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プロローグ

久し振りの新連載です。

よろしくお願いします。


2020/09/09 本文を細かく修正

「この愚か者がぁ!」


 ここはタンサン王国の首都アラトンタにその威容を誇るハロワック神殿の中央祭壇である。


 通称〈転職の神殿〉として人々の憧れを一身に集めるその神殿のど真ん中で、〈虐殺者〉の異名を持つ【戦士】クーネル=アスオーブは降臨した神に大目玉を喰らっていた。


「言うに事欠いて「楽をしたいから」とはどういうことか! 貴様はこの世界の実情を理解しておらんのか!?」


 神が一喝するたびに大気は震え、激しい雷光が縦横無尽に室内を蹂躙する。

 神聖な神殿内を飾り付けていた数々の聖具は見るも無残に吹き飛ばされ、内壁には無数の傷が付けられていった。


 〈転職の儀〉を執り行っていた大神官は泡を吹いて失神している。

 儀式のサポートのために神殿に集まっていた神官やシスターに至っては、いつの間にやら影も形も見あたらない。


 見れば、中央祭壇から外部に通じる扉のほとんどがいつの間にやら開け放たれていた。

 儀式の最中は何人たりとも出入り禁止であるはずなのだが、どうやら皆取るものもとりあえず逃げ出してしまったようである。


(まぁこの状況では致し方ないとは思うが)


 周囲の確認を終えたクーネルは、目の前に浮かぶ怒れる神へと視線を戻した。


「貴様は仮にも【戦士の職】を極めた剛の者であろう! それが「楽をしたいから【召喚士】になった」などと、よくもそのような戯言を口にできたものだな。恥を知れ!」


 ひときわ強い口調で説教が飛んできたと思った次の瞬間には、先程までとは比較にならない強さの凄まじい衝撃波が中央祭壇内部に吹き荒れた。


 中央祭壇の中にはいくつもの長椅子が並べられている。

 ここは転職の儀を行うことの出来る国内唯一の神殿であった。

 しかし転職の儀が行われていない時は、ここは信徒たちが祈りをささげ、神官が迷える子羊に道を示す神聖な神の箱庭なのである。


 そんな歴代の信徒たちの思いを受け止めてきた長椅子は、一脚一脚が相当な重さを誇る重量物であった。

 鍛え上げられた神殿騎士であっても数人がかりでなければ動かせないはずのそれらが、荒れ狂う神から発せられた衝撃波によって小枝のように吹き飛ぶ光景は圧巻の一言であった。


 それらの内の幾つかは、窓を突き破り建物の外にまで飛び出して行ってしまっている。

 何に使うのかは分からないがとにかく豪華で高価であることだけは間違いない中央祭壇内部を飾っていた聖具という名の装飾品の数々もまた、バラバラに弾け飛んだり、壁にめり込んだり、割れた窓から外へ飛び出して行ってしまっていた。


 そんな嵐のような神殿内部でクーネルが傷の一つも負っていないのは、ひとえに長年の戦場経験の賜物と言えるだろう。

 実際のところ、彼が長年戦い続けてきた戦場では、必殺の豪弓や不可視の斬撃、そして喰らったら即死の剛腕や視界を埋め尽くすほどの炎の塊などが当たり前のように飛び交っていたのである。


 一寸先は闇と言うのもおこがましい地獄もかくやといった戦場を文字通り命がけで駆け抜けてきたクーネルだからこそ、この状況下を無傷でやり過ごすことが出来たのである。

 実際、気絶して床に倒れ伏していた大神官は、荒れ狂う長椅子によって危うく命を散らす寸前であった。


(これを放っておくのは流石に寝覚めが悪いな)


 そう考えたクーネルは速やかに大神官の身柄を確保したのだが、九死に一生を得た大神官の頭部には見事に禿げ上がった無毛の頭頂部が広がっていた。


「ぶっ!?」


 どうやら儀式の際に見かけていたあの豊かな金髪はかつらであったらしい。

 目線を上げれば、荒れ狂う中央祭壇内部で金色のかつらが舞うように飛んでいる光景を目にすることが出来た。

 しかしそれはクーネルが回収するよりも早く、長椅子に引っかかって共に神殿の外にまで飛び出して行ってしまった。

 大神官のかつらは神の怒りに吹き飛ばされて神殿の外にまで飛んでいってしまったのである。


 今日という日はハロワック神殿の大神官様の頭頂部が禿げていた事が衆目に知られた記念すべき日となるであろう。


(そうだと助かる。むしろそうでなくてはかなり困ったことになる)

(そうであるならこの状況もまた笑い話となるのだが)


 と神に祈ったクーネルであったが、その神に怒られていることを思い出し、すぐさま祈りを中断したのだった。


「確かに貴様は転職の条件を満たし【召喚士】となった! しかし世界の現状に目を向けず、ただ己の欲望のためだけに我が奇跡を扱おうとする者を我は決して祝福したりはせん!」


 〈怒髪天を衝く〉とはよく言ったものである。

 神が怒ったその瞬間、なんと神は文字通り〈頭から火を噴いて〉神殿の天井を吹き飛ばしてしまった。


 粉々に砕かれた天井の破片がクーネルと気絶したままの大神官に降り注いだ。

 クーネルは危なげなくそれらを素手でさばいていく。

 転職の儀において武器の携帯はご法度である。

 しかし戦場にあっては武器を失うことなど日常茶飯事の出来事だったのだ。

 いざという時に頼れるのは結局のところ己の肉体のみだと骨の髄まで理解していたクーネルは、当然のように格闘術も修めていたのである。


 ここ数年とみに激化の一途を辿る戦場を生き抜くために本気で鍛え上げたクーネルの格闘術は、神の怒りを発端とする神殿の崩壊という大災害からも彼の命を救ったのだ。


「もう一度だけ聞くぞ! 心して答えよ、〈到達者〉! 貴様が【召喚士】の力を求めた理由とは何ぞや!」


 虚偽の説明など許さない。

 もちろん先程聞いたばかりのふざけた回答などもっての外だと、神は怒りをまき散らしながらクーネルに同じ質問をぶつけてきた。


 しかし、それに対するクーネルの答えは最初と何一つ変わりはしなかった。

 クーネルはいつの日かこの日が来る事を夢見ながら必死に戦場を生き抜いてきたのである。


 クーネルはこの国で兵士をしていた。

 この世界は現在魔物の活性化が最盛期を迎えており、世界中のありとあらゆる場所で人と魔物が戦いを繰り広げている。

 そんな地獄のような世界情勢の中、兵士となったクーネルが配属されたのは、この国における最激戦地と呼ばれる場所の一つであった。


 昨日笑いあった戦友が翌日にはひき肉に変わっていることなど珍しくもなんともない地獄という名の戦場で戦い続けて早十年。

 先日、クーネルの【職業レベル】は遂にカンストし、こうしてめでたく転職の儀を行うことが出来たのである。


 ちなみに〈カンスト〉とは〈それ以上は上がらないほど神から授かった職業の力を上げきった〉ことを意味する言葉である。

 言葉の由来は不明であるが、遥か昔から使われてきた言葉であることは間違いないらしい。


 今でこそ〈虐殺者〉と呼ばれ、吟遊詩人の歌にも歌われている【戦士】クーネル=アスオーブはそもそも怠け者であった。

 働いたら負け、むしろ働かずに生きていくにはどうすればいいのかを幼い頃から真面目に考えることだけが生きがいという、骨の髄まで蕩けきった生粋の怠け者だったのである。


 彼の実家が貴族であったことも彼の怠け癖に拍車をかけた。

 彼は本来であれば特に働くこともなく、食う寝る遊ぶな生活を送ることも出来たはずだったのである。


 そんな彼の人生が一変したのは、彼が神から【職業】を授かる十五歳を目前にして世界中で魔物が活性化するというあり得ないレベルの劇的環境変化が起こったためであった。

 あっという間に世界中が、どこもかしこも戦時下となったのである。

 そして働かざる者食うべからずの風潮が無情にも吹き荒れることとなったのだ。


 しかしそれはまだ悲劇の序の口に過ぎなかった。

 魔物の活性化による兵士の死者数が洒落にならない数に登る頃には、学徒動員、強制徴用は当たり前となり、怠け者だった彼の下にも強制徴用の知らせが届いてしまったのである。


 彼にとっては運の悪いことに、彼は体格に恵まれていた。

 おまけに貴族であるが故に幼いころから学ばされてきた戦いの技術を持っていたのである。


 神から授けられた職業もおあつらえ向きの【戦士】であったがために、何通も書いた転属願いと少なくない金をはたいての根回しは何の効果も発揮せず、彼は晴れて最前線に送られる羽目になったのだ。


 彼は必死に戦い続けた。

 戦って戦って戦い抜いて、本来は怠け者であったというのに歯を食いしばって頑張った結果、いつの間にか〈虐殺者〉の異名を持つ有名な【戦士】として成長し、遂にはこの終わりなき地獄から抜け出す機会を得ることが出来たのである。


 戦場から逃げようと思えば逃げることは出来たかもしれない。

 しかし彼は怠け者ではあったものの卑怯者ではなかった。

 いくら生来の怠け者とはいえ、戦場で血を流す戦友たちを放置して一人気ままに放蕩生活をしたいとまでは思わなかったのである。


 だが彼は常日頃から「多少は楽をしたいと考えたところで罰は当たるまい」と考えていた。

 そんな風に考えていた彼は、とある【職業】の存在を知ったことで更にその思いを強くしたのである。


 それは戦場でたまに見かける【召喚士】という職業であった。

 彼らは自らの肉体を用いて戦ったりはしない。

 召喚した魔物に命令を下して同じ魔物を屠っていたのである。


 魔物を使役して魔物を倒すという【召喚士】たちの戦い方にクーネルは激しい憧れを抱いた。

 【戦士】だからという理由で重い武器や防具を身に着ける必要がない。

 そんな重量物を装備して坂道や泥の中を駆け回る必要が彼らにはないのである。


 安全な後方で魔物を召喚し、召喚した魔物に命令を下して、その魔物が倒されたら再度新しい魔物を召喚しなおすだけの非常に楽な戦い方。

 その日召喚可能な魔物のストックが尽きたのなら潔く撤退するだけという、残業なしの働き方改革。

 ちなみにその際に彼らの殿しんがりを命じられるのは、いつだってクーネルのような【戦士職】だったのである。


 彼らの立ち位置にスタンスに、クーネルは心底憧れを抱いた。

 羨望であった。夢にまで見たくらいだったのである。

 彼らのように楽して戦いたかった。生まれついての怠け者は伊達ではないのだ。


 だから転職の儀が無事に終わり晴れて念願の【召喚士】となった彼は、神に【召喚士】を選んだ理由を聞かれて「楽がしたいからです」と素直に答えてしまったのである。

 それが神の逆鱗に触れた。

 どうやら神はクーネルの語った転職理由をお気に召さなかったようなのだ。

 しかしそれはクーネルにとってはお門違いもいいところであった。


 戦わないとは言っていない。

 ただ少しだけ楽をしたいと願う事の一体何がいけないというのか。


「私が【召喚士】を選んだ理由は楽をしたいからです。【戦士】という職業は常に最前線で戦わなければならないために心も体も消耗します。しかし【召喚士】であれば召喚した魔物に戦わせることが出来るので、【戦士】であった時よりも楽が出来ると考えました」

「より一層の強さを求めて、他の【戦士職】を選ぼうとは思わなかったのか? 【重戦士】や【狂戦士】、いや貴様の実力と実績であれば最終的には【英雄】や【勇者】への道すらも選べたのかもしれんのだぞ?」

「冗談じゃありませんよ、そんな人生はまっぴらごめんです」


 クーネルにとって神の言っている事は、同僚や上官から幾度となく聞かされて耳にタコが出来ている内容だった。

 まだ二十代半ばという年齢で、職業レベルが上げ辛いことで有名な【戦士職】を転職可能となるまで磨き上げた彼は、部隊はおろかこの国にとっても有望な若手株だったのである。


 しかしクーネル自身にとってそれは、まったく興味が湧かない未来図であった。

 大体にして狂ってどうする。

 【英雄】や【勇者】にしたところで、物語として聞く分には楽しいのだろうが、苦しい戦場で長年に渡って戦い続けた経験を持つ彼からすれば、絶対にまかり間違っても選択したくない人生設計だったのである。


 それよりなにより楽がしたい。

 何度も言うが戦わないとは言っていないのだ。


 【戦士職】を極めた彼の戦闘力は、間違いなく本物なのである。

 だから転職するにあたって部隊長から長年の部隊への献身を認められ、溜まりに溜まっていた三ヵ月にも及ぶ長期休暇を終えた後は、きちんと部隊に戻り戦場に復帰するつもりであった。


 戦場で今も戦っている仲間たちの命はもちろん大切だ。

 むろん生まれ育ったこの国を愛してもいるし、まだ見ぬ世界中で戦っている人々の命も重要だと言えるだろう。


 だが、それらを差し引いても彼は自らの本性を否定することができなかったのである。

 怠けたいのだ。楽がしたいのである。


(召喚した魔物に戦わせて多少楽をしたいと願ったところで、どうしてここまで怒られなくてはいけないのだろう)

(いくら何でも理不尽ではないか)


 とクーネルは本気で考えていたので、神に対して一歩も引かなかった。


「人は持って生まれた運命に従う義務があるのだ! 体格に恵まれ、過分な戦闘力を手にした貴様は、人々の先頭に立って戦い続けるべきであろう!」

「そうおっしゃるのであれば、どうして神様は転職というシステムを作ったのですか。自らの進むべき道を自らの意思で選ぶことが出来るというのであれば、私は本能に従って楽をすることが出来る道を選びたいと思います。というか既に選び終えてしまいました。私は既に【召喚士】であります」

「許さぬ、許さぬぞ! 貴様の存在を認めてしまっては、〈あの女神〉の忠告が現実のものとなってしまうではないか!」

「あの女神? あの、一体何のお話で?」

「何が『しょせんあなたは世界を維持する事に関しては掛け値なしの童貞坊や』だあの女ぁぁ! 『人の営みを制御することなど土台不可能なのよ』だとぉ? 『何が起こるか分からないから世界の管理は面白いんじゃない』だなんて、分かったような口をききやがってぇ!」

「神様? ちょっと神様!?」

「今まさに私が配属された世界が混沌に飲まれようとしているのだ。放っておけるかこんなこと! それなのに久し振りに出てきた到達者の望みが楽をすることだなんて断じて認めん! 貴様! 貴様には! 貴様の転職は大失敗だったと、世界中の者どもに認識させる必要がある! 違うか!?」

「私は違うと思いますが……ぐっ!?」


 突然神の右手が光り輝き、次の瞬間には極太の光がクーネルの体を貫いていた。

 クーネルは驚き慌てた。我を忘れた神の手によって殺されたと思ったのである。

 しかしクーネルの体には傷一つなかった。

 では今の光は一体何だったのだろうか?


「貴様にはこの私が直々に〈呪い〉を掛けてやった! これは『召喚した魔物が決して貴様には従わない』という呪いだ! 楽をするなど断じて許さん! 血を浴び、汗を流し、世界を守るために全力を尽くすがよい!」

「えぇ!? ちょっ、神様? 神のくせに呪いって! オイ消えるな! 待てよ、待ってくれ神ぃぃぃ!!」


 気付いた時には中央祭壇から神の気配は消えていた。

 こうしてクーネルは歴史上初となる、召喚した魔物を従わせることが出来ない【召喚士】となったのである。

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