54.レダ・サイベリウム
何が第二十階層で精一杯だ、第二十二階層も第二十三階層も楽勝じゃないか。
レダは内心でひとりごちた。
ここは第二十三階層、現在はマッピング中なので階段を結ぶルートを外れている。
第二十三階層は巨大な魔物が闊歩する広大なフロアだ。
翼のない亜竜が主な魔物で、爪と牙、そして尻尾による攻撃が強烈である。
巨大ゆえにただ体当たりをするだけでも回避せねば良くて瀕死、悪くて即死の相手である。
……それをよくもまあ、上手く捌くよ。
やはりレダたちとの大きな差は武器術だろう。
硬い表皮を難なく切り裂く武器術、遠方の敵に攻撃を飛ばす武器術のふたつしか使っていないが、そのふたつこそが何より大きな差だった。
しかしあまりにも最適な武器術を3人して使うものだから、却って他の武器術の存在も確信している。
……多分、私たちに見せる武器術を予め制限しているんだろうね。
サトミたちは自分たちの能力を徹底的に隠そうとしているらしい。
別にそれ自体は構わないのだが、その対策が甘いゆえにボロボロと漏れてきている情報がいくつもある。
まず後衛、特に水の拘束魔術を使っているギルマは普段、もっと別の魔術を撃っているか、杖の質自体をかなり落としているとレダは見ていた。
使う〈アクア・ジェイル〉の精度が大雑把なのだ。
普段はもっと少ない魔力消費で抑え込めるのだろう、細かく魔力を増減させて最適な消費魔力を探している姿は、事前の準備が足りていない証拠だ。
……もうひとりの後衛はあまり変わらないねえ。
とはいえ実力は空恐ろしいものがある。
体温上昇の〈ヒートアップ〉しか使わないにも関わらず、的確に魔物を昏倒させていく手腕はそう見れるものではない。
本気で攻撃用の魔術を使えないのだろう、それだけの威力を出せてしまうのは想像に難くない。
そして前衛だが、特にサトミはまだまだ余力があるように見える。
いつだったか訓練場で見せた気味の悪い速度、あれをまだ出していない。
ギアは最低でももう一段階は残してある、そういうことだ。
そのくせ現段階でも、かなりスピーディな動きを見せている。
普通、【剛剣】の使い手はあそこまで素早く動くことはできない。
持っている剣がまだ【剛剣】用の大剣ではないとはいえ、あの速度があるならもっと別の武器や【隼剣】などの選択肢もあったはずだが。
……誰だ、アレに剣を教えたのは。
それとも剣はただの護身用で、魔術がメインなのか?
あり得ない話ではない。
既に現段階で4つもの属性を持っており、光と闇の上位属性を揃えているうえに、禁呪指定されているはずの亜空間収納と転移魔術を使っているのだ。
どこの国からの出奔者か知らないが、素性を隠すために剣を使っているうちに【剛剣】に至ったのだとしたら、それはそれで凄まじい才能である。
そしてエステルだ。
彼女の【短槍】の扱いには見覚えがある。
神殿騎士と呼ばれる、神殿お抱えの騎士団があったはずで、そこでの武器が【短槍】なのだ。
たまたま武器が同じだからダブって見えるのかと思っていたが、理性的な戦いの組み立て方を見るに、恐らくは神殿騎士であるか、かつてそうだったことがあるのだろう。
ならばそのエステルから唯一、様づけで呼ばれるギルマは何者だろうか。
どこかの偉い神殿関係者の娘か何かか?
ならばなぜダンジョンになど潜っているのか、という疑問が湧く。
このふたりについては分からないことの方が多く、憶測も無限に広がるだけで考えるだけ無駄だろう。
最後にキャシーだが、典型的な森人族の変わり者だ。
私が言えたことではないが、理性的で温厚かつ森を離れることを良しとしない森人族にあって、真逆の性質を持つ変わり者。
彼女自信に裏表はなく、恐らくは屈託なくサトミに従っていることが分かる。
……やはりこのパーティの中心はサトミだな。
ダンジョン内に部屋を作り維持する能力、4つもの属性を操る魔術の才能、【剛剣】に至った剣の才能。
是非ともウチのパーティに欲しいところだが、彼女はこの街のダンジョンに拘る理由がない。
恐らく仲間たちの方を優先するだろう。
だから勧誘はなしだ。
もともとからして無理な勧誘はしないように、と4人の間で話はまとまっている。
ソルが何気なく近づいてきて小声で言った。
「レダ、この分なら予定通り、第二十五階層にも行けそうですね」
「聞かれないように気をつけろよ。向こうの斥候は耳がいいぞ」
「はい。しかし想像以上に強い。本気なら俺たちといい勝負ができるんじゃないですかね」
「はン、どうかね」
その言葉をどう受け取ったのか、ソルは「流石にそれはないですよね」と言って離れていった。
逆だ馬鹿。
本気を出したら、多分アタシたちよりも上だろう。
まだまだ隠し玉を持っている。
本気なんて程遠い実力しか見せないように苦労している。
……まったく、頼りになる後輩たちだ。
だが目的の第二十五階層到達は現実的になった。
後は彼女たちが断れないようにどう話を持っていくかだけだ。




