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化け物

 魔法。それは体内の魔石を活性化させ、魔力を生み出す。その魔力を空気中の魔力と結合することで大いなる事象を呼び起こす恵みの力。


 人類の繁栄をもたらすために生まれた技術だが、それと同時に人類を滅する力も秘めている。


「クラウド! リネ、お前最初からこれを

狙って!」


 片腕を失ったことにより、アレクはバランスを崩す。けれども無理やり体を壁に押し付け、どうにか膝をつくのだけは防いだ。


「いや、断じて違う。私はこのようなことは聞いていない」


「だったら、どうして俺の腕だけをやれた。ピンポイントで狙うなんてどれだけの神業だ」


 建物のせいで直感が機能しなかった。アレクの直感はあくまで人物の存在を察知するもの。なので遠距離、それも実態があやふやな魔法とは相性が悪い。


「別に神業でもなんでもないですよ。ただ窓から立ち位置を調整して魔法を使ったまでです。こちらとしては殺す気満々でしたんですけどねぇ」


 楽しげな足取りでクラウドが近づいてくる。それもそのはず、ついにクラウドの悲願が達成されようとしているのだ。


 しかも、武器のないアレクに追い打ちの片腕の損失。一度撤退をする必要がある。


 家から脱出しようとするアレクにリネは肩を貸す。


「リネのおっさん。これはどういうことだ」


「一人の友人として、私にはクラウドを止める義務がある。そして考えを改めさせてもらったアレク殿を見捨てられるものか」


 勢いよく二人で外に飛び出す。が、リネの足にツタが絡まり足元を取られ、二人して地面を転がる。


 いくらタフだと言っても腹部に切り傷を負ったリネにも限界が来ていた。


「リネさん。あなたはどっちの味方ですか。人間の倫理観を犯してでも必ず叶える。そう誓い合いましたよね」


 アレクの腕を拾い、杖をリネの足元に向けている。人間は魔法を使用する際、必ず手首から極小の魔力を放出する。その進行方向を手助けするのが杖の役割だ。


「クラウド。事はそう単純ではない。私では説得力がないのかもしれんが、私には生き返った者を幸せにする自信がない」


 アレクは無くなった腕の部分を抑えつける。リネの心変わりの速さが意外だ。王都を敵に回す覚悟がありながら、自分のエゴを突き通せない。


 彼には家族を守れなかった事実がある。だからこそアレクの言葉が身に染みたのだ。そんなリネを、クラウドは一蹴する。


「それがどうかしたんですか? カルメライさんの言葉にサラッと流されてあなたはそれで満足なのですか?」


「そう言いたいわけではない。アレク殿は、想像以上に悲壮な」


「それがどうしたというのですか。カルメライさんはそうだったかもしれませんが、よく考えて下さい。私達の世界は転生者によって歪められたのですよ。たかだか一人の不幸など取るに足らない」


「しかしクラウド。それがあり得る話なのだ。だからこそ私は、守れる勇気と自信がない」


「ええあなたはそうでしょうね。けれど私は違います。何があっても、どんな苦難でも、それこそ全人類を敵に回してでも私はアルデリカ姫を幸せにしてみます」


 アルデリカ姫。それがクラウドの想い人なのだろう。やせ細っているはずのクラウドが大きく見える。確固たる決意を持った人間は余程のことがない限り折れはしない。


「そのために、あなたには死んでもらいます。あのおかしな剣で術式を破壊されては困りますからね」


 ただでさえ満身創痍なのに、ベルバルザーも白桜もない今のアレクでは抵抗のしようがない。


 クラウドの杖の先から燃え盛る火の玉が発射された。よりにもよって火、これは死んだ。まだまだアレクの目的は達成されていない。けれど、どこか満足そうにアレクは目を瞑ろうとしたその時、つい先ほど耳にした声がアレクに届いた。


「クラウドさん! 止めて下さい!」


 アレクは笑みを消し、声の方向。上空へと目をやる。青を纏いし少女がアレクの目の前に着地し、火の玉を爪で消し去る。


「まったく、まるで待っていたと言わんばかりの登場ですね。できれば避けて頂きたいのですが」


 サナの参戦により、クラウドが圧倒的に不利になった。細身のクラウドがカムイを纏ったサナに勝てるわけがない。サナはクラウドの話を無視してアレクの元へ座る。


 無くなった腕を見てサナは泣きそうになるほど表情が崩れる。


「大丈夫ですかアレクさん⁉︎ 腕が!」


「片腕を無くして大丈夫と言う奴がいるか。今は感覚が麻痺して痛みはないが、後で地獄を味わうな」


 痛みのことを考えるとゾッとする。片腕損失の痛みは気絶してしまうかもしれない。


「サナさん。あなた魔法に対しては最強ですけど、ある一定以上の痛みに襲われると気絶するじゃないですか」


 クラウドは懐から銃身の長い銃を取り出しサナへと向ける。サナは大きく手を広げてアレクの前に立つ。絶対に守ってみせる。そんな力強さがこの小さな背中から感じ取れる。


「だ、大丈夫です。多分」


 けれど自信はないようだ。いくらチート能力を持っていてもサナは平凡な少女だ。


 勇気を持ってアレクの前に立ってくれたことを感謝しよう。


「クラウド。そこまで生き返りにこだわるのなら、どうしてサナのカムイを使わなかった。人を不死身にする力だろうに」


「カムイはサナさんの命を繋ぎ止める大事な部品です。それを取ることなど私には出来ませんよ。それに、サナさんは私の想い人によく似ていましたから」


 せめてある程度体力が回復してからではないとクラウドからは逃げられない。いや、術式を完成させるための準備は整っているのだ。


 リネが壁に寄りかかりながら立ち上がっているのが見える。逆転するにはリネとの挟撃しかない。


 そのためにはできるだけ会話を続けなければ。しかし、そんなアレクの思惑は叶わない。


「サナ殿! 足元に注意しろ!」


「へ、え⁉︎」


 リネを転ばせたツタがサナに迫る。暗い上、サナは戦闘に関してはズブの素人。ツタに足元を崩されて尻餅をつく。


 サナが転けたことによりアレクの正面が手薄になり、クラウドの銃口が光る。


「それではアレクさん。あなたとはもう少しだけ語り合いたかったですよ」


 直感が全力で避けろと叫ぶ。しかし、リネとの激戦に、片腕損失による大量出血。動けるだけの底力は残っていない。


 銃口から、死の弾丸が発射された。アレクの目にはそれがゆっくりと自分へと方へと向かってくるのが見える。


 明確な死にアレクは恐怖しない。まるでその弾丸を受け入れるように、動かない。そして、弾丸はアレクの頭へと直撃し、辺りに花弁のような血しぶきを広げた。


「アレク……さん?」


 サナは見てしまった。幸せにしてみせると誓った青年の無残な死を。その死を否定するようにサナはアレクに寄り添い、手を取る。


 あれだけ女性嫌いだったアレクの手を取っても起きる気配はない。そこで初めてサナはアレクが死亡したのだと理解した。


「どうして、どうして撃ったんですか! アレクさんは、アレクさんは!」


「恨んでくれて結構。私は目的のためなら、他人の人生などいとわない。それがたとえ、誰かを悲しませるようなことになったとしても」


 クラウドは何度もアレクに銃弾を撃ち放つ。念には念を。ピクリとも動かなくなったことを確認する。


 その後クラウドは杖をペンのように振るい、空中に円を描く。これが石碑に書かれてあった術式。


「ようやく、ようやくこれで第一段階へと進む。さあ英雄の力よ。今こそ力を貸しなさい!」


 クラウドは円の真ん中へとアレクの腕を投げ入れる。すると円の中に剣と盾が交差した紋章が刻まれる。この紋章こそ、英雄と、その仲間達が掲げた正義の印。神と決別した人間の強固な意志。


 その紋章はまるで太陽のように光り輝き天へと登っていく。その紋章は多くの人を魅了する。誰もが指差し、注目する。祈りを捧げている者すらいる。


 神々しく、それでいてどこか懐かしさを感じる光に、リネも、アレクの死を直面したサナでさえも釘付けになる。


 誰しもが空中に浮かぶ紋章に魅入られている。否、ただ一人だけ紋章を見ていない人物がいた。


 その人物が見ているのはただ一つ。クラウドの胸だ。紋章に気を取られている今のうちにその人物は接近し、クラウドに掌底打ちを繰り出す。


「何⁉︎」


 衝撃波に似た掌底打ちは、ひ弱なクラウドを軽々と吹き飛ばし、壁へと叩きつけた。クラウドは吐血し、グッタリと壁に背を預ける。


「どうして、殺した……はずだ。それも……用心深く」


 クラウドに掌底打ちを繰り出したのは身体中の弾丸の跡が残るアレクだ。その跡は、みるみるうちに綺麗さっぱりと消えていく。


「クラウドには言っていなかったな。俺は、化け物だ。散々頭と体を奴隷だった頃にいじくり回されてな。ただの転生者が、帝になれるわけがないだろう? おかげで、今回も"生き"返った」


 無くなった腕さえも再生しかかっている。ただしサナほど回復速度は速くはない。

 アレクが接近戦に弱いという弱点を見抜いたクラウドでさえ予想できない事態だ。いや、誰が予想できようか。殺しても死なない人間など。


 それはもう人間ではない。化物というものだ。


「この化物がぁ!」


「ああそうだ。俺は化物だ。だから、技帝なんだよ」


 クラウドが落とした銃を拾おうとアレクは腰を下げたまま力無く地面に倒れた。


「アレクさん!」


「でもそこまで便利なものじゃない。無くなった体力が元に戻るまでが長いし、後々痛みに襲われるし」


 どこか他人事のようにアレクは呟く。死にたがりのアレクがなぜ自殺しないのか、それは死ねないからだ。呪いのような回復能力は魔法や魔石によるものではないため白桜も役に立たない。


「サナ。とっととあのデカイ魔法陣を破壊して、全部終わらせてこい」


「な、なりません! あれは希望なんです! ここで終わらせては!」


 ボロボロの体を引きずり、クラウドは魔法陣へと手を伸ばす。けれど届かない。もうクラウドにはサナを止める術はないのだから。


「わかり……ました。クラウドさん。身勝手な願いで生き返されても絶対に誰も幸せになれません」


「待ってくれ! 破壊しないでくれ! 私はあの子を生き返らせるために、今まで生きてこれた。それを失っては! 私は……」


「クラウド。あんたの野望は、終わったよ」


 サナが飛び出そうとしたその時だ。 魔法陣の光がよりいっそう眩しくなる。その光のせいか、アレクの直感が騒ぎ立てる。明確な死の直感を。


「サナ! 今すぐあれを破壊しろ! あれは、まずい!」


 魔法陣という扉からゆっくりと人型の物体が出現する。


 闇夜に光る頭部のツインアイ。体は人間の上半身そのものだが腕の代わりに砲身が真っ直ぐと伸びた大砲を装備。下半身はスカートのような下方に広がった装甲で覆われており、青い色の推進機器で宙に浮かんでいる。


 アレクは片腕を失った痛みと朦朧とする意識に耐えながら人型を見る。あれはあってはならないものだ。この世界にも。生前の世界にも。


 あれはSFに登場するようなロボットなのだから。




 


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