最弱の主人公
10月5日までは毎日8時頃と12時頃、18時頃の3回投稿します。
それ以降は1日1話に投稿となります。
本日投稿時点で19万文字41話分は既に予約投稿しています。
「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」
ーやばい!やばい!少しでも遠くへ逃げないと俺は死ぬかもしれない…というか確実に殺される。
「できるだけ遠くに逃げないと。せめて隣国の辺境までは…」
少年の思いとは裏腹に、長時間酷使した足は鉛のように重くなっており大地に立っているだけでやっとの状態であった。
-嫌だ。死ぬなんて真っ平ゴメンだ。
汗で額に張り付いた黒髪を拭い、不快感を払いのけたが疲労は確実に少年の体に蓄積していた。
-クソ!どうしてこうなったんだ。どこで間違えた。なぜアイツが俺を裏切ったんだ?
全身が必要とする酸素を目一杯飲み込んだが、鉛のように重くなった足は働くのを拒否し、少年の体重を支る事さえ放棄した。
少年は重力に逆らう事さえ出来ずに、草が生い茂る大地へと倒れこんだ。
「ハァ…ハァ…」
ー死ぬのは嫌だ。俺は何の力もない平凡な人間なんだ。何とか平穏にこの人生をまっとうしたい。となるともう方法は一つしかないのか……
少年は覚悟を決めた様に瞼を閉じた。
-これだけは嫌だったんだがなぁ。死ぬよりはマシか。
瞼を開けていれば少年の黒い瞳には、どこまでも広がる蒼い空が飛びこんで来ていただろう。
もっとも少年の心には、どんよりとしたものが巣食っていたのだが。
「水が飲みたいなぁ…」
酷使し過ぎた反動からか、少年の喉は焼けるような痛みを訴えていた。
少年の呟きに反応したように突然、頬を叩くような太陽の刺激を遮るモノがあった。
「リオン、水なの な」
「リオン君、疲れた時は闇黒闘気なのだ。ボクの闇黒闘気を分けてあげるのだ」
突然の呼びかけにも関わらず、少年はそれを理解していたのか、慌てる様子もなく唇を動かした。
「ネルとスイか?」
「ちがうの な。ねぇねなの な」
「そうなのだ。ボクは闇黒騎士のスイちゃんなのだ」
黒髪の少年が目を開くと、そこには二人の女の子の顔がリオンの顔に触れるぐらいに接近していた。
リオンはあまりの接近具合にドキッとしたが、バレると恥ずかしいと思い、何食わぬ顔をしながら頬を膨らませているネルから水袋を受け取った。
ネルと呼ばれた少女、いや見た目は9歳ぐらいの幼女だが、自分の事を『ねぇね』と呼ばないと、今の様に可愛らしいホッペタをぷくッと膨らませるのである。
地面に引きずる程の長い銀髪を揺らしながら、ネルはいつも眠たそうな半分閉じた銀色の瞳でリオンを可愛らしく睨んだ。
第三者の視点で見たなら、可愛らしい幼女がオマセな事を言って微笑ましいと思うかもしれないが、リオンからすると恐怖でしかない。
なぜならネルは物理攻撃特化の戦士であり、今のリオンならデコピン一発で脳が爆散してしまうからである。
もちろんネルにはリオンへの敵愾心などは一切ないのだが、凡人たるリオンにとってはどんなに可愛らしくても、どんなに好意を持たれていても怖いものは怖いのである。
いうなれば虎や熊に甘噛みされている気分だろうか。
ジャレてるつもりでも、うっかりで死んでしまうのである。
「ああ、ゴメン。疲れてたもんで……」
リオンは怖いので、素直に謝る事にした。
「仕方ないの な。ねぇねは、弟を許してあげるものなの な」
「ああ、ありがとう。ねぇね」
ここで断っておくが、ネルはリオンの姉などではない。
二人の関係はリオンが上司であり、ネルは部下にあたる。
もっと厳密に言えばネルはリオンによって創造された生命であり、創造主に対して絶対の忠誠を誓っている。
リオンに命令されれば命すら差し出すであろう。
もっとも、現状はとある理由からネルはリオンの姉役を演じる事を命令されており、本人もこの役目がお気に入りであった。
なのでネルはねぇねと呼ぶとご機嫌になるし、事ある毎に姉貴風を吹かせるのである。
「ああああああああ。リオン君はネルちゃんのお水は受け取ったのに、ボクの闇黒闘気は受け取ってくれないのだ。意地悪なのだ」
もう一人、おかしな発言をしている女の子、スイはどこから取り出したのか木の枝で地面に何かを書きながらイジイジしていた。
肩口まである少しウエーブのかかった胡桃色の髪のせいでスイの表情はリオンからは見えないが、スイもまた拗ねてしまったようだ。
彼女もまた、リオンによって生み出された生命である。
スイの職業は完全魔法特化型の魔法使いであり、物理攻撃には弱い。
しかし彼女は特殊スピリト【中二病】のマイナスペナルティーの影響で魔法使いの癖に魔法を使いたがらず、戦士の恰好をしている。
彼女は150㎝でありながら、バスタードソードを常に背中に背負っているのだ。
スピリトとはリオンの部下達だけが持つ特殊な能力である。
手に入れれば無条件に強くなるというものではなく、ある分野が強くなれば他の分野が弱体化するなど、その時々に応じて変化する能力であった。
スイは魔法を使わない状態であれば、レベル100の恩恵もあり拳でリオンを殴れば首がもげる程度の筋力はある。
なのでバスタードソードを持つことは可能だが、職業ペナルティーで剣等の物理攻撃武器を装備することが出来なかった。
剣を構えると腕はプルプルするし足元もふらつき、壁に激突するか、どこかに転がって行ってしまうのがオチである。
しかも【中二病】の本来の効果はアレな痛い発言をすればするほど魔力等が増大する代わりに物理攻撃力・防御力が弱体化するのである。
要は魔法を使うのが嫌いな癖に痛い発言をする度に、魔力等は増大するがバスタードソードを持つ事が出来ないくらいに筋力等は弱体化するのである。
もちろん、こんなフザケタ設定をしたのは他でもないリオンであるが、創造主が絶対であるスイにとっては、アレな発言を忠実に行う事が主への忠誠の証なのだ。
「ごめん、スイ。疲れてる俺に闇黒闘気を注入してくれ」
したがって凡人であるリオンは、怖いので拗ねているスイをなだめるのである。
これがリオンが編み出した生存戦略である。
「ウハハハハハハハハハハハハハハハ!我が左腕に眠りし邪龍よ。我の贄となりて世界を改変せし闇黒闘気を我に与えよ」
いじけていたスイがガバッと立ち上がり、イタい言葉を叫び出した。
先ほどまで何も付けていなかったスイの左腕には、汚い包帯がいつの間にか巻き付けられていた。
スイはその左手で右目を塞ぎながら、右手で包帯をゆっくりとほどいていった。
邪龍の闇黒闘気が宿ったのか、スイの体には膨大な力が荒ぶりっており抑え込むこと出来ずに体内から溢れ出してくる。
「くっ!邪龍による闇黒闘気がこれほどのモノとは…」
スイは思わず大地に膝をつき、大粒の汗が額から流れ落ち、大地を濡らすほどであった。
もちろん邪龍云々はスイの妄想であり、実際はスキルが発動してスイの魔力が上がって体から放出されただけであり、筋力が衰えた状態ではバスタードソードの重さに耐えられず膝をついて汗を流しただけである。
「あの…スイさん。もしかして…その溢れてる魔力を俺に流す気じゃないよね。アハハ」
「リオン君!これは闇黒闘気なのだ!魔力じゃないのだ。ぐぬぬぬ。僕が今からこの魔剣に闇黒闘気を移し、リオン君の身体に流し込むのだ。うぐぐぐ」
「スイさん。一回落ち着こうか。剣も重そうだし。スイさんも苦しそうだし。それにそれ流されたら多分俺死ぬから。ね!」
「大丈夫なのだ。魔剣が重い訳じゃないのだ。邪龍が体の中で暴れているだけなのだ。今、抑え込むのだ」
今の発言で魔力はさらに増大し、筋力はさらに低下したスイは膝だけでなく両腕も地面に着かなければバスタードソードを支えられなくなっていた。
「っぐぐぐぐ。こんなにも凄いのだ。かくなる上は……」
スイはうずくまりながらも、バスタードソードを身体に固定していた金具を何とか外す。
大地に落ちたバスタードソードが重量を感じさせる音が鳴り響かせると、荒い息遣いと共にフラフラとスイが立ち上がった。
「はぁ、はぁ。何とか邪龍を抑え込んだのだ。後は、このチカラを魔剣に注げば準備完了なのだ。リオン君、もう少しだけ待つのだ」
「いや。あの、ね!スイさん。深呼吸して落ち着こうか。俺も何だかスイさんから漏れ出た闇黒闘気でもう元気になったみたいだし……。ね?」
リオンはスイの増大していく魔力を見て全身から汗を流していた。
本来、魔力は目に見えるモノではないのだが、あまりにも濃すぎるスイの魔力は、魔力を持たないリオンにもはっきりと見えていた。
リオンは冷や汗を流すだけでなく、うっかり下半身から別のモノも流してしまったが、それは秘密にしてもらいたい。
「遠慮することないのだ。漏れ出た闇黒闘気だけじゃまだまだなのだ」
スイは大地に転がっていた魔剣の柄に両手を添え、大根を引き抜くような体制になった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!邪龍よ!お前の世を憎む破壊衝動を、この魔剣に注ぎ込むのだ」
世を憎む破壊衝動を俺に注いだらダメだろとリオンは心の中で突っ込んでいた。
スイは留まる事を知らず、気合の雄たけびと共に魔剣を持ち上げようとした。
大根を引き抜くように体重を後ろにかけた瞬間、天がリオンに味方したのか彼女のペナルティースピリトが発動し、スイは魔剣と共に後方の森へと勢いよく転がっていった。
鬱蒼とした森の木々をなぎ倒しながら…。
それを見たリオンは新たにチビってしまうのであった。
◇◆コケ◇◆コケ◇◆◇コケ◆◇コケ◆◇コケ◇◆コケ◇◆コケ◆
「の~な♪の~な♪弟をオンブするのは~♪ねぇねの嗜み♪」
現在リオンは変な歌を、ご機嫌で歌っているネルにオンブされてながら、魔の森と言われる密林を移動していた。
そう14歳の男が幼女にオンブされている情けない姿で移動しているのである。
正常な心を持っている男であれば断りたい処であるが、リオンはどうしても早々に遠くに移動しなければならない理由があった。
それも命にかかわる重大な理由が。
初めは男気を出して自分の足で歩いていたのだが、化け物二人に一般人のリオンが敵うはずもなく、あえなく途中リタイヤしたのである。
ちなみに濡れたパンツのままで、リオンは幼女にオンブさせているのかと、お叱りを受けるかもしれないので補足しておく。
リオンは用を足しに行くと言ってこっそろと濡れてパンツは交換していた。
もっとも、化け物二人と行動を共にすると考えると、今あるパンツの量では足らない気もするのだが……。
二人の化け物のお陰で『魔の森』と言わる場所での移動でもリオンは快適だった。
「グギャャャャャャャャャャャャャャャャャ!覚悟するギャァァァァ!悪の魔の手から俺の妹を守るギャ」
平凡なリオンの平和を乱すように、茂みの中から突然襲い掛かってくる者があった。
【次回予告 主の最大の強敵が現るっス……強敵とし激しいバトルっス…多分っス】
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