約束
10話
「なんだ……あれは? あれが生き返りに必要な道具とでも言うのか?」
おそらく一番の衝撃を受けているクラウドがロボットに向けて一言。どう見ても道具というよりは兵器だ。
「冗談じゃない。趣味にしたって巨大すぎる」
異世界にあれほどの資源があるとは思えない。英雄の遺産よりも、戦略兵器の方がシックリくる。
『天使の残党を発見。これより殲滅します』
機械的な音声がロボットの頭部辺りから聞こえてくる。それも日本語で。ロボットは砲身を街へ向け、砲身の先に光が集まる。
「全員、伏せろ!」
アレクの警告はロボットの発射音にて遮られる。ロボットは眩い光を打ち出し、街へ着弾する。そう思われたのだが、光はあらぬ方向へ飛んでいく。
なぜ光が逸れたのか。それは弾を発射したことによる反動のせいだ。光は街から離れ、山に着弾した。
まるで噴火のような火柱を上げ、肌が焼き付くような熱風が街に襲いかかる。
誰もが息を飲み、ロボットの強大な力に釘付けだ。
つかの間の静寂のあと、人々がいる方向から悲鳴が上がる。
その悲鳴は人から人へ伝染していき、慌ただしいパニック状態になる。誰しものが冷静ではいられない。山を消し飛ばすようなものが街へ着弾しようものならどれだけの被害出るかわからない。
「違う。私はこんなことのために、こんなことのために五年を費やしたのではない」
絶望に染まり、肩を落としたクラウドはロボットから目を離せない。いくら反動があるといっても数を撃てばおのずと街に被害出る。
「アレク! これはどういうこと!」
今まで姿をくらましていたクルスがロボットの出現に合わせて合流した。
「どうもこうもない。あの魔法陣から破壊兵器が降って来やがった。天使の殲滅だとか言って無作為にな」
「やっぱりあの石碑は罠だったか。都合が良すぎるとは思っていたけど、まさか兵器とは」
「第二射。来るぞ!」
ロボットの砲身が再び光を灯す。アレクもクラウドもリネも満身創痍。サナもどうしたらいいのかわからずオロオロしている。
止められない。自分の能力の不便さにアレクは舌打ちする。
「こんなこともあろうかと、ある準備をして来たんだ」
クルスが指を鳴らすと立っていられないほどの揺れがソウルの街を襲う。揺れの震源地。クラウドの家一帯がさながらアリ地獄のように崩落した。
それと同じくしてロボットの砲身の明かりが小さくなっていき、完全に消えてしまった。
「おいクルス! お前何をしたんだ!」
「この尋常ではない揺れ。一体どうやって」
「サナちゃんからトリケンさんの家の地下から遺跡に続く通路を教えてもらったからね。遺跡をありったけの爆弾で破壊した」
あまりにも雑な破壊工作に全員が絶句する。おかげでロボットの攻撃を阻止できた訳だが、素直に褒めることができない。
「あれだけ大きいんだ。外部から動力を供給しないと撃てないし動けないはずだ。じゃあ動力はどこにあったと言うと、英雄の遺跡しか考えられない。見る限りでは拠点防衛用だしね。けれどどうしてまだ動いている」
現在進行形で絶句中の皆の反応を気にせずクルスはロボットを分析していく。ロボットは砲弾を撃てないとわかるといなや砲身をパージ。
無理に動力源を破壊したせいかロボットの調子がおかしい。ツインアイが赤く染まり、あちこちから無理を訴えるように火花を散らす。
「まだ……動くつもりなのか?」
「自爆装置とかついていないよな」
「それは、わからない」
身体中のハッチから小さな砲塔が伸び、見境なくロボットは辺りを攻撃する。
放たれる弾は魔装銃の弾とよく似ている。光線が飛び交い、建物や地面に当たると小規模の爆発が起きる。長距離砲のような破壊力はないが、それでも町を破壊するには十分な威力だ。
周りの建物が次々と煙を上げて崩落。その場に停滞していれば被害は抑えられたが、ロボは移動を開始した。よりにもよって避難している人達の方向へと。
日本語の音声はない。これは暴走だ。
「大量破壊兵器が! クルス。今すぐに案を練ろ。でないと多くの人間が死ぬぞ。それどころか自爆でもしてみろ。どれだけに被害が出るかわからない。最悪ここら一体が吹き飛ぶぞ」
「どうにかって。ちょっと待って。今考えるから」
頭に指先を当ててクルスは策を練る。ロボの燃料切れを待つのは論外だとして、自爆や爆発の危険性があることから遠方からの魔法で止めることもできない。
安全に、それでいて二次被害を防ぐ。
そうなると白桜による特攻しかない。しかし、これはあのロボットの装甲が魔石などによって作られていると仮定しての賭け。それにあの弾幕の嵐を回避しつつ接近しなければならない。
「誰か僕にソウルの地図を!」
「わ、分かりました!」
サナが地図を探しに民家の中に入って行く。
「アレク! 動けるか?」
「今の体力だと、あの弾幕を回避出来そうにない」
万全の状態でも至難の技。今のアレクが突貫しても撃ち落とされるのはアレク自身がよくわかっている。
「ならば、私の体を使ってくれ。事の責任は私にもある。どうか手伝わせてくれ」
リネの傷も浅くはなく、弾に直撃すれば命の保証はない。いや、どちらにせよあのロボットを止めなければ全滅する。
「持ってきました!」
サナはカムイで身体能力が上がった体を急かして地図を取ってきた。それをクルスは奪い取って地面に広げ、ロボの砲門の箇所や角度を計算してルートを検索していく。
「君は一体何を考えているのですか?」
「あのロボに機動戦を仕掛けます。ハングルさんはアレクをおぶって今から導き出すルートであの兵器に接近して下さい。アレクはハングルさんの上でベルバルザーを使って姿勢制御。僕が進行上の弾に向かって狙撃します」
瞬く間に作り上げたルートをリネは確認する。どうにかしてアレクを、いや、白桜をロボットに届けなければならない。
「あの、あれに突っ込むんですか?」
震える指先をサナはロボットに向ける。ロボットは避難した人々の方へと進行している。弾幕が厚いせいで周りの建物は瓦解している。
「ああ。この距離から白桜を投げても当たらないからな。クルス。筋肉のせいでおかしくなったベルバルザーの調整を頼む」
「怖く……ないんですか?」
「……どうしてだ?」
「あれだけ弾が飛び交っているところに突っ込むなんて、無謀ですよ! 死んで……しまいますよ」
勝算は限りなく低い。死にに行ってこいと言われているようなものだ。罪滅ぼしのリネはともかく、戦う理由が浅いアレクがなぜ向かうのかがサナにはわからない。
「それでも、行く。俺一つの命でどうにかできるのなら安いものだ。あれを破壊すればそれなりに讃えられるだろうからな。まあどうせ俺は死ねないが」
自分のことなのに他人事。
歪んでいる。人間として、心を持った生き物として、間違っている。けれどこれがアレクなのだ。
そんなアレクにサナは怒気をはらんだ声を上げる。
「自分の命を大事にしない人なんて、大っ嫌いです! たまにクラウドさんが私に向けて来る目と一緒で大っ嫌いです!」
「え⁉︎ 私に貰い火ですと⁉︎」
「嫌いだからどうした。それで何か変わるわけでもない」
「変わります! えっとその、私が変わります!」
まるでアレクの代わりのように泣き出すサナ。これにはアレクもどうしていいかわからずにクルスに目でコンタクトをとるも、肩をすくめる。
「もういいです! 言っちゃいます! 今のアレクさんは格好悪いんです。情けないんです!」
「や、やめろ⁉︎ 痛いから! 傷が開くから⁉︎」
泣きながらポカポカとサナはアレクを叩く。その拳に威力こそないが、開いた傷に直撃して余計なダメージを増やす。
具体的には出血量が増えるくらいには。少しイチャイチャしているように見えてクルスは二人の間に割って入る。
「アレク。サナちゃん。話はあれを止めてからだ。クラウドさん。あなたも協力して頂けませんか?」
「ハハ……。もう私は何もできない」
壁にもたれかかり、クラウドは苦笑しながらうなだれている。まるで今までの自分の努力へ嘲笑するかのように。それもそのはず、たった唯一の希望が崩れさってしまったのだ。
活気あった瞳はどす黒く染まり、今にでも生気が抜けて逝ってしまいそうだ。
そんなクラウドにアレクは正面に立つ。主にサナから逃げてきたのだが。
「お前のやったことは黒い鳥と同じだ。かわいそうにな。お前の考えなしの行動で多勢の人間が死ぬ。そして、またお前のような人間が生まれる。自分のやったことぐらいのツケは払え。そんなこともできないのなら、お前は化け物以下だ」
クルスの持っていたもう一つの魔装銃をクラウドに投げ渡す。これで動かないのならそれまでの人間だっただけだ。仮に想い人を生き返せたとしても守ることなんて到底無理だ。
「私は……」
黒い鳥と同じよな扱いは心底嫌だったのだろう、クラウドの瞳に、僅かばかりの光が宿る。
「あんなものと一緒にしないで下さい」
クラウドは傷だらけの体を気力で動かし、立ち上がる。
「自分のケツくらい、自分で拭きます」
クラウドも戦線に参加する。心許ないがいないよりはマシだろう。
「あの、私も参加させて下さい!」
声を震わせサナは緊張した面持ちで話を持ちかける。呼吸は荒く、どう見ても戦える状態ではない。それもそのはず、サナはまだ少女なのだ。怯えないはずがない。
「サナちゃん。無茶言わないで。君がいても足手まといになるだけだ。それに、そんなに怖がっている子を連れて行くのは無理だ」
自分の出した魔法陣の上でも転ぶようなサナだ。もし特攻中に転けようものなら誰も助けることができない。
それに誰が見てもわかるぐらいに顔色が悪い。
いや、これが普通の人間の反応なのだ。リネはともかく、アレクのように死に無頓着でもない。
「怖いです。今すぐにでも逃げ出したいです。けど、けど何もできないなんて嫌です! あと私は今の情けないアレクさんよりも役にたちます!」
弱くて、馬鹿で、でもまっすぐなサナは勇気を持って宣言した。誰かを救いたいと。
それは彼女らしい願いで、それでいて途方もなく無謀なことだ。情けないと言われたアレクは特に反論しない。
「もし大怪我を負っても僕が治すから。絶対に死なせないよ」
「サナさん。もし少しでも危険だと思ったらすぐに安全な場所に避難して下さい」
「カムイ。申し訳ないがその力、今は頼りにさせてもらう」
アレク以外の三人がサナの勇気を認めた。
しかし、アレクだけは認めなかった。
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接近中に振り払われないようリネがおんぶする形になり、念には念をとロープによって繋がっている。いつでもアレクが分離できるよう、リネにはナイフを渡している。
「あの巨大兵器がいつまた強力な攻撃をしてくるかわかりません。けれど私たちは運がいい。多方面の弾幕のおかげで随分と接近が楽なのですから」
ロボットの弾幕が一箇所でないおかげで接近することそのものは難しくない。ただ人為的ミスやチャンスがほぼ一回しかないという点から息苦し雰囲気が続いている。
クラウド、リネはクルスの治癒魔法によって傷は塞がっているが、アレク同様体力は回復していない。
急ピッチで行われているベルバルザーの調整が済み次第、突撃を行う。
「ふぅ。ふぅ」
サナは何度も深呼吸を繰り返しているが落ち着いてはいない。
それも当然だ。最悪、止められず無駄死にする可能性だってある。
「僕、生きて帰ったら結婚するんだ」
「そういう決意を語って生きて帰ってきた者を、私は見たことがない」
傭兵を稼業としてきたリネのセリフは説得力と現実の厳しさを物語っており、クルスの血の気が減る。
「不吉なことを言わないで下さい!」
「そうは言いますけど、クルスさんは結婚する人がいるんですか。その……私ぐらいに小さいのに」
「いるさ! この世のどこかにきっと! 巨乳で、体型が小柄で、お兄ちゃんって言ってくれる嫁が!」
「ふむ。私の姫……いや。想い人のような体格ですね」
「え⁉︎ クラウドさん。あなたって実は幼女好きだったりします?」
「好きになったのが幼女だっただけです」
ここにきてクラウドとクルスが熱い握手。変態同士は、やはり気が合うのだ。そんな二人に苦笑いのリネ。
「も、もしかしてクラウドさんは私をそういう目で見ていたんですか?」
「ち、違います! サナさんはアルデリカ姫によく似ていましたが、決してやましい気持ちなど。なぜなら、サナさんは胸が全く無いじゃないですか!」
「そうだそうだ!」
クラウド、そして便乗したクルスを問答無用でサナは殴った。もちろんカムイの付加ありで。
悶絶する二人にサナはいかに貧乳が巨乳より優れているところを力説し、三人のやり取りをリネははしゃぐ子を見る父親の目で見ている。緊張の糸はどうにか緩んでいる。
ロボットの眼前でなにをやっているんだというものだが、緊張で固まってしまえば元も子もない。そういうことを含めてクルスは和らげようとしているのだ。
「アレクさん! 酷いんですよあの二人。……あの……聞いてました?」
休んでいたアレクにサナは問いかける。本当は聞いてはいたがアレクにはあの空気に入ることはできない。
「逃げたかったら逃げてもいい。誰もお前のことを攻めはしない」
どれだけ言葉で飾ろうと、クルスたちが緊張をほぐそうとも、サナの震えは止まっていない。
サナ自身が一番よくわかっているはずだ。ここから逃げ出したいと。
「飛行船の時のように、もし何かあっても俺はお前を助けることはできない」
体は言うことを利かず、最悪ロボットと相打ちになる可能性がある。
「あの。今日が終わったら……何もかもが終わったら、できればでいいんですけど……一緒にご飯食べに行きませんか?」
その死亡フラグはアレクによって回収されることになるわけだが、わざわざ自分からフラグを立てるとは。
「俺は自分で作る派なんだ。だからお前のお願いは聞けない」
「だったら私の料理を食べてくれませんか! 料理なら自信があるんです」
「約束はしない主義だ。守る自信もない」
「じゃあ約束しましょう。大丈夫です。アレクさんは私が守ります」
「お前、人の話はちゃんと聞け」
いろんな出会いはあったとはいえ、アレクを守るだんなんて馬鹿なことを言ったのはサナが初めてだ。嬉しいか嬉しくないかで言えば、多分嬉しいのだろう。それを口には出さないが。
「アレクさん。私、アレクさんに会えたこと、絶対に後悔しませんから。だからアレクさんも自分のこと、好きになってなんて言っても聞いてくれないですから、マシに思えるように私、頑張りますから」
「どうしてそこでお前が頑張るんだ」
「約束がありますから!」
約束がある。けれどそれはとても難しい注文で、今日で終わりかもしれない。リネやクラウドも協力してくれるとはいえ満足に動けるのはサナだけだ。
本当に今日が最期になるかもしれない。
「サナ。もし俺が死んだら。お前は悲しむか?」
「そうさせたくないから、私は行くんです」
そう笑う少女は、やはり眩しかった。