06
翌日、軽い朝食を屋台で摂ってから傭兵ギルドに行くと、結構な人が依頼ボードの前で依頼を眺めていました。
見慣れない若い女性二人組は目立つようで、「あれは誰だ」「結構かわいいぞ」「右の子が好みだ」「いや左の子も地味だがいいぞ」などと遠慮もデリカシーもない会話が聞こえてきます。
どうやら傭兵稼業は男の方が多いらしいですね。
切った張ったして生計を立てるわけですから、女性はいないわけではありませんが、少数派のようです。
受付嬢に訓練場の場所を聞いて、早速向かいます。
訓練場は石床の広い部屋で、朝から数人の傭兵たちが訓練をしていました。
椅子に座っているオジサンが恐らく、常駐しているという職員の方でしょう。
私はまずオジサンから教えを請うことにしました。
「すみません、ギルドの教官の方ですか?」
「そうだ。……ああ、聞いているぞ。レベル1で登録したお嬢様がいるってな。お前か?」
「はい。素振りの仕方を教わりに来ました」
「いい心がけだ。スキル欄に【身体能力強化】とあったが、それが本当なら将来性はある。今からでも基礎を身に着け、実戦経験を積んでレベルを上げれば一端の剣士になれるだろう」
「はい。早速、ご指導のほどよろしくお願いします」
「よし。その腰の剣を抜いて構えてみろ」
私はできるだけ無駄なチカラが入らないよう自然体に構えます。
「ふむ。まあ構え自体は悪くない。振って見せろ」
「はい」
昨日、散々斬ったネズミを思い出しながら裂帛の気合とともに剣を振るいます。
特に声がかからないので、二度三度と振り続けます。
チラリと教官殿の顔を伺うと、続けろと顎で示されました。
なので延々と剣を振るいます。
昨日のネズミを斬る際、何度も何度も斬りつけなければ殺せませんでした。
苦しませずに一刀両断できるだけの技量が早く欲しいですね。
やはり首を刎ねるのが手っ取り早いでしょうか。
それとも力任せに頭蓋骨ごと粉砕する勢いで振りますかね?
想像の中のネズミを何度も殺し、しかしなかなか教官殿からストップがかかりません。
剣を振るにも飽きてきた頃に突然、教官殿から棒による突きが私に向けて放たれました。
咄嗟に回避します。
伊達に敏捷2倍の鎧を着ていません。
「いきなり何をするんですか?!」
「ああ、すまんすまん。バテる様子がまったくなかったのでちょっと突いてみたんだが……体力があるな。それとも【身体能力強化】が強くて剣が軽いのか?」
「えっと……多分後者ですね」
「戦い続けられるのはいいことだ。疲労で足が止まると、それが命取りになることがある。俺の突きを回避するだけの余力があるなら、体力については問題ない」
「剣の素振りはどうでしたか?」
「正直、悪くなかったぞ。ただ剣速を重視するのか威力を重視するのか、どっちつかずだったな。女の細腕とはいえ【身体能力強化】でその辺の男よりチカラがありそうだから、力任せに叩き切る振り方が合っていると思うが……」
なるほど。
確かにパワー任せに剣を振るうことに重点を置いた剣のフリ方の方が性に合っています。
急所を狙ったりする技量はそのうち身につくかもしれませんが、雑に剣を扱っても予備を用意できる私からすれば刃こぼれなどに気を使う必要もありません。
私は教官殿にパワー重視の素振りを教わり、午前中は訓練をして過ごしました。
ちなみにリナリーはずっと見学で退屈そうでしたね。
代わりというわけではありませんが、午後はリナリーに魔法を教わりたいと思います。
◆
「というわけで魔法を教えて下さい、リナリー」
「それは構いませんが……」
「何か?」
「いえ、必要ですか? サトミさんに魔術が」
剣も割りと扱えるようになったし、いざとなれば【デバッグツール】で何でもできるように見えるのでそう言われるのも仕方のないことでしょう。
しかしせっかくの異世界、魔法を覚えずして何を覚えるというのか。
正直、剣より魔法の方に興味がありますよ、私は。
「できるなら使いたいものです。専門家から教えを請えるうちに身につけたいとも思っています」
「なるほど。しかし私は教師の真似事もしたことがないので、教えるのに向いているかは分かりませんよ?」
「その若さで宮廷魔術師になったのですから、教え方はともかく知識はあるのでしょう? それを頑張って引き出していくということで」
「……分かりました」
リナリーはまだ釈然としない様子ですが、奴隷の腕輪の効果もあってか教える流れになりました。
「まずサトミさんは魔法を教えて欲しい、とおっしゃいましたが、そこからして間違いです。正確には魔術を教えて欲しい、と言うところですね」
「魔術と魔法は違うのですか?」
「ええ。魔法は世界の法則を捻じ曲げた結果のことを言います。これを直接行うことができるのは魔物だけです。そして人類は魔法を操るために、魔術という技術を生み出したのです」
「ええと、魔法という結果を得るために魔術という技術がある、と。つまりこれから習うのは魔術というわけですね」
「はい。そして人間族が扱える属性は個人差があって、多くても3つ程度です。まずはサトミさんが何の属性を扱えるのかを調べます」
「はい。どうやって調べるのですか?」
「〈センス・アトリビュート〉という魔術を使えば分かります。ただこれは私は習得していないので、これから習得するか、既に習得している人にかけてもらう必要がありますね」
「どんな人なら習得していますか? というかそれを仕事にしている人がいるのではないですか?」
「その通りです。魔術師ギルドに行けば確実に習得している術者が常駐しているはずです。この街の規模ならば多分、あるでしょう」
「分かりました。では早速、魔術師ギルドに行きましょう!」
というわけでやって来ました魔術師ギルド。
傭兵ギルドに割りと近い場所にあるのは、きっと傭兵に魔術師がいるためでしょう。
「こんにちは。〈センス・アトリビュート〉をかけて欲しいのですが」
「はい、魔術師ギルドには登録されていませんね? そちらの方は?」
リナリーは「いえ、私も登録はしていません」と言いました。
もしかしたら宮廷魔術師カタリナ・リィンとしてなら登録されているのかもしれませんね。
「分かりました、割引などはないようですね。では〈センス・アトリビュート〉は銀貨1枚を頂きます」
うお、銀貨ですか。
結構しますね。
私は所持金欄に1000を入力して銀貨を取り出しまして受付嬢に差し出しました。
「はい、確かに。それでは私がかけさせていただきますがよろしいですか?」
「あ、はい。お願いします」
さすが魔術師ギルドの受付です。
当たり前のように魔術を使えるのですね。
「では。……我が魔力3を捧げる。かの者の属性を示せ〈センス・アトリビュート〉」
私の身体が薄ぼんやり光を纏うと、その光が6つの光球となって目の前に浮かび上がりました。
その輝きはそれぞれ黄、青、赤、緑、白、黒、と属性を表すと思われる色を……って属性は多くて3つじゃないでしたっけか!?
受付嬢もリナリーも絶句しています。
隣のブースの人たちも何事かとこちらを伺っているほどです。
「え、ええと。地、水、火、風、光、闇、……の6つの属性が……そんな馬鹿な……」
「ああ、なるほど。その6つが私の属性なんですね」
「え、ええ。もしかして人間族じゃなかったのかしら?」
「いいえ。私は人間族ですよ。ステータスにもちゃんと人間族とあります」
「そんな。極めて希少な例です……あの、お名前を伺っても?」
「傭兵のサトミです。属性は分かったのでここにはもう用はありませんよね、リナリー?」
とっととここから離れようとリナリーに視線をやります。
その意味がちゃんと伝わったのか、肩をすくめながら「ええ、用はもうありません。宿に戻りましょう」と言いました。
「あの、できれば魔術師ギルドの長と……」
「そういうのは結構です。それではありがとうございました」
私たちはまさに逃げるようにして魔術師ギルドを出ました。