40.レダ・サイベリウム
第二十四階層から数日ぶりに地上に戻ったAランク探索者レダ・サイベリウムは疲れていた。
数日に渡る探索で肉体的にも精神的にも疲弊しており、すぐに定宿に戻って睡眠をかっくらいたい気分だった。
しかしこのトバイシーハーゲンにいるAランク探索者のなかで唯一の女性であるレダは、後輩の女性探索者を始めとして男性探索者からも人気があった。
だから地上に戻ってきたと話が広まれば、たまたま探索者ギルドにいた後輩が話しかけてくるのはいつものことだ。
……アタシ、本当は早く休みたいんだがねえ。
しかしこれも最前線を走るAランク探索者の義務だと半ば本気で思っているレダには、後輩からのねぎらいを無視するわけにはいかない。
しかし今日は少し様子が違っていた。
「レダさん。実はさっき、グレイ・メルシーたちが女の子ばかりのFランクパーティに喧嘩を吹っかけて……」
「なにィ?」
「あ、なんか空間魔術を使える子を勧誘しようとしたらしいんですけど、でもすげなく断られたらしいんです。詳しい事情は分からないんですけど、今、訓練場で決闘紛いのことを――」
後輩が言い終わる前にレダは訓練場に足を向けた。
……Cランクに上がりたてで増長していたとは思っていたけど、新顔に喧嘩ふっかけるほどとはね。
疲れは吹き飛んだ。
今のレダを突き動かすのは怒りとAランク探索者の矜持だ。
後者はこのトバイシーハーゲンの探索者協会における探索者の規律を守ること。
暴力を仕事の糧としている探索者だからこそ、品行方正でなければならない。
そうでなければ、社会の鼻つまみ者になるのはあっという間だ。
自分がそういう連中と一緒くたに見られるのは我慢がならないし、叩き直せるのならば叩き直すのがレダの性分だった。
「それじゃ行きますよ!」
女の子の声が聞こえて、始まってしまったことを悟る。
早足を更に早めて訓練場に到着したレダは、想像していた光景と違っていたことに気を削がれた。
……なんだ、新顔とはいってもどこかで鳴らしてきた連中じゃないか。
実力はグレイ・メルシーのパーティと同程度、いやそれ以上か。
まず後衛の魔術師にとんでもないのがひとりいる。
炎属性の〈ヒートアップ〉は対象の体温を急激に上げることで昏倒に追い込む魔術ではあるが、直接的に体内に干渉する魔術に対してはヒトはみな抵抗力を持っている。
だから〈ヒートアップ〉でヒトを昏倒させようと思ったら、かなりの魔力を消費することになるのだ。
しかしあの後衛魔術師、さほどの魔力も消費せずにそれをやり通したと見える。
グレイ・メルシーの後衛魔術師がひとり、熱によって昏倒したにも関わらず涼しい顔で次を狙っているのだ。
もうひとりの後衛は〈ブラインドネス〉を狙っているようだが、芳しくない。
使い慣れていないという印象があるので、戦闘経験が少ないのかもしれない。
ただ上位属性をもっているというだけで将来性には期待できる。
そして目につくのは前衛の3人だ。
槍使いは明らかにグレイ・メルシーたちの誰よりもレベルが高いのだろう、余裕すら感じさせる槍さばきで間合いを取って攻撃している。
短剣二刀流の方は少々苦戦気味だが、弓も持っているので恐らくは戦闘よりも斥候に重きを置いているのだろう。
とはいえ動きはいい。
スキルは【短剣】だけでなく【格闘】も持っているようだ。
ふたつのスキルは相性がよく、相乗効果が見込める。
上手く間合いの内に入り込めれば、と考えたところで素早い身のこなしで斥候は懐に肉薄する。
……おっとひとり倒したな。
それにしても凄まじい速度だった。
魔術の支援でもあったのだろうか?
そして最後のひとり、その若い剣士は異質だった。
まず動きが気持ち悪い。
ひとりだけ滑るように走り、力任せの剣筋の割りにやけにスピードが乗っている。
速度域が常人と異なるのだ。
……〈フィジカル・ブースト〉か?
いや、それにしたってあんな動き方にはならないだろう。
他の全員が水中で身動きがとれない中を、ひとりでスイスイと泳いでいるような、そんな不自然な速度で動いているように思えたのだ。
レダが最も興味を引かれたのは、その少女だった。
勝負はほどなくして決まった。
女の子ばかりのFランクパーティの圧勝である。
グレイ・メルシーが放心しているのを見て心中でため息をついたレダは、一喝してやるために訓練場に足を踏み入れた。




