37
「おはようございます。今日は第二階層に降りる予定です」
「おはようございます。昨日の今日で第二階層ですか? さすがは傭兵ですね、ですがダンジョンでは慎重でなければ長生きできません。それを決して忘れないようにしてください」
受付嬢の言葉に頷きながら、私たちは探索者の証である2枚組のドッグタグの一枚をカウンターに置いていきます。
この探索者ギルドに残す一枚は、誰がダンジョンに入っているのかを確認するためのものだそうです。
残った探索者が身につけているタグとリンクしており、探索者が死亡するとそれと分かる変化があるのだとか。
傭兵ギルドと違ってマジックアイテムなんですね、これ。
だから登録料は高めでひとり銀貨5枚が必要でした。
探索者ギルドで所定の手続きを行ったら、いよいよダンジョンに入ります。
手続きを終えたヒトはゲートを抜けることができるようになり、その先にダンジョンの入り口があるのです。
「今日は地図を見ながら第二階層を目指しましょう。地図は忘れてませんよね、キャシー?」
「もちろん。ただ斥候としては【気配察知】に集中したいから、マップの確認とかマッピングは他のヒトに頼みたいんだよね」
「なるほど、確かにそうですね」
その話を聞いていたギルマが「あ、じゃあ私がやるわ。戦闘にもあまり貢献できていないし、道中することもないもの」と申し出てくれました。
敵が現れたときに咄嗟に対応すべき前衛や、魔術による牽制を咄嗟に行うことができるリナリーの手は空けておきたいのが正直なところです。
マッピングを率先してやってくれるならありがたくギルマに任せましょう。
「ではよろしくお願いします」
「よろしくギルマちゃん。これが第一階層のマップで、こっちが第二階層ね。第五階層までは買ってあるんだっけ?」
「ええ。インベントリに入れてあります。しばらく必要ないでしょうから」
さて準備万端。早速ダンジョンに潜りましょう!
◆
第一階層を最短で突っ切って、第二階層に降りました。
相変わらず暗い洞窟ですので、〈ライト〉による灯りは欠かせません。
階層を降りると遭遇する魔物の種類は一変するようで、ニューカマーが早速、寄ってきます。
「気配が4、……いや5つだ。何かが地面を這って近づいてくる」
「蛇か何かでしょうかね?」
オブジェクト探査をかけます。
ああ、植物ですね。
「敵はクリーピングバイン。植物です」
「サトミさん、折角なので〈ファイア・ブラスト〉を試してみてください」
「火魔術ですか? 構わないですけど……」
「ここでなら火事にはならないでしょうし、地面を這う敵を武器で狙うのは厄介でしょう?」
なるほど、一理ありますね。
「分かりました。確か範囲を火で薙ぎ払うんでしたね。試してみましょう」
視界に緑色の蔓がスルスルと地面を這って近づいてきます。
数はキャシーの感知した通り5つ、さて全部を巻き込めるかな?
「我が魔力5を捧げる。焼き払え〈ファイア・ブラスト〉」
ゴウっ!! と炎の波が地面を舐めます。
黒焦げになったクリーピングバインの残骸が5つ残りました。
「……魔力は3程度でも十分そうですね。やっぱりサトミさんの魔術は威力が高いですよ」
「普通に撃ってるんですけどね。それに火属性の魔術は初めてだったので加減が分からなかったんですよ。リナリーなら知っているでしょう?」
「そうですね。今まで試す機会もありませんでしたから」
私たちの会話に目を剥いたのは他の3人です。
「は? 初めて撃った魔術があの威力だというなのか?」
「……さすがサトミね。私たちの常識はまったく通じないところが特に」
「サトミちゃんは本当に凄すぎて、時々ボクは居たたまれない気持ちになるよ……」
え、ちょっとなんですか急に。
「今までは森などで撃つ機会がなかっただけで、他の魔術だって大概は一発で成功していますよ。それに練習すれば威力は更に上がりますし……」
「一発で成功するのは普通のことですが、あの威力が出せるようになるまでには努力が必要です。サトミさんはその辺りの努力をしないで最初から威力が高いのが不思議なんですよ」
「イメージの差ですかねえ。私は魔法のない世界から来ましたけど、代わりに魔法に対する夢というか理想を抱いているんですよ」
ゲームとか漫画とかでの様々な表現は、まさにそれです。
「魔法がないから魔法に理想を抱く? そういうこともあるんですね……」
リナリーは頷くと、「ダンジョン内では火事にはなりませんが、あまり火属性の魔術を撃つと空気が悪くなります。そこに気をつけて練習していきましょう」
「分かりました、リナリー先生」
ちなみにクリーピングバインのレベルは5しかありません。
難易度は第一階層と変わらないのでしょうか?
当分は余裕そうですね。
◆
第二階層で出会った魔物はクリーピングバイン、ジャイアントアント、ファイアリザード、グリーングミなどです。
レベルは5~8程度で、難易度は第一階層と大差ありませんでした。
第一階層から続投しているのはグリーングミだけですね。
帰り際に昨日、地下室で呼び出して倒した魔物のドロップ品を合わせて納品して、借家に帰ります。
「さあ、今日もドロップ品を確認しましょう」
「第二階層で解体も少しはしたけど、やっぱりどうしても時間がかかるからね。ボクも怪しまれない程度にここで狩るのは賛成だよ」
キャシーは「【気配察知】などで気疲れしないで戦闘に集中できるのも良い」と言いながら短剣を抜きます。
他のみんなも戦闘準備は整っているようなので、早速クリーピングバインを出すことにします。
とはいえ弱いので、いきなり4体出してみましょう。
「4体出します。ギルマは〈アクア・ジェイル〉で動きを止めてください。リナリーはお休みでいいですか?」
「分かったわ」
「構いませんよ」
リナリーの炎魔術は威力が高いのと、いくら地下室とはいえ火事になったら借家が大変なことになります。
リナリーは「少し魔術のラインナップを見直した方がいいかもしれませんね……」とひとりごちていましたが、炎魔術に手加減できるような魔術でもあるんでしょうか?
さて、準備は整っているので魔物を呼び出しましょう。
はいポチっとな。
出現したクリーピングバインの1体に早速、ギルマの〈アクア・ジェイル〉が絡みつきます。
武器を持った私とエステル、そしてキャシーはそれぞれ接近戦を挑むべく走り出しました。
そして3人が3人ともクリーピングバインを瞬殺すると、水の檻に閉じ込められている1体にエステルが槍を突き込み倒します。
「いい感じでしたが、やっぱり相手が弱すぎですかね」
「ちょっと物足りないね」
倒した端から消滅していったクリーピングバインからは、実がドロップしていました。
これはダンジョンのクリーピングバインも武器で倒せば収穫できるもので、ポーションの素材になるらしいです。
おっと、1体からは実ではなく花がドロップしています。
「どうやらこの世界の魔物にもレアドロップがあるようですね」
「この花は見たこともない。というかクリーピングバインって花なんてつけるのか」
「実が花になるんじゃないんですか?」
「しかし花をつけたクリーピングバインなど想像もできないが……」
エステルはしきりに不思議がっています。
しかしリナリーが「確かクリーピングバインは実が熟したら、徘徊を止めて花をつけた後にクリーピングバインを生むのだと書物で読んだことがあります」と疑問を解消してくれました。
「ちなみに花は換金部位ですか?」
「それは探索者ギルドに確認してください。さあ、残りも倒して早く夕食にしましょう」
リナリーはお腹が減っているのでしょうか?
サクサクと遭遇した魔物を倒していき、しかしレアドロップはクリーピングバインの花のみでした。
夕食後、リナリーが魔術の勉強会を開きました。
なるほど、夕食ではなくこれの時間を確保したかったんですね。
私はスクロールの記述の続きを習います。
ギルマも同席して一緒に勉強し、エステルとキャシーは地下室で武器の鍛錬をしに行きました。
さてスクロールの記述についてはおおよその理解ができるようになりました。
ただ魔法陣の構成はまだまだ不慣れですし、そもそもペンとインクの手書きというのが厄介ですね。
そのとき、突如として私の耳に声が聞こえました。
《【デバッグツール】の【コードエディタ】が解禁されました》
……は?
一体なんだというんですか、このアナウンスは。
私はデバッグコンソールを開くと、確かにエディタが使用できるようになっていることに気づきました。
そしてそのエディタは本来、ゲームの内容を修正するためのものなのですが、……なぜか魔術の編集を行う機能に変更されていました。
嬉しいことにコードを魔法陣へコンバートする機能までありますよ!
これはありがたいツールですね。
急に動きを止めて空中で手指を動かし始めた私に、リナリーとギルマが半目になって「なにかありましたか?」とやや警戒した声で問うてきました。
「ええ、実は【デバッグツール】に魔術の編集機能が解禁されたのです。これで新しい魔術の開発がやりやすくなりましたよ」
「そ、それをもっと詳しく!」
リナリーが食いついてきました。
まあそうですよね、リナリー好きそうですもんね。
「ええと、スクロールに記述する内容を書き出すことができるのですが、構文を消したり入れ替えたり自由にできて、魔法陣の構築も自動で行ってくれるようですね」
「なんですかその便利なスキルは! それだけ欲しいくらいです!」
「そ、そうですね。欲しいですよね」
確かに便利な機能ですが……他のチート効果よりエディタを欲しがるリナリーが趣味全開といった感じで少し面白いですね。




