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第一王子カリギュラ

 フィンワーズ王国の王都ラピアンディシオンには貴族区画と正反対の位置に貧困街という区画がある。


 太陽とは平等に大地にいる全ての生命に恵をもたらしている。


 本来であれば貧民街でも太陽は恵をもたらすはずであるが、太陽の輝きが作り出した影に別の影が溶け込み、より深い闇が作り出されていた。


 その闇により彼らの心は石のように冷たくなっており、さらに冷たいものが吹き込んだとしても何も感じないだろう。


 貧困街の中心へ歩むごとに闇は広がり、心を動かさないモノのような人間が多くなっていく。


 貧民街の入り口付近に、簡素な建物がある。


 建物からは子供の声が響いており、貧民街とは名辛うじて別の世界を奏でていた。


 その建物は平民の人間が運営している孤児院であり、貧民街に放置される子供達に救いの手を差し伸べている。


 今、冷たい石畳の上に設置された古いベットの上に、微動だにしない小さな影があった。


 小さな影……少女は、病のために心がかなり疲弊しており、体も壊れてゆこうとしている。


 少女の瞼は非常に重く、ただ開けるだけのことが非常におっくうになっていた。


 少女の命の炎は、あと少しで燃え尽きようとしている。


 彼女が唯一この世にとどまり続けていられるのは、ベットの傍で彼女を支える人物がいたからだろう。


 少女を大切のしているのでだろう、ベットの傍にいる人物は優しく少女の小さな手を握っている。


「い、いた……痛いよ」


 全身に痛みが走りまわっているのだろう、少女は苦痛に耐えかねて表情を歪めた。


「この苦痛も神が与えた試練なんだ。この苦痛を乗り越えれば君には素晴らしい世界が待っているんだよ。だから頑張るんだ」


 彼女の苦痛を和らげるような優しい微笑みで、男は少女の手を強く握り締めた。


「う……ん。分か……。頑張る」


 少女は無理やり口角を上げて、男の笑顔に何とか応えようとする。


「ごめんね。僕には何もすることができないんだ。ただ君を抱きしめてあげる事しかできない僕を許してくれ」


 男は少女の苦痛を和らげるために、少女を優しく抱きしめてた。


「あり……が……」


 少女は最後まで言葉を紡ぐ事なく、男の腕の中で命の火を静かに消していく。


 男は少女の息が無くなったのを確認すると、今まで張り付いていた優しい笑顔を剥ぎ取り、無表情になった。


「この子の儚い命も、もう終わってしまったのだな」


 男、この国の第一王子であるカリギュラは、抑揚のない声で呟く。


「殿下、いつも申し訳ありません。死ぬしかない子供達を最後まで看取っていただいて、あの子達も幸せです 」


 孤児院の院長は、申しわけなさそうに頭を下げた。


「いえ、そんな事はありません。私の力が及ばないばかりに、あの子みたいな不幸な子供達が産まれてしまうのです」


「そんな事はありません。あの子達に関心を持って頂ける方も殆どいないのです。それに比べて殿下は、あの子達の命を最後まで見届けてくれました。それだけで、あの子達もこの世に産まれて来た事を少しでも良かったと思えているはずです」


「私はそれを少しでも癒してあげたいのです。あの子達も、この世に産まれてきた意味があったのだと教えてあげたいのです。私にもっと力があれば……」


 カリギュラの力ない表情に対して、院長は目じりの周りの皺を一層深くして微笑む。


 カリギュラも院長の微笑みに釣られて、何とか笑顔を作る事が出来た。


「そうだ、院長。私はこれから魔王軍の侵攻に対抗して、軍を指揮しなければなりません。暫くこちらに、これなくと思います。もし私が不在の際にも身寄りの無い不幸な子を発見したら保護してください」


「分かりました。できるだけ不幸の芽を摘めるように、貧民街には目を光らせています」


「ありがとう。それではこれをどうぞ」


 カリギュラは懐に手を入れると、金貨の入った革袋を院長に渡した。


「いつも申しわけありません。ありがとうございます」


「少なくて申し訳ない。孤児院の運営にも不足ですよね」


「いえ。殿下の寄付があるお陰で、子供達が明日の食事を心配せずに何とか生活出来るのです。感謝こそすれ、不満などありません」


「そう言って頂けると、私も少し肩の力が抜けます」


「殿下、本当にありがとうございます」


「いえ、それでは私はこれで」


 カリギュラは後ろ髪を引かれながらも、孤児院を後にする。


「殿下、お召し物が汚れております。お着換えをご用意します」


 カリギュラの近衛騎士が彼の汚れた衣服を交換を申し出た。


「いや、いいよ。暫く余韻に浸りたいんだ」


 カリギュラは笑顔で、側仕えの男の申し出を断った。


「そうでございましたか」


「城に帰るぞ。魔王軍討伐の準備だ」


 カリギュラは豪華な馬車に乗り王城へと帰還するのであった。



◇◆コケ◇◆コケ◇◆◇コケ◆◇コケ◆◇コケ◇◆コケ◇◆コケ◆


 王城の一室で、 カリギュラは耐えきれずに恍惚な表情をしていた。


 「最高だったよ。君の死に顔は」


 カリギュラは少女の頭が触れていた衣服の部分を、指でなぞりながら孤児院での事を思い出していく。


「試練という名の苦痛にも負けずに、戦おうとしたんだからね。それが私に快感をもたらしてくれる。ああ、本当に最高だ。君が汚した衣服をなぞると、あの時の記憶が鮮明に蘇ってくるよ。ふはははは」


 カリギュラは、自身が座っている椅子の背もたれに体を預けると、ブルブルと震え出した。


「君の命は僕に快感を与えるために、この世に産まれたんだね。うん?」


 少女の命への冒涜に浸っていると、カリギュラの意識を目覚めさせるように大きくノックがされた。


「お兄様!お兄様!いらっしゃいますか?私です。メサです」


「チッ!あの糞売女め!私の大切な時間を」


 カリギュラは舌打ちをし、忌々しそうにノックするドアを睨んだ。


「メサ、どうしたんだい?こんな時間に?」


 カリギュラはドアを開けながら、メサに声を掛けた。


 もっともカリギュラの表情は先ほどの腐った食べ物を見るような目から、慈愛に満ちた優しい目に取り繕われていたが。


「お兄様!お兄様が魔王軍の討伐の指揮をとられると聞きまして、ご武運を祈るためのご挨拶に参りました」


「そうなのかい?わざわざありがとう」


「いえ。そんなぁ。当然の事でございます」


 メサは長い金髪の髪を揺らしながら、首を横に振った。


「でもメサ、もう遅い時間だからレディが男性の部屋に訪れるのはいけないよ」


「まあ、私がレディだなんて。私はお兄様になら……」


 メサは最後まで言葉を紡がずに、顔を真っ赤にしながら俯いた。


 なのでカリギュラが少し引きつった顔をしたのを、幸運な事にメサは見逃していた。


「何を言っているんだい。君は美しい女性なんだ。いくら私達が兄妹と言っても、母親が違うんだから下賤な噂をする者もいるからね」


「そんな人達など放っておけばよいのです。お兄様」


「そうはいかないよ。私が君の評判を落とすのは心苦しいからね」


「わかりましたわ、お兄様。では挨拶は明日の朝にきますね」


「それなら喜んで受けるよ」


「では……あら?お兄様、お召し物が汚れております。今すぐにお着換えを。メイド達は何をしているのです」


 メサはカリギュラの衣服が汚れているのに気付き、側使いのメイド達を叱責した。


「大丈夫だよ、メサ。私は用事があるから、このままの衣服でいるんだ」


「でも、お兄様。王族たる者がそのようなお召し物では……」


「メサ、いい加減にしてくれないか。私も君にばかり構っていられないんだ」


 カリギュラは冷たい目をメサに向けると、そのまま自身の居室へと引っ込んでしまう。


「お、お兄様。申し訳ありません。申し訳ありません」


 メサはショックで大きな瞳から大粒の涙を零れ落とし、カリギュラに許しを乞う。


 しかし、カリギュラからの返事は一切無かった。



◇◆コケ◇◆コケ◇◆◇コケ◆◇コケ◆◇コケ◇◆コケ◇◆コケ◆


 派手な調度品が飾られている居室で、派手に物が壊れる音がした。


 その部屋は第2王女であるメサの居室であった。


「なぜですの、お兄様。わたくしはお兄様に相応しいお召し物をと。ああ、お兄様。それもこれも、お兄様に汚れたお召し物をそのままにしていてメイド達の責任ですわ」


 メサはテーブルにあったコップを、壁に叩きつけた。


「ルキウスを呼びなさい」


「かしこまりました」


 メサは側に控えていたメイドに自身の近衛であるルキウスを呼びに行かせた。


「お呼びでございますか?」


 部屋の外に控えていたルキウスが、メサの居室に入ってくる。


「ええ、仕事をしないお兄様のメイド達を皆殺しにしなさい」


「姫様、流石に殿下の専属メイドを勝手に殺すのは不味いのでは」


 ルキウスはメサのとんでもない命令を断ろうとしたが、メサはそれを許さなかった。


「煩い!貴方は言われた通りにやればいいのです。お兄様は明日から魔王軍の討伐に向かわれます。軍事行動の際には、メイド達を城において行かれるでしょう。その時に皆殺しにしてしまいなさい。その後は何とでも言い訳は出来ます。分かりましたか?」


「はい。かしこまりました」


 これ以上逆らう事は不味いと考えたルキウスはメサの命令を受諾するしかなかった。


「私もこれから寝ます。着替えを」


 メサは衣服をメイド達のに寝巻に交換させるため、ルキウスを下がらせた。


 全てのメイド達を居室で待機させ、メサは独り寝室へと移動していく。


 メサはベットへは向かわずに、奥の壁に手を当てて軽く押す。


 すると、それに合わせるように壁が回転し入り口が現れた。


 入口は奥が見通せないぐらいに暗くなっていたが、メサが入り口に差し掛かると魔法具が反応し部屋に光を灯した。


 魔法の光が暗がりを照らしていくと、部屋の奥に棚が設置されているのが分かった。


 棚には大小様々な瓶が置かれており、その1つ1つに札のような物が蓋に張り付いている。


 メサはその中から拳大くらいの瓶を選び、慎重にその蓋を開けた。


 メサは何かを取り出し、それを自分の頬に当てる。


 途端にメサはそれに心を見入られたようになり、恍惚とした表情をした。


「ああ、お兄様。お兄様はどうして、わたくしに冷たくされたのですか?」


 それが自分の柔らかい唇に触れた瞬間、メサは脊髄に電流が走ったような快感に浸っていた。


「分かっております。お兄様はお優しいから、あの仕事のできないメイド共を庇っていらしたんでしょう。でも心配はありません。あんなメイドなど皆殺しに致しますわ」


 メアは唇を自分の唾液で濡らすと、それ……人間の手首にゆっくりと唇を這わせた。


 手首から甲と指にと順番に唇を当てていき、指にはめられていた指輪に唇が止まった。


 指輪は鮮度維持の効果が付与されており、かなり高価な事が窺える。


 そのため指は、まるで生きているように瑞々しく、メサの感覚を刺激する。


「ああ、お兄様の指は美しいわ。私はお兄様さえいれば、他は何もいりませんのに」


 メサはカリギュラと全く同じ指をした男を探し、生きたまま手首を切り落とし魔道具の指輪をはめさせていた。


 彼女はカリギュラへの変質的な愛に傾倒しており、兄とそっくりな部位を持つ人間の身体をコレクションしていた。


 現状、彼女が集めきれていないのは、確認の難しい内臓ぐらいだろう。


 カリギュラと全く同じ状態に固執するため、その部位を取り外す際は必ず生きたまま行っていた。


 もちろん暴れられて大事な部位に傷が付いたら大変なので、体は麻痺させてはいた。


 しかし、変な拘りがありメサは体を麻痺させるだけで、痛覚に関しては遮断しない様にし、絶命する様を目に焼き付けていた。


「ああ、お兄様。その御手で私に触れてくださいまし」


 部位を取り外す際の男の絶叫を思い出しながら、メサは兄への愛を囁いていた。

 

◇◆コケ◇◆コケ◇◆◇コケ◆◇コケ◆◇コケ◇◆コケ◇◆コケ◆


 翌朝、カリギュラは全身武装の出で立ちで王に謁見していた。


「陛下。カリギュラはこれより王命により魔王軍の討伐に向かいます」


 カリギュラは王の前で頭を垂れ、王に対して今回の出陣を奏上していた。


「おお、我が息子よ。神に仇名す魔王軍など皆殺しにする事を願っているぞ」


 ホノリウス=フィンワーズ国王は、玉座から自身の息子に励ましの言葉を投げかけた。


 しかし皺の奥に隠れた瞳は少しも笑っておらず、獲物を見るような鋭い視線を向けている。


「お言葉、感謝いたします」


 カリギュラは王の視線を気にしないようにし無難に答えた。


「お兄様、ご武運をお祈り申し上げております」


 メサは兄に言葉を投げかけていたが、彼女が立つ場所は奇妙な事に王の真横であった。


 普通であればいくら王族であれ、カリギュラのように振舞うのだが、メサの行動は違和感を覚えるものだった。


 だがそれを咎める者はおらず、その場の最高権力者たる王もメサの行動を許していた。


 カリギュラはメサの行動に顔を歪めたが、顔を伏せていたために誰にも気付かれる事は無かった。


 「ありがとうございます。陛下、それでは私はこれより出発致します」


 カリギュラは平静を装い、妹に礼を述べると、王に出立を奏上した。


「おお。無事の帰還を願っておるぞ。カリギュラ出立せよ」


「はは」


 カリギュラは返事と共に立ち上がると、真紅のマントをたなびかせて謁見の間を退席した。

【次回予告 待たせたっス。久しぶりの登場っス。俺っちが極大魔法【アッパッペー】を行使するっス】

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