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「はじめまして、傭兵のサトミです」
「同じく傭兵のリナリーです」
私たちが泊まっている宿よりも貧相な安宿に、シスター・イルマとその護衛エステル・フォードは滞在していました。
なんというか掃き溜めに鶴というか、もっとグレードの高い宿に泊まれそうな雰囲気のあるふたりです。
身ぎれいにしているし、身につけている服や防具、装身具も質の高いもののようで、こんな宿では危なっかしいのではないかと要らぬ心配をさせられてしまいます。
もしくは護衛の神殿騎士さんが強いのかな?
私はまだ【魔力感知】で人間の魔力を測ったりはできませんが、【デバッグツール】のオブジェクト探査によりステータスを閲覧することができます。
なので本来、人には見えないステータスを見ることができるのですが……。
ほほう、これはこれは。
トラブルの匂いがしますねえ。
確かに騎士エステル・フォードは腕のいい槍使いで、レベル35とかなり強いです。
しかし問題はシスター・イルマ。
種族は魔族、スキルには【神託】と【人化】というスキルが並んでいます。
スキル名からすると、【神託】は神様からのメッセージを受け取るものだとして、【人化】は外見を人間族に変化させるものでしょう。
少なくともただの修道院のシスターではありませんね。
「ふむ。傭兵ギルドからの推薦状には目を通した。ふたりともFランクだが腕前はランク不相応に高く、将来性もある、と」
「私はともかくリナリーの魔術の腕前は確かですよ」
「君にしたって将来有望な魔法剣士とあるが」
「そんなことまで書かれているんですか……」
受付嬢さん、ちょっと盛りすぎじゃないですかね?
「女性だけ、という条件を満たせる傭兵がそもそも少ないというのは知らなかったな。貴人を守るのに女性の騎士がいるのは当たり前のことだったから、傭兵もそうだと思いこんでいたようだ。私たちにはもう選択肢もないし、推薦状を持たされた君たちを疑う気もない。どうか依頼を受けて欲しい」
「もちろん依頼を受けに来たんです」
「ああそうだったな。では早速、仕事の話だ。イルマ様を王都イライロンナッハまで護衛してもらいたい」
「王都ですか。そこへはどのくらいの日数がかかりますか?」
「そうだな。順調に行けば2週間程度の旅路だ」
結構、離れていますね。
いきなりの仕事が2週間の護衛依頼というのは、ハードルが高いように思えますが、そもそも新規登録のときに注意された通り、腕に自身のある者が登録する傭兵ギルドですから、Fランクの仕事がこの難易度というのは当然なのかもしれません。
「分かりました。2週間の間の食事、野営の支度などはどのようにしましょう?」
「物資はこちらで用意する。荷馬車をひとつ用意するので、それにすべて積み込む予定だ」
「なるほど、了解です」
きっと美味しくない保存食などを食べるハメになることでしょう。
これは屋台などで料理を買い込んでインベントリに保存しておくべきでしょうね。
ふと視線を感じたのでそちらを見ると、シスター・イルマは真っ直ぐにこちらを見ていました。
吸い込まれそうになる美しい空色の瞳、薄い金髪に白い肌。
14歳の美少女ですが、この姿が【人化】スキルによるものだとしたら、正体の魔族はどのような容姿なのでしょうか。
視線を騎士エステルに戻し、事情を伺いたい気持ちを我慢して、仕事の打ち合わせに集中します。
基本的には事前に聞いていた通り、護衛のプロフェッショナルであるエステルさんの指示に従うことが求められました。
当然これには文句はありません。
戦闘能力はあれど、護衛に関してはこちらふたりとも素人ですからね。
「何か質問は?」
「あのエステルさん。シスター・イルマは修道院の決まりで男性と接触を避けるという風に聞いていますが、どの程度の接触まで許されているのでしょうか」
「基本的には口もきかない。肌を触れることも禁じられている」
「へ? そんなに厳しいんですか?」
「だから女性のみの募集をかけたのだ」
「なるほど、納得です」
ふむ、もしかして【人化】は男に触れたりすると解けたりするのでしょうか。
いや、【人化】以外にも何か理由があるのかも知れませんが、修道院の規則とは思えません。
これが修道院内における規則ならばともかく、街に出てきた修道女に課せられるには無理がある内容です。
打ち合わせでは護衛は必ず誰かが行うこと、夜も交代で眠ることなど、妥当な指示を受けました。
しかしながらシスター・イルマの正体のことを思うと、護衛が騎士エステルひとりでは出発できなかった、とも考えられます。
つまりなんらかの妨害勢力が確実に存在し、襲撃を受ける可能性が高いということです。
……情報不足ですね。
あくまで私の想像にすぎません。
ただ事実としてシスター・イルマは魔族であり、2週間の旅路をレベル35の騎士ひとりでは守りきれないと判断しているというだけで。
さて、後でリナリーに魔族について聞いておきましょう。
せめて仲間内では情報共有しておきたいですからね。




