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紺碧の夜明  作者: 字書きHEAVEN
6/9

【5】

 半ば放り出される形で取り残されたルリは、しばらく眺めていた紙から顔を上げ老婆に目を向けてきた。

 聞いてみれば、これほど老齢した者と対峙したのは、彼女の短い人生の中で初めての経験だという。

 断片的に紡がれる話を聞く限り、これまでルリと対等に話をしたのはジェイドの他に、彼女だけなのであろう。

「ねえ、まほう、つかえるの?」

 そう尋ねる声は、どこか弾んでいる。

 彼女の知っている数少ない言葉と知識の中に、老婆のような恰好をした魔女の姿があるらしい。

 ルリは極狭い部屋を、これまで自らの世界として生きてきた。

 訪れるのは声の大きい男と、キラキラと全身が輝いている女。

 それからルリの世話をする女が一人。

 稀に老婆のものとよく似た布を纏った男が訪れていたが、ルリに向ける視線は驚く程に色がなく、あまり良い印象は持っていなかったようだ。

 部屋の中で言葉も発さず過ごす中、愛想のない下女から唯一与えられた別の世界が、本であった。

 女は文字が読めた。与えておけば静かになるだろうと、ルリに文字を教え本を与え、自分はルリが本を読む間どこかへ行ってしまうのだ。

 幸いルリはそれが不幸とは思わず、ただ与えられたものに手を伸ばす。

 その本の中では魔法使いなる不可思議な存在が、多くの奇跡を起こしていたのである。

 拙く話すのを聞いてやりながら、連想の元を知る。

「魔法じゃ、ないね。魔術さ。魔法とは違ってきちんと道理に基づいて術をかける」

 ルリにはその違いを正確に理解することは出来なかったが、老婆はそれを分かった上であえて難しい言葉を選んだ。

 ルリは数度、不思議そうに瞬いてみせる。

「まじゅつ、は、なにができるの?」

「色々さ。人の目を欺くことも炎を起こすことも、お前の足を強くさせることも、魔力さえあれば人も生き返らせることも出来る。ただし、大抵は魔力が足りなくて代わりに自分が死んじまうのさ」

 死という概念を、少女は知っていた。

 下女はよく虫を殺していた。

 窓の外へ来た鳥を、大声の男が撃ち殺したこともある。

 ただ動かなくなったそれが、ルリには酷く恐ろしく思えたようだ。

 不思議を起こせるはずの不思議で、何故命を落とすのだろうか、と問う。

「どうして、しんじゃうの?」

「人一人を作っているのは何も魂だけじゃない。死んでしまった心の臓や声、それを呼び戻すきっかけになるもの、なんてのも必要だ。全て元通りにするためにはそれだけ力がいる。そして、それが出来るような魔力を持った人間なんて、この世には在るか無しか程度のもんさ。力が足りない代わりに自分の命を使ってしまうのが普通なんだよ」

 それに比べれば見た目を変えて見せる事なんて簡単だ。

 周りの光を弄るだけでいい。

 ルリは暫し考え込んでから難しい、と口にするので、老婆は愉快な気持ちになった。

「そうだろうな。これですぐに理解されたら、あたしの立場がないってもんさ」

「まじゅつはどうやってつかうの?」

「きっかけを紐づけて、体内の魔力を吐き出すのさ。多かれ少なかれ、誰でも魔力は体内に持っている。それを引き出せるかどうかは運とセンス次第だがね」

 娘の視線を浴びながら、老婆は器を持って立ち上がる。

 そして、僅かにため息を漏らす。

 これ程幼い相手と話をするのは、もうどれ程久しい事だろうか。

 幼くして死んでしまった娘を思い出しながら、彼女の生きていくであろう世界を思い少しばかり哀れんだ。

「……ジェイダイトも贖罪のつもりかね、お前みたいなのを助けるとは」

「しょくざい?」

「罪滅ぼしさ。あの男は昔、自分の仕えてた姫様を救えなかったんだよ」

 お前と髪と目の色がよく似ていたよ、と、それ以上は話さずにいれば、ルリは直ぐに別のことを問いかけた。

 とかく、色々なことを知りたくて仕方がないのだろう。

 その後もしばらく話をしてやっていると、予定よりも早く目を覚ましたジェイドが現れ、甕の水を器へ入れ一気に飲み干した。

「人が隣で寝てるのにずーっとしゃべってるからよ。おちおち昼寝も出来やしねぇ」

 ジェイドの姿を認めたルリは、あからさまに目を輝かせた。

 自分を外へと連れだした男に良くなついているようだ。

 老婆は密かに口の中で呪を唱え、ルリへ履かせた靴へ術をかけた。

 これで少しばかりは生き残りやすくなるだろう。

「そりゃ悪かったね。さてお前たち、そろそろ支度を整えな。もうすぐここに数人来るよ」

 老婆の言葉に、まだ少しばかり微睡んだ目であったジェイドは一気に覚醒し、荷物を掴む。

 そして目を白黒とさせているルリの腕を引いて裏口へと向かっていった。

「行くぞ、ルリ」

「あ、おばばさんは?」

「ふん、精々達者に生き延びな」

「世話になったなおばば、生きてたらまた会おうぜ」

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