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……尾行がついていますね。
キャシー・キルレインではありません。
どうやら宝飾店の密偵のようですね。
私たちの行動をしばらく観察するつもりのようです。
私はさりげなく「料理店に入って昼食を摂ろう」と提案して、もうかった分を還元しようと試みます。
3人とも美味しい料理には飢えていたらしく、一も二もなく賛成を得られました。
そういえばリナリーは宮廷魔術師だから美食に慣れていたかもしれませんね。
ですが修道院で過ごしていたギルマとエステルも美食が恋しかったとは少し意外です。
てっきり粗食だったのかと勝手なイメージを抱いていましたが、彼女たちは王太后の元にいたため、修道院にしては美味なる食事を頂く機会が多かったのだとか。
そんなわけで店に入ってテキトーに注文を任せて、本題です。
「……いいですか、今からあることを言いますが決して反応しないように。周囲を見渡したり、平常な表情を崩したりしないように気をつけてください」
「一体、なんですかサトミさん?」
「宝飾店から尾行がついてきています。目的は不明ですが、今も店の外にいます」
3人は絶句して顔をこわばらせます。
ああもう、だから表情を崩すなと言ったのに。
「ほらもっと自然に笑顔を浮かべて。これから来る料理が楽しみだな~って感じの緩い表情を取り繕ってください」
「あの、サトミ。尾行ということは殻の出処を探っているということでは?」
ギルマが控えめに意見を言いました。
「その可能性が高いとは思います。ただそうでなくてもしばらく監視されるということになるので、修行は一旦、中止して依頼を受けようかと」
「なるほど、普通の傭兵として過ごすのだな」
「それが一番でしょう?」
エステルが「初の依頼だな……」とニヤけながら頷きます。
ギルマのことがなくても、傭兵になったことを楽しんでいるようで何よりですね。
食事はこの世界に来て始めて食べる本格的なコース料理でした。
味は良かったのですが、現代日本に生きていた私からすると驚くほどでもありません。
美食に慣れていた3人も驚くこともなく、久々にまともな食事をした、といった感じです。
Fランク傭兵のくせに揃って舌が肥えているのは問題ですが、私のインベントリに温かい料理を常備しているため旅などで不自由することはありません。
ちなみにギルマの護衛中は、リナリーとこっそり夜食を食べていました。
その事を知ったギルマとエステルは後で「ズルい」と口を揃えていましたが……まああの時点では私たちの事情は知らなかったので仕方ないですよね?
さて傭兵ギルドにやってきました。
昼も過ぎて目ぼしい依頼はないだろうと思って入ったのですが、そこで思わぬ人物に出くわしました。
キャシー・キルレインです。
「こんにちは、サトミちゃん!」
「……なぜこのようなところに?」
「傭兵に登録したからに決まってるじゃないか。一緒に冒険しない?」
私たちはその行動力に唖然としました。
いやいや、そんな簡単に傭兵になっちゃ駄目でしょう、外交官さん。
「いや、そうは言っても……」
「別にいいでしょ? サトミちゃんにいいとこ見せたげるよ。ちょうどウチの集落が依頼を出しているから、それを受けない? 案内できるよ」
「森人族の集落から依頼が出ているのですか?」
「うん。Eランク向けのフォレストウルフの駆除依頼だね。サトミちゃん達の実力は見ていて十分だと思うから、受注するなら受付にボクから声を掛けるよ。Fランクには討伐系の依頼はほとんどないし、あれだけの強さならFランクの採取とか退屈でしょ?」
「まあ、確かにキャシーの言っていることは正しいのですが……」
正しいけれど、そんな言葉に乗っていたらズルズルと既成事実を積み重ねていくだけです。
気がついたら仲間になっていた、くらいの状態になりそうで困ったものですね。
「いくら私のスキルが気になるとはいえ、ちょっと行動力あり過ぎませんか?」
「興味が湧いたら即行動。基本だよ基本」
何の基本かは置いておいて、私たちは一応依頼ボードを確認します。
……ああ、確かにFランクの依頼はいつもどおりの薬草採取くらいしかないですね。
家屋の掃除など魔術が役に立つ依頼もありますから、別にそれでも構いませんが……その場合は私ひとりで事が済んでしまうのが問題です。
4人もいるなら森に出たいところですし、そうなるとキャシーの言うEランクの依頼は渡りに船でしょうか。
「3人はどう思いますか?」
「依頼を受けるだけでしょう? 構わないんじゃないかしら」
「私も構わないな。薬草採取だのより槍を振り回している方が性に合っている」
「聞いた時点で依頼を受けてもいいと考えているのでしょう、サトミさん? なら依頼を受けましょう」
はい、リナリーの言う通りですね。
「それではキャシーの言葉に甘えることにします。ただフォレストウルフという魔物のことを知らないので、事前に教えてください」
そう言った私にキャシーは首を傾げました。
「フォレストウルフはただの狼だよ。魔物じゃないけど……」
「あ、そうなんですか。じゃあただの害獣駆除なんですね」
「変なことを知らないなあ。人間族なら狼は全部魔物だと思っているわけじゃないでしょう?」
「ええと、私は魔物などに詳しくないもので」
「あんなスキル持ってるのに? ふふ、ますます興味深いね。スキルもそうだけどサトミちゃんにも興味が湧いてきた」
嫌なことを言わないでください。
かくして私たちは森人族の集落へ向かい、フォレストウルフの駆除を行うことになったのでした。




