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「我が魔力15を捧げる。捕らえよ水の牢獄〈アクア・ジェイル〉」
ギルマの拘束魔術が地面とコキアスの結界を結びつけて捕らえます。
ナイス支援、これで奴は逃げることができません。
力いっぱい振るったエクスカリバーの一撃が、遂に結界を破壊しました。
バリン、と音を立てて結界が崩壊するのと同時に、私はコキアスの詠唱を耳にします。
「我が魔力すべてを捧げる。私は変貌する〈ベルセルク・シフト〉」
ゾゾゾ、とコキアスの身体を毛皮が覆い、何かとてつもない変化が起こっていることが分かります。
口からは牙がはみ出て、袖口から覗く手の爪が鋭く伸び、グルルルル、と低い声で唸り始めました。
私は距離をとりつつ、オブジェクト探査を仕掛けます。
……魔物になっている!?
種族は無貌族ではなくなっていました。
どうやら変貌する、というのは言葉通りの意味だったようですね。
身体能力が一気に高まり、しかし代償としてなのか精神が激減しています。
魔術師から戦士へ変化する魔術のようですね。
コキアスの敏捷の値が100を越えました。
これはゲーム速度が0.5xでかつ敏捷2倍の鎧を着た私でも捉えられるかどうか分からない数字です。
というかこれ、前衛を無視して後衛に抜けたらマズいですね?
エクスカリバーを当てる自信がないので、新たに武器を生成することに決めました。
ここに至っては自重している余裕はありません。
伝説級の武器で駄目なら、神話級の武器を出すしか無いでしょう。
……まさか最強クラスの武器を出す羽目になろうとは。
ゲーム『闘争のロストグリモア』におけるアイテムのランクの中で、神話級は最高峰の一品のことを指します。
サーバーにひとつしか存在しない唯一品にして他のアイテムと一線を画す性能は、ゲームを進める目標にもなる目玉アイテムなのです。
そして今の状況にちょうどおあつらえ向きなのがありますよ。
自在剣フラガラッハ。
剣カテゴリですが主に投擲して使用する特殊な武器です。
効果は必中、最大HPへのダメージ、投擲後に手元に戻る、という3つの強力な効果がデフォルトでついています。
もちろん後付けの効果を付与することは通常ならばできませんが、そこは【デバッグツール】。
麻痺効果を付与したものと、石化効果を付与したもの、ふたつを生成して両手に持ちます。
本来ならば1本しか存在しないはずのフラガラッハを、二刀流します。
さて、どれだけ敏捷が高くても必中効果の前には無意味ですよ!
「行け!」
「グルルルル…………ガアアアァッ!!!」
恐ろしい速度で私に向かってきたコキアスですが、2本のフラガラッハが同時に肩口に突き刺さりました。
ガクリ、とコキアスがふらつきます。
麻痺と石化が入ったかは運次第ですが、ダメージは確実に入りましたねこれ。
なんと言っても武器の攻撃力がエクスカリバーよりも高いのですから、当然です。
コキアスに突き刺さっていた2本のフラガラッハは、いつの間にか私の手の中にありました。
なので再び投擲します。
足を止めてしまったコキアスの胴体に2本のフラガラッハが突き刺さり、さしものコキアスも膝をつきました。
ぎこちなく立ち上がろうとしたところへ3回目の投擲が撃ち込まれ。
もはや立つことすら精一杯のコキアスに4回目のフラガラッハが突き刺さったことで、奴は絶命しました。
……自重しなければ格上だろうと関係ないですね。
2本のフラガラッハをインベントリに仕舞います。
こんな超兵器が間違って世に出たら、罪悪感と不安で眠れなくなりそうですね。
おっと、他のみんなが唖然としていますよ?
そりゃそうか、と思いつつもやや寂しい気持ちになりながら、私は手を上げて勝ったことを知らせました。
◆
「今すぐにサトミちゃんたちの秘密を教えて。それから〈ギアス〉かけて!!」
キャシーが興奮した様子でそうまくしたてました。
今は無貌族……ではなく魔物と化したコキアスの解体作業中です。
魔物になった以上は魔石が入手できるはずで、レベル80の大物ですからかなりの品質が期待できます。
ギルマとエステルは複雑な心境を顔に出さずに、淡々と作業をしています。
時折エステルが何かギルマに声をかけていますが、……まあその辺のフォローはエステルに任せておけばいいでしょう。
リナリーは魔法陣と祭壇を調べています。
皆が働いている中で、私はキャシーの相手という微妙な仕事を割り振られていました。
「いいんですか? 後戻りはできませんよ?」
「いいっていうか、あんなの見たら知らないまま死ねないよ! もうボク、傭兵としてみんなと一緒にパーティ組むって決めたから! お祖父ちゃんが反対しても強行するから!」
どうどう、覚悟は分かりましたから顔が近いですよ。
「分かりました。ギアスをかけるのは話を全て聞き終えてからにした方がいいでしょうから、まずはここの後片付けからしましょう。さあ、働きますよキャシー」
「分かったよサトミちゃん。ボクが一番、下っ端だからね!」
一番の下っ端を自認するキャシー・キルレイン、それでいいのかとも思いますが、本人は楽しそうなのでまあいいでしょう。
「リナリー、なにか分かりましたか?」
「……命を弄ぶ禁術が幾つか使われた、忌まわしい実験だということは分かりました。成果については私、興味もありませんが、いかがしましょう?」
言外にこれ以上は調べるのも嫌だ、ということですかね。
「そうですか。焼き払っちゃってください」
「分かりました」
しかしみんなのレベルが一気に上がりましたね。
ここいらで私も含めてパーティメンバーのステータスを確認してみましょうか。
《名前 サトコ 種族 人間族 年齢 29 性別 女
称号:異世界のデバッガ
レベル 21 筋力 29 敏捷 24 精神 30 感知 15
【若返り(15歳)】【身体能力強化】【精神能力強化】
【魔力感知】【魔力操作】【剛剣】【光魔術】【闇魔術】
【地魔術】【水魔術】【火魔術】【風魔術】【デバッグツール】
〈ライト〉〈ヒール・ライト〉〈キュア・ポイズン〉〈フィジカル・ブースト〉
〈グラビティ・バインド〉〈センス・イビル〉〈マインド・プロテクション〉〈マナ・ドレイン〉〈ナイトサイト〉〈ギアス〉
〈ストーン・ハンマー〉〈ドロップ・サンド〉〈トンネル〉
〈ウォーター・スピア〉〈クリエイト・ウォーター〉〈ウォーター・ウォーキング〉
〈ファイア・ランス〉〈ファイア・ブラスト〉
〈ウィンド・セイバー〉〈ブロウ・ウィンド〉〈ホバリング〉〈サイレント・ムーブ〉
〈クレンリネス〉〈ヒート・レイ〉〈ディメンション・プリズン〉
〈サンド・ストーム〉〈スワンプ〉
〈ファイア・ストーム〉》
《名前 カタリナ・リィン 種族 人間族 年齢 22 性別 女
称号:元宮廷魔術師
レベル 31 筋力 11 敏捷 14 精神 114 感知 28
【炎の記憶】【炎魔術】【魔力操作】【魔力強化】
【魔力感知】【炎の申し子】【精神能力強化】
〈フレイム・アロー〉〈フレイム・チェイン〉〈クリムゾン・ハンマー〉〈クリメイション〉〈サーマル・センサー〉〈ソーラー・ゲイン〉〈ソル・フレア〉
奴隷(主人:サトコ)》
《名前 イルマ 種族 夜魔族 年齢 14 性別 女
称号:元修道女
レベル 24 筋力 13 敏捷 10 精神 26 感知 18
【人化】【夢魔】【吸精】【魅了】【飛行】【暗視】
【神託】【水魔術】【闇魔術】【魔力感知】
〈ブラインドネス〉〈サニティ〉〈コンセントレーション〉
〈アクア・ジェイル〉〈ヒール・ウォーター〉〈キュア・ポイズン〉〈クリエイト・ウォーター〉》
《名前 エステル・フォード 種族 人間族 年齢 26 性別 女
称号:神殿騎士
レベル 39 筋力 28 敏捷 37 精神 22 感知 16
【短槍】【雷魔術】【俊足】【健脚】【剣】【盾】
〈乱れ突き〉〈薙ぎ払い〉〈雷閃陣〉
〈ライトニング・ウェポン〉〈ナーヴ・アクセル〉》
《名前 キャシー・キルレイン 種族 森人族 年齢 40 性別 女
称号:森人族の外交官
レベル 34 筋力 16 敏捷 31 精神 25 感知 43
【気配察知】【罠察知】【罠解除】【解錠】【聞き耳】
【隠密】【短剣】【格闘】【弓】【地魔術】【風魔術】【光魔術】
〈アース・ウォール〉
〈ウィスパー・ボイス〉〈ワイアタップ〉
〈クレアボヤンス〉〈ヒール・ライト〉〈キュア・ポイズン〉》
一番レベルが低いのが私の21ですか。
確かロスマン王国を出たばかりの頃のリナリーがレベル22だったはずなので、1ヶ月程度で追いつきつつあるわけですね。
ちなみに戦闘にほとんど参加していないギルマやキャシーのレベルも上がっていますが、これは私の方でパーティ編成に組み込んでいるからです。
パーティに組み込むと経験値が等分されるので、誰が戦いに貢献しても全員のレベルが上がっていくわけです。
ギルマのレベルは遅れるのが目に見えていたので、【デバッグツール】様様ですね。
おっと、【デバッグツール】でコキアス・ノーメン(ベルセルク)が呼び出せるようになっています。
……フラガラッハがなければ倒せませんが、逆に言えば準備万端の状態で狩りまくれば簡単にレベルが上がってしまいそうですね。
とはいえレベルばかり上がっても仕方がないのもこの世界の特徴でして、剣の技術や魔術の熟練度はどうしても実戦を通じて磨くしかないようです。
また使い込んだ能力値がレベルアップ時に大きく上昇するため、ただ漫然とレベルアップすると最終的に弱くなるらしいです。
なので反則武器を使ったレベリング自体は可能ですが、地力をまずは上げなければもったいないということになりますね。
解体の結果、魔石は得られましたが他は特に換金できそうな部位はないそうでした。
ただし持ち物はなかなかの充実ぶりらしく、幾つもある魔力の貯蓄と解放を行う容量の大きな魔晶石や、穴が空いたものの物理と全属性に対して防御力の上がる生地を使ったローブ、そして詠唱や習得不要で魔力を込めると自動展開する結界の指輪など、この世界におけるハイクラスなマジックアイテムを多く所持していたそうです。
「出処は気になりますが、モノに罪はありません。ありがたく使いましょう」
「そうだな、私もそれが良いと思う。この結界の指輪、ギルマに渡しておきたいのだがいいだろうか?」
「自衛能力が一番低いギルマに持たせるのは悪くないですね。ただ他のアイテムの分配もしなければならないので、後回しにしましょう。キャシーが〈ギアス〉を受け入れるそうなので、休憩がてら私たちの話をしなければなりません」
「そうか……何が一体、そこまで他人の事情に首を突っ込みたがるのか、理解しがたいのだが」
「変わり者、だそうなので理解はできないかもしれませんね。私はそういうものだと思って受け入れるしかないと思います」
「ふむ……」
私と違ってギルマの話はデリケートなので、そこに好奇心だけで入り込もうとしているキャシーに不快感を覚えるのは仕方のないことでしょう。
今回は敵があまりにも強かったので活躍の場は少なかったですが、キャシーは優秀な斥候です。
〈ギアス〉を受け入れることが条件ですが、パーティメンバーに加えて損のない人材だと思っていますよ私は。
さあ、昨日の残りのツインヘッドウルフの肉を使ったスープでも作りましょうかね。




