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異世界デバッガのベリーイージー冒険譚  作者: イ尹口欠
キャシー・キルレイン

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 自分も依頼を受けたのだとケイネス・キルレインさんに強弁したキャシーは、翌朝、私たちと一緒にフォレストウルフの駆除に同行することになりました。

 間違ってはいないですが、本当に行動力の塊ですね。


「私のスキルについて黙っていてくれたことについては感謝していますよ」


「ああ、うん。さすがにアレは秘密でしょ? 私の口は重いから安心してね!」


 まったく安心できませんが、まあ少しは信用しても良さそうです。

 おっと、ほだされていますよ私?

 このままなし崩し的にパーティの一員になる未来が来るのではないかと不安になります。


 さてフォレストウルフ狩りです。

 斥候能力の高いキャシーが先頭を行きつつ、フォレストウルフの痕跡を探そうとしています。

 私も定期的にオブジェクト探査をかけていますが、……おやこれはフォレストウルフの痕跡じゃないですか。


「そこに糞がありますね」


「え、嘘どこ!?」


 キャシーがいいところを見せようとしていたのですが、少し進路から外れた場所にある糞はさすがに目に入らなかったようですね。

 キャシーも「え、なんであんなところを探したの?」と焦り気味に問うてきました。


「なんとなく視界に入ったんですよ。たまたまです」


「く、いいところを見せようと思っていたのに……!」


 本音が口に出てますよ。

 本当に素直ですね。


 私が【デバッグツール】を使って糞を見つけ出したことに確信を抱いている3人からの視線が生暖かいですが、気にしたら負けです。

 強いメンタルでフォレストウルフ狩りを続けましょう。


「糞があるってことは、ここはフォレストウルフの縄張りだ。定期的に戻ってくると思うけど……」


「定期的というとどのくらいの間隔ですか?」


「……数時間から数日」


「それは待てませんね。先に進みましょう」


 匂いなどからフォレストウルフに辿り着けるようなスキルや魔術はありません。

 テキトーに森を練り歩いて遭遇するのを期待した方が効率が良さそうですね。


「こうしておいてから、帰りに寄ればいいよ」


 キャシーはフォレストウルフの糞に香水をひと吹きします。

 こうすることで、フォレストウルフは縄張りに何者かが侵入したことを知り、警戒を強めるのだとか。

 そして何者かが具体的に何なのか知るためにこの近くに潜伏するそうです。


 なるほど、と思いながらキャシーの狩りの知識がなければ当て所もなく彷徨うしかなかったわけです。

 ううむ、糞を見つけてもそれを活かせる知識が私にはありませんでしたか。

 やっぱり自分で言うだけあって、優秀ですよキャシー。


 先に進むと、森が深くなり周囲に小動物や鳥が増えてきたのが分かります。

 オブジェクト探査の効率がだんだんと悪くなってきました。


「増えたから駆除の依頼が出たんですよね? それにしてはなかなか会いませんね」


 私の発した愚痴を聞いてキャシーは「そういえばそうだね」と真顔になって足を止めました。


「お祖父ちゃんは、森でフォレストウルフに遭遇するようになったから駆除の依頼を出したはずなんだ。それにしてはここまで姿を見ないのは妙だね。フォレストウルフは狩りをするときは遠巻きに姿を見せてこちらにプレッシャーを与えるから……」


「方角が違うのでしょうか?」


「いや。森の奥だって聞いているからこっちでいいはず。糞のある縄張りがあってから何もないのは変だよ」


 キャシーは「おかしい」と何度も呟き、しかし答えが出なかったのか頭を掻きむしるようにして言います。


「なんか嫌な感じ。今日は一旦、戻った方がいいかもしれない」


「そうですね、何か異変があるならそれを知らせるためにも帰るべきでしょう」


 エステルが「今日は戦いにならなかったかあ」とボヤきます。

 好戦的なエステルに他のみんなは苦笑しますが、突然、ギルマが森の奥に視線を向けて険しい表情になります。


「みんな気をつけて。危険が迫っているわ」


「ギルマ様、もしや【神託】ですか?」


「ええ。――森の奥より危険が来る。森の奥にある危険を排除せよ。そう【神託】が下ったわ」


 キャシーは目を見開いてギルマに「え、【神託】なんてもっているの!?」と驚きました。

 神様から直接、言葉をいただける【神託】は強力なスキルであると同時に、神殿では特別視されているものです。


 ……でもギルマは魔族だから、逆にそれが理由で命を執拗に狙われることになったらしいですけどね。


 魔族を殺すべしという教えと同じくらいに、魔族が【神託】を得ているという事実が神殿の態度を硬化させているのだと、エステルが前に言っていました。


 そんな凄いスキルをもっているギルマに、キャシーは「凄いなあ。Fランクパーティとは思えない陣容だよ!」と興奮しながらはしゃぎだしました。


「そんなことより、【神託】の内容について考えて。まず森の奥から危険が来るらしいけど、恐らくは魔物のことだと思うわ」


「ギルマ、【神託】で具体的に何が起こるかは分からないんですか?」


「残念ながら【神託】は必要最低限の情報しか降りてこないの」


「なるほど。もうひとつ聞きたいのですが、【神託】の情報には、その危険には私たちが勝てるという見込みがあって降りてくるものでしょうか?」


「それも分からない。助力を求めなければ叶えられない【神託】なんてこれまで幾らでもあったし……」


 言いながらギルマはエステルを見ます。

 確かに荒事紛いの【神託】が降りてきたらギルマ単独では無理でしょう。


 しかしそうなると、ここに留まって魔物を迎撃するのは危険な気がしてきますが……。


「あ、なんか大きな気配がこちらに近づいてくるよ! 速い、このままだとボクたちの元まですぐにやってくる!」


 キャシーの言葉に剣を抜いて迎撃を覚悟します。


「リナリーも魔術を使って戦ってください。事後の消火活動は私とギルマの〈クリエイト・ウォーター〉で行います」


「分かりました。できるだけ命中させるように気をつけます」


「エステルと私は前衛、キャシーは後衛を守るために牽制をお願いします。ギルマは攻撃を受けないように自分の身を守ることを最優先にしてください」


「任せてくれ。ギルマ様は私の槍でお守りする」


「牽制? 一応、弓を持ってきてはいるけど……」


「分かりました、怪我をしたら私のもとまで下がりなさいね。治療をするから」


 全員の役割を確認したところで、その巨体が森の奥から猛然と迫り来るのを目にできるようになりました。

 巨大な狼の身体に、ふたつの頭部。


 すわオルトロスかと思って背筋に汗をかきましたが、オブジェクト探査の結果、ツインヘッドウルフという魔物だと分かりました。

 頭部がふたつあるだけの巨大な狼の魔物ですね。

 神話に出てくるような無茶苦茶な存在ではなさそうで一安心です。


「敵はツインヘッドウルフです。……あれが魔物化したフォレストウルフですかね?」


「そんなわけないでしょ! あんなに巨大な首がふたつある狼なんて見たこと無い!」


 キャシーが顔を青くしながら叫びます。

 どうやら異常事態らしいですね、さすが【神託】が発動するだけのことはあります。


「出し惜しみはなしですね。私も本気を出します」


 キャシーを除く3人は私の言いたいことを察したようです。

 すなわちゲーム速度を0.5xに減速して戦う、奥の手を使うという意味ですね。


 世界がゆっくりと速度を半減させます。


 減速したにも関わらず結構なスピードで迫りくる双頭の狼。

 私はまず〈フィジカル・ブースト〉で戦闘準備を整えてから、距離があるうちに魔術を一発叩き込むことにしました。


「我が魔力5を捧げる。破砕せよ石槌〈ストーン・ハンマー〉!」


 四角い石の塊が出現し、ヒュゴッ! と風を切りながらツインヘッドウルフの片方の鼻先に命中。

 木を砕き倒すほどの威力があるはずの〈ストーン・ハンマー〉ですが、鼻血を垂らすだけに終わりました。

 かなり痛がっているので、ダメージがないわけではありませんが。


 ……しかしつまり、木よりも丈夫ってことですか。


 大きいうえに硬い、とはかなり厄介そうです。

 オブジェクト探査の結果ではレベル44と出てますし、かなりの難敵なのは分かっていましたが。


「気をつけてください、ソイツは〈八つ裂き〉というスキルを持っています」


「なんで分かるの!?」


 キャシーの疑問を無視して、私とエステルが切り込みます。


 エステルは早速〈乱れ突き〉を放ちますが、無造作に突き出された前足に阻まれ、下がらざるを得ませんでした。

 槍がこれでもかと突き刺さったはずの前足は無傷のようで、生半可な攻撃ではやはりダメージを与えられないようです。


 私はゲーム速度の減速と敏捷2倍の鎧の性能を活かして全速力で片方の頭に接近、目玉に剣を突き立てました。

 さしものレベル44の化物も私のスピードには対応できなかったようです。

 更に目は毛皮で覆われていないためか、剣は深々と突き刺さって――、抜けなくなりましたね。


 剣を手放して咄嗟に離れます。

 苦痛に雄叫びを上げながら頭部が噛み付いてきたからです。


 がむしゃらに爪と牙が振るわれます。

 更に後衛に向けて突破を試みようとしてきたので、飛び蹴りを試みましたが、そんなもの通じるはずもなく。


「マズい! 逃げてくださいギルマ様!?」


 エステルが叫びますが、しかしリナリーの魔術が放たれました。

 魔力20を捧げた〈フレイム・チェイン〉です。

 炎の鎖は向かってきたツインヘッドウルフに巻き付き拘束しながらジュウジュウと焼き始めます。

 さしもの巨大な魔物もこれには足を止めるしかありませんでした。


「流石です、リナリー!」


 目ならば普通の剣でもダメージを与えられることが分かったのは収穫ですが、しかし武器を失ってしまいましたね。


 双頭の狼が動きを止めたので、エステルも顔面を狙うように槍を繰り出します。


 後衛の護衛を任せたキャシーは、弓で狼の目を狙って矢を射掛けますが、狼は首を少し動かすだけで目に当たらないように回避しています。

 よほど目をひとつ失ったのが痛かったのでしょう。

 残る眼球は3つ、さて全部失えば戦闘能力をかなり奪えますが。


 ……〈フレイム・チェイン〉の効果が切れる前に勝負をつけたいですね。


 あの機動力では後衛が事故死しかねません。

 動きを止めている間に、戦局を固定したいところです。


 アイテム生成で麻痺を付与した聖剣エクスカリバーを生成します。

 聖剣エクスカリバーは元々からして物理ダメージを光属性ダメージに変換する魔法の武器です。

 ゲーム中の物語ではこの武器に新たな効果を付与することはできませんが、【デバッグツール】は問答無用で効果欄に麻痺を付与して生成できます。


 取り出した剣は刀身が黄金の輝きを放ち、見るからに凄い武器であることは一目瞭然です。

 キャシーが興味津々で「なにそれ! なにそれ!?」とおおはしゃぎですが、頼むから後衛の護衛を忘れないでくださいね?


 他の面々は私が生成した剣だと分かっているのでそこまで騒ぎ立てませんが、尋常ではない武器を生成したことは伝わっているようです。


「我が魔力20を捧げる。〈グラビティ・バインド〉」


 同じ魔力20の拘束魔術でも、リナリーの〈フレイム・チェイン〉には遠く及びません。

 どうもこういう地味な魔術は苦手ですね。

 それでも動きは更に鈍りましたから、人並み程度には使えているのですけど。


 さあ、いかに剛毛を誇る毛皮でも物理ダメージではなく魔法ダメージならば、防ぐことはできませんよ。

 エクスカリバーの麻痺が入ることを祈りながら斬りまくるのみです。


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