勇者に「追放」と言われた魔法使い、今すぐその場で隠してきた力を使って「ざまぁ」してやる
知識を広げるため、この世界で私は人間の魔法使いとなり、勇者のパーティーに加わった。
彼らの中では地味で貧弱な存在だが、知恵と魔法では誰よりも役立ってきたという自負がある。
私は皆に感謝していた。
勇者と仲間たちにも感謝して欲しかった。
そう思ってもいいだろう。
皆でこの世界の魔王を倒し、人間たちの頂きにまで成り上がることができたのだから。
「魔法使い、お前をパーティーから追放する!」
なのにこれである。
私を酒場に呼び出した勇者は、私と向かい合った途端にこう言い放った。
周りで、剣聖が、女賢者が、パーティーのメンバー全員がケラケラと笑っている。
酒場にいる部外者たちまでもが、あからさまに侮辱してくる。
共に戦った仲間たちが、救ってやった者たちがだ。
人間たちの何と愚かなことか。
「そうか、わかった」
なので私は今まで隠してきた力を呼び覚まし、軽く振った杖で勇者の顔を豪快にブン殴った。
勇者の面が無様なものと化し、私を笑っていた周囲の者たちが一転して騒ぎ出す。
「それで理由はなんだ? 勇者よ、教えてくれ」
人が質問しているというのに、勇者は床でのたうち回り、私が聞きたい答えの代わりに呻き声を上げ続けた。
「てめえー!」
剣聖が真っ先に怒り、私の背後から斬りかかった。
正々堂々たる剣士の頂点に位置する者が何と卑怯な。
ご自慢の称号と手にする聖剣が泣くぞ。
ましてその剣は、かつて私が手に入れ、お前にくれてやったものだというのに。
「ふん」
だから振り向きざまに杖を払い、奴の聖剣と右腕を一緒に叩き折る。
剣聖とはいえ、以前の私からすれば遅すぎた。
「があっ!?」
さらに悲鳴と同時に、奴の両肩と左腕を杖で打ち砕く。
「……ぎゃああああああああああ!!」
剣聖という奴のプライドもろとも再起不能にまで粉砕する。
「ほう、剣聖。なかなかいい声で鳴くじゃないか」
「呪われろー!!」
次に女賢者が呪文をかけてくる。
猛毒、暗闇、麻痺、睡眠、火傷、出血、激痛、沈黙、幻惑、混乱、魅了、疫病、恐怖、発狂、肉体と精神の弱体化などといった状態異常全てを一片にかける呪文をな。
この世界の魔王にも一定の効果があった。
「うん、何かしたか?」
「えっ……!?」
だが私には効かない。
「なんで!?」
「ところで賢者よ。女のお前はどんな声で鳴いてくれるのだ?」
そして女賢者に同じ呪文をかけた。
「……いやああああああああああああああああ!?」
私がじっくりと楽しむために、状態異常の強弱を思いのままに操る効果を付加してな。
「うむ。やはりいい声で鳴いてくれるな。では、次にこんなのはどうだ?」
「いやああああああ! やめてえええええええ!!」
女賢者が泣き叫び、他の仲間たちが茫然となる中、勇者がやっと立ち上がる。
「お前ら、こいつをぶっ殺せ!!」
パーティーのリーダーである勇者の命令で、仲間たちが私に向かって一斉に襲いかかる。
私は仲間たちにわからせてやるために、片手で杖を振るった。
床が血の海と化し、椅子やテーブルが倒れて、杯や皿に盛られていた酒や食べ物まで下に飛び散ってしまう。
もったいないことをしてしまった。ここの料理は実に美味だというのに。
数分後、襲いかかった仲間たちは、私の杖に叩きのめされて全員倒れ伏していた。巻き添えを喰らった部外者もろともな。
「おいおい、杖一本しか使わない貧弱な魔法使い相手になんてザマだ。世界を救った勇者一行が聞いてあきれる。おっと、そういえばまだ追放の理由を聞いていなかったな。なあ、一体どうしてなんだ?」
私は仲間たちにたずねる。
なのに仲間たちときたら、痙攣したり、もがき苦しんだり、恐怖に震えるばかりで、誰一人答えてくれない。
「全く、私たちは仲間だったのではなかったのか。なあ、どうなのだ、勇者よ?」
私は唯一人倒れていない勇者に話しかける。
勇者は立ち尽くすことしかできずにいた。
「……待て。待ってくれ。俺たちが悪かった。追放は取り消す。だからもう許してくれ……。俺たちは仲間だろう?」
勇者が誇りを捨てて命乞いをする。
「いや、実を言うとだな、勇者よ。追放の理由など、そんなことはもうどうでもいい」
「な、なに!?」
私はそうはっきりと言ってやった。
「あらかた予想がつくし、どうせくだらぬものだ。口に出すのも無駄なぐらいにな」
私は地味で貧弱な魔法使い。世界を救った勇者のパーティーにふさわしくないから存在ごと抹消したい。人々に広める名誉や後世に遺す伝説を最高の形にするために。
こんなところだろう。
「ああ、実にくだらぬ。そんな私利私欲のために仲間を裏切って、受けた恩を仇で返すとは。私の方は大事な仲間だと思っていたのに。ただ感謝してくれれば、それだけでよかったのに……」
「お前の言う通りだ。俺たちが間違っていた。だからもう……」
「だからな、勇者よ。私は決めたのだ」
すがりつく勇者に、私はニヤリと笑みを浮かべて言ってやる。
「あんなことを言われたのだ。お前が『追放』と口にした時点で、私は決めたんだよ。これからお前たちを泣かせて、弄んで、たっぷりと楽しんでやるとな!」
「なっ……?」
勇者が返す言葉を失う。
「なあ、勇者よ。そんなことをしたって構わないだろう? 私たちは大事な仲間なんだから」
「……ああ、いいぜ」
そして勇者は笑った。
「ただし、楽しむのは俺たちだけだ!!」
勇者が剣を抜き、天に向かって振り上げる。
その剣先に向かって、回復した周りの仲間たちが手を伸ばす。
仲間たちと力を合わせて放つ合体魔法。
彼らの希望たる勇者のみに許された究極の電撃が、剣の刃に宿って神々しく光り輝く。
「喰らえ、バケモノ――」
勇者が今まで話していたのは、全てこの瞬間のために。
「――《天地両断剣》!!!」
この世界の魔王を討ち滅ぼした勇者パーティー最強の一撃が、私の身に振り下ろされた――。
「ははは、どうだー、ざまあみやがれ!!」
酒場から周辺一帯を吹き飛ばした勇者の前には、大きな黒煙が立ち昇っていた。
大勢を巻き添えにした勇者と仲間たちは、自分たちの生存と勝利に笑う。
「――ああ、お前たちがな」
そんな勇者と仲間たちが、その声を聞いただけでヘビに睨まれたカエルのように震え上がった。
「こう来るとは初めからわかっていた。それでも合体魔法にも仲間として加わり、わざと受けてやった甲斐があったというものだ」
勇者と仲間たちに向かって黒煙を払いながら、私は五体満足な姿で現れた。
「そ、そんなバカな!?」
「《天地両断剣》が効かないだなんて!?」
「一体どうして!?」
そんな私を前にして、仲間たちは理解が追い着かない。
「魔王をも倒した一撃が、どうして私に効かないのかだって?」
私が声を発しただけで、皆が黙り込む。
「もちろん教えてやるとも。私は仲間だからな」
何も言えない勇者たちが、藁にもすがる思いで私の言葉に耳を傾ける。
「剣聖の聖剣、賢者の呪文、勇者の《天地両断剣》。魔王を倒す切り札となったこれらはな、どれも元々この世界にはなかったものだ」
「な、なに……?」
「そうとも。どれも私がこの世界に新しくもたらしたものなのだ。全く別の世界からこの世界の人間に転生してやって来た時に、ちょっとした手土産としてこの世界の摂理を書き換えてやったのさ」
「転生? 別の世界? 世界の摂理……?」
「そうだとも。だからお前たちの切り札が私に効かないのだって、世界の摂理だろ?」
「お、お前は、何を言ってるんだー!?」
勇者が絶叫した。
「別の世界から転生!? 世界の摂理を書き換えた!? そんな魔王にもできない……神にしかできないようなことなど、お前にできるわけがないだろうー!?」
「ところが私にはできるのだよ。かつての私は、お前たちの想像を遥かに超越した存在だったのだから」
「……なんだって」
「この世界に来る以前の私はな、たくさんの神々と世界を滅ぼしてきた、異世界の魔王だったんだよ」
「お、お前が……魔王!?」
私の告白に、皆が驚愕する。
「ああ、そうさ……。無論、この世界の魔王など足元にも及ばぬし、今まで隠してきた力は、かつてのものと一切合切変化はない」
勇者と仲間たちの顔が、絶望に染まっていく。
「さあ、話は終わりだ。勇者たちよ、一緒に楽しもう」
「……やめてくれ」
「そんなこと言わないでくれよ。私たちは、仲間じゃないか」
「……やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
その後、私はたっぷりと楽しんだ。泣き叫んでくれる仲間たちと一緒にな。
それから終わらせようとした時だった。
「……おっと、一度だけでは足りないな」
思わずそうつぶやいてしまった。これで終わらすにはもったいないなと。
どうやらやっていくうちに嗜虐心と知的好奇心を随分と刺激してしまったらしい。頭の中に様々なパターンが思い浮かんでくる。
よし、もう一度だ――。
「魔法使い、お前をパーティーから追放する!」
私を酒場に呼び出した勇者は、私と向かい合った途端に言い放つ。
一度目と同じように。
「そうか、わかった。世話になったな」
私はそれ以上何も言わず、その場を後にした。
時を巻き戻したわけではない。別の世界の出来事でもない。
あの後、何もかも元通りにして、記憶を消し、彼らにとっての時間だけが、私を追放する瞬間から再開するように仕向けただけだ。
それと、勇者と仲間たちにはある呪いをかけた。
「魔法使い! かつての仲間だろうと容赦はしねえぞ! 死ねえええー!」
その後、私は単独で名を広め、勇者のパーティーとの覇権をかけた決戦となる。
「……ハッ!?」
まさにその決戦が始まった瞬間に、かつて私にしたこと、されたこと、全てを思い出すことになる呪いをかけたのだ。
「どうした、勇者? かかって来ないのか? 来ないのなら、私から行くぞ」
「待っ、待ってくれー!!」
勇者と仲間たちがガタガタと恐怖に震えながら私の前で土下座した。
「俺たちが悪かった! この通りだ。心から謝る。どうか許してくれー! もうあんなことは……あんなことは二度とゴメンだー!!」
「謝罪は、それだけか?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! すいませんでした、すいませんでした、すいませんでした、すいませんでした、すいませんでしたー! 申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません! 俺たちが悪かったですー! 許してください、許してください、許してください、許してください、許してくださーい、許してくださーい! 魔法使いさまー!!」
「「魔法使いさまー!!」」
勇者と仲間たちが、何度も地面に頭を叩きつけて、泣き叫んで私に懇願する。
「……もちろんだとも、勇者。そんなに謝らなくていい。私とお前たちの仲じゃないか」
そんな仲間たちに、私は優しく声をかけてやった。
「私たちは仲間だろう。さあ、顔を上げてくれ」
勇者たちが嬉しそうに顔を上げる。泥と涙で濡れたその顔は、輝かしい希望で満ち溢れていた。
そんな彼らに向かって、私は満面の笑みを浮かべて言ってやる。
「もちろん……ダメに決まってるだろう」
その時の勇者たちの顔ときたら、実に傑作だったぞ。
それからまたたっぷりと楽しんだ後に、全てを元通りにして次の呪いをかけた。
「魔法使い、お前をパーティーから追放する!」
私を酒場に呼び出した勇者は、私と向かい合った途端に言い放つ。
「………………!!!?」
次は、この瞬間に全てを思い出す呪いをな。
「そうか……。私は追放か」
「待っ、待っ、待っ、待ってくれー!!」
「何を言うんだ、勇者。私とお前たちの仲じゃないか。これからも私を楽しませてくれよ……。そうとも、これからも、たっぷりとな」
私がそう言うと、勇者たちは聞いたこともない絶叫を上げてくれた。
ああ、笑いがこらえられない。
次から次へとアイディアがひらめいてしまう。
これはしばらくの間、こうして繰り返しているだけで生きていけそうだ。