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10日目の昼。
王都まであと数日の距離で、またもや街道を塞ぐ兵士たちの姿が見えました。
「……また妨害ですね。どうしましょう、前みたいに私が片付けますか?」
「少し待て。あの旗は……やはり近衛騎士団のものだ」
「近衛ということは王族直属ですか?」
「ああ。近衛騎士団は国王陛下直属の騎士団だ。あれが敵であるならば、私たちが王都へ行く理由はなくなる」
エステルさんは強張った表情で言いました。
なるほど、王様の庇護を得るために王都へ向かっているのに、ここで拒絶されたら王都へ向かう意味そのものがなくなるのですね。
ならばまずは交渉からでしょう。
イルマさんは荷馬車から立ち上がり、騎士団の見えるところまで歩いてきました。
「あれは……近衛騎士団の騎士団長オットー・ガルガドン様では?」
「何!? ……確かにオットー様だな。騎士団長自らお出ましということは、恐らく陛下のお言葉を携えているに違いない」
「……エステル、そしてサトミとリナリー。私はオットー様に話を伺いに行きます。同行してもらえますか?」
エステルさんは「もちろんイルマをひとりで行かせるわけにはいかない!」と即答です。
私たちも護衛の依頼を続けると決めているので、否応はありません。
もちろんついていきますとも。
「ありがとう。……じゃあ行きましょう」
荷馬を木に繋いで、私たちは近衛騎士団の方へ歩いていきます。
私たちが剣を抜かずに歩いてきたので、オットー騎士団長は下馬して騎士をひとりお供に、私たちの方へ近づいてきます。
50mを切った辺りでオブジェクト探査をかけます。
騎士団長とお供の騎士の強さを……ってうわ、強いこの人達!
騎士団長オットー・ガルガドンはレベル60、お供の騎士ですらレベル40とエステルさんよりも強いです。
ゲーム速度を0.5xにしても勝てるかどうか……地力が違いすぎます。
声の届く距離まで来ると、オットー騎士団長の方から声をかけてきました。
「イルマ様、ご無沙汰しております。近衛騎士団騎士団長、オットー・ガルガドンです」
「ご無沙汰しております、オットー様。しかしなぜこのような街道に陛下直属の近衛騎士団がいらっしゃるのですか? 私に会いに来た、ということならば陛下のお言葉を頂いているかと思います。聞かせてもらえますか」
騎士団長のオットーは頭を掻いて、眉を寄せながら言いました。
「誠に心苦しいことですが、王都は危険です。陛下はイルマ様を王宮に匿まったとしても、守りきれないと仰せでした。私も同意見です」
「そんな……なぜです。国王陛下の居城たる城でも、私は命を狙われるのですか?!」
「修道院の中は閉鎖的で、王太后様が完全に権力を掌握しておりました。ですが王宮は違います。様々な貴族が出入りし、中には魔族を憎む者もおります。……もちろん王宮の一室に限られたものしか近づけないようにしたうえで軟禁生活を送ることができるのであれば、危険は減るでしょう。しかし陛下は若いイルマ様にそのような酷い真似をしたくはない、と仰せです」
「しかし……それでは私はこれからどうすればいいの? どこにも居場所がないわ。ずっと魔族を狙う神殿に怯えながら、逃げ続けろと仰るのですか? そのような平穏もない生活には耐えられません……」
「……そうですなあ。しかしイルマ様は【人化】を習得されています。見た目は人間族と変わらないのですから、いっそ名前を偽り変装することで別人として、新しい人生を歩まれるのはいかがでしょうか」
「別人として、生きる……?」
「イルマ様は確かまだ14歳でしたな。これから大人になるにつれて容姿もまた変わりましょう。魔族であることを隠し、人間族として生きていく道を模索してはいかがでしょうか。ただそれには、王宮では不都合があります。あそこは出自が問われるため、別人になりすますのは現実的ではありません」
「例えばオットー様、私はどのような生き方ができると思いますか? 私は修道院の外のことを何も知らないのです」
「そうでしたな。……例えば傭兵などはいかがでしょう。確か治癒の魔術などを習得されていたはず。治癒の魔術を習得している魔術師は傭兵では重宝がられると聞きます」
イルマさんは戸惑いながら私たちの方へ視線を向けます。
いや、私たち傭兵になったばかりの新人なので、そういう需要があるとか知りませんよ?
「確かに治癒魔術を使える傭兵は少ないでしょうね。そもそも治癒の魔術が使えるのならば、施療院で仕事を得ることができます。危険のある傭兵稼業に身を投じる魔術師は多くありません」
さすがリナリー、この世界の一般常識から見た魔術師事情を語らせたら間違いありません。
しかしこの回答に、イルマさんは満足できなかったようです。
「つまりわざわざ危険な生き方を私に勧められているのですか、オットー様は」
「いや! 違います! 確かに施療院の方が安全でしたが、……その、イルマ様にはエステル殿がいるのでそれを考えたまででして、そのような意図は決してありませんぞ!」
しどろもどろになりながらオットー騎士団長が釈明を述べました。
確かに、施療院ではエステルさんが無聊をかこつでしょうね。
その点、傭兵ならばふたりで一緒に仕事ができます。
エステルさんの忠誠心を知っているからこそ、傭兵を勧めたのでしょう。
「そ、そうね。私も冷静ではありませんでした。ごめんなさいオットー様、疑うようなことを言ってしまって……」
「いえ。語弊のある言い方でした。こちらもお詫びします」
さて、話はまとまりつつあります。
イルマさんとエステルさんが傭兵になる方向で。
この場合、私たちの護衛依頼はどうなるんでしょうか?
あと報酬の増額の話もきっと、なかったことになるんでしょうね……。
そんなことをボンヤリと考えていると、いきなりイルマさんが私の手を取って言いました。
「では私は今日から、傭兵として新しい人生を歩むことにします。つきましてはサトミ先輩、傭兵になるためには何が必要なのか教えてくださらないかしら?」
ちょ、私を巻き込まないで!?
あ、しかも話は終わったとばかりにオットー騎士団長が近衛騎士団の方に帰っていってしまいましたよ!?
「エステルさん、いいんですか? イルマさんが危険な傭兵稼業に身を落とすのを黙って見ているのですか!?」
「サトミ、私はイルマ様が望まれるならば全力でお守りするまでだ。施療院だろうと傭兵だろうと、それに変わりはない」
忠誠心、高ぇーっ!!?
ちょっと盲目的すぎませんか、エステルさん。
「そういうわけで、護衛はここまでです。報酬は支払いますが、できれば近隣の街までお送りくださいまし」
「お待ち下さい、イルマ様。傭兵ギルドのある街まで護衛を続けてもらいましょう。傭兵になるには傭兵ギルドに行って登録する必要があるのです」
「そうなのですか? ではギルドのある街までで、護衛をお願いしますね?」
ううむ、困りました。
この辺りの地図なんてありませんから、傭兵ギルドのある街に心当たりがありません。
しかしリナリーは「それでしたら南に向かえば大きめの街があると立ち寄った村で聞きました。そこへ行けば傭兵ギルドもあるのでは?」などと有力情報を出してくれました。
さすがリナリー、有能です。
そんなわけで護衛依頼の目的地が変わり、彼女たちの旅に終わりが見えてきました。




