したぞ」

「おう確かに。これでお前さんは次の次のランクまで一気に奉仕ポイントを稼いだことになるな」

「もうそんなになるのか。意外と簡単だったな」

「まぁこの四日間、毎日この量を納品しているからなぁ」


 クーネルの冒険者ランクは最下級のJから一段階上のIへと変わっていた。

 冒険者のランクはA~Jの十段階で構成されている。

 最初は誰しも最低ランクのJからのスタートとなり、ギルドで依頼をこなしていく内にI、H、Gと上昇していき、最後はAで打ち止めとなるのだ。


 クーネルは町の外に出ることは出来なくとも、休むことなく働き続けたお陰で短期間でギルドランクを上げることに成功していた。

 このままいけば近いうちに次のHランクへ上がることは確実だという話である。


 ちなみに町の中の依頼だけで上げられるのは、最高でもGランクが限界なのだそうだ。


 Gランク以上に上がるためには、町の外で魔物を退治する必要がある。

 これはランクアップの条件に町の外での魔物退治が組み込まれているからだ。

 それまでは町中での依頼だけでも事足りる。

 それを聞いたクーネルは、更に気合を入れて日々の依頼の達成に明け暮れていた。


 クーネルはこの四日間、一日も欠かすことなく奉仕依頼をこなしていた。

 15億もの借金を返済するためにはどうしても高額の依頼を受ける必要があるため、まずはギルドランクを上げることが先決だと考えたのである。


 ギルドマスターの勧めによりクーネルが行う奉仕依頼は食料の提供と決まった。

 そしてクーネルは一匹の魔物を次の召喚先に指定したのである。


 腹を空かした孤児や病人たちに必要なのは、とにもかくにも量であった。

 だから召喚できる魔物の中から最も可食部が多い魔物が選ばれたのである。


 それがたったいまクーネルが召喚し納品した魔魚であった。

 その名も『デビルサーモン』。読んで字のごとく魔物化した鮭のことである。


 孤児院においても病院においても、ここ四日間毎日のように納められてくる大量の鮭のお陰でだいぶ食糧事情が改善されたらしい。

 クーネルはギルドマスターを通して両院から感謝の言葉を伝えられていた。


 それを聞いたクーネルは苦笑を禁じ得なかった。

 クーネル自身には慈善事業を行っている自覚などないからである。

 すべては借金を返すため。ギルドランクを上げたいがために行っていることなのだ。


 そもそもクーネルは今回の件がなければ孤児院や病院の窮状を知ることもなく、奉仕依頼を行おうとも思わなかっただろう。

 徹頭徹尾自分のためだけに行っている行為で有難がられることに、クーネルはむず痒い思いを抱いていた。


「理由はどうあれ、お前さんが納めている鮭のお陰で助かる連中がいるのは事実なんだ。俺はもっと誇っても良いと思うぜ」

「仮にも奉仕をしているというのに、それを誇るってはおかしいだろう。それはともかく、今夜からで良いんだよな。あんたが言っていた戦闘訓練を開始するのは」

「ああ。お前さんのギルドランクが上がったおかげで一つ上の依頼も受けられるようになったからな。戦いを習いたがっている子どもが二人。そしてGランクの鼻たれ冒険者が二人の合計四人だ。時給は一人当たり千マーネ、とりあえず夕方から二時間で頼みたいと思うが大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない」

「一番良いのを頼む」

「分かっているさ。気合のこもった最高の訓練を受けさせてやるよ」

「ハレルヤ大神官の提案に従い、ギルドの二人分は冒険者ギルドが立て替えることになったんだ。頼むから失敗はしてくれるなよ」

「分かっているって。手は抜かないさ。ひょっとしたら同じ戦場で戦う事になるかもしれないんだからな」


 かつてギルドマスターがクーネルに提案していた冒険者ギルドでの戦闘訓練は本日ようやく行われる運びとなっていた。

 これは戦闘訓練を受けたいと願う冒険者がこれまで出てこなかったのが原因である。


 しかしここにきて状況に変化が生じたのだ。

 町の住人の中から、クーネルに戦闘訓練を付けてもらいたいと願う者が現れ始めたのである。


 言い出したのは、今年十五歳になる子どもを持つ親たちであった。

 彼らはここ最近、精力的に冒険者ギルドの依頼をこなしているクーネルが実は休暇中の兵士だと聞きつけたのである。


 突然町に現れたその男の評判は決して悪くなかった。

 当初こそ神の怒りを買ったとか、大神官様の秘密を暴いたとかで腫れもの扱いされていたものの、何度か依頼をこなすうちにその誠実な人となりと実直な仕事内容が評判となったのである。


 そして町の住人たちは、クーネルが王国軍の中でも精鋭揃いと呼ばれている辺境警備隊に所属していることを知ることとなった。

 だから彼らはクーネルに子どもたちを鍛えてもらいたいと考えたのである。


 冒険者が素人に戦いの手ほどきをするというのは、昔から存在するギルドの定番依頼の一つだ。

 最下級の冒険者であるJランクを卒業したクーネルは、この依頼を受けられるようになったのである。


 そして、町の住人が戦闘訓練を受けるというのに肝心の冒険者に受講生がいないというのは格好がつかないと焦ったギルドマスターは、遂に強権を発動したのである。

 具体的に言うと、若手冒険者の中でも特に力のない二人を無理やり受講生にしてしまったのである。


 クーネルからすれば受講生が増える事に異論などあるわけがなかった。

 なにしろ受講料は一人頭時給千マーネなのである。

 四人揃えば四千マーネ、二時間の講習で都合八千マーネが懐に入ってくるとなれば文句など出るわけがない。


 ちなみに昨日夜、つまりは十日目終了の時点でのクーネルの借金残額は以下の様になっている。



*六日終了時における借金残高:15億255万3000マーネ


*七日~十日までの間に稼いだ金額。


 午前、上下水道のごみ取り、四日間:三千マーネ×四日=一万二千マーネ

 午後、古倉庫の整理:二千五百マーネ

    引越しの手伝い:時給千マーネ×四時間=四千マーネ

    屋根の補修作業の手伝い:二千五百マーネ

    借金回収時の用心棒:時給二千マーネ×五時間=一万マーネ


 マンポテトの納品及び、極小魔石の回収、計四十体:二万四千マーネ

 ベイビースケルトンの召喚及び、極小魔石の回収、計四十体:二万四千マーネ

 ベイビーゾンビの召喚及び、極小魔石の回収、計四十体:二万四千マーネ

 デビルサーモンの極小魔石の回収、計四十体:四千マーネ


*十日目終了時におけるクーネルの借金残高:15億244万6000マーネ


 デビルサーモンの納品は奉仕依頼のため、金になるのは魔石の買取だけである。


 借金回収時の用心棒というのは、クーネルが借金の返済のために働いているという噂を聞きつけた町の金貸しが、ギルドを通じて正式に依頼してきた仕事であった。

 なにしろクーネルの身長は平均的な成人男性よりも頭一つ分は高いのである。

 戦士として長年最前線で戦い続けてきた体は筋肉質でがっしりとしており、その威圧感たるや町のチンピラとは比べ物にならないレベルであった。


 これが用心棒として借金取りと共にやって来るのだから、これまでのらりくらりと借金取りから逃れていた連中にとっては堪らなかった。

 勝手に萎縮しビビった彼らは八方手を尽くして金策に奔走し、借りていた金を利子込みであっという間に返してしまったのである。


 クーネルは金貸しから大絶賛された。

 そしてしばらくの間、この仕事に就くこととなったのである。


 なにしろ他のめぼしい依頼は根こそぎ終えてしまっていたのだ。

 上下水道のごみ取りも昨日の時点で終了してしまい、今日の午前中は全く別の仕事をしていたのである。


 これは仕方のないことであった。

 なにしろクーネルは借金の返済のために、とにかく報酬の高い依頼から優先的にこなしていたのである。

 報酬の高い依頼を先にこなしてしまえば、後に残るのは報酬の低い依頼ばかりに決まっている。

 だからクーネルはギルドマスターが提案してくれた戦闘訓練の依頼に期待をかけていたのである。


 なにしろこの依頼は、受講者が増えれば増えるほど収入が増す仕組みとなっているからだ。

 収入が減少傾向にあったクーネルにとって渡りに船の提案だったのである。



「受講者の【職業】は、一応初回だからということで、お前さんの前の【職業】【戦士】に限定してある。ちなみに冒険者二人のレベルはそれぞれ5と6だ。子ども二人はまだ【職業】を授かっていないからお手柔らかにな」

「冒険者二人のレベルが随分と低いな。それじゃあ目に見えるスキルはまだ使えないだろう」

「ああ。使い物になるんなら最初から軍に取られているからな」

「それもそうか。ん? ということは、その二人は何か問題を抱えているのか?」

「その通りだ。子ども二人の方は健康そのものだが、冒険者の二人は最初の適性検査の時点で弾かれちまっている」

「病気か? それとも事故?」

「両方だ。片方は生まれつき体が弱く、もう片方は子どもの頃に火事に巻き込まれた時に負った怪我のせいで片腕がない」

「そんな奴らが冒険者をしているのかよ」

「他に働き口がなかったんだよ。言っただろう? 今の冒険者ギルドは、軍にも弾かれ普通の職にも就けない奴らが最後に辿り着く駆け込み寺だってな」


 才能に満ち溢れた在野の若者が一獲千金を夢見て冒険者ギルドの門を叩く、などという話は今のこのご時世には存在しない夢物語なのだ。

 戦える者は軍に所属し、戦えない者は村や町で後方支援に徹している現状、冒険者ギルドに流れてくるのは、そのどちらからも弾かれた者だけなのであった。


 そんな彼らではあるが収入には事欠かなかった。

 なにしろどこもかしこも人手不足であるが故に、働き口がなくなるという心配だけはなかったのである。


 だからといって、現状のままで良いとはギルドマスターは考えていなかった。

 冒険者は依頼をこなしていく内に強くなり、更に難しい依頼をこなせるようになってもらわなければ困るのだ。


 そしてそのためには戦闘技術の向上は必要不可欠なのである。

 軍は活性化した魔物の群れの対応に手いっぱいで、とても個別の案件にまでは手が回らない。

 だからそういった細かな仕事は自由に動き回れる冒険者が対応しなくてはならないのだが、その実力が今の冒険者にはないのである。


 果たしてクーネルの戦闘訓練はどのような結果を冒険者ギルドにもたらすのか。

 それは長年冒険者ギルドにかかわってきたギルドマスターにも分からぬ事であった。

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