09
魔術について習った翌日、私たちは再び魔術師ギルドを訪れていました。
リナリーのオススメ魔術を片っ端から習得するためです。
何度も通いたくないので、ラインナップはリナリー任せになりますが、知識のない私ではどうせ魔術の選択でリナリーの知恵を借りるのですから自分で決めるのと大差ありません。
魔術師ギルドに入ると、昨日の受付嬢が私の顔を見るなり奥に引っ込んでしまいました。
偉い人でも呼びに言ったんでしょうか。
非常に面倒そうな展開になりそうですが、ともあれ魔術の習得です。
私は別のカウンターの受付嬢のもとへ行き、「すみません。魔術の習得のためにスクロールを借りたいのですが」と伝えました。
「はい。しかし恐らくギルドマスターがお呼びになると思いますので、そこで頼めばお金もかからずタダでスクロールを貸してくれると思いますが」
「どんな話になるか分からないので先に習得の方をお願いします。お金は普通に支払いますので」
「そうですか……では借りたいスクロールをこちらに記入してください」
「リナリー」
私はリナリーに用紙を渡します。
リナリーはスラスラと必要な魔術を記入していきます。
光魔術が3つ、闇魔術が3つ、そして地水火風の魔術がふたつずつです。
14本ものスクロールの用意には時間がかかると受付嬢には言われましたが、その時点で奥から偉そうな人と昨日の受付嬢が現れたので時間切れを悟ります。
「あなたが6つの属性をもつというサトミさんかな?」
強面のオジサンが猫なで声を出すのは気持ちの悪いものです。
これから悪事に巻き込むと宣言しているようなもので、非常に気分を害しました。
いやほんと気持ち悪いのなんのって……。
「そうですが何か用ですか?」
「私は魔術師ギルドの長、ギルドマスターのノルベルト・モルガンテだ。話がしたい。是非とも」
「私から話すことは何もありませんが」
「むう、つれないではないか。君は魔術師として歴史に名を残すぞ確実に。それを手伝うために魔術の習得について全面的に協力がしたい、そういう話なのだ」
「私はこちらのリナリーに師事しているので、不要です」
「そちらのリナリーさんは……む? 結構な魔力量だ、ギルド未登録とあったがどちらで魔術を学ばれたのかね」
訝しげなノルベルトの視線にリナリーは困ったようにこちらを見ました。
仕方ない、助け舟を出しましょう。
「リナリーが教わったのはリナリーの師匠です。私は更にリナリーから教わることになっていました」
「その師匠の名は?」
「私の母、トモヨです。この世にはいません」
正確には「この世界にはいません」ですが、とはいえ会えないという意味では誤差のようなものですね。
そういえば地球では私は行方不明扱いでしょうか。
あれって残された家族が探すのに手間を取られるからかなり厄介なんですよね……親不孝をしてしまいました。
「調べよう。……うん? スクロールの貸し出しか、ちょっと私に見せてみなさい」
スクロールを運んでいた受付嬢から記入用紙を奪い取り、それを眺めます。
「なるほど、初心者向けですな。確かに教育者にふさわしいようですな、リナリーさんは」
チラリと向けたリナリーへの視線にこもっていたのは「お前さえいなければ」という嫉妬と苛立ちの混じった負の感情です。
リナリーはやや怯みながらも毅然として視線を受けて立ちました。
さすがは若くして宮廷魔術師になった才媛、気合では負けていませんよ!
「よろしい、スクロールの代金は支払う必要はありません。全額、ギルドで負担させていただきましょう」
「それは……」
「今後もサトミさんのスクロール貸し出しについて、いやほぼすべての魔術師ギルドのサービスについて、ギルドがその費用を全額負担します」
あからさまに囲いに来ましたね。
ただお金を無限に出せる私たちにとって魅力がないのは、せめてもの救いでしょうか。
「ありがとうございます」
上辺だけでお礼を言って満足してもらい、私はカウンターに積み上げられたスクロールを眺めます。
14本、結構な数ですね。
頼んだスクロールが揃ったので、リナリーが間違いないか確認しながら私の前に置いていきます。
「それではサトミさん、巻物のこの部分に手で触れながら〈インストール〉と唱え、その後に魔術の名称を続けて唱えて下さい。例えばこの〈ライト〉ならば、〈インストール〉〈ライト〉です」
「なるほど、手を当ててから〈インストール〉の後に魔術名ですね」
なんだか『ギア』にソフトウェアをインストールするような感じなんですね。
魔術の習得というからには厳しい修行の末に使えるようになるものだという想像は昨日の講義の時点で打ち砕かれ、使うだけならスクロールを使えば一瞬だと言われたことを思い出します。
「〈インストール〉〈ライト〉」
巻物に手を当てて唱えると、何かが身体の中に書き込まれていく感覚を得ました。
じっと待つこと数秒で、〈ライト〉の書き込みが終わります。
さあ、残り13本も同じ要領で済ませましょう!
結局、ギルドマスターのノルベルトは私が帰るまでその場から離れませんでした。
暇なんですかね?