悪女登場
【次回予告 伝説の秘宝が明らかになるっス】
「何者だ!出てこい!私達が領主様の許可を受けている徴税請負人である事を知っての狼藉か」
徴税請負人の隊長は、無数の針が刺さった兵士を見て叫んだ。
兵士はまだ生きているようであったが、身動きする事が出来なくなっているようだった。
リオンは言われるまでもなく、ネルを盾にしながら、出来るだけ兵士から離れていく。
「おほほほほ。わたくしは強盗風情に名乗る名前はなくってよ」
リオンが声がした方に目を向けると、そのには馬に跨った集団がいた。
その集団は見るからに盗賊の様なカッコをしていたが、不清潔という訳ではなく統率され訓練されている軍隊のようであった。
その中心には場違いな漆黒のドレスを纏った女が、一際大きな馬に跨っていた。
「なんだと!お前達の方が強盗だろうが。領主様に逆らうゴミどもめ!」
「あら。わたくし達と貴方達の違いなんて合法的な強盗か違法な強盗の違いしかなくってよ?悪法もまた法ですわね。うふふふふ」
漆黒ドレスの女性の顔は、傷を負っているのか血でどす黒く変色した包帯で覆われており、その表情を窺う事は出来なかった。
包帯女は長い黒髪を風に任せて揺らしながらニタリと笑い、口の隙間から白い歯を覗かせた。
白い歯が漆黒の衣装と相まって、余計に不気味さを増やしている。
「ふざけるな!こいつらを殺せ!」
徴税請負人の隊長は強盗の集団を捕まえるように部下達に命令を下ていく。
「姉御。俺達が始末していいか?」
「ふふふ。今回は、わたくしに任せて頂いてもいいかしら。少し気になる事がありますの」
包帯女が部下達から3歩ほど前にでると、手に持っていた黒い日傘をクルクルと回す。
一瞬、太陽の光が包帯女の周りで強く輝いたようだった。
「ぎゃああああああ」
「痛い。痛……い。い……た……」
「助けて。助け……て。ぐは」
兵隊達の全身には、いつの間にか針が無数に刺さっていた。
針の先端には毒が塗ってあるようで、口から泡を吹いて死んでいる者もいる。
「ち、ちきしょう!領主様に軍を派遣して頂くからな。そしたらお前ら盗賊なんぞ終わりだ。お前ら覚悟してろよ」
隊長は捨て台詞を吐いて逃走を試みようとしたが、包帯女が日傘を持っていない手を軽く上げるっと前のめりに突っ伏した。
隊長も全身を痙攣させながら泡を吹いている。
隊長の首のあたりには光る物が突き刺さっており、彼も毒でやられたようだ。
リオンが唖然として包帯女を見ていると、後ろでドサリと大きく何かが倒れる音がした。
リオンは嫌な予感がして急いで振り返った。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああ」
大地に強く頭を打ち、胸を掻き毟っているスイが目に入ってきた。
「まさか。スイにも毒が……。おい!スイ!大丈夫か?」
リオンはスイに駆け寄り、彼女の体に触れようとした。
「ぎゃああああああああああ。苦しいのだ。痛いのだ。うぐぐぐぐぐ」
「クソ!どうしたら……」
リオンはネルの盾がない左手でスイの手を握りながら、スイの顔を確認する。
スイの顔は真っ青になっており、額には大粒の汗が浮かび上がっていた。
「リオン君。僕は……もう……駄目かもし……ないのだ」
スイはリオンが握っている手を弱々しく握り返した。
「スイ!大丈夫だ!安心しろ。俺が何とかする」
「ありがとうなのだ。嘘でも嬉しいのだ。今まで楽し……」
スイの唇が震え出し、最後まで声は紡がれなかった。
スイの呼吸は荒くなり続けていたが、未だに何かをしゃべろうと口を動かそうとしている。
「スイ!スイ!スイ!畜生!俺の家族を!今、解毒薬を手に入れてやるからな」
リオンは決意の籠った顔をし、スイの腕を優しく彼女のお腹の上に戻す。
「おい!お前!スイに何をした?」
リオンは勢いよく立ち上がり、包帯女に向かった叫んだ。
リオンの顔は家族を傷つけられた怒りからか、普段では考えられない表情をしている。
リオンの中で苛立った憤りがドス黒いモノへと変質し、胸の奥へと食い込んで行く。
リオンが放つ威圧に、包帯女も一瞬怯んでしまう。
「今なら許してやる。スイに使った毒の薬を今直ぐに寄こせ!」
「わたくしはそこの女には何もしていませんことよ」
「そんな訳あるか!白を切るというなら俺にも考えがある」
リオンは拳を強く握り過ぎて、爪が掌に食い込んでいた。
「そう言われましても、わたくしは……」
荒くれ者の盗賊達を従えている包帯女が、リオンの気迫に押されてしまっていた。
「そうか……それなら勅、モゴモゴ」
「主、待つっス。少し落ち着くっス」
ヤキトリが慌てて、リオンの口を塞ぐ。
「ヤキトリ!時と場合を考えろよ。いくらお前でも許さないぞ」
リオンはヤキトリの体を持ち上げて、短い羽を口から出す。
「いいから落ち着くっス。深呼吸っス」
ヤキトリはリオンの手から逃れ頭に着地すると、ポンポンと優しく頭を叩いて落ち着くように促す。
リオンも少し冷静さを欠いていると感じ、ヤキトリに言葉に従って深く息を吸い込んだ。
「主、落ち着いたっスか?じゃあ話をするっスよ。スイちゃんが今呟いている事を聞いてみるっス」
ヤキトリに言われてスイの方を見ると、彼女は苦しそうにしながら何かを呟いていた。
「おい!スイは今も苦しんでいるんだぞ。何悠長にそんな事をしなきゃいけないんだ!」
「いいから聞くっス。それでスイちゃんに何かあれば俺っちが全責任を負うっス」
「いつもふざけているお前が、そんなに真剣に言うなら聞いてやる。でも何かあったら……」
「分かってるっス。早くスイちゃんの呟きを聞くっス」
「ああ。分かった……」
リオンは渋々だったが、スイの傍にしゃがみ、彼女の口元に耳を当てた。
「悔し……だ。負け…のだ。僕……一生の…不…なのだ」
「何も解決するような事は……」
リオンの耳にはスイの悲痛な声が聞こえてくるだけで、何の解決策もないように感じる。
「駄目っス。主、もっとしっかりスイちゃんの呟きを拾うっス」
「ああ、分かった……」
リオンは更に集中して、スイの呟きを拾う。
「悔しいのだ。僕は負けたのだ。包帯で悪女なんて、僕は思いつかなかったのだ。心が苦しいのだ。もうアレは反則なのだ。うわあああああああああああああああああああああ」
スイの呟きに信じる事の出来ない単語を次々と拾ったリオンは、驚愕の表情をした。
「おい!ヤキトリ……これは……」
「スイちゃんが中二病心をくすぐる悪役令嬢に悔しがってっるだけっス」
「え?」
「主、現実を認めるっス。中二病患者の発作を、主はそこのレディーのせいにして怒り狂っていたっス」
「え”?」
「それが悲しい現実っス。恥ずかしい限りっスね。俺の家族を……って奴っスか。コケコケコケ」
ヤキトリは嫌らしい目でリオンを見つめた。
クチバシは笑いを堪えており、今にもそのダムは決壊しそうであった。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああ」
リオンは恥ずかしさの余り、大地を盛大に転げまわる。
それは盛大に転げまわった。
その姿はさすが親子と言うべきか、シューリンにそっくりであった。
余談だが、ネルは転がっている間もリオンの左腕に蝉のようにくっ付いて離れなかった。
◇◆コケ◇◆コケ◇◆◇コケ◆◇コケ◆◇コケ◇◆コケ◇◆コケ◆
正気に戻ったリオンは、素早くその場から3歩後退する。
大地に膝をつき、平伏して座礼を行った。
いわゆる土下座という奴だ。
その姿は伝説の物語に出てくるナニカの様だった。
そのナニカはよく分からないが……。
「申し訳ございませんでした!」
リオンは言い終わる刹那に頭を下げ、地面から1センチの高さで頭を固定する。
「………………」
リオンの土下座相手である悪女からは、何の言葉もなかった。
相手の怒りが収まらないと感じたのか、リオンは土下座の体勢を崩さずにいた。
その身のこなしは、研ぎ澄まされ今にもスピリト【土下座】を習得しそうである。
そんなリオンに忍び寄る1つの影があった。
「畜生!俺の家族をって奴っス。コケコケコケ!」
ヤキトリは嫌らしい顔をリオンに向けて、ニタニタと笑う。
リオンは土下座したまま震えていたが、包帯女の許しが出ていない以上、顔を上げる事は出来なかった。
「申し訳ございませんでした!」
リオンは再び謝罪の言葉を包帯女に投げかける。
「あ、あのう……。わたくしは何も怒っておりませんわ。気になさらずに」
「本当ですか。私は貴女にあんなに酷い事をしたのに、許して頂けると。何と天使のような」
普段であれば包帯女の不気味さに気後れしていたであろうが、今のリオンには許しを請う以外は頭になかった。
というか恥ずかしさの余り、それ以外の事を考えたくなかったというのが本音だろう。
「いえ、わたくしはこのような醜い姿……天使などと」
「いえいえ。私にとっては天使そのものです。ありがとうございます。ありがとうございます」
リオンは涙を流しながら、包帯女の手を取り許してくれた事に感謝の言葉を繰り返した。
包帯女はリオンの変態的謝罪に慣れたのか、温かい黒い瞳で笑顔を作った。
「わたくしは漆黒の天使様に新たな命を頂いた身。そしてこの黒目黒髪も……。だから天使様と呼ばれるなどは、恐れ多い事ですわ」
包帯女が頬を染めながら紡ぐ。
暫くして落ち着いたのか、リオンはやっと包帯女の姿を確認する。
顔全体がどす黒い包帯が巻かれており、お世辞にも綺麗とは言い難かったが、リオンはその姿に恐怖する事はなかった。
普段のリオンならビビッていただろうが、シューリンの転生前の姿を見ていてたので、病人等の姿には慣れていたのである。
転生前のシューリンは、リオンの魂を取り込んだ影響で身体にかなりの悪影響を受けた。
命を失う直前のシューリンの身体は、全身の皮膚が爛れており、ポーション等の回復薬も全く役に立たない状態だった。
気休め程度に全身に包帯を巻いていたが、シューリンのその姿は目の前の包帯女よりもさらに酷いものであった。
爛れた皮膚が悪臭を放っていたが、包帯の交換はリオンの毎日の日課であった。
リオンは懐かしさを覚えながら、優しい瞳で包帯女を眺めた。
「時と場合を考えろよっス。いくらお前でも許さないぞっス」
昔を思い出していたリオンに追撃を加えるために、キリリとした顔でヤキトリがリオンの顔を覗き込む。
包帯女の許しを得たリオンは、もう我慢する事を速攻で放棄した。
ヤキトリのない首を掴むと、床に叩きつけプリチイなお尻を包帯女に向ける。
「さあ、ここに貴女の針をぶち込んでくれ!」
「コケ~!俺っちはそんな変態じゃないっス。少し興味あるっスが変態じゃないっス」
ヤキトリがコケコケ騒ぎ、リオンの拘束から逃れようとお尻をブンブン振り回す。
「わたくしの大事な針をこんな不潔な……つい、申し訳ありませんわ」
包帯女は優雅に一礼して、己の非礼を詫びた。
「いえいえ。俺としたことが、こんな汚いモノをレディに見せてしまうなんて紳士として失格ですね」
「コケ!汚いモノってのは聞き捨てならないっス。俺っちは毎日丁寧に洗ってるっス。何時でも準備万端っス」
リオンは何の準備だよと心でツッコミながら、ヤキトリを解放した。
「あ!そういえば……失礼な事ばかりしていて、貴女のお名前を伺ってよろしいですか?」
「そうですわね。わたくしはラヴォワといいますわ」
「俺はリオンといいます。数々の非礼申し訳ありません」
リオンは笑顔で、ラヴォワと握手を交わした。
「姉御!大変ですぜ!領主こちらに向かってるようですぜ」
盗賊のゴツイ男がラヴォワに向かって叫んだ。




