※朝食とフレイクの食事事情
「おはようございます」
「おはよう」
明くる日。兎の姿から元の姿に戻ったラビットが借りた部屋から出ると、昨日のテーブルでフレイクとアストが朝食を食べているところに行き合った。
「君は朝は何を食べる?パンにスープ、昨日採った鎧イノシシの肉にキノコやカボチャ。いろいろと用意出来るけど」
「あー、それだったらパンとスープをお願いします」
「ん」
ラビットが少し考えてそう頼むと、アストは立ち上がり台所の方に向かった。
アストが去った後にラビットは空いている椅子に座り、改めてテーブルの上の様子を確認した。
「フレイク君、朝からいっぱい食べますね…」
「うぐ、ふぐ、んぐ」
そこには無数の皿がところ狭しと並べられており、その上には肉料理やサラダ。複数種類のパンなどが山盛りで盛り付けられていた。
ちなみにアストが座っていた席には食べ掛けのパンにスープ。サラダとスクランブルエッグが並盛りで置かれていた。
寒村の朝食に比べて豪華ではあるが、それでもフレイクの朝食に比べれば常識の範囲であった。
「別にフレイクが大食いなわけじゃないんだけどね」
ラビットがフレイクの食事風景を眺めていると、パンとスープを持ったアストが台所から戻ってきた。
「えっ!?これだけ食べるのにですか!?」
「そうだよ。フレイク自身の食事量はせいぜい僕の二人前程度。普通よりは多いけど、育ち盛りとしてはそこまで大食いじゃないでしょう?」
「まぁ、アスト君の二倍ならそうですね。でもそれならテーブルに載っている残りは誰が食べるんですか?」
「もちろんフレイクだよ。ただし食べた後に行くのはフレイクの胃袋の中じゃなくて拘束術式の方だけどね」
「拘束術式?」
「そう。フレイクは身体能力とか魔力がばかみたいにあるんだけど、諸事情で制御に難があるんだよね。だから力を制限する為に拘束術式を施してあるんだ。その術式のエネルギー供給を経口摂取で行ってるんだよ」
「へぇー、そうなんですか。ちなみにばかみたいにって具体的にはどの程度なんですか?わざわざ制限をかける程の身体能力とか想像がつかないんですけど」
「そうだなぁ?例えとしはどうかと思うけど、SSSランクの魔物と同程度の身体能力と魔力は確実にあるかな?」
「えっ!?SSSランク!?それってお伽噺に出てくるような天災級の魔物じゃないですか!!」
ラビットはアストが出した例えに驚天して声を上げた。
「そうだね。ちなみに人間に直すと英雄や勇者並みってことになるね」
「いやいや、最初からそっちの例えの方で良かったじゃないですか!なんでわざわざ外聞が悪い例えの方で言ったんですか!?」
「だって実状が魔物寄りだからさ」
「魔物寄り?どういう意味ですか?」
「勇者や英雄の強さっていうのは、大抵の場合神からの加護や装備なんかのプラスアルファで成立しているもんなんだよね。逆に、魔物の場合は自分で溜め込んだ魔力からくる正真正銘の実力なんだよ」
「えっ!?つまりフレイク君も神様からの加護とか抜きでSSSクラスの魔力があるってことですか!?」
「そうだよ」
「ええっ!?」
ラビットは驚いてフレイクを見た。
「人間って個体差が激しいからね。時たまフレイクみたいな超人が生まれるし、逆に無能とか呼ばれる人間も生まれてくる。当たり外れが激しいよねぇ」
「・そんなものなんでしょうか?」
「そんなものだよ」
そう締め括るとアストは持って来たパンとスープをラビットの前に並べた。
「ありがとうございます。いただきます」
「どうぞ。そういえばラビットは今日どうするの?僕は朝方はお客を迎える準備。フレイクは鍛練。昼から街の反対側の森に行く予定だけど」
「僕ですか?とりあえず昨日請けた依頼の報告に冒険者ギルドに行くつもりです。後は適当な依頼でもあれば請けるつもりですけど、アスト君達は街の反対側の森に何をしに行くんですか?」
「様子見、かな?」
「様子見?何の様子見ですか?」
「秘密。ああ、それと一つアドバイス。請ける依頼は王都で完結出来るもの。そして人に顔を覚えてもらえるような依頼を選ぶと良いよ」
「それはどうしてですか?」
ラビットはアストが上げた条件の理由がわからなかった。
「昨日ローザ姉さん達から聞いたでしょ。魔の森はこれからいつもより危なくなるんだよ。それに兵士が森に駐留するならついでに遭遇した魔物を討伐するだろうから魔の森関連の依頼は減るだろうってことだよ」
「なるほど。魔の森の件についてはわかりました。もう一つの方はどんな理由なんですか?」
「新米冒険者に大事なのが依頼達成能力よりも地盤だからだよ」
「地盤、ですか?」
「そ、地盤。冒険者っていうのは生活を戦闘寄りにしている職業だからね。怪我もするし魔物から逃げて遭難することもある。また、病気なんかで動けなくなると新米冒険者はすぐに破綻しちゃう。だから仕事道具である武器を購入・修理をしてくれる武器屋。食い繋ぐ為の食料品店。怪我を治療してくれる神殿。遭難した時に捜索依頼をしてくれる。あるいは病気で寝込んだ際に看病してくれる隣人。ついでに依頼が失敗・出来なかった際に多少金銭を融通してくれる友人・親族。こういう地盤が冒険者にとってはなによりも大事なんだよ。だからそういう人達に顔を覚えてもらえるような依頼を選ぶと良いよ」
「なるほど。わかりました!」
アストの説明を聞いたラビットはそういうことかと納得し、勉強になるな、っと思った。
「ああ、一つ良い忘れてた」
「なんですか?」
アドバイスの後は全員が普通に食事を進め、全員が食べ終わった頃にアストが何かを思い出したように声を上げた。
「この家に関する警告を」
「警告?この家の家訓とかルールですか?」
「家訓?いや、そういうのではないよ。まぁ、ルールとは言えるかもしれないけど」
「ルール?それで警告って何ですか?」
「このお菓子の家の外装は食べないようにね」
「外装…。それはやっぱり食べると穴が空くからですか?」
「いや、この家の建材は自動的に補充される仕組みだから穴は空かない」
「じゃあ、雨風にさらされているから食べるとお腹を壊す、とか?」
「それも違う。傷んだり溶けたりしないように状態保存の魔法をかけてあるから食べてもお腹は壊さない」
「ではなんで食べたら駄目なんですか?」
家に穴が空くこともなく、食べても体調に問題はない。
なのにわざわざ警告してくる。外装に限定しているが、その点に何か理由があるのだろうかとラビットは疑問に思った。
「このお菓子の家の外装は魔女の資産扱いだからだよ」
「資産扱い?それって単純に人の物を盗み食いしちゃ駄目ってことですか?」
「それも違う。うちの場合ただ食べることを盗み食いとは思わない。思わないんだけど…」
「だけど?」
「魔女の資産扱いだから勝手に等価の理が発揮されちゃうんだよ」
「等価の理…」
ラビットはそれを聞いて昨日聞いた話しを思い出した。




