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野営のとき用に露店で食事を買い込み、インベントリ内では時間経過がないので新鮮かつ温かい料理がいつでも取り出せることにリナリーが頭を抱えたその夜。
宿の部屋で私はリナリーに話がある、と言って切り出しました。
「シスター・イルマが魔族? それは本当ですか、サトミさん」
「ええ。前にも言いましたが、他人のステータスを見ることができるものですから」
「そういえばそうでしたね」
リナリーは肩をすくめました。
この世界では限りなくプライベートな情報として扱われているため、基本的に自分のステータスを口にする者はいません。
「それでリナリー、魔族について詳しく教えてください。街では見かけませんし、普通のことではないのですよね?」
「ええ。魔族は人類の敵ですから、修道院で育った修道女であるわけがないのですが……。神殿騎士エステルは人間族なのですよね?」
「騎士エステル・フォードは人間族。多分、エステルはシスター・イルマの正体を知っていながら、守っているんじゃないでしょうかね」
「なぜそう思われるのです? 魔族に操られているだけかもしれませんよ」
「そうは見えなかったんですよ。それにあのふたりが拘っていた女性だけの傭兵というのも、魔族であるイルマの事情に合わせたものなのかな、と」
「どのような事情です?」
「そこまでは分かりません」
「……そうですか」
さすがの【デバッグツール】もシナリオを読み解く能力まではありません。
表示される情報から事実を得て、真実に近づくのが精一杯なのです。
「それでサトミさん。種族は何だったのですか?」
「え? 魔族ですよ」
「そうではなく……例えば鬼人族であったり人狼族であったっり、魔族にも様々な種族がいるでしょう。ステータスが見えるならそれも分かるのでは?」
「いえ。種族欄には魔族としかありませんでしたよ?」
「それは……妙ですね」
「ふむ……?」
おやおや、私が見たステータスは本当に正しいステータスだったのでしょうか。
検証が必要ですね。
「先に謝ります、リナリー。主人として命じます。あなたのステータスをすべて読みあげなさい」
「……っ」
このようなことはしたくなかったのですが、私の勘違いを確認するにはこうするしかありませんでした。
リナリーは左手甲を右手でそっと触れて、震える唇からその驚くべき内容を語り始めました。
《名前 カタリナ・リィン 種族 人間族 年齢 22 性別 女
称号:元宮廷魔術師
レベル 23 筋力 11 敏捷 12 精神 103 感知 26
【炎の記憶】【炎魔術】【魔力操作】【魔力強化】
【魔力感知】【炎の申し子】【精神能力強化】
〈フレイム・アロー〉〈フレイム・チェイン〉〈クリムゾン・ハンマー〉〈クリメイション〉〈サーマル・センサー〉〈ソーラー・ゲイン〉〈ソル・フレア〉
奴隷(主人:サトコ)》
私は知りません。
【炎の記憶】も【魔力強化】も【炎の申し子】も。
魔術はすべて見えていましたが、スキルが半分ほども見えていませんでした。
ていうか最後の項目で私の本名、見えてるじゃないですか!
「色々とわかったことがあります。嫌な命令を出してすみませんでした」
「いえ……それで何が分かったのでしょうか?」
「まず私が偽名を名乗っていたことがバレバレだったことです」
「は? 私に偽名を名乗らせたのと同じような理由で偽名を名乗っていたのではないのですか?」
「いえ。なんとなく本名を知られたら危険かと思って咄嗟に偽名を名乗ることにしたのですが……まさかリナリーのステータスに書いてあるとは思いませんでした」
「では私のステータスは全て見えていなかったのですね」
「そうですね。私が知らないことは見えない、といったところでしょうか。私が知っているスキルしか見えていなかったんですよ」
恐らくはゲームの仕様にないような、この世界特有のものは見えないのでしょう。
ただし私が見たことのあるものや知っているものは例外です。
【魔力感知】と【魔力操作】が見えていたにも関わらず、【魔力強化】が見えなかったのは、単に私がその存在を知っていたかどうかの違いしかありません。
「知らないスキル、知らない情報は見えないらしいです。恐らくは魔族ということは分かっても、その中の具体的な種族のことを知らないから私では読み取れなかったのでしょう」
「では今なら、少なくとも鬼人族と人狼族は見分けられるのでしょうか?」
「多分、そういうことだと思います」
「スキルが全て見えていなかった事は分かりました。魔術は見えていたのですか?」
「ええ。そちらはすべて見えますよ」
「それは……おかしいのでは?」
私が知らない情報が見えないとするならば、スキル同様、魔術が全て見えるのはおかしい、というのがリナリーの主張でした。
しかしそれは違うのです。
実は私が開発に携わっていたゲーム『闘争のロストグリモア』には魔法をユーザーが自由に創り出すという仕様が目玉になっていました。
だから魔法に関しては名称も効果も千差万別、ステータスにある魔法は効果不明だけれども名称はすべて表示されるようになっているのです。
「魔術は別です。効果が何であれすべて私には見えます。それは【デバッグツール】というスキルの性質なので、理屈に合わないように見えてもそうだとしか言いようがありません」
「そうでしたか……」
さてそうなってくると情報が欲しいですね。
「リナリー、本かなにかありませんか。魔族の一覧が載っているようなもの。あとスキルの一覧も欲しいのですが」
「魔族の一覧ですか……普通の本屋には売っているかは分かりません。スキルの方はそれこそ王宮の図書館にしかないと思います」
「ふむ? 王宮の図書館ですか……」
「ええ。しかしロスマン王国にせよ、この国……王都がイライロンナッハと聞いてようやく分かりましたがミラン王国にせよ、王宮図書館に入るにはそれ相応の身分が必要になります」
「見張りなどはどうでしょうか。忍び込んだらバレますか?」
「ロスマン王国では司書は図書館に寝泊まりしていますから、物音を立てたり灯りを使えば見つかるかと」
「なるほど……では灯りを用いずに夜目を得る魔術や、物音を消し去るような魔術があれば、入り込めそうですね」
「なるほど。ないでもないですが、……まさか長距離転移ですか?」
「座標はうろ覚えですが、やる価値はあります。今後もステータスを見る度に、見えていない項目を警戒するのは馬鹿らしいので」
「しかし暗視の闇魔術〈ナイトサイト〉はともかく、物音を立てない風魔術〈サイレント・ムーブ〉は犯罪目的につかわれることを警戒してギルドでは取り扱っていません。低級ながら禁術のひとつです」
「それ、覚えるにはどこに行けばいいですか。王宮にありそうですか?」
「……確かに。ありますね、王宮の禁書庫に」
「ではまずそこを目指しましょう。ロスマン王国の王宮ならばリナリーも詳しいでしょう?」
「禁書庫の場所なんて知りませんし、見張りがいてもおかしくはないと思います。現実的ではありません。それに私は暗視の魔術を使えませんよ」
「むう、そうでした。リナリーは炎しか使えませんものね」
では私ひとりでなんとかしますか。
転移を繰り返せばなんとかなるでしょう。
しかし早くしなければ。
出発は明後日の早朝なのです。




