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異世界デバッガのベリーイージー冒険譚  作者: イ尹口欠
レダ・サイベリウム

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 周囲の岩肌と土の床を、〈ライト〉の光が照らしています。

 ひんやりとした空気に血と獣の匂いが混じり合い、どこか殺伐とした雰囲気を醸しており、みんなピリピリとした空気を感じてどこか緊張気味の様子。

 まあ私も緊張していないと言えば嘘になりますが……。


 ここはトバイシーハーゲンという街のダンジョンです。

 探索者ギルドで登録を済ませた私たちは早速、第一階層に足を踏み入れました。


 暗くて湿気の多い洞窟型ダンジョンは、灯りの魔術か松明を持ち込まない限り暗闇となります。

 幸い私は〈ライト〉が使えたので、みんなにひとつずつ灯りを生成しています。


「前方から気配が3つ。多分、動物」


「ではダンジョンでの初戦闘ですね。みんなほどほどに頑張りましょう」


 私の言葉にみなが首を傾げました。


「そこは普通に頑張りましょう、でいいと思うのだが」


「緊張しているでしょう? 少しは肩の力を抜くくらいの方がいいと思うのですよ」


「そんな考えがあったとは。おみそれしましたリーダー殿」


 エステルが肩を回しながら「確かに少し硬くなっていたようだ」と言います。


「ちょっと、来てるよ!」


 キャシーの焦った声に前方を見ると、確かに大型の猫が3匹、こちらに向かって走ってきていました。


 オブジェクト探査。


 探査の結果を見るまでもなく倒せると踏んだので、私は剣を抜いて距離を詰めます。

 エステルとキャシーも武器を構えて接近しつつ、……勝負はまさに鎧袖一触となりました。


 すれ違いざまにそれぞれが3匹の猫を切り捨てて、初戦闘はあっけなく終わったのです。


 オブジェクト探査の結果、相手はレベル5のワイルドキャットだと分かりました。

 どうやら第一階層は問題なさそうですね。


「相手はレベル5ですよ。この階層は私たちにとっては楽勝なのではないでしょうか」


「第一階層で私たちが手間取るような相手が出てきたら、このダンジョンに街なんかできないと思うわ」


 ギルマが肩をすくめます。

 リナリーも「ダンジョンの浅い階層は割りと誰でも入れて戦えるものだと聞いたことがあります。階層をまたぐと急に難易度が上がるのだとか」と言いました。


「ダンジョン自体が罠のようなものなんですね。そもそもダンジョンって誰かが作ったものですか? それとも自然発生しているんですか?」


「後者です。存在理由は不明ですが、ヒトを食らうことが目的だと推測されています。宝箱が生まれるのは、ヒトをおびき寄せる餌なのだとか」


「生き物みたいですね。いや、もしかしたらこういう生き物なのかな?」


「そういう学説もありますし、否定されていませんね」


 なるほど、まだ誰も真相を確かめられたわけではないのですか。

 まあそこに魔物と宝箱があるなら、稼ぐのに問題はありません。


 エステルが猫の死体を見下ろしながら、「ところでこの猫、解体してお金になる部位はあるのか?」とキャシーに問いました。


「ワイルドキャットでしょ? 確か皮がお金になるはずだけど……」


 おっと残念。

 私たちは気にせず切り裂いてしまいましたよ。


 ちなみに私たちの事情を知ったキャシーの装備は【デバッグツール】によって一新されています。

 二刀の短剣はそれぞれに敏捷+10%の効果があり、弓には筋力+10%の効果をつけた強弓にしました。

 革鎧には敏捷+10%の効果を乗せ、短剣二刀流時には3割も敏捷が伸びる計算になります。


 他のみんなの装備は変わりませんでしたが、予め切り札となる強力な武器を私のインベントリに用意しておくことになりました。

 先の魔族との戦いでみんなが戦力外となった対策ですね。

 かと言って強力な武器を渡して万が一にでも奪われると大変なので、基本的に1回使うと壊れる使い捨てのものにしてあります。

 例えばエステルには粉砕という攻撃力を上げる代わりに1度限りで壊れる使い捨ての神槍グングニル、リナリーには魔力暴走という魔法攻撃力を高める代わりに1度限りで壊れる使い捨ての炎剣レーヴァテイン、などなど。

 いずれも神話級の武器を贅沢に使い捨ててもらえるようにしてあります。


 これでいつ強敵が現れても、火力で押せるはず。


 さて第一階層を探索していきます。

 途中で出会う雑魚は瞬殺しつつ、宝箱にはなかなか出会うことができません。

 それもそのはず、このダンジョンには沢山の探索者が出入りしており、特に第一階層には初心者が常にたむろしているわけで、非常に競争率が高いのです。


 ……早めに深い階層に潜らなければ稼げませんね、これは。


 今日はお試しなので第一階層だけの探索ですが、探索者ギルドでは第20階層までの地図が売られています。

 一番深くまで潜っているAランク探索者のパーティは現在、第24階層だそうですから、できれば追いつきたいものです。


     ◆


 第一階層から戻った私たちは、借家に帰ってきました。

 5人ともなると宿暮らしより借家を借りた方がトータルで安く済むのです。

 庭付き一戸建て、風呂トイレ別、2階建てで屋根裏あり。

 女ばかりなので男の目を気にせず、家ではリラックスして過ごせるのがいいですね。

 何よりこの借家には広めの地下室があって、そこを訓練場に使う予定でいます。


 つまり私の【デバッグツール】で魔物を呼び出して、レベルアップするための部屋ですね。


 デバッグコンソールを確認すると、今日ダンジョンで遭遇したワイルドキャットやジャイアントバット、レイザートゥースラットにグリーングミなどが新たに呼び出せるようになっていました。


「ちょっと聞いてください。実はダンジョンで遭遇した魔物……動物? を【デバッグツール】で呼び出せるようになっています」


「え、確かサトミちゃんの世界の魔物しか呼べないって話しじゃなかったっけ?」


「いえ……実は以前からこの世界で遭遇した魔物を呼び出せることには気づいていたんですが、それがツインヘッドウルフや無貌族が魔物化した奴で、正直なところ呼び出したくなかったので黙っていました」


 キャシーは「うわあ、あれを呼び出せるの?!」と驚き、エステルは「……確かに呼び出したくないな」と同意してくれました。


「しかし今日出会った魔物たちは雑魚なので一度、地下で呼んでみたいんです。もしかしたら死体が残らずにドロップになるかなあ、と期待しているんですが」


「なるほど、それは面白そうな実験ですね」


 リナリーは意図を理解してくれたようです。


 ダンジョンで解体に時間を割くより、地下でドロップを狩る方が時間効率がいいのは言うまでもありませんね。

 そして何食わぬ顔でインベントリに仕舞い、ダンジョンから出てきたときにまとめて売却するのです。


「本当、サトミのスキルは反則ね……。借家を借りたのが早速、役立ったわ」


 ギルマは呆れた顔で言いました。


 さて、そんなわけで地下室です。

 私たちはダンジョンから帰ってきた格好のままなので、戦闘準備はバッチリです。


「それじゃワイルドキャットから出しますよ」


 ポチっとな。


 突如出現したワイルドキャットは、こちらを認識するや襲いかかってきました。

 しかし悲しいことにレベル5の猫が1匹では私たちの相手にもなりません。

 エステルの槍が素早く閃き、……ポコン! という音とともに消滅しました。

 後に残ったのは毛皮です。


「実験、成功ですね」


「待って、毛皮の状態をチェックするから」


 キャシーが猫の毛皮を丹念に調べます。

 結果は(キズ)のない品質の良いものだと判明しました。


「これは……稼げますね」


「ああ、稼げるな」


 本質的にはお金を生成するのと大差ないのですが、ダンジョンでその分、魔物を倒すことに時間をかければいいだけの話です。

 その後も一通りの魔物を試しましたが、ちゃんと換金部位をドロップして消滅していきました。


「これは第二階層に行く楽しみが増えたな」


「このスキルを使えば、稀にしか遭遇できない魔物とも好きなだけ遭遇できるのが反則だよね……」


 キャシーの一言で、ツインヘッドウルフを呼び出そうという話になりました。

 その強さは身に沁みているはずですが、準備を万端にしておけば戦えないこともないのではないか、という話になったのです。


「サトミは〈フィジカル・ブースト〉を使って時間減速しつつ〈ウィンド・セイバー〉と剣で攻撃し続けてくれ。リナリーは〈フレイム・チェイン〉で拘束し続けて、ギルマ様は〈ブラインドネス〉で視界を制限してください。キャシーは離れた位置で後衛を守りながら弓で攻撃。私は〈ライトニング・ウェポン〉と〈ナーヴ・アクセル〉を最初から使う。もしこれで危険なようなら、サトミの反則兵器で仕留めてもらおう」


 エステルの立案した作戦で、ひとまず試しに戦ってみることにしました。

 あの時はギルマがまだ補助魔術を未習得で戦闘に参加できませんでしたし、帰り道のことを考えて森の中で魔力を使い切るわけにもいかず、全力を出せずに戦っていました。

 しかしこの地下室ならば戦闘後はゆっくり休めます。

 魔力を使い切るような戦い方をしても問題ないわけですね。


「じゃあ今日はどのみちこれで最後です。全力、準備しててくださいね?」


 はい、ポチっとな。


 出現したのは巨大なツインヘッドウルフ。

 天井がやや足りずに窮屈そうに首を低くしています。

 有利なフィールドと言えなくもないですが、借家を壊されたら大変なので速攻でカタをつけなければなりません。


「我が魔力20を捧げる。炎の鎖よ絡め取れ〈フレイム・チェイン〉」


「我が魔力20を捧げる。闇に閉ざせ〈ブラインドネス〉」


 後衛が魔力多めにして発動した拘束魔術が、双頭の狼の動きを阻害します。


 私も魔力30を注ぎ込んだ〈フィジカル・ブースト〉で短期決戦を狙います。


 エステルと同時に突っ込み、まずは目を狙って攻撃しました。

 いくら〈ブラインドネス〉があっても、頭部ふたつの視界を暗闇に閉ざすことはできません。

 片方の頭の視界を魔術で閉ざしている状態なので、見えている方が私たちを迎撃しにツメを振るいます。

 炎の鎖が食い込みジュウジュウと毛皮の焼ける匂いが鼻をつきました。


 まずは〈ブラインドネス〉で見えていない方の目を確実に潰しましょう!


 私は剣を突き立て、眼球を破壊しました。

 前回よりレベルアップしているので、剣を引き抜くこともできて一安心です。

 エステルの方も武器術を放って片目を潰したようですね。


 それを見てギルマがもう一方の頭部に〈ブラインドネス〉を書け直します。


 さあ、あとは攻撃し続けて殺すだけです。


 しかし視界の効かなくなった魔物は、がむしゃらに暴れだしました。

 天井に何度も頭をぶつけるので、借家の危機です。


 私は一刻の猶予もないと判断し、フラガラッハを取り出しました。

 そして投げます。


 ふたつの頭部の眉間にフラガラッハがザックリと突き刺さり、ボフン! と大きな音を立ててツインヘッドウルフは消滅しました。


 エステルは頭を掻きながら「……すまん、大きさを忘れていた」とシュンとしています。


「ええ、ツインヘッドウルフはここでは狭すぎましたね。私もここまで大きかったのかと実物を見て気づいたくらいです」


 とはいえ判断の早さが功を奏したのか、借家は壊れずに済みました。


 そして嬉しいことに、ドロップ品は巨大なブロック肉です。

 硬いのは調理でなんとかできると思うので、またあの肉を味わえるならたまに呼び出すのも悪くないな、と思ってしまいました。


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