不幸なイノシシ
ガサガサと揺れる草の音が、大きくなっていく。
その瞬間、草むらから人影が飛び出しリオンに迫ってくる。
リオンは腕で咄嗟に顔を庇ったが、ネルとスイは無反応だった。
「リオンちゃ~ん!リオンちゃ~ん!探したわよ。お母さんは寂しかったわ。ぐへへへへ」
顔面鼻水塗れのシューリンはリオンに抱きつこうと、目に留まらない速さでリオンに迫ってきた。
腕の隙間から見えるシューリンの顔を見て、リオンは逃げ出したくなったが足が少しも動かない。
シューリンの顔面が何か呪いを発しているのか、その波動を受けたリオンの体は全く動かなかったのである。
リオンは全てを諦めて目を瞑ろうとする。
シューリンが今まさにリオンに抱きつこうとした瞬間、不気味なシューリンの顔がリオンの視界から消えた。
と同時にゴツンという大きな音が森の中に響く。
音がした方に視線を向けるとリオンの視界に、後頭部を地面に打ち付けたシューリンが倒れていた。
どうやら殺気で大量に解放されいたピンクの水たまりに、シューリンは足を滑らせたようだった。
シューリンの顔はそれはもう幸せ一杯の気持ち悪い顔をしていた。
ヤキトリは気絶する前に、シューリンがリオンを襲うのを未然に防ぐという素晴らしい偉業を残していったのだ。
このトラップがなければリオンの背骨は間違いなく悲鳴を上げていたことだろう。
リオンは地獄に旅立っているであろう脂身の塊に、感謝の祈りを捧げた。
祈りの終わったリオンはチラリとシューリンを見たが、スカートがはだけて太腿の付け根辺りまで露わになっていた。
幸いシューリンのパンツは、スカートで何とか隠されて見えていなかった。
リオンは一瞬ホッとしたが、それも束の間のことだった。
スカートがここまで捲れているのにパンツが見えていない事で、ある考えがリオンの心を過ったのだ。
そう、この女はボクサーパンツを穿いているのではないかと。
そうやってシューリン見てみると、股間の辺りが少し盛り上がっているように感じる。
疑いの眼で見ると、そこに軍手がセッティングされているようにしか見えないのだ。
自分の母親がボクサーパンツなんて穿くわけがないと、リオンは首を振ったがその考えを振り払う事はできなかった。
むしろその疑いは一歩ずつ確信へと向かっていく。
この女なら確実にリオンの常識を軽く超えて来るだろうと。
全ての事柄を考慮した結果、リオンはシューリンを見なかった事にした。
いわゆる先延ばし戦法という奴だ。
幸いシューリンは若干の混乱状態にいるようだ。
「さあ、先延ばしになっていた狩りをするぞ。ネル、スイ準備はいいか?」
リオンは頭を切り替えて、狩りをする事をネル達に宣言した。
なぜ急に狩りをするのかというと、これまでの旅で村に立ち寄った際に冷たくあしらわれ続けたのだ。
徴税の負担が大きいのかリオン達が村に泊まる事に、立ち寄った村全てでかなりの難色を示されたのだ。
さすがに野宿に疲労を覚えていたリオンは、村での宿泊を希望していた。
そこで村人の心のハードルを下げるために、食料を提供する事にしたのだ。
人間、困っているときは欲しい物を目の前にチラつかせればいいと思ったリオンは、お土産作戦を決行するのであった。
「僕の暗殺拳を見るがいいのだ。あちょ~う」
スイが変な拳法の構えを取ったかと思うと、側に立っていた大木に人差し指をちょこんと当てた。
「ふふふ。お前はもう死んでいるのだ」
スイが少し危ない言葉を発した瞬間、大木が内部から爆散し瓦礫が周囲に飛び散った。
「北の方の星の暗殺拳なのだ。生物が持つツボを強く……」
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!スイさん、それ以上はダメだ」
「そうなのだ?でも僕は何と言われようとも暗殺拳の使い手なのだ」
スイは両手をウネウネと回しながら、拳法の構えを取り続けていた。
眼には見えないが、スイの指先には隠蔽された魔法陣がそれぞれの指に浮かび上がっていた。
その魔法陣は爆裂魔法を極小化したモノであった。
さらに質が悪い事に、その魔法陣は人の体内へ入り込む事が出来るのである。
一般的に魔法は発動する者の魔力で構成され、他の者の魔力を受け付けない。
魔法を使用できない者であっても生物の体内には微力ながら魔力が流れている。
なので生物の体内で他の者が、魔法の構築を行う事は事実上不可能である……はずなのだ。
しかしスイは圧倒的な魔力量と魔法構築力、魔法制御力を持ってこの難題を成し遂げていた。
これによりスイは一子相伝の暗殺拳を使う者を演じる事が出来ていた。
清々しいほどの才能の無駄遣いであったが。
「ダメだ。暗殺拳どうのこうの以前に狩りの獲物が爆散し過ぎる。これじゃあ、お土産作戦が失敗に終わってしまう」
リオンはスイが爆散させた大木を見たが、そこには辛うじて木の根が残っているだけであった。
「はいはい!リオンちゃん、ここはお母さんに転職した私の出番よ」
意識が戻ったのかシューリンはリオンに猛烈アピールをしてくる。
「シューリン!今やっているのは狩りだぞ。大丈夫なのか?」
リオンの大丈夫の中にはボクサーパンツで変な事をしないでくれとの祈りが籠っていたがシューリンには届いていなかった。
もっともリオンが幸運だったのが今行っているのが、狩りであった事かもしれない。
幸い狩りの場面でパンツを晒す事はないはずだからだ……多分……ないよね?
「大丈夫よ、リオンちゃん。ママの……母の力を見ていて」
シューリンはインベントリから取り出した手甲を、両腕に装備すると両の拳をぶつけ合う。
手甲は世紀末も真っ青な刺々しさをしており、拳を当てるたびにガキンガキンと鳴り響く。
なぜか都合よく転がっているシューリンよりも遥かに大きな岩に向かって、シューリンは大きく拳を振り抜いた。
拳が岩に当たると岩は簡単に砕けて、そこには小さな石の塊が散らばっていた。
「どう?お母さんの愛の力は?」
期待するようにリオンを見たシューリンだったが、リオンは自分の体が不慮の事故で粉々なる未来しか見えなかった。
「シューリンさん。狩りなので食べる部分は残してもらわないと」
「そ、そうなの。お母さんは、てっきり愛の力の破壊力を見たいのかと」
モジモジするシューリンだったが、爆散した岩を前にしたリオンは少しも可愛らしく思えなかった。
「ここはねぇねの出番なの な。とう!」
ネルはクルクルと空中を回転し、可憐にリオンの手の中に収まった。
もちろん鞘に収まっている気を付け状態だ。
見た目は可愛らしいのだが、これを武器として振り回すとリオンは確実に鬼畜認定されるであろう。
「ねぇね?これは俺にねぇねを振り回せってことかな?」
「ねぇねは今はねぇねじゃないの な。【真実の姉愛剣】なの な。【ねぇねの嗜み】の第3形態なの な。残念ながらねぇねと呼ばれても返事はしないの な」
ネルは小さい鼻を膨らましプス―と鼻を鳴らした。
「ねぇ……【真実の姉愛剣】さんは、俺にこれで狩りをしろっていってるのかな?」
危機への適応能力が高いリオンは、すぐさまネルの呼び方を変えて、状況の説明を求めた。
「そうなの な。ねぇ……【真実の姉愛剣】は切れ味抜群なの な。爆散の可能性はないの な」
ネルは一瞬自分の事をねぇねと呼ぼうとしたが、リオンはその事をツッコム事はしなかった。
その事は置いておいても確かにネルの切れ味は抜群で、獲物を爆散させる事もない。
リオンが扱える理想的な武器であった。
「分かった。【真実の姉愛剣】よ。これで獲物を狩るぞ」
「分かったの な。今から刀身を鞘から引き出すの な」
瞑っていた目をカッと見開くと、ネルは全身が眩しく光り出す。
しかしリオンはこの光を見ても焦らない余裕の態度であ。
なぜならリオンはネルの刀身を晒す姿が裸でない事を知っていたから落ち着いていたのだ。
光が収束すると、そこには予想道理のタケノコ姿の可愛いネルが銀眼を見開いていた。
「さあ【真実の姉愛剣】!いくぞ」
リオンはネルの能力で軽くなっている【真実の姉愛剣】を思いっきり薙ぎ払う。
するとソニックブームが巻き起こり、リオンの前方500メートルの木々を揺らしていく。
ソニックブームは確実に大木を切断していき、切断面が大木の重量を支えきれなくなると次々と大地に倒れていった。
その大木の数はゆうに100本は超えているだろう。
「あの【真実の姉愛剣】さん。これは少し自然破壊が過ぎる……」
「ここから真の力を見せるの な。今が秘宝を見せる時なの な」
「あああああ。【真実の姉愛剣】さん!今は駄目だ。今は秘宝を見せる時じゃない。もっと劇的な感動する場面があるはずだ」
リオンは焦った。
とんでもない破壊力のネルに秘宝が加わったら自然破壊に巻き込まれて自分が死んでしまうと考えたリオンは、口から出まかせで何とかネルを説得しようとする。
「む!【真実の姉愛剣】は秘宝を使いたいの な。これで忠誠心は100%に上昇するの な。素晴らしい効果を発揮するの な」
ネルは少し頬を膨らませて可愛く拗ねた。
「【真実の姉愛剣】さん。今は見物人が少ない。そんなに素晴らしい物ならもっと皆に見てもらうべきだ。俺は自慢のねぇねを皆に自慢したいんだ」
リオンは自分の現在を救うために、自分の未来の可能性を追いつめて行く。
「む!リオンの言う事にも一理あるの な。弟の希望を叶えるのはねぇねの務めなの な。どうすればいいの な」
どうすればいいのか悩むネルだが、小さな鼻がヒクヒクしており、リオンは心の中でガッツポーズをした。
「コケ?ここは?」
そんな時に限って最高峰のトラブルメーカーのヤキトリが、気絶からカムバックした。
そんなヤキトリを見て、リオンは考える事無くネルをゴルフクラブのように振り抜く。
幸いネルは気を付けのポーズを取っていたので、ヤキトリは切られることなく爆音を上げて森の中を飛んで行った。
「ナイスショット」
リオンはトラブルを事前に回避できた事を喜び、ついつい気分がよくなって呟いてしまう。
飛ばされたヤキトリは、地面に埋まっている木の根を貪っていた巨大なイノシシに激突すると気絶した。
不幸なのはイノシシの方である。
彼はその衝撃に耐える事は出来ず、その命を終えるのであった。
そして美味しくリオン達に食べられたとさ。
【次回予告 主はイノシシで村娘を虜にしようとしてるっス。外道の所業っス。騙されたら駄目っスよ。村娘ちゃん】




