はつかねずみの贈り物
あるところに、それはそれは美しく、心も綺麗な娘がおりました。
正直で、働き者で、みんなに優しい娘でした。
娘はある日、白いはつかねずみを拾いました。
「心優しい娘さん、僕はお腹が減って死にそうなのです。ひとかけでいいから貴女の持っているパンを下さいませんか?」
娘はこころよく、ひとかけどころか半分のパンと甘いミルクをはつかねずみにあげました。
「ああ、ありがとうございます。おかげで助かりました。このご恩は決して忘れません。貴女が困っている時には、私の命を捨ててもお役に立ちましょう」と、はつかねずみは娘にお礼を言いました。
「いいえ、小さなねずみさん。貴方は私のお友達。私の食べ物を半分お友達に分けてあげるのは当たり前の事なのです。」と娘はにっこり笑って言いました。
それから何日かたったある日の事。
白いはつかねずみは黒いカラス達が木の枝で話しているのを聞きました。
「あの優しい娘が病気だ、カァ」
「王子様のお姿を見てから病気だ、カァ」
ひと目で王子様を好きになった娘は恋の病になってしまったのです。
――ああ、僕が貴女を助ける番です――
はつかねずみは決心し、恐ろしい魔女がいるという北の魔の山へと向かいました。
恐ろしいフクロウがいるまっくら森を抜け、天馬が飛ぶ野原を抜け、針の林を抜け、それはそれは長い旅をして魔女のところに着きました。
「おや?小さなねずみ、お前は何の用で私のところへ来たんだい?」と、大きく曲った鼻を持つ魔女はしわがれた声ではつかねずみに聞きました。
「偉大な北の魔女様、僕は魔女様の魔法のお菓子が欲しいのです」
「長い旅をしてきたお前になら、あげてもいいよ。ただしこのお菓子は、食べさせてくれた相手を好きになるというもの」
――お前が誰かに食べさせるか、お前が食べさせてもらうのではない場合、お前は死んでしまうからね?小さなねずみ――
魔女の恐ろしい条件を聞いても、はつかねずみはひるみませんでした。
「僕はそれでも、魔法のお菓子が欲しいのです」
性根のひねくれた魔女は旅をする鳥達から、全ての話を聞いて知っていたのです。
だから、はつかねずみの死を予想して魔女は楽しくなりました。
はつかねずみはまた長い旅をして、病気で寝ている娘のベッドの側に近付きます。
白かったはつかねずみは傷つき、灰色に汚れていました。
「こんなに怪我してどうしたの?はつかねずみさん」
娘は嫌な顔一つせず、はつかねずみを抱きしめて涙を流しました。
「これを王子様に食べさせると、王子様は貴女を好きになるでしょう」
はつかねずみは自分が死ぬという事は言わず、ただ魔法のお菓子を娘に渡したのです。
娘は黙って首を振りました。
なぜなら王子様は綺麗な顔をしていましたが、その心の中は残忍でした。
王子様の両親である王様と王妃様を殺してしまい、今は王様になってらっしゃったのです。
「私の恋は終わったのです。あの王子様に食べていただいて、私を好きになってもらうよりも、はつかねずみさんと半分こして一緒に食べてもらいたいのです」
――そしてどうか、いつまでも私のお友達でいて欲しいのです――
娘の言葉に、胸がつぶれる心配をしなくてはならないほど、はつかねずみは幸せになりました。
そして、二人は永遠に仲良く暮らしましたとさ。
「こんな話はどうだい?エヴァンジェリン嬢」
年老いたシンプソン教授は幼い孫娘がくれたチョコレートのお礼にお話を聞かせました。
――おりしもお茶の時間――
「とっても素敵だったわ、シンプソン教授。だから貴方にも魔法のお菓子を半分こしてあげる」
孫娘は小さなチョコレートを半分にして、ひとつを自分が、もうひとつをシンプソン教授に渡しました。
「そしてどうか、いつまでもエヴァの自慢のおじい様でいて欲しいのです」
半分こしたチョコレートを口に頬張り、エヴァはにっこり微笑みました。
これはそんなある年の聖ヴァレンタインのお話。