※お礼と外れない予言
「私達が来た目的?その顔からしてアストはもう察してるでしょ。でもそうね、フレイクの方やお友達の方はわかってないから説明した方が良いかしらね」
ローザはそう言うと、アストに椅子を薦めた。
アストは入り口から奥に移動し、狼フレイクを抱いたまま椅子に腰掛けた。そして兎ラビットの方はテーブルにクッションを置いてそちらに乗せた。
「私達がここに来た目的はいくつかあるけど、まずはそうね、ある物を融通してもらったお礼を言いに来たの」
「ある物ってなんですか?」
「魔女の秘薬よ。少し前に強い魔物と戦闘になってね。その戦いの結果、私達のパーティーの一人であるソアラって女の子と、共闘したノーストカ王国の勇者エミリアが意識不明の重体になったの。神殿で治療を受けたのだけど、かなりまずい容態だったわ。そんな時にアストがお師匠様の秘薬を届けてくれたの。おかげで二人は快癒したわ。もっとも、身体の方はよくなったのだけど、魔力とかは枯渇気味で今もベッドの上で絶対安静なのだけどね」
「えっ!勇者パーティーの一人やお隣の勇者様が重体になってたんですか!?それって相手はどんな化け物なんです!?」
ローザの話しを聞いたラビットは思わず立ち上がり、目を丸くしながらローザに尋ねた。
「詳細は省くけどキノコの化け物だったわ。私達勇者パーティーとエミリアを相手に互角にやりあうような正真正銘の化け物よ」
「ライハルト様達やエミリア様と互角?どんな化け物ですかそれ!?」
そして返ってきたローザの答えに、ラビットを悲鳴を上げずにはいられなかった。
「本当にそうよね。私達の方もあんなのがいるなんて予想外すぎたわ。まあ、その化け物については情報規制中だからここまでにしましょう。そんなわけで私達は仲間を助けてもらったお礼を言いに来たのよ」
「礼なんて言われることじゃないんだがねぇ」
「婆ちゃん、なんで薬をローザ姐達に渡したんだ?いつもの婆ちゃんなら対価を貰わないと絶対にそんなことしないよな?」
ローザが話しを締め括ると、老婆はそのお礼に否定的だった。
そして老婆のことを身内としてよく知るフレイクにしてみても、老婆が自分から薬を送ったことに強い違和感を覚えていた。
「もちろん対価は引き換えと後払いで貰うよ。あたし達魔女は人の味方をせず、人を利さず、人を害さない。あくまでも対価と等価になることしかせず、人に損も得もさせない。それがあたし達魔女の人との関わり方なんだからねぇ」
「人を利さず、得もさせない?あのー失礼ですけど、勇者様達を助けた話しと矛盾していませんか?エミリア様達の命を助けてるんですよね?」
「確かに坊やの言うとおり、今のところの結果はそうなってるねぇ」
「「「「今のところ?」」」」
ラビットの疑問に老婆が答えると、アストを覗いた面々は老婆の答えに引っ掛かりを覚えた。
「あたし達魔女のあり方はある意味呪い地味ているのさ。一見人が得をしたように見えても、最終的な帳尻が勝手にゼロになる」
「フレイク、物語の魔女と同じだよ。幸福の後に不幸が。不幸の後に幸福が。人の運勢は山有り谷有り。魔女が関わった人の運命は天秤よろしく勝手に水平になるんだ」
「「つまり?」」
「命が助かるという幸運に等しい不運がこれからやって来るってことかしら?」
「「「えっ!?」」」
「ローザ姉さん正解!」
「まあ、だから普通は対価でその損の部分を補うものなんだけどねぇ。今回は少し毛色が違う」
「「「「毛色が違う?」」」」
「お師匠様、それってライハルトが聞いた予言に関係がありますか?」
「予言?なんのことだい?」
「「えっ!?」」
「あんたも知っているとおりあたしは調薬とキノコが専門の魔女だよ。キノコを使った簡単な吉凶占いくらいは出来るけど、予言は専門外さね。予言は星読みや時読み、空読みの魔女の領分だよ」
「えっ!でも、ライハルトがアストから聞いたって…」
ローザの言葉は途中で尻すぼみになって途切れた。確かにお師匠様が予言をしているところなんて見たことなかったと、ローザが途中で気がついたからだ。
「アスト、あんたなんて言ったんだい?」
「お婆ちゃんの占いはまだあるんですって言って伝えたけど」
アストはライハルトに予言を伝える前の口上をなぞり、そして伝えた予言の内容を諳じた。
「あたし達の占い結果は神殿の娘っ子ともう一人の死兆と、これから起こる騒動についての兆しだけだったろう」
「そうだね」
「つまり予言の方はお師匠様じゃなくてアストが嘯いていただけってこと?」
ローザは予言がアストがついた嘘ならライハルトから聞いた予言は実現しないのかと思った。しかし、予言の内容からして実現しないにこしたことはなかった。が、何故アストがそんなデタラメな予言をしたのかは気になった。
「残念ながら違うね。アストは私達魔女の力を収得している。フレイクやその友達に施している変身魔法しかり。あたしの調薬や他の魔女から錬金術なんかの知識や技術も得ている。当然その中には星読み達の占いや予言のやり方なんかも含まれているんだよ」
「「「「!!」」」」
「つまり?」
「つまりアストがしようと思えば魔女式の占いや予言は出来るってことだよ。しかもこの子の場合…」
「「「「アストの場合?」」」」
アスト以外の視線が集まる中、老婆はちらりとアストに視線を向けた。するとアストは老婆に目で合図を送った。
「この子の場合、その予言は外れないんだよ」
「「「「外れない?」」」」
「そうだよ。あたし達を含めた普通の予言は知った時点で予言が影響を受け出すんだ。実現させようとするも、回避しようとするも、結局予言を知る前は採らなかったはずの行動を挟むことになるからね。よほど曖昧でないかぎりは完璧に予言が当たるなんてありえないんだよ」
「お師匠様達の予言がそうならアストの予言もそうなるんじゃないの?アストが使ったのは魔女式の予言なんでしょう?」
ローザの確認に老婆は首を横に振った。
「あくまでも魔女式の予言を出来るってだけだよ。それと予言が外れないのは予言の方式とは別口だよ」
「別口?どういうことです?」
「アストのジョブは特殊なんだよ」
「「「「アストのジョブ?」」」」
「婆ちゃん、アストは魔法使いじゃないのか?」
「系統は近いけど別物だよ。あんたと同じでね」
「俺と?」
狼フレイクは自分のジョブ。神が与える職業適性がなんなのか知らない為、自分が特殊だと言われてもよくわからなかった。
「あんたとアストのジョブについてはおいおいアストから教えてもらいな。それで話しを戻すけど、アストのジョブ特性の一つにご都合主義なのがあってね」
「ご都合主義ですか?それって物語なんかで自分にとってやたら都合の良いことが起きるアレですか?」
「それに近いね。アストの場合は本人の手回しの良さと加護する神。魔女や仙人繋がりで自然。世界の側から絶大なバックアップを受けられるんだよ。その結果、アストの望みはほぼ達成させられる。それは予言も同じさ。アストの言葉。予言が外れることを世界が許さない。例外はアストが外そうとする場合なんだけど、アストはフレイク以外に興味がないからね。結果的に予言が外れることがないのさ」
「「「「・・・」」」」
老婆がそう締め括ると何とも言えない沈黙がその場に降りた。




