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黒いフードつきローブに身を隠した男は、何やら怪しげな魔法陣と祭壇、そして狼の死体が散乱した血なまぐさい場所に立っていました。
こちらに気づいて振り向いたその顔には、目鼻も口もありません。
「無貌族! 魔族です!」
ギルマの正体を知るためにリナリーが作ってくれた魔族の一覧にあった種族です。
のっぺらぼうのように顔のない種族で、魔術が得意なのだとか。
早速、オブジェクト探査でステータスを調べます。
「ようこそ、待ちわびたよ。私のペットを殺したのは君たちだね?」
口もないのに、どこから声が出ているのでしょうか。
目もないのに、どうして私たちが見えるのでしょうか。
「お前があのツインヘッドウルフの飼い主か。ボクたちの森で魔族が何をしている!」
「実験だよ。フォレストウルフからどれだけ強い魔物が作れるのか、そういう実験さ。ただ成功作を壊されてしまったのは想定外だ。君たち、名うての傭兵かな?」
ステータスを見て愕然としました。
奴のレベルは80、普通にやって勝てる相手じゃありませんよ!?
相手が魔族だと知ったエステルが前に出ます。
「生憎と傭兵になったばかりのFランクだ。貴様の目的は実験とのことだが、一体その実験の成果をもって何をするつもりだった?」
「ふふふ、そんなのは決まっているだろう。実験は実験だ。結果が得られればそれで満足……といきたいところだが、今日のように人類と事を構えることだってある。護身用に使う予定さ」
「護身用、か。ならば我々と戦わずにこの場を立ち去るならば使う必要はなくなるが」
「……本気でいっているのかね? 人類と魔族が相見えれば、そこに殺し合いが発生するのは必定だ。私も、君たちも、互いを見逃すなどという選択肢は存在しないだろう」
「それは……」
ギルマのことがあるエステルからすれば、その言葉は到底、受け入れられるものではありません。
しかしこれが人類と魔族の現実でもあります。
「エステル、例外はあるかもしれませんが、少なくともそこの無貌族は世間一般的な魔族です。槍が鈍れば死ぬのは私たちですよ?」
私たち、の中には当然、ギルマの命も含まれます。
エステルは覚悟を決めて、槍を構えました。
……しかしどうやって勝ちましょうか。
私はダメージ無効ですが、多分この世界では無敵の存在というわけではありません。
例えばリナリーが炎の魔術で辺りの酸素を奪い尽くせば、私は呼吸ができずに死にます。
実力差があるなら、いくらダメージを負わなくても拘束魔術で私の動きを封じて、海の底にでも放り込めば溺死するでしょう。
あるいは土の中に埋めるのが早いかも知れませんね。
ゲームならば呼吸なんて要素はなくて、本当に無敵だったのですが……。
無貌族の男……名はコキアス・ノーメンですが、幸いなことに身体能力はかなり低いです。
代わりに精神と感知はリナリーをも凌駕するのですが。
「相手は専業魔術師です。エステル、キャシー。接近戦を挑みましょう。魔術勝負では勝ち目がありません!」
「ほう。見る目があるじゃないか。君は……うん? なんだ、その妙な気配は。本当に人間族か?」
「失礼な。ちゃんと人間族ですよ!」
「ふむ……少し興味が湧いた。君は実験材料にするために生かしておこう」
「余計なお世話です!」
戦いの火蓋が切って落とされました。




