スティリコの受難3
修理されない邸宅を見ながら、スティリコは一段とゲッソリとした顔で深い溜息をはいた。
ドミティアブートキャンプの効果だろうか。
スティリコは目に見えてスリムになっていった。
ストレスでやつれたとも言うが、まあダイエットの効果は抜群であった。
本人が痩せる事を望んでいたかは知らないが。
「どうしてこうなったんだろう?殿下の行動は今まで以上に傍若無人なのだが、なぜか良い方向に結果が出ている。不思議だ」
スティリコは溜まった仕事を片付けるため、執務室にフラフラと向かった。
◇◆コケ◇◆コケ◇◆◇コケ◆◇コケ◆◇コケ◇◆コケ◇◆コケ◆
「こんな食事が食えるか。我輩に相応しい食事を出せ」
「殿下。今回の食事は、この領地でも最高の物です。これ以上の物を用意するのは不可能です」
「バカモンが!我輩に食事など不要だ。質に拘っても意味はないわ」
「それでしたら……この食事でも」
スティリコはドミティアの食事が不要との言葉に疑問を持ったが、ここでは話が脱線しかねないため飲み込む。
「我輩は悪逆無道を主から託されておるのだぞ。これではただの貴族の食事ではないか」
「ではどうしたら……」
「簡単な事よ。食いきれない大量の食事を作ればよい」
「大量とは?」
「この部屋を埋めつくす程度には大量だ」
「それを殿下は食されるんですか?」
「そんな訳なかろう。我輩のエネルギー源は魔力ゆえに食事は不要だ。もっとも悪逆無道を効果的にするならば、我輩が口を付けて、捨てさすのが一番だな。ガハハハハ」
「そのう……殿下が口を付けられた食事は、その後どうするのでしょう?」
「ガハハハハ。決まっておろう。全部捨てるのだ。これを繰り返す事により領民の悪感情が我輩に募るというもの。ガハハハハ。うん?待てよ……残飯を奴隷の食事と出せば、奴隷の悪感情も集まるか?ガハハハハハハ。これぞ一石二鳥というやつだな」
「え?食事の残りを全て奴隷に食べさせるのですか?」
「そうだ。冷酷無慙な所業だろう。ガハハハハ」
ドミティアは得意そうに自分の人でなしの所業を誇ったが、スティリコは目眩を覚えた。
奴隷が財産とは言っても、彼らに提供される食事はそこまで質の良い物ではない。
村で出されるような食事と同程度の貧しいものだ。
一部贅沢を許されている奴隷もいるが、それは例外なのでここでは割愛する。
いくらドミティアが口を付けたとはいえ、奴隷にドミティアの食事を提供するのは贅沢以外の何者でもなかった。
悪感情がドミティアに集まるどころか、感謝の気持ちが集まる事だろう。
「おお。奴隷で思いだしたぞ。村の開拓でも治水でもの何でもいい。奴等を奴隷のように働かせるんだ」
「奴隷のように……ですか?」
「うん?奴隷に奴隷のようにというのは、おかしいか。がハハハハハ。休みなく働かせるんだ」
「休みなくとは?」
「1日8時間の労働で休日は一切なしだ。ガハハハハハハ。どうだ、ブラックであろう?」
「ブラック……ですか?」
「ああ、これで我輩の使命が一歩進むわ。ガハハハハハ」
ドミティアが得意に笑い声を上げていたが、ドミティアは溜息すら出なかった。
この世界では食事にありつけるだけで、幸せなのである。
食事がしっかりと食える仕事は大概一日中働くものであり、8時間という短時間で終わるものではない。
休みがないのも当たり前なのである。
ドミティアが示している条件はブラックどころか、この世界ではかなり優遇されている方なのだ。
悪逆の限りを尽くしているつもりのドミティアだが、なぜこの様な勘違いが起こっているかというと、彼が悪魔であることに全ての原因があった。
もともと自然界には正義も悪もない。
あるのは厳然たる弱肉強食の蔓延る世界だ。
弱ければ自然に淘汰される。
では悪や正義とはどこから産まれたのか?
それは人間である。
より詳しく言えばドミティアの主であるリオンの意識にかなりの影響を受けている。
現代日本の転移者たるリオンの常識がドミティアの正義や悪の基準になっているのだ。
なのでスティリコの悪とドミティアの悪にはかなりの隔たりがあるのだ。
「もう1つ悪質な事を付け加えてやる。奴等を死ぬまで働かせろ。死にそうになったり、怪我をしたらルカに治療させて、更に働かせるんだ。ガハハハハ。これで奴等は死ぬこともできぬ奴隷だ。ガハハハハ」
スティリコはドミティアの言葉を聞いて、もう反論する気もなくなった。
ドミティアが付け加えた事は、奴隷達にとっては自分達の安全がさらに保全されただけでしかなかった。
この時代の治療はとても高額で一般の人間が受ける事はできない特別なモノであった。
それを奴隷にいつでも提供すると言っているのだ。
スティリコは虚ろな目で遠くを見て、現実逃避するしかなかった。
◇◆コケ◇◆コケ◇◆◇コケ◆◇コケ◆◇コケ◇◆コケ◇◆コケ◆
スティリコは執務室で大量にある書類と格闘していた。
書類の一番上には、奴隷に関する報告書が置かれている。
報告書によると奴隷達はドミティアに恩を返そうと、率先して働いているようだった。
中には時間以上の労働を行おうとする者が現れたが、ドミティアの命により厳しく禁止されていた。
そこで奴隷達はいかに効率的に働くかに、知恵を絞るようになっていく。
普通の奴隷であれば、自ら考える事はなく無難に1日を過ごそうとする。
しかし奴隷達にすれば自分達が役に立つ事を示さないと、直ぐに昔のように貧民街に戻されるとの強迫観念があった。
貧民街の住民に落ちた者の中には、過去に色々な労働に就いていた者達がおり、その者達が中心となって業務改善を行っていった。
しかも奴隷達の後ろ盾は国家権力たる第二王子だ。
今までは色々なシガラミで行うことが出来なかった事も、奴隷達は行う事が出来てしまったのだ。
今では業務改善が行われた治水やら村の開拓やらで、食費以上の効果を出していたのだ。
スティリコは奴隷の報告書にサインをすると、決裁済みの場所に放り投げた。
その下から露わたのは、商人の金銭預け入れの報告書だった。
スティリコはその書類を見て、幸せが逃げると知りつつ商人の金銭預け入れに関しての出来事を思い出し溜息をついた。
◇◆コケ◇◆コケ◇◆◇コケ◆◇コケ◆◇コケ◇◆コケ◇◆コケ◆
「スティリコ、これから我輩は国家規模の詐欺を行うぞ」
「詐欺ですか?」
スティリコはまたドミティアの無茶振りが始まったと、表情が引きつるのを覚えた。
最近はストレスからか、頬の筋肉が痙攣を起こし歪な笑顔を作っていた。
もっともドミティアは、スティリコの笑顔には全く気付いていないのだが。
「そうだ。これぞ最高の悪逆だ。ガハハハハ!商人に金を預けさせてて、我々はその金を使うのだ」
「それが詐欺……なんですか?」
スティリコは疑問に思った。
それでは只の借金だからだ。
「そうだ。そして借りた金を返さないのだ。ガハハハハ」
「殿下!それでは只の借金の踏み倒しでは?」
スティリコは不安そうな顔をしたが、ドミティアはその顔を見てニヤリと口角を上げた。
「ガハハハハ。お前もそう思うであろう。だからこその詐欺なのだ。借金の返済に金ではなく、我輩のサインの入った証文を渡すのだ。その証文をもって借金の返済とするのだ」
「返却されない事が分かっているなら、商人は金を貸す事はないのでは……」
「もちろん馬鹿正直に金を返済しないとは商人には伝えないぞ。いかにも何時でも返済するような素振りはみせるものだ。これぞ詐欺の極意だ。ガハハハハ」
「分かりました。取り合えず主だった商人を集めておきます」
◇◆コケ◇◆コケ◇◆◇コケ◆◇コケ◆◇コケ◇◆コケ◇◆コケ◆
スティリコは商人の金銭預け入れの報告書を手に取った。
そこにはスティリコが全く予想だにしていなかった結果が報告されていた。
ドミティアの呼びかけに『5人の息子達』が、すぐに応えたのだ。
『5人の息子達』とは最近大頭してきた新興の商会のことだ。
この新興商会が返す気のない借金に対して、すぐさま反応し多額の金を収めていった。
スティリコは始め『5人の息子達』が第2王子への覚えを良くするための賄賂としてお金を貸し付けてきたのだと思った。
しかし実態は全く違ったのだ。
『5人の息子達』は借金証文の細分化を要求してきた。
証文の発行が煩雑になると断ったが、全ての商人に対する証文の発行事務を『5人の息子達』で肩代わりするとの申し出があったのでスティリコは仕事が減ると喜び、これを認めた。
さらに『5人の息子達』はこの証文で税金を収める事と証文での貸付をする事を提案してくる。
証文で税金を納める事を認めればドミティアの怒りを買うと思い、スティリコはこれを強弁に突っぱねた。
しかし奇妙な事にドミティアから第2王子派の領地に対して、この証文で税金を納める事を許可してきたのだ。
どうやってドミティアがこの話を知ったのか疑問だったのだが、さらに謎なのは詐欺を働くと言っていたドミティアの心境の変化だろう。
これでは借金の返済を税金で行っているのと同じで、全く詐欺にはなっていないのだ。
疑問に思ったスティリコだったが、ドミティアの意思に反する事はできず反対はしなかった。
もう1つ疑問だったのは『5人の息子達』が提案してきた査証での貸付であった。
査証での税金納付は『5人の息子達』にも利益があるので分かる。
しかし金銭でもない査証を金銭の利息を払って借り受ける意味が全く分からなかった。
税金の納付に使用する事は出来るが、それ以外は何の役にも立たない只の紙切れだからだ。
まあ、これもドミティアからの圧力があったので反対意見を述べる事なく、許可を与えてる。
利息は金貨の貸し出しで年30%であるが、只の紙切れと言うことで年10%とした。
しかし、ここからがスティリコの予想の斜め上を行く展開が加速していくのだ。
商人ではないスティリコには、理由が全く分からなかった。
商人達はこぞって金貨を治めて、査証を求めた。
金貨のない者達も、査証での借金に列をなしていった。
領主の金庫には金貨が溢れて行くばかりで、一行に減らないのだ。
さらにスティリコの理解できない不思議は加速する。
いつの間にか領地では金貨等の貨幣が流通しなくなり、査証が貨幣の代わりに流通しているのだ。
代わりというのは過小評価かかもしれない。
今、ここの領地では査証でなくては、物を売ってくれなくなっているのだ。
そして戦争の準備での活況もあるからだろうが、領地が空前の好景気に突入しようとしていた。
もうスティリコは理解する事を拒否し、報告書にサインし決裁済の場所に放り投げた。
「スティリコ、ここにいたのか!今から出かけるぞ」
スティリコにとっての不幸の種が、向こうから近寄ってきた。
「殿下!突然どうされたのです?」
「ガハハハハ!我輩は新たな悪逆を思いついたのだ!盗賊を捕まえて、そいつらを仲間にするぞ!」
それを聞いてスティリコは目眩で倒れそうになった。
【次回予告 主のテンプレが発動するっス。まさか村娘が主の毒牙に……っス。ヒィィィィィィィィ!嘘っス。ネルちゃん刀をしまうっス。スイちゃんその魔法どうするつもりっスか?シューリンちゃんトゲトゲの手甲はヤバいっス。俺っち変な世界に目覚めちゃうっス】




