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賢者の塔

 リオン達が村に立ち寄っている頃、シャックス達は魔獣平原の果てまで来ていた。


 ここは大陸の東端にあたり、目の前に広がる波旬海峡と呼ばれる海を超えれば、魔大陸に上陸できるのだ。


 波旬海峡には大型の海棲魔獣が跋扈しており、モンスターの危険ランクが劇的に跳ね上がる。


 その上、足場の悪い船での戦闘となるために、力のない者は簡単には海を渡ることができなかった。


「お!魔大陸が見えるぞ」


 天気の良い日は薄っすらと対岸に魔大陸が見えるのだが、この光景を見ると不吉な事が起こると、こちらの大陸の人間には信じられていた。


 もっとも、この辺にも強力な魔獣が生息しており、高ランクの冒険者でなければ生き残る事はかなり困難であった。


「シャックス!魔大陸じゃないわよ。無上大陸よ」


 人間社会では魔大陸との別称で呼ばれていたが、魔大陸の住人達は自分達の支配者たる者の名を取ってツウーンライ大陸と呼んでいた。


 しかし偉大なる御方の名前を呼ぶのは不敬だということで、直接の名で呼ぶのではなく別の名で呼ばれるようになった。


「そうだっけ?まあいいや」


「全くもう。国にいたら教官に説教されていたわよ」


 シエルがシャックスの適当さに溜息を吐いた。


「それよりも……」


「ああ。この建物が賢者の塔のようだな」


 海岸沿いに、かなりの年代がたっている塔がそびえているのだが、その塔はかなり傾いていた。


 物理法則に従えば、いつ倒壊してもおかしくない。


 しかし魔法による強化が建物自体に施されているのだろう。


 その気配は全くなかった。


 わざわざ傾いた塔に高度な魔法を施している状況から考えると、塔に住む人間はかなりの変わり者であろう。


 それ以前に、こんな辺鄙で危険な土地を住み家にしている時点でかなりの変人であろうが。


「この塔……どうやって入るのかな?」


 シエルが塔をぐるりと見渡したが、入り口らしき場所が見当たらなかった。


「こっちにも入り口はないぞ」


 塔の反対側に回り込んでいたシャックスが、シエルの疑問に補足を加えていく。


「そうだな……塔の住人の性格を考えると……素直に入れるとは思わないが」


 トゥルーは傾いた塔の頂上を眺めた。


 塔の最上階に当たる部分は高さで言えば、一般的な建物の10階に相当するようだ。


 トゥルーは視線を徐々に下の階層へと向けていく。


 塔は頑丈そうな石でできているようで、ちょっとやそっとでは破壊できそうにない。


「うりゃあああああ」


 シャックスは大きめに愛剣を振りかぶり、力一杯に振る降ろしていた。


「うぐ!」


 剣の斬撃の衝撃がシャックスの腕に直接伝わり、彼の腕を痺れさせてしまう。


 しかし、かなりの衝撃が建物に加わったはずであったが、建物には少しの傷もついていなかった。


「おい!シャックス、いきなり何やっているんだ!」


「いや。入り口がなかったから、俺の剣で入り口を作ろうかなと」


「何処の脳筋だよ!頼み事をしに来てるのに、その人が住んでいる家を破壊しようとしてどうする」


「ちょっと力試しをね。あはは」


「笑ってごまかすな」


「本当よ。あんたは昔からそうなんだから」


 シャックスは指で頬をかいたが、トゥルーとシエルは彼の行動を許そうとしなかった。


「シャックス、腕は大丈夫ですか?かなり衝撃を受けたようですが」


 彼の窮地を救ったのが、天使のアリエノールであった。


「ああ、大丈夫だ。よく見てたな。剣に衝撃が全て跳ね返されたような感覚があったけどな」


「そうなのか?」


「見てみろよ。俺がぶっ叩いた部分を。かすり傷もついてないぞ」


「本当だな。魔法による強化が施されているんだろう」


「俺はショックだよ。強化魔法で俺の斬撃が完全に防がれたんだぞ」


「仕方なかろう。相手はあの賢者だぞ」


「それがどうした。俺は世界一の剣士を目指しているんだ。こんな魔法ぐらい破壊できないと」


「トゥルー。シャックスの事は、ほっておきなさい。この馬鹿は剣の事しか頭にないんだから」


「そうだ。俺は陛下の様な最高の剣士になるんだ」


「シャックスは凄いですね」


 シャックスの力強い発言に、アリエノールは素直に感動していた。


「シャックス!一応言っておくが、陛下は最強の剣士であると同時に最強の魔法使いだぞ」


「ふ!俺には魔法の才能はない」


「開き直ったよ、この男」


 シエルはシャックスの開き直りにヤレヤレと首を振った。


「で、でも、ネル様のように魔法が使えなくても強い御方もおられますし」


 アリエノールが顔を赤くしながらも、シャックスを庇う。


「まあ強ければ魔法が使えなくてもいいんだけどね。シャックスはネル様の足元にも届いてないんだけどね」


「うるさい!俺の実力は、ネル様に足のつま先ぐらいには到達してるぞ」


ちなみにシャックスは、リオンと遭遇した時にネルがいたことに気付いていない。


「なんか情けない言い返しね」


「事実だから仕方ない。いくら俺でも戦力の分析ができないほど能天気じゃねえよ」


「まあ、そうよね。私もスイ様の足の裏くらいには到達しないと……」


 さらにシエルもスイが傍にいたことに気付いていない。


 似たような幼馴染であった。


「はいはい!2人共!まずは目の前の賢者様だよ。あの御方も、かなり変わっているけど実力は折り紙付きだよ。まあ親父殿からの情報だけどね」


「頼み事をしに来たんでしょ?交渉になるの?」


「秘策は一応あるんだけどね。まずは僕達の実力を試されると思うよ」


「お!戦闘か!分かりやすくていいな」


「バカックス!戦闘よりも話し合いの方が、いいに決まってっるでしょ。この戦闘バカは」


「まあ、お前に交渉を言っても無駄だってのは分かっている。だから交渉が終わるまでは大人しくしててくれよ、シャックス」


「分かってるよ。交渉の邪魔はしないよ。大人しくしている」


「それじゃあ塔への侵入方法を探すか?」


「あの、お兄様。あそこに入り口の様なモノが……あ」


 アリエノールは塔の3階部分指さした。


 そこには扉のような部分があり、今まさにギギギと重厚そうな扉が開き始める。


「僕らは賢者に歓迎されているようだね」


「あそこから入るのか?」


「意外と簡単に入れてくれるのね」


「そうでもないよ。あそこまで辿り着く実力がなければ難攻不落の塔ですしね」


 塔の扉は傾いている側にあり、かなりの筋力がなければ登れない様になっていた。


「まあ、俺達にはあんまり関係ないな」


「では私が【フライ】で皆さんを、あそこまで飛ばしまね。第三階梯魔法【フライ】」


 アリエノールが詠唱を終えると手の平から魔法陣が現れた。


 魔法陣は4人の体を包み込むと、全身が輝きゆっくりと体を浮かせていく。


 4人は慣れたように各々の意志で体を制御し、塔の入れ口へと昇っていった。


 問題なく扉を潜ると、塔の中にはひんやりとした空気が漂っていた。


 だが空気以上の違和感が、その空間にはあった。


 塔は傾いているのだが、異空間になっているのか建物内では傾きが全く感じられなかったのだ。


 扉を潜って直ぐの部屋は天井が高くなっており、玄関ホールのようにかなり広くなっている。


 部屋には何の家具もなく、中心に魔法陣が描かれているだけだった。


「目新しい物は何もないな。気になるのは中心にある魔法陣だけか」


「あれ多分転移の魔法陣だよ。私はまだ使えないけど、見たことはあるから」


「アレにのったら、賢者様のとこにいくのか?」


「多分……罠の可能性もあるけど」


 シャックスの疑問に答えたシエルは疑わし気に魔法陣を見つめている。


「賢者様の性格を考えると罠はないと思うよ。単純に魔法陣を読めるかどうかを見てるんじゃないかな」


「じゃあサッサと賢者様の所に行こうぜ!」


「え?シャックス!それだけ?」


「考えてもう無駄だろ?だったら行動あるのみ」


 シャックスはそのまま、魔法陣の中に足を踏み入れた。


「私、あんたの脳筋が本当に羨ましわ」


 シエルはヤレヤレといった感じだが、シャックスの後を追って魔法陣に足を踏み入れた。


 全員が魔法陣に入ったのを確認すると、シエルは魔法陣の一部に手をかざし魔力を注いだ。


 魔力に反応したのか、魔法陣が輝き出したかと思うと全員の姿が一瞬で消えた。


◇◆コケ◇◆コケ◇◆◇コケ◆◇コケ◆◇コケ◇◆コケ◇◆コケ◆


 シャックス達が転移した場所は、書庫のようだった。


 ちょっとした図書館でも出来るであろう蔵書量が、彼らの視界に入ってくる。


 本の品質を保つためか、書庫の照明は少し薄暗く維持されている。


 この時代の本は羊皮紙に手書きで写本されており、かなり貴重な物となっている。


 しかし、ここに蔵書されている本は、植物紙で作成されているようだった。


「うげ!本がこんなに。頭痛がしてきた」


「シャックスは筋肉で記憶するタイプだからね。本なんて見るの久しぶりなんじゃないの?」


「流石幼なじみ!よく分かってるじゃないか」


「いや、褒めてないんだけどね」


「シャックス!お前もすぐに軍に入るのだから、書類仕事からは逃れられないぞ」


「ウゲ!その時はトゥルーにでも」


「私は知らん。自分でしろ」


「ちぇ!まあ、起こっもない事を悩んでも仕方ない。今を精一杯生きるだけだ。さあ賢者様の所にいくぞ」


「何かいい事言ってるように聞こえるけど、ただの現実逃避だからね」


 シエルがブツブツ言いながらも、4人は警戒しながら書庫の奥に歩みを進める。


 部屋の奥に行くと、本棚に収められておらずに床に本が散乱している場所があった。


 照明が本の山に人がいる事を照らし出していたが、その姿まではハッキリとはしなかった。


 人影からはパラパラと本の捲れる音が、聞こえてくるだけだった。


「突然の訪問申し訳ありません。私はカークバリー帝国の第一王子、トゥルー=カークバリーと申します。願い事があり、こちらを伺いました」


 トゥルーは機先を制して、影に向かって挨拶をした。 


「ほう!お主が、あのゴリラの息子か?似ておるのう」


 人影はトゥルーを見る訳でもなく、本をパラパラとめくる音だけを響かせた。


「え”?ゴリラというのは納得致しますが、似ているというのは些か言い過ぎでは」


 よほど父親に似ていると言われた事に怒っているのだろう。


 どんな時でも冷静に対処しようとするトゥルーが、額には血管が浮き上がらせれいた。


「ああ、そっくりじゃよ。体の線の細い所とか、その女のような綺麗な顔とかな」


 しわがれているが、よく通る声が室内に響く。


「まさか!御冗談を」


「儂も信じられんかったよ。しかし儂は人間がゴリラへと進化する瞬間を目撃してしまったんじゃ。歴史の証人という奴じゃな。お主も気を付けるとよいぞ」


「ほ、本当に……」


 トゥルーは賢者の言葉にショックを受けているのか、思考が停止していく。


「そっちのがゴリラの娘か?しっかりと人間の頃の遺伝子を受け継いでいるようじゃな」


「え?私もお父様のようになってしまうのですか?」


 心優しいアリエノールも自分が父親の様になってしまうと聞いて、かなり動揺している。


「安心せよ。モヤシがゴリラに進化したのは、あ奴の師匠の影響がかなりの部分を占めておるからのう。儂から見ても、かなりの試練を課されていたからのう」


「本当ですか?それでしたら私がゴリラになる事もありませんね。安心しました」


 トゥルーは思考の迷宮から脱出したのか、賢者の発言に喰いついた。


「おい、トゥルー。そんなに親父に似るのがいやなのか?」


「当たり前ですよ。あんな娘バカ父に似るなんて家の恥です」


「えらい言われようだな。俺なんかに言わせれば、親父さんは凄い剣士なんだから似てるって言われたら嬉しいがな」


「それはシャックスが脳筋剣士だからですよ。私は魔法剣士ですからね。あんな筋肉は必要ないんですよ」


「そうゆうものかな」


「さてと。無駄話もここまでにしようかのう。儂に願い事とは何かのう?」


「賢者様、実は……」


「ちょっと待て!儂は賢者と呼ばれるのが嫌いなのじゃ。儂は一度とて自分の事を賢者と名乗った事はないし、思った事もないのじゃ。賢者の称号を持てるのは、深淵を覗きしあの方のみじゃ。分かったなら、儂の事はシャラトゥストラと名前で呼んで欲しいのう」


 シャラトゥストラは長く伸びた白い髭をいじりながら、トゥルーに微笑んだ。


 しかし賢者の年月を刻んだ皺の奥にある瞳は、冷たくトゥルーを観察していた。


「知らぬ事とは言え、申し訳ありません」


「まあよいて。孤高の賢者と呼ばんかっただけ、お主達はマシじゃ」


 シャラトゥストラは100年ほど前に禁忌の魔法に手を染めたと言われている。


 当時シャラトゥストラが所属していた人類社会の魔法の最高機関たる魔法院で、研究中に深淵に足を踏み入れる忌むべき邪法を彼が行ったというのだ。


 そして邪悪なる魔法を目撃した同僚の証言により、シャラトゥストラは魔法院を追放される。


 シャラトゥストラは同僚による陰謀だと主張したが、魔法院側は一切取り合わなかった。


 人間不信に陥ったシャラトゥストラは人との接触を断ち、独り塔で深淵の研究に明け暮れているという。


 そこから付いた通り名が『孤高の賢者』であった。


 シャラトゥストラは、この通り名が大嫌いであった。


 トゥルー達が、この言葉を発していたら問答無用で排除されていただろう。


 そこはシャラトゥストラを知るトゥルーの父親から助言を受け、一切触れないようにしていたのだ。


「さてとヒレスから儂が試験をする事は聞いておろう。お主達の力を儂に示すががよい」


 賢者は本を持っていた老人の細い左手を少し持ち上げると、そこに魔力が集まり出した。 


【次回予告 イケメンがザマアにならなかったっス。次こそはイケメン滅亡の時っス。モテない主に捧げるっスよ】

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