13
傭兵ギルドの朝は早いのです。
依頼ボードの前には人だかりができており、実入りの良い依頼を我先にと奪っていきます。
とはいえ私たちはFランクなので、そもそも選べる余地が少ないのですが。
そんな中で、ひとつの依頼をリナリーが取ってきました。
はい、私は後ろで見守っているだけでしたよ。
「サトミさん、これなど如何でしょう?」
「どれどれ。ええと、……女性の護衛依頼ですか。傭兵のランクは問わず、ただし女性のみと。なるほど私たち向けですね。問題はFランクでも納得してくれるかですが」
「ランクは問わず、とあるので大丈夫では? そもそも女性の傭兵は数が多くありません」
「そうですね。女性だけの傭兵パーティも少ないでしょう。よし、受けましょう、この依頼」
「では受付に行きましょう」
ふたりで受付に並びます。
女性ふたり組という組み合わせが珍しいというか、そもそも新顔なのでチラチラ見られますね。
ちなみに私は初日から剣士装備ですが、カタリナは着の身着のままで来たので宮廷魔術師のローブに短杖を腰に下げているいる魔術師ルックです。
ふたりとも若い女性ではありますが、外見だけならちゃんと武装した傭兵に見えるはず。
何も問題はありません。
だというのに、「おいおい、いつから傭兵ギルドは女子供に仕事をさせなきゃならねえほど落ちぶれたんだ?」とその場にいる傭兵たちに聞こえるように声を上げた馬鹿がひとり。
馬鹿は30歳前後の男の戦士でした。
パーティメンバーは「おい、よせよ」と止めに入っているところを見るに、トラブルメーカーのようですね。
「……チ。だんまりかよ」
ツカツカとブーツを鳴らして歩いてきます。
喧嘩を売られているのは分かりますが、買っていいのかどうか判断がつきません。
「リナリー、この場合は買っていいものなの? それともギルドの受付に相談すべき?」
「聞いた話によれば、傭兵同士の揉め事があった場合は当事者同士で解決を図るのが第一で、まとまらない場合にのみギルドが仲裁に入るという話だったかと。少なくとも魔術師ギルドはそういうルールでした」
「ということは買っていい喧嘩というわけですか……」
のんきな会話に周囲の傭兵たちが好奇の目を向けてきます。
楽しい趣向になるのか、ならないのか?
彼らの日常にちょっとしたスパイスを提供するのも悪くはないでしょう。
「いい度胸だ。買ってくれるなら売るのもやぶさかじゃねえが、……喧嘩になるといいなあ?」
「なりますよ。ほら」
私は剣を鞘ごと抜いて、魔術を唱えました。
「我が魔力5を捧げる。我は疾く動く〈フィジカル・ブースト〉」
敏捷に魔力を注ぎ、こちらから踏み込んで鞘の先端を男の胴体に突き込みます。
「ごあっ!?」
革鎧の上からだったので派手にノックバックしたうえに、ちょうど胃の真上辺りに強い衝撃を受けた男は、膝をついてえずいています。
あー汚いですね。
男の朝食が床にこぼれるのを無視して、列に戻ります。
ただでさえ敏捷が2倍になる鎧を身に着けているところに、駄目押しの〈フィジカル・ブースト〉ですから、油断している傭兵相手では回避も防御も咄嗟には不可能でしょう。
電光石火の一撃に、周囲の傭兵の表情が変わりました。
女子供だと思って侮っていい相手ではない、と判断したようです。
男の味方をする者はおらず、パーティメンバーも彼を介抱こそすれ、私たちに頭を下げている始末。
「これで当分、舐められることはないでしょう」
「さすがサトミさん。わずか数日でよくぞそこまで上達しました」
リナリーの一言が周囲の物議を醸します。
わずか数日で、とは一体なんのことだ、と。
私たちの会話にあからさまに聞き耳を立てている周囲を無視して、遂に受付の順番が回ってきました。
「驚きましたよサトミさん。この前、新規登録したときはレベル1だったのに、Dランク冒険者のハイアットを一撃で倒すなんて……」
それを聞いた周囲の傭兵たちが今度こそ目を剥いて私に視線を向けました。
そんな見ても何もないですよー。
「訓練場の教官殿の教えが良かったもので。後は魔術の才能があったのも大きいですね」
「そういえば聞いていますよ。属性が多いとかで、魔術師ギルドは騒然となったとか」
「傭兵ギルドにも噂が届きましたか。まあそんなわけで魔術も使える剣士として鋭意、努力中です。あ、この依頼を受けたいのですが」
「はい、確認します。……ああ、これですか」
「女性のみ、ランク不問とありますが、Fランクだとやはりマズいですか?」
「いいえ。おふたりの実力なら何も問題はありません。その旨、ギルドの方から一筆したためましょう」
「そこまでしてくれるんですか?」
「女性のみ、という条件が厳しくて依頼を受けられる傭兵がいないんですよ。これを逃すと当分、依頼を受けてくれる傭兵が現れないとも書きますので」
「なるほど、後は依頼人の判断というわけですね。……それで依頼人はどういう方なんでしょうか」
「はい。別室にて説明させていただきます」
受付嬢さんは代わりの人をカウンターに立たせて、私たちを奥の狭い会議室のような場所に案内してくれました。
「依頼人の素性を話すときはいつもこういう場所で行うんですか?」
「いいえ、今回は特殊な依頼なので」
「……私たち、護衛は初めてですよ? 大丈夫ですか」
「そこは大丈夫です。戦えればそれで。護衛中の食事や野営については依頼人側である程度は準備されているという話です。だからランク不問なんですよ」
「そこまでできるということは、それなりの地位にある人なんでしょうね。どうして専属の護衛なり雇わないのでしょう」
「一応、護衛はひとりいらっしゃるのです。ただひとりだけなので、野営のときの見張りなど交代要員が必要との判断ですね。あ、依頼主は修道院のシスターです」
「修道院……ということは男子禁制ですか? 更に修道院の外でも男性との接触は控えなければならないとか?」
「まさにその通りです」
なるほど、女性だけの傭兵を求める理由は理解できました。
「依頼人であるシスターの名はイルマ様。護衛は神殿騎士のエステル・フォード様です。おふたりは騎士エステル様の指揮下に入ってもらうことになります」
「こっちは素人ですから、分かっている人がいるなら従いますよ」
「それを聞いて安心しました。それではギルドの方で書面を整える時間を頂きますので、1時間後に受付にお越し下さい」
「分かりました」
1時間を街の露天で買い食いしたりしながらブラブラ過ごして、傭兵ギルドで推薦状を受け取った私たちは早速、シスター・イルマの滞在している宿に向かいました。
 




