48
「酷い目にあったな」
エステルがギルマに〈ヒール・ウォーター〉をかけられながら、ボヤきました。
「まあ軽い火傷と怪我で済んで良かったよ。しかし最期に爆発するとは思わなかったけど」
「まさかレベル30であれほどの強さとは……ごめんなさい。もっとよくステータスを見ておくべきでした」
私はキャシーに〈ヒール・ライト〉をかけながら謝ります。
スキルを見れば自爆があったことに気づいていたでしょうから、レベルだけを見て楽勝だと判断したのは大間違いでした。
ちなみに私はダメージ無効にチェックが入っているので、自爆に巻き込まれても破損したのは服だけで済みました。
「私たちもサトミさんに頼りっきりでしたから、こういうミスに対して強くは言えませんね……」
リナリーが慰めてくれますが、興味はマシンサージェントの落としたドロップの方にあるようで、視線はこちらを向いていません。
マシンサージェントのドロップはオブジェクト探査によれば、制御チップ0Aというものでした。
長方形の黒い板から金属の短い足が幾つも生えた、いわゆるコンピューターのICチップです。
よりによってまたサイバーなものがドロップしてしまいましたね。
「それでサトミさん。それはなんですか?」
リナリーが興味津々で聞いてきました。
他の面々も一体なんだろう、と首を傾げています。
「これは先程の機械兵士を制御していた部品のひとつですね。単体で使い道が……うわ、あるんだ」
私が生成できるアイテムのリストに、制御チップ0Aがありました。
つまり『闘争のロストグリモア』の正式なアイテムといわけですね。
だから効果も見れば分かるのですが……。
「どうやら武器につけると、……武器が喋るようになるらしいですね」
「それはお伽噺に出てくる聖剣のように助言をしてくれたりするようになる、と?」
インテリジェンス・ウェポンと言えば聞こえはいいのですが、この場合はそこまで凄くはありません。
「いえ、お伽噺を知らないのでなんとも言えませんが、ただの日常会話の相手になってくれます」
「それは一体、何の役に立つのですか?」
「…………た、楽しいかもですよ?」
「…………」
ええ、ゲームならオモシロガジェットなのですが、リアルにやられると反応に困りますよね。
「でも武器が喋るだなんて素敵ね。お伽噺のような助言を期待しなければ、確かに楽しいかもしれないわ。もしいらないなら、私の杖につけてもいいかしら?」
「え、これつけるんですかギルマ!? 絶対、悪目立ちしますよ!?」
「いいじゃない。Cランク探索者へのランクアップ最短記録保持者になった私たちが、これ以上目立つことを恐れて何になるの」
まあ、確かに既にかなり目立ってますけど。
それでもこのチップ、一体なにを喋るのか分かったものではありません。
「では一応、ギルマに渡しますけど……もし嫌になったら言ってください。すぐに新しい杖と取り替えますから」
「いやねえ。そんなに武器が喋るのは嫌?」
「私たちの秘密を吹聴しなければいいのですが……」
「…………そういえばそれがあったわね」
ギルマは「うっかりしていたわ」と言い、しかしやっぱり喋る武器に強く惹かれているようでした。
「とりあえずつけてみて、口が軽そうだったら私が引き取ります。口止めしたら律儀に喋らないかもしれないですし、ギルマが興味あるなら試すだけ試しましょう」
「そう? じゃあ試してみましょうか」
ギルマに制御チップ0Aを渡しました。
ギルマはチップをためつすがめつしてから、杖の先端にチップを貼り付けました。
するとチップの金属の足が杖に食い込み、そのままズブズブとチップ全体が杖に沈み込んでいきます。
杖の中に埋もれて完全に見えなくなった途端、その杖は喋りだしました。
「初めての起動を確認しました。おはようございます、我がマスター。私は制御チップ0Aの対話機能です」
「ほ、本当に喋った……」
「ええ、喋りますとも。もしうるさいようでしたら、黙れと命令していただければ黙ることもできます。あまり長く黙らされると辛いものがありますが」
うわ、なんかイラっとくるAIですね。
しかしギルマは自分の杖が喋ることに素直に感動しているようでした。
「いいえ、私たちの秘密を他人に喋るようなことがなければ、あなたに黙れなんて命じたりしないわ」
「これはありがたい。私に許されていることは喋ることのみですから、それを禁じられると存在意義に疑問を抱かざるを得なかったところです。そうそう、私は基本的にマスターとしか対話しません。マスターが秘密について話題にしなければ、私から秘密を漏らすことはないでしょう。もしそれでも不安ならば、禁止ワードの設定をオススメします」
「禁止ワード?」
「はい。どのような状況であれ、私は設定された禁止ワードを口にすることはできません」
「そう。それなら禁止ワードを先に決めましょう。イルマ、サトコ、カタリナ、リィン、デバッグツール、座標遷移、……ひとまずこんなところかしら?」
ギルマは私たちを見渡します。
みんなはコクコクと頷き、ギルマと杖との会話を固唾をのんで見守っています。
「了解しました、マスター。先程の単語を禁止ワードに設定します。しました。それではマスター、できればあなたの名前と呼び方も設定してください。それからもし叶うのでしたら、私に名前をお与えください」
「私の名はギルマよ。……そうね、そのマスターというのが変わっているからそのまま呼んで。あなたの名前は、ええと、……決まったわ。セバスティアーノ、それがあなたの名前よ」
「セバスティアーノ。マスターからかように立派な名前を頂けて感激に涙が出そうです。もちろんそんな機能はありませんが」
「ふふ。よろしくね、セバスティアーノ」
ギルマは嬉しそうに杖を抱きしめました。
◆
「見ていると、ちょっと欲しくなりますね……」
リナリーが悔しそうに言いました。
「まさかあんなに流暢に喋るとはな。愛槍とあのように語り合うことができたらと思うと、確かに羨ましくもあるが……」
「確かに面白いけど、ボクは難しいなあ。斥候としては武器がうるさくすると、黙らせちゃうことになるから」
エステルとキャシーも肯定的ですね。
チップに否定的な感情を抱いているのは私だけのようです。
まあバリバリの日常会話用AIの対話パターンなので、現代人の私からすると飽き飽きしているのですが、こちらの世界の人々には新鮮に映るということでしょう。
さて本題はレベルアップと秘伝書のドロップです。
予想外に強敵だったマシンサージェントを合体させるかどうかについては議論の余地がありましたが、レベルではなくスキルに注目すればなんとか対応できるという話に落ち着きました。
もう一段階くらいなら合体させてみてもいいだろう、と。
ただし次は事前に魔術を準備しておきます。
私は〈フィジカル・ブースト〉、エステルは〈ライトニング・ウェポン〉を使用しました。
リナリーには〈ヒートアップ〉を、ギルマには〈アクア・ジェイル〉を、それぞれ準備しておいてもらいます。
機械は熱と電撃に弱いというのは基本でしょう。
単純に動きを封じるために拘束魔術を使ってもらうのも必要です。
なにせいきなり前衛を無視して後衛に向けて走るような嫌らしい動きをしますからね。
基本方針が決まったところで、私は2体のマシンサージェントを合体させます。
そしてすかさずオブジェクト探査。
名前はマシンキャプテン、レベル40。
スキルには自爆がありますが、剣技が増えていますね。
「レベル40で自爆あり。剣の技が増えているので接近戦は気をつけて!」
「敵性反応を確認。戦闘モードに移行します」
「〈ヒートアップ〉」
「〈アクア・ジェイル〉」
間髪いれず、リナリーとギルマの魔術が飛びます。
私もゲーム速度を0.5xに減速して、剣を構えて接近を試みます。
エステルも雷槍を構えながらマシンキャプテンに迫ります。
キャシーは後衛の護衛のために短剣を抜いてその場で待機ですね。
接敵した私とエステルは、高熱と水の檻で身動きが取れないマシンキャプテンに攻撃を叩き込みます。
私は力づくの【剛剣】を。
エステルは武器術〈乱れ突き〉を。
ガガガガッ! とエステルの槍がマシンキャプテンを乱打しました。
私の剣は頭部をひしゃげさせて、続く追撃をもう一度頭部に叩き込みます。
マシンキャプテンからはノイズ混じりの音声が流れますが、もはやまともに動けるようには見えません。
「エステル、一旦引いてください! そろそろ自爆がありますよ!」
「分かった。トドメは任せる!」
お任せあれ!
私は剣でボコりながら、〈ファイア・ランス〉による攻撃も加えていきます。
これがリナリーの〈ヒートアップ〉で熱暴走状態にあったマシンキャプテンには堪えたようで、遂に自爆しました。
私はまたしても無傷、しかし衣服の破損が激しいのでちょっと着替えたいところです。
ドロップアイテムは……おお、巻物ですよ!
リナリーが興味深そうに角度を変えて覗き込んでいます。
「本当にスクロールですね。魔術ですか? それとも秘伝書とやらですか?」
「待ってくださいね……」
オブジェクト探査の結果は?
「〈斬鉄剣〉の秘伝書です!」
「本当に武器術の秘伝書なのですか……」
やりました。
目的、達成です!
「それで。どうやって〈インストール〉するかは分かりますか?」
「…………え?」
リナリーの冷静な指摘に、私の背中を汗が伝いました。




