05
傭兵の登録が済んでから、私とリナリーは街の外に出て修行することにしました。
「リナリー、これから弱い魔物を出すので私が負けそうになったら助けてください」
「分かりました。何を呼び出すのですか?」
「えーとそうですね。ジャイアントラットにします」
「それは……どのような魔物ですか?」
「大きなネズミです」
「大きなネズミ? それは魔物なのですか?」
「ああー……いえ、厳密に魔物かどうかの分類はともかく、弱い相手を倒してレベルをあげたいだけですから。私が呼べる一番弱い敵対生物がジャイアントラットなんです」
「なるほど」
そういえば私が開発に携わっていたゲームではプレイヤーを襲うものを総称してエネミーと呼んでいました。
エルフの戦士は魔物じゃないでしょうから、ゲーム中に登場するというだけで魔物を呼ぶというには語弊がありましたね。
「じゃあ呼び出しますね」
ポチっとな。
前触れもなく子供くらいの大きさの巨大なネズミが現れます。
巨大な生物が突然、顕現したことにリナリーが息を呑みますが、私は剣を構えてそれどころではありません。
うわ、VRMMOと違って息遣いがリアル!
これをこれから殺すのかと思うと恐怖に脚が震えそうになりますが、そんなことを言っていてはこの世界では苦労しそうですね。
リアルなゲームだと思うことにして、私はさっそく剣で斬りつけにいきます。
【身体能力強化】により木の枝を振るうかの如く、鉄の剣がジャイアントラットの顔を切り裂きました。
血が流れ出し、鉄さびのような匂いが鼻をつきます。
……なぜ剣士なんて装ってしまったのか。
後悔に苛まれながらも、二度三度と斬りつけ、痛みに暴れるジャイアントラットに及び腰になりながらもなんとか息の根を止めることに成功しました。
ポコン! とゲームのエフェクトと同様の演出がなされ、しかし血溜まりの跡にネズミの尻尾がドロップしました。
ゲームでは流血表現はなかったので、拾うのに躊躇しますね……。
「あの、サトミさん。……なぜ死体が消えたのですか?」
「え?」
どうやら私のデバッグツールで出現したエネミーは倒すと消えるゲーム仕様そのままのようですが、この世界の普通の魔物は殺しても死体が残り、それを解体しなければならないようです。
ううむ、難易度が高いですね異世界。
「私が呼び出した魔物……いえエネミーと呼びますが、エネミーは殺すとこうして換金部位を残して消滅するのです」
「そのネズミの尻尾はお金になるのですか?」
「いえ、この世界では分かりませんね。この世界にああいう巨大なネズミはいないのですか?」
「いないこともないでしょうけれど……尻尾が換金できるという話は聞いたことがありません。もちろん、私が知らないだけかもしれませんが」
「いえ、いいのです。分からないなら捨てていきましょう」
わざわざお金にならなさそうなネズミの尻尾を血溜まりから拾って傭兵ギルドに持ち込む勇気はありません。
無駄になったときの心理的ダメージの方が大きそうです。
「ではこのまましばらくネズミ狩りをします。私が危なかったら助けるんですよ?」
「その……先程の戦いを見る限り私が下手に魔術を放つとサトミさんに当たってしまいそうですが」
「あ、そうですね。じゃあ危なくなったら私は逃げますから、魔法で仕留めてください」
「……分かりました」
心底どうでもいいような顔をされました。
まあ確かに低次元な戦いを見せたうえ、危なくなったら逃げる宣言ですものね。
魔物のスタンピードから国を救うために召喚された私がこれほど弱いという事実に、彼女も思うところもあることでしょう。
「そういえば私は逃げてしまいましたが、魔物のスタンピードとやらはどうなるんでしょうね」
「……多分、多くの犠牲が出るのではないでしょうか」
リナリーは苦々しい表情で言いました。
「でも今のを見て分かる通り、私は戦いの経験がないので逃げなくても大して変わらなかったのですよ」
「いえ、その場合は我が国の騎士たちのレベルを少しでも上げていただくことになったかと」
「ああ、そんな話もしてましたね」
だとすると少し罪悪感も湧かなくもないですが。
まあ奴隷にされてまで召喚された国に仕える気はさらさらないので、自業自得といったところでしょうか。
民には悪いですが国の上層部が悪い、ということで。
その後、私はネズミを狩りまくってレベルを3に上げ、熟練度上昇の効果もあってかなり剣の扱いも上達しました。
◆
大量のネズミの尻尾を一箇所に集めてリナリーに燃やしてもらい、レアドロップのポーションだけを拾って街に戻ります。
なぜネズミがポーションなどドロップするのか、リナリーにはかなりしつこく聞かれましたが「そういうものだから」としか答えられません。
ドロップしたポーションはこの世界のものと同様らしく、ゲームのデザインとは異なるものでした。
どうやらエネミーやアイテムは完全にゲームそのままというわけではないようです。
とりあえず回復手段を手に入れたのはラッキーでした。
私はダメージを受けないとしても、リナリーはそうではないのですから。
「とりあえず宿を取りましょう。さすがに疲れました」
「1日でレベルを2つも上げたら……それは疲れるでしょう。普通はあんな風に連戦できません」
そこがデバッグツールの強みですね。
私はデバッグツールで所持金欄にテキトーに100と入力しました。
するとあら不思議。
銅貨が一枚、出現したじゃありませんか。
「リナリー、この銅貨はこの国で使えるお金ですか?」
「え、はい。どこから出したんですか? …………まさか」
「ええ、お金も呼び出せるんですよ」
「そうですね。剣や防具も出せるのですから、お金も当然、出せますよね……」
私が装備を整えているところも見ているので、リナリーは遠い目をしてため息をつきました。
「それで、この銅貨はどのくらいあれば宿に泊まれますか?」
「あ、はい。その大銅貨1枚でひとり部屋5日分の宿代になります」
「ふたり部屋を5日借りるなら、倍あれば足りますか?」
「そうですね……多少は安くなるかと思いますが」
「大銅貨、ということは他の種類の銅貨もあるわけですよね?」
「中銅貨と小銅貨がありますね。それぞれ10枚でひとつ大きな銅貨と同じ価値になります」
なるほど、所持金欄に1と入力すれば小銅貨、10と入力すれば中銅貨、100で大銅貨というわけですか。
「ちなみに大銅貨が10枚で銀貨1枚ですか?」
「そうです。銀貨が100枚で金貨1枚分ですね。貨幣は金貨が最大で、これ以上の額をやり取りするなら金塊や宝石になります」
「なるほど、じゃあ生活には一般的に銀貨以上は使われない感じですか?」
「はい。生活に銀貨が必要になることはありません。ただ武器を購ったり、本を購入するなどには銀貨以上が必要になるでしょうから、私たち傭兵には必要なときが来るかと思いますが……ああ、でもなんでも出せるのでしたね」
「私が出せるものは出せばいいですが、なんでも出せるわけでもないのですよ。出せるものしか出せません」
「お金が出せる時点でなんでも出せるのと変わらないじゃないですか」
「まあそうなんですけどね。できれば傭兵として仕事をしてちゃんと経済に貢献したいところです」
そんなに意外そうな顔をされると傷つきますよ。
こちとら先進国で一応、大学出てますからね?
「経済についてはともかく、Fランク依頼ではどの程度の強さが求められるか分かりますか、リナリー?」
「いいえ。残念ながら傭兵の実力……特に剣士などの近接戦闘能力については分かりかねます」
まあそりゃそうですよね。
きっとリナリーは宮廷魔術師になるために魔術一辺倒で生きてきたのでしょうから、Fランク傭兵の強さなんて知らないでしょう。
「では今日は宿で休んで、明日は訓練場に行きましょう」
「それがよろしいかと。……ところで、ポーションはどうされたのですか?」
「インベントリに仕舞いましたよ」
「いんべんとり? それはどのようなものでしょう。空間バッグですか?」
「空間バッグ? 見た目より中に物を入れられる鞄ですか? そんなものがあるんですか?」
「ええ……ご存知ないということは違うのですね。まさかとは思いますが、空間魔術の亜空間収納が使えるのですか?」
「言わんとしていることは何となく分かります。多分、似たようなものですよ」
「……つくづく非常識な。やはり召喚者とは恐ろしいチカラをお持ちなのですね」
デバッグツールが便利すぎるんですよ。
プレイヤーのインベントリの編集ができるので、試しにインベントリを起動したら上手く収納できてしまいました。
これで手荷物をインベントリに収納することで、身軽に動くことができますね。
私たちは宿をとると、食事をして身体を拭いて就寝しました。