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ウチの地下室では現在、キンググリーングミがせっせと床掃除をしています。
腕輪をつけてテキトーな食材を放り込んでいたら、ステータスに「従魔:キンググリーングミ(名称未設定)」が追加され、スキル【馴致】も得ていました。
リナリーは満足したのか、実験の終了を宣言しました。
しかしこれどうしたもんですかね?
「ひとまずゴミでも構わず食べるようなので、生ゴミを捨てるのに便利ですね。それに地下室も大分臭うようになってきていたので、ちょうど良かったです。実験成功ですね」
「リナリーはこうなることを事前に想定していたんですか?」
「パターンのひとつとしては想定していました。最も理想的なパターンでしたが……まさかここまで上手くいくとは思いませんでした」
エステルが手を挙げながら、「もしかして合体した魔物はドロップが変わるのでは?」などとゲーマー発言をしてきました。
いやいや、やりませんよ?
禁呪だってリナリー言ってたじゃないですか!
「正直、検証が面倒ですね。それにグリーングミだから弱くて扱いやすいのであって、他の魔物は合体を重ねるごとに危険度が増していくでしょう。ツインヘッドウルフはキングではなかったのですから」
「ふむ。では比較的弱い魔物を【馴致】していくのはどうだ? 弱くてもキング系まで進化すればかなり強くなるし、役立つものもいるだろう?」
「そうですね。そういう魔物が他にいたら考えてもいいでしょうけど……いますか?」
「私には思いつかないが、例えばサトミが呼び出せる異世界の魔物の中には便利な奴はいないのか?」
うわ、そこに気づきましたか。
ええと、何かいるかな?
エルフ・トライバルソルジャーみたいなヒトは除外しましょう。
するとひとつ、配下に加えることができれば便利なエネミーが見つかりました。
とはいえこれは……ギリギリ人倫にもとるかなあ?
「シルキーというのがいるのですが」
「どういう魔物だ?」
「魔物ではなく妖精です。家妖精といって、家事を勝手にしてくれる妖精ですね」
「なんだ、すごく便利そうじゃないか」
「気に入らない住人を家から追い出す習性がありますけど」
「【馴致】できたらなんとかなるんじゃないのか?」
「ううん、そうなんですかね……」
ゲーム『闘争のロストグリモア』では、住人を追い出すシルキーと和解せずに討伐するルートで敵対した際のデータです。
出した瞬間から襲いかかってくるはずですが、合体させたらその前提となるシチュエーションはどうなるのでしょうか。
ちょっと興味深いので、シルキーを生成して合体させることにしました。
「――――――っ!!」
2体のシルキーはいきなり包丁を投げてきました。
剣で打ち払い、慌てて〈フュージョン・ツインモンスターズ〉を唱えます。
結果、シルキーはエルダーシルキーとなりました。
合体した途端に敵意が薄れて、大人しくなりました。
やはりゲームのシチュエーションから解き放たれたのでしょう。
【デバッグツール】からエルダーシルキーを呼び出そうとして、そのレベルの高さに手が止まりました。
これを合体させて戦闘になったら、確実に危険ですね。
フラガラッハを取り出した方がいいかもしれません。
そんなことを考えていると、
《エルダーシルキーが従魔になりました》
突然、アナウンスが流れて従魔が1体増えましたよ!?
アナウンス自体はキンググリーングミのときに流れたものと同じですが。
しかし何もしていないのに【馴致】が成功したのは何故でしょうか……?
「あの……なんか何もせずに従魔になったんですが」
「え、そうなのか。良かったじゃないか。家事ができるんだろう?」
「そうですね……。エルダーシルキーは家事全般が万能ですよ。ただ気に入らない住人を追い出す性質がどうなったかは不明ですが。それと呼びにくいので、キンググリーングミとエルダーシルキーに名前をつけたいんですが」
「従魔の主がつけるべきだな」
ネーミングセンスのない私に任せられると困るという意味で聞いたんですけどね。
まあ従魔の主がつけるべき、という言にも一理あるので、責任をもってつけましょう。
「それではキンググリーングミはヒスイ、エルダーシルキーはシロガネと名付けます」
正式にステータスに反映されましたね。
しかしこの借家、出る時にシロガネを連れ出せるのでしょうか?
◆
朝、起きると焼き立てのパンとスープの香りが鼻孔をくすぐります。
借家に食材を出しておいたことで、エルダーシルキーのシロガネが調理してくれたのでしょう。
私は身支度を済ませて、期待とともにリビングに降りました。
みんなが笑顔で朝食に舌鼓を打っています。
シロガネは無表情のまま淡々と家事をしていますね。
どうやら気に入らない住人はいなかったらしいです。
私がダイニングテーブルにつくと、シロガネはスムーズな動作で朝食を並べていきます。
パン、スープ、ハム、チーズ。
いずれも簡素なものながら、置いていった食材からこんなに美味しそうになるのか、と驚くべき変貌を遂げていました。
いや小麦粉がパンになるのはいいとして、ハムとチーズは何がどう変化したのでしょう?
……もしかして調理とかでなく魔法なのでは?
十分に有り得ますね。
そんな感じで家事の一切をシロガネに任せて、私たちは探索者ギルドへ向かうのでした。
第一階層の誰も見ていないところから第九階層の隠し部屋に座標遷移し、そこから探索を開始します。
みな口々にシロガネを褒め称え、今までの食事はなんだったのかと晴れやかな笑顔で談笑していました。
いやいや、既にダンジョンにいるわけですから、もう少し緊張感をもってくださいよ。
特に斥候のキャシー。
シロガネのお役立ちは私も同意ですが、しっかりと胃袋を掴まれてますねコイツらは。
女子力の低さに定評のあるパーティですから、仕方がないことかもしれません。
まず私は普通に料理はできません。
コンビニがなければ一人暮らしは到底、無理だったという自信があります。
そしてリナリーは料理なんてする暇があれば研究していたクチで、魔術を習う学校や宮廷の食堂で食事を済ませてきたため、自分で料理を一切することなく育ってきた魔術界のエリートです。
神殿騎士のエステルは野営での煮炊きはできますが、つまり保存食をどうこうするのが限界ですね。
一番できそうな修道女だったギルマですが、王太后の元で育ったため修道女らしい雑用はあまりしなかったらしく、料理ももちろんできません。
そして私たち5人の中で最も料理が得意なのはキャシーでした。
とはいえ生来の好奇心旺盛な性格ゆえか、いらんアレンジを加えては失敗する料理下手です。
基本的なレシピはマスターしているが故に、その実力が発揮されたことはありません。
そんな私たちはお弁当まで持たされてお見送りされたわけですから、みんなのシロガネへの好感度はマックスまで一気に上がりました。
ええ、ゲージとかあったら満タンですよ、きっと。
まあシロガネの話は置いておいて、探索です。
第九階層から探索を開始して、今は第十五階層に辿り着きました。
私を勧誘してきたCランク探索者のなんちゃらが自慢げに探索している階層ですね。
さすがに第十二階層あたりから戦闘にかかる時間と危険度が増してきていまして、とはいえ苦戦するほどではないんですけどね。
探索を続けるうちにみんなレベルアップしましたし、連携面でも上達が見られましたから。
言葉にせずとも戦闘中なら空気や視線だけで伝わる情報があるのです。
そんなわけで第十五階層、問題なく踏破しました。
順調ですね、次は第十六階層です。
そろそろ新しい隠し部屋を作りたくなる距離でもあります。
レダさんとの約束である第二十階層への到着が現実的になってきましたね。




