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第九階層に到達したのは、レダさんとの会食から5日後のことでした。
一日1階層を進み、今日は第八階層まで攻略したのですが、同時に日帰りできる限界距離に到達したことになります。
現に多くの探索者はダンジョン内での野営を嫌って第七階層から第八階層辺りで引き返していきます。
つまり第九階層は手薄なのです。
私たちは地図に従って、敢えて階段と階段を結ぶルートを避け、そのうえ地図上でもただの壁の前にやってきました。
「では空けますよ。……我が魔力20を捧げる。壁に穴を穿て〈トンネル〉」
立方体になるように壁をくり抜き、部屋を作ります。
この部屋はダンジョンの修復機能により、1日と保たずに埋められてしまうそうです。
この穴に物を置いておいた場合でも、ダンジョンは物体を吸収してしまうそうなので穴を維持することはできません。
例外は生物です。
生きている魔物やヒトをダンジョンが吸収することはありません。
なので私は、〈トンネル〉で空けた穴にルームイミテーターというエネミーを生成しました。
ルームイミテーターとは、部屋の形を模した魔物で、中に足を踏み入れると床や壁に口が現れて襲いかかってくるという厄介な罠エネミーです。
しつらえられた家具も飛んできたりするので、油断しているところに遭遇するといきなり窮地に陥ったりするのですが……。
そこへ〈セイクリッド・フィールド〉をかけた大きなコンテナを入れます。
光属性の〈セイクリッド・フィールド〉は魔物を退ける効果をもつ結界魔術で、この魔術で満ちたコンテナにはさすがのルームイミテーターも襲いかかることはできません。
もちろん、コンテナの中も安全であるはずです。
私は第四階層で遭遇したレイジングボアのブロック肉を放り投げてから、コンテナの入り口を開けました。
ルームイミテーターは放り投げられた肉のもとに口を作り出してモシャモシャと食べ始めます。
「さ、今のうちですよ」
みんなでコンテナに入り込みます。
5人が入って余裕のある大きさのコンテナの中には何もありませんが、入り口の他に壁や天井にガラス窓が嵌っています。
外の様子が分かるようになっているのです。
私はトンネルを解除しました。
するとルームイミテーターのいる場所はそのままに、ダンジョンとの壁が埋まります。
生物がいる場合、解除しても〈トンネル〉で空いた穴が元に戻ることはありません。
これでダンジョン内に隠し部屋をつくることができました。
私は座標をメモして、借家の地下へ座標遷移します。
全員が一瞬にして借家の地下室に転移しました。
「はい、戻りはオッケーですね」
「おお、帰ってこれた」
キャシーが感動しながら言いました。
でもまだ目的の半分を達成していません。
「さあ、それじゃ第九階層の隠し部屋に転移しますよ?」
準備はよろしいですかね?
では、ジャンプ!
……はい、ルームイミテーターの中にあるコンテナに、無事に私たちは座標遷移することができました。
「これで第一階層から歩いてこなくてもよくなりましたね」
「ボクら、野営しなくても借家に帰れるんだね?」
「でもダンジョンに潜っていることになっているので、灯りをつけたり煮炊きをする場合は地下でしてくださいね?」
「それくらいは甘受しないとね。魔物に襲われないか交代で見張りを立てて休むだなんて、まっぴら御免だから」
キャシーが力強く主張しますが、実のところ全員が同じ気持ちであったりします。
今日は野営すると受付嬢には言ってダンジョンに入っていますから、座標遷移でこっそり借家に戻って休息してから続きの探索を行う予定です。
グレイ・メルシーたちCランク探索者パーティが第十五階層まで行けたことを考えると、そのくらいまでは私たちも苦労せずに探索できると考えられます。
だから次の隠し部屋は第十五階層か第十六階層あたりですかね。
さあ、まだ半日ありますから探索の続きをしましょう。
私はブロック肉を投げてルームイミテーターに餌を与えると、キャシーは透視魔術〈クレアボヤンス〉で壁の向こうに誰もいないことを確認します。
「大丈夫、誰もいないよ」
「了解です。……我が魔力3を捧げる。出口を作れ〈トンネル〉」
壁に穴を開けて、みんなで外に出ます。
そして全員が出たことを確認して、〈トンネル〉を解除して隠し部屋への出入り口を埋めました。
さあ、探索の続きです!
◆
地下室で魔物のドロップを確認する作業も、最近ではレアドロップも確認すべきではないか、という声が上がるようになりました。
ゲーマーかお前ら、と心の中でツッコミたくなりましたが、同じ魔物を相手にレアドロップが出るまで粘るその姿はまさにゲーマーそのものでしたよ。
もっとも、その確認作業も良いことづくめでしたけどね。
本来ならば入手できないようなお宝から、知らなければ見逃してしまう珍しい換金部位、そして無関係なアイテムとしてポーションなどを落とす奴もいます。
よくよく受付に確認をとれば、それらは高値で買い取りされるものばかり。
懐がかなり暖かくなったのは言うまでもありませんね。
さてちなみにシェイド対策にミスリルの武器を持とう、という話になったのを覚えていますでしょうか。
実は私が出せるミスリル製の武器は、槍ならば柄までミスリルである目立つものだったので、さすがにこれに持ち変えるには稼ぎが足りなくて不審だとか。
なのでミスリルの短剣を用意して、エステルは実体をもたない相手にはそれを使用することになりました。
短剣ならば少量のミスリルしか使われていないから構わないだろう、ということでキャシーの右手の短剣はミスリル製に代わりました。
ちなみに私の場合はインベントリがあるので、ミスリルの剣を用意してあります。
付与した効果は残像。
斬った跡にしばらく斬撃が残り、そこに触れるとダメージが発生するという効果です。
実体のない連中は魔術や魔法の武器が弱点のようなもので、当たっただけで一撃で倒せてしまう奴が多いので、このような効果で効率的に仕留められるようにしてあるわけですね。
さてこのように魔法の武器をもつことによって、魔術では消し炭になっていたシェイドなどからもドロップを得られるようになりました。
逆に火属性や炎属性で焼き払うと、何のドロップも落とさないのですよ、シェイドたちは。
落とすのは謎の魔法アイテムが多いですね。
例えばシェイドは黒晶石という闇属性の魔術を強化する触媒を落とします。
これを使うとギルマの〈ブラインドネス〉の成功率が跳ね上がるため、売却せずに常備することになったもののひとつです。
なおダンジョンでシェイドを倒しても黒晶石を落とすようなことはなかったので、【デバッグツール】特有の現象のようですね。
さてそんな感じでドロップやレアドロップに魅せられたみんなが言い出したのは、ツインヘッドウルフのレアドロップ確認作業でした。
おいおいマジですかお前ら。
遂にボスキャラのレアドロップまで調べようというのですから、正気の沙汰ではありません。
場所はもちろん借家の地下室ではなく、「ダンジョンなら天井も高いし大丈夫だろう」などとエステルがのたまいましたが、ヒトに見られたらどうするんですかね……。
しかし「階段同士を繋がない場所でなら人目はまずないと思うよ」とキャシーが後押しします。
……ええ、ええ、分かりましたよ。
みんながやる気になっているようなので、私も腹をくくりましょう。
かくしてレアドロを求めてツインヘッドウルフの周回が実現したのでした。
「そっち! 回り込んで脚を狙ってくれ!」
「我が魔力5を捧げる。刺し貫け〈ウォーター・スピア〉」
私は今日3度目となるツインヘッドウルフ戦に臨んでいました。
いやはやレベルアップにもなるし、ブロック肉は調理のしがいがあるしですっかり美味しい敵になっちゃいましたね。
これはいずれコキアス(元無貌族のベルセルク)も周回することにならないかと今から不安です。
願わくばみんながコキアスを呼び出せることを忘れていますように。
さて3つめのブロック肉を入手して、もうこの巨大な肉を思う様味わえるので十分じゃないかと思っている私に、エステルが「じゃあ5分ほど休憩したら次だな」などとレアドロップするまで戦い続ける宣言をしやがりましたよコイツ。
リナリーとギルマは魔力の消費を温存するために1回の戦闘で魔術を1度だけ、という縛りで戦いに参加しています。
だから主に疲れているのは前衛の3人ですね。
とはいえキャシーは接近戦はあまり効果的ではないからと弓に持ち替えていますから、前線で走り回っているのは私とエステルです。
何気に苦労させられていますが、意識的に蹴りを織り交ぜて戦うことにより格闘の熟練度稼ぎもできています。
毛皮が硬くて通じない蹴りでも、反動で距離を取るためには使えることが分かり、戦いの幅が広がったのですよ。
スキル欄にも【格闘】が増えているので、このまま剣と蹴りによる戦闘を極めていこうかと思います。
……結局、7体目のツインヘッドウルフがレアドロップを落とすまでこの戦いは続きました。
レアドロップの内容はなんとスクロールです。
オブジェクト探査の結果、〈フュージョン・ツインモンスターズ〉という魔術の巻物だということは分かりましたが、肝心の効果が不明です。
恐らくコキアスのオリジナル魔術でしょう。
リナリーが中身を解読してくれるそうなので、任せることにします。




