初めましての方は初めまして
注 ネタ多め
ベッドよし、麦茶よし、のど飴はいらないとして、洗濯物よし、台所よし。これでいつでも始められる。
新品同様の光沢を称える箱型マシンを電源タップに接続すると、その動作が良好であることを示すランプが点灯した。発売当日から使って来たヘッドギアをマシンに接続すると、バイザー型モニターが瞬時に起動した。
処理が非効率的なために廉価版ではオミットされているバイザーだが、流石最新のマシンのCPUだ、馬力が違う。
起動が完了したヘッドギアを被り、頭の圧迫具合を調節するつまみを回して準備が完了した。後はもみあげのリンクボタンを押すだけだ。
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ベンチャー企業であるログカンパニーの社運を賭けた新作大規模多人数参加型オンラインゲーム『QuestOnline』だが、クローズドベータテストにこそ応募は集まったものの、今のご時世バーチャル空間に入り込むMMOも増え始めているため、普及に繋がるかどうかに関しては不安が拭えない。
ベータテスターにはクソゲーなんてレッテルまで貼られたせいで、未プレイヤーへの風聞もあまり宜しくない。
この現状を打破すべく我らがログカンパニーの営業部は、QuestOnline正式サービス開始に合わせて、「ゲーム実況者へのプレイ実況、広告依頼」をすることを決定した。要するに企業案件の依頼である。今回白羽の矢が立ったのは『鑑』という配信者だ。彼は現在動画投稿サイトトップシェアを誇る『Vie Trans cm』略称『VTC』をプラットホームに、VRMMOやその他携帯機、据え置き機と幅広いゲームを実況している。
何故営業部が彼に注目したのかという事だが、それは彼の実況の特徴として『クソゲー』と呼ばれる類のゲームをメインで実況しているという点が挙げられる為だ。そんな彼の下には暇を持て余してゲテモノを求める視聴者が集まる。チャンネル登録者は10万人超、平均再生回数は7万と広告塔として申し分無い人材だろう。何故か自信有りげな営業部の社員は彼に連絡をし、契約を取り付けることに成功した。
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リンクボタンを押すと、ヘッドギアが脳と身体を切り離し(勿論物理的にでは無い)仮想のアバターに接続された。とは言ってもここはまだゲーム世界では無く、個人用のVRルームだ。ヘッドギアに接続した箱型マシンのCPUを利用して仮想の端末を操作したり、チャットルームとして人を集めたりもできる便利な場所で、VRゲームで配信を始める時はここで準備をする。普段はテレビゲームやスマートフォンのゲームをキャプチャして配信しているので、VR空間から配信をするのは久し振りだ。配信枠が設定出来ている事が確認出来たので、Imagramで告知をするのを忘れない。イマグラムとは最近になって複数の会社と統合されたSNSの事だが、個人的に語呂が悪いと感じてしまうのはまた別の話だ。
それにしても、細々とゲームをプレイして食い物にしている実況者に企業案件が来るとは夢にも思わなんだ。
「クソゲーの汚名を返上してください!」
等と営業の社員さんに頭を下げられたが、クソゲー実況者のレッテル貼りがされてる配信者に任せたらそれこそクソゲーとして定着するのでは無かろうか。そもそもリスナー間で『クソゲー実況者』というあだ名が定着しているだけで、俺だって流行りのゲームは実況するしなんなら残っているアーカイブの本数はクソゲーよりも多いのだが。とは言え提示された契約内容は旨味が多かったし、ハイスペックなマシンを提供していただけるとなれば断る理由も無い。無粋かもしれないが自分で大丈夫なのかと確認したところ、
「大丈夫です!鑑さんの配信は全て追っているので実力は把握しておりますので!」
と心強い返事が得られた。何よりクソゲー以外も追っていただけていると言うのは非常に嬉しいことなので舞い上がってしまった。
そんなこんなで契約は成立して俺は新作VRMMOを実況することになったのだが、実に不思議である。何が不思議なのかと聞かれると返事に困るのだが、端的に言ってこのゲームのパッケージからはクソゲーが纏う雰囲気を感じ取れないのだ。経験則クソゲーと呼ばれるクソゲーは、その佇まいからも微弱なクソゲー臭を放つのだが運営さんからいただいたパッケージにはそんな物が一切無い。余りクソゲーを連呼するのもどうかと思うのでレビューでも見に行こうか。幸い配信までは10分ほど時間がある。
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『QuestOnline公式HP_ベータテスターの意見』
平均評価4.7
評価5/5
「クソゲーの癖にバグが少なくてつまらん。ベータテスト用の公開マップだけでも二年間は遊べそうなのが気に食わない。ゲーム初心者向けのチュートリアルが充実してるのにボスが弱過ぎず強過ぎない難易度設定とかふざけてるだろ」
評価5/5
「↑ほんそれ、リアルと見分けが付くようにグラフィック落とすっていう配慮に加えて天候や地形が豊かすぎて飽きさせる気が無い」
評価4/5
「我が家の低スペックマシンではヌルヌル動くことしか出来ませんでした。言いたい事を殆ど前の方に取られてしまいましたが強いて言うなら…」
評価5/5
「↑おい最後まで言えよ」
評価4/5
「ゲーム性は文句無いけど武器種がやたらと多いのに武器のモーション補助が乏しい希ガス」
評価3/5
「紛う事なき神ゲー。敵モブや中ボスの強さと武器やスキルのバランスが素晴らしい上にマップが広大で発見と驚きの連続。久しぶりに童心に帰れました」
評価5/5
「↑文面に対して評価控えめで草」
評価4/5
「手が滑ったんでしょ(適当)」
評価4/5
「最近のレビューって掲示板みたいに使われてるんですね」
評価4/5
「言ってくれるな」
評価5/5
「正式サービスにも期待のクソゲー」
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低評価に見せかけた絶賛や絶賛に見せかけた低評価のせいで情報が錯綜しているが、ゲーム性が悪いためにクソゲーと呼ばれている訳では無いようだ。尚更クソゲーと呼ばれる理由が分からなくなった。まさか本当にバグが少な過ぎてキレてるなんて事は無いだろうし…無いか…?いや無い(反語)。もう少し読み進めれば理由も分かりそうなものだが生憎今回の配信は企業案件なので読み耽って遅刻する訳にもいかないのである。残念だが大人しく待機しよう。
VR空間からの配信は非常に楽だ。楽過ぎてラクダになってしまいそう…な訳あるか。何が楽かと言うととにかく全部楽。
まずマイクがいらない。現実と遮断されているので雑音もリップノイズも入らない。ゲーム内の雑音も調整可能。カメラ機能に搭載されたAIのおかげで画面外で面白い事をする事が無い。配信者にとってはまさに天国なのだが、最近はVRの機能にかまけて面白くする工夫を出来なくなる事が怖いので据え置きのテレビゲームや携帯機による実況ばかりしていた。頭が固いと言われがちだがそれでも怖いものは怖いのだ。まあ古き良きと銘打ってバカゲーや、レトロゲームをやっていたお陰でそこそこ名前が売られるようにもなったので、一概に悪いとも言えない。
変に思考に耽っていたらもう時間が少ない。ルーム端末からQuestOnlineのロゴをタップするとゲームを開始することが出来る。何も迷うことは無いので直ぐにタップすると、世界が一様に切り替わり暗転した空間に放り込まれた。
恐らくキャラメイクのステージだろう。企業案件なのでさっさとキャラメイクを済ませた状態から始めるのも良いだろうが、折角なのでここから配信を始めよう。先程のルームから持ち込んだ端末を操作して配信を開始する。告知時間通りだ。
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配信を始める時、VTCでは30秒の猶予が発生する。この間に不備を見つけたら止める事が出来るのだが、流石に案件で土壇場の不備など出来るわけも無い。
久々にVRで配信するので忘れていた事だが、VTCのVR撮影機能を用いると空中に浮かぶカメラが出現する。このカメラが優れものだと言うのはさっきした話だが、実はこのカメラにはスキン(見た目)のオプションがある。配信者でなくともSNS映えのためにカメラを使う人は多いので種類は多く、小妖精やリスのような小動物、ネタ枠の食品シリーズが人気だ。俺はもちろん配信が職業みたいなものなので真面目を装ってデジタルカメラを使っている。因みにデジタルカメラの上には鮭オンザ熊。
「うちのカメラは可愛いなあ」
『今のシーンちゃんと保存したか?』『バッチリよ』『こんにちは~』『何が可愛いって?』『俺のことかな?』
配信!始まってた!
「焦るな俺、何年配信してるんだ。一年か。今のは花粉症による幻聴ですので眼科で予防接種でも受けてきて下さい」
『は?』『何言ってんだコイツ』『焦りが声に出てますよ』『草』
「早業保存マンと自意識余り気味お兄さんに迎えられつつ配信を始めて行きたいと思います。初めましての方は初めまして、そうでない方はいらっしゃいますでしょうか?」
『ヘ』『ヘ』『ヘ』『ノ』『ヘ』『初めまして!』『ノ』
「はい、正直な方も卑屈な方も初見さんも皆様こんにちは。鑑と申します!えー、今回は初の企業案件と言うことで、VR空間から失礼させていただきます」
『案件おめでたい』『案件おめ』『珍しい』『都市伝説だと思ってた』
「人を珍獣か何かと勘違いしていません?それはまあ皆様の解釈にお任せするとしますが今は置いておきましょう」
『置いておくな』『それでいいのか鑑』
良いんだ…悲しいがそれがリスナーの総意なのだから。
「それでですね、本日はログカンパニー様からの御依頼をお受けしまして今日より正式サービス開始となる『Quest Onlie』をプレイしていこうと思います」
『LC社!?』『←おい消されるぞ』『期待のクソゲーじゃん』『やっぱりクソゲー実況者じゃないか』
「違うんだ…違うんだ…。ホームで案件配信の時間を潰すのもアレですし、早速ゲームの方に移っていきますか。実はまだテストプレイすらしてないんでキャラメイクから手探りなんですよね」
『マジ?』『案件配信ェ』『手探りはMMOの醍醐味だししゃーない』
「それでは始めますか!」
タブレットを操作してQuestOnlineのロゴをタップすると、10分程前に味わった脳を切り離す(まさか補足はいらないと思うが物理的にではない)感触が訪れた。
誤字指摘、評価よろしくお願いします。




