19
さて護衛依頼は続行することに決まりました。
しかし眼前に展開する兵士たちをなんとかしなければ、先に進むことはできません。
「こちらは荷馬車もあるしイルマは戦えない。荷馬車では迂回することができない以上、目の前の敵を倒して道を切り開くしかない」
エステルさんの立場ではそうでしょうね。
しかしできれば殺生は避けたいです。
「……そういうことなら、なんとかしますか。リナリー、殺さずに連中を無力化できますか?」
「すみません、サトミさん。私の魔術は殺傷能力が高く、大怪我をさせるか殺してしまうでしょう」
ですよねー。
魔術の名前には物騒なものが多いんですもの。
リナリーに手加減を望んだところで意味はなさそうです。
仕方がないので、私は剣に鞘をかぶせたままで相手を制圧することにします。
「リナリー、連中が接近を試みるようなら、地面に向けて魔術を撃って牽制してください。私はひとりであちらにいる連中を蹴散らしますので」
「分かりました。しかしおひとりでは危険では?」
「成算はありますので、なんとかします」
私の言葉にエステルさんが驚きます。
「おい、あの数だぞ。いくらなんでも無謀すぎる」
「大丈夫ですよ。もし危なければここに戻ってきます。そうしたら一緒に戦いましょう」
私は答えを待たずに一歩、進みます。
「我が魔力3を捧げる。豪腕を我が身に宿せ〈フィジカル・ブースト〉」
効果を筋力の上昇に限定して〈フィジカル・ブースト〉を使用しました。
そして【デバッグツール】を起動して、ゲーム速度の倍率を0.5xに変更します。
ゲーム速度の倍率が下がったことにより、周囲の世界がスローモーションのように遅くなります。
私は呼吸を含めて何ら影響を受けません。
私だけが普通の速度で動き、敵味方を含めて周囲はすべて半分の速度しか出せないのです。
本来はゲーム内の現象を見極めるための機能ですが、戦いにおいてはこのような使い方ができます。
実は昨晩、【デバッグツール】を弄っていて思い出した機能でした。
普段はあまり使うこともない機能だということもあって、すっかり忘れていましたが。
もっと早くに思い出していれば、レベル上げのときにも使っていたのにね?
この機能の最大の効果は0x、つまり時間停止です。
ただ時間を停止すると私もその場から動くことができなくなるため、正直なところ0xは使いづらいですね。
そうなると減速は0.5xしか選択肢がありません。
逆に私以外を加速する2xや5xは、現状では使い道がありませんから、やっぱり0.5xのための機能ですね。
そんなわけで、悠々と近づいて剣を振るいます。
相手からすれば倍速で振るわれた鞘つきの剣が、防ぐのも難しい高速の一撃に見えていることでしょう。
集団で槍を構えているところに身体を半身にして槍と槍の間に入り込み、兵士を殴り倒します。
鎧の上から強打しつつ、力づくで薙ぎ払ってやりました。
傭兵たちは私の実力がギルドで見せた以上のものであると感じたのか、腰が引けていますね。
しかし私は気にせず接近して、連中も殴り倒していきました。
「ちょっと、待ってくれぇ――!!」
音声が遅くなって少し面白いですが、どうやら兵士たちの隊長が何か言いたい様子です。
交渉の余地があるのでしょうか?
なら少し離れてから、減速をもとに戻しましょう。
「――わ、私たちの負けだ! これ以上は戦えない!」
おやおや、降伏のようですね。
スムーズに殴り倒していったので、既に半数程度の兵士が地面に倒れています。
彼らからすればもの凄い速度で動き、圧倒的なパワーでブチのめされたわけですから、勝てない相手だとハッキリ分かったのでしょう。
仮に槍などが当たっても私はダメージ無効にチェックを入れているので、無敵です。
降伏は正しい選択でしょうね。
「ならば倒れた兵士や傭兵たちを連れて、すぐにこの場から離れなさい。30分待ちます」
「う、分かった。すぐに撤退する!」
私は踵を返して荷馬車のもとへ戻りました。




