※氷の勇者 地の怪人
『・・・まだ随分と離れた位置にいたはずだが?』
連鎖爆発が止み、大地が抉れ捲って出来た複数の穴を見ながらモンストゥルはそう疑問を口にした。
だがそれに答える者はいない。
いや、いないはずであった。
「そうね。でも私に時間は関係ないの」
しかしモンストゥルが見ている穴の底から若い女の声でモンストゥルに返事が返ってきた。
ヒュー
一迅の風が吹き、爆発で巻き上げられた土煙が晴れた時。穴の底には目を白黒させているライハルト率いる勇者パーティーと、その前に立っている一人の女がいた。
その女の外見は青みをおびた銀髪の長髪で、瞳の色はアイスブルー。胸当てや籠手、脚甲などを身に着けているが、その下はシスターのソアラが着ているような法衣のようなゆったりした格好をしていた。
手には金色の宝玉が付いたロッドを持っており、外見からは後衛職を思わされるが、自信に充ちたその立ち姿が後ろではなく前に出て戦う姿をイメージさせた。
「化け物相手だけど一応は名乗っておくわ。ノーストカ王国の勇者、エミリアよ」
『勇者、か』
モンストゥルはエミリアの勇者という名乗りに不快そうな雰囲気を示した。
「エミリア、なぜ君がここに!?」
「多分あんた達と同じよライハルト」
逆にライハルトの方はエミリアの登場に驚いてはいても敵対的な雰囲気は見せなかった。
「三日前から巫女様の未来視にノイズが走るようになってね。一番ノイズが走る状況を特定してみたらこの魔の森に関することだったの。だからその原因究明の為に私が派遣されたってわけ。あんた達もそうなんでしょう?」
「ああ。こっちの巫女様も千里眼でこの森の一部が見えなくなっている」
「そしてその原因があいつってわけ?」
エミリアはモンストゥルから目を離さずにライハルトに確認した。
「それはまだ不明だ。たしかにこの森の異変の一端は担っているだろうが、俺達が知っている範囲だと森にキノコを大量発生させたり、魔物にキノコを寄生させて操っている様子しか見せていない。とてもではないがキノコで巫女様や我らが神の目を誤魔化せるとは思えない」
「なるほど、ね。ならまだ何かがこの森にいるのかもしれないのね」
エミリアの確認にライハルトは頷いた。
「ならさっさとこいつを突破して奥を調べましょう」
「そう簡単にはいかないぞ。君が来てくれなければ俺達は全滅していただろうくらいだ。まだあいつの底は知れない」
「そんなのは関係ないわ。私にはね!」
エミリアはそう言うと、モンストゥルに向かって氷の刃を無数に放った。
『・・・』
ポンッ!
しかしそれはモンストゥルの前に現れたキノコに突き刺さり、その後キノコから吐き出されてエミリア達の方に返ってきた。
「はあっ!」
それをライハルトが剣で叩き落とした。
『消えろ』
そして次はモンストゥルの方が仕掛けた。
爆発から無事だった森の部分から無数のキノコミサイルが穴の中にいるエミリア達に向かって殺到した。
「おあいにくさま。その程度で私は倒せないわ」
無数に飛んでくるキノコを何でもないことのように見つめ、エミリアは持っていた杖を一振りした。
するとエミリア達に向かっていたキノコが次々と途中で力尽きるように墜ちていった。
また、今までなら地面に落ちたら爆発していただろうに、今回地面に落ちたキノコは一つも爆発することがなかった。
『・・・』
モンストゥルがその落ちたキノコを見てみると、キノコがカチカチに凍りついていた。
「うふ。ライハルトが雷を操る勇者なら、私は氷を操る勇者。どれだけそのキノコが爆発して危険でも、爆発する前に凍らせてしまえば簡単に不発に出来るわ」
『・・・そのようだな。なら戦い方を変更する』
エミリアが得意気に言うと、モンストゥルの様子が僅かにだがたしかに変わった。
『《地のモンストゥルが請い願う 世界よ 我が身を糧に 汝が積年の怒りを顕せ』
そして霊言ダケから今までの無機質な声とは違う確かな怒りを含んだ声が吐き出された。
「呪文!モンストゥルは魔法の類いを使えるの!?」
それに一番反応を見せたのは魔法使いのローザだった。
〔世界意思〕
そしてローザ以外も驚きを見せる中、モンストゥルはその呪文の名を告げた。
「「「「「「!?」」」」」」
その直後、ライハルト達はモンストゥルから目が離せなくなった。
モンストゥルの姿や周囲の状況に変化はなかった。
しかし、勇者と呼ばれた二人や勇者パーティーの四人は肌で感じ実感した。
目の前にいるモンストゥルから山や海。自分達が雄大な大自然に感じるのと同じ圧を感じていることを。
『さて、小手先の戦いは終わりだ。あの方々が今一番注目されている領域内で勇者の名を騙った罪をあがなえ』
そう言うとモンストゥルは自分の身体から生えているキノコを一つ摘み取り、そして勇者達が見ている前でそれを握り潰した。
「いったい何を…?」
「「「「「「ぐっ!?」」」」」」
勇者達がその行動で何が起こるのか予想出来ずにいた直後、勇者達の身体が不意にふらついた。
「これは…!?」
ライハルトやエミリアは自分達にいったい何が起きたのか把握出来なかった。ただ、自分達の身体に異変が起きたことだけは理解していた。
バタッ! バタッ!
アインやガイの方は自分達に何が起きたのかすらわからず倒れた。意識は普通にあったが、身体の方は指先一つ動かせない有り様だった。
「くぅっ」「うぅっ…」
ローザとソアラの二人はなんとか杖を支えに起きている状態だった。倒れている二人よりは身体が動いたが、それでもとてもではないが戦闘が出来る状態ではなかった。
『これで盾役や牽制役。回復は封じた。さぁ、次はお前達の番だ』
「ぐぅっ、私達に、何を、したの?」
『答えるとでも?だが後ろの連中は気にするな。今は死にはしない。後で我等の苗床にするのでな。死んでいるよりは生きていた方が搾り取れるものが多い』
「「「「「「!?」」」」」」
モンストゥルのその言葉に誰もがぞっとした。
少なくともライハルトとエミリア以外は動けないのだ。
つまりは戦えないし逃げられない。
モンストゥルが気を変えて今キノコ菌を蒔いてきたらあっという間に苗床にされてしまう。
よしんば気を変えなくても四人が動けないいじょうライハルトは万が一を考えると四人の前から動くことが出来ない。
エミリアは他国の勇者パーティーを見捨てる選択肢もあるが、それでもそれを率先して選ぶタイプではなかった。
つまりはどん詰まり。
さらに悪いのは自分達の現状がまったく把握出来ていないことだ。
なぜモンストゥルがキノコを握り潰したのか?
なぜ自分達の身体は動かないのか?
先程の能力?や感染?経路はどうなっているのか?
これからさらに重ねがけが出来るのか?
疑問は尽きないのにそれを一つとして解決することが出来ない。
戦況は最悪だとしか言えなかった。
そんな中、ライハルトはモンストゥルにバレないように懐に意識を向けた。
そこには魔の森に来る前に巫女様から賜った、二つの宝玉がたしかに存在していた。
敵の戦力低下を確認
排除せよ 排除せよ 浄化せよ
目覚めた




