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転生の悲劇

 白桜を背負うアレクにリネは眉を潜める。それもそのはず、魔法を無力化するとしか聞いていないのだ。


「魔法を消滅するだけではないようだな」


「こうなるからあまり市街地での使用は極力避けている。あとでクラウドに修繕費とか請求しとけ」


 動揺するリネに対してアレクはいつものような軽口で余裕を見せる。圧倒的な破壊力を見て降参してくれれば御の字だ。


「それと、何度も同じ手が通用すると思うな」


 背後から迫る気配へアレクはふり向きざまに白桜で迎撃する。闇夜に紛れてのディートリッヒの奇襲。だが多くの戦場を渡り歩いてきたアレクの直感の前では無力だ。


 二本と一刀が激突する。誰が見ても片手で白桜を持つアレクの方が不利。しかし、白桜は破壊を体現する武器。


 ディートリッヒの剣を塵に変え、その懐に白桜の刃が届く。


「なんだよ……そりゃぁ?」


 自分に何が起こったのかを理解する暇もなく、鈍い音と共にディートリッヒは吹っ飛ばされた。


 これが魔法や魔石などを全て破壊する白桜の力。魔石文化が発達した現代。剣でさえも魔石によって作られている。よって、白桜の独壇場となるわけだ。ただし刃は鈍のため殺傷能力は低い。


「ディートリッヒ。それがお前の最期だ。正々堂々と戦ってやれなくて悪いな」


 吹っ飛ばされたディートリッヒを追撃するため、ベルバルザーの切っ先を向ける。


「そうはさせん!」


 リネの声に反応してアレクはトリガーを引いてベルバルザーを起動。ブーストで無理やり方向転換しながらベルバルザーで凪ぐ。


 ベルバルザーの刃が、ディートリッヒを守るために突っ込んで来たリネの腹部に突き刺さる。

 リネの胴体を斬り裂けば全て終わる。戦いの終局を迎えるため、アレクはベルバルザーに力を入れる。


 だが、まるで岩にでも突き刺したかのようにベルバルザーが動かない。


「ようやく。ようやくその奇妙な動きを止められる」


「この、筋肉ダルマが!」


 リネは切り裂かれながらも厚い筋肉で刃を止めているのだ。ディートリッヒを守るためではない。アレクの行動を制限するためにダメージ覚悟の特攻。


 すぐさまアレクは距離を取るためにベルバルザーを離して後退しようとするも、リネの方が一歩踏み出すのが速い。


「これで、終わりにしてみせよう!」


 空気を切り裂くリネの剛腕が、なす術もないアレクを仕留めた。その威力たるや、ダンプカーの突撃。


 アレクの視覚が、聴覚が、感覚が、飛ぶ。


 何度も地面をバウンドするも、勢いが衰えない。最終的に民家の壁をぶち破ってようやく止まることが出来た。


「ハァ……ハァ……。なんだ……よ。あのおっさん。本当に傭兵か。英雄の末裔とかじゃないよな」


 たった一撃で体の大部分が損傷してしまった。左手はあらぬ方向に曲がり、流れ出る鮮血のおかげで片目が塞がってしまっている。


 袖で拭いても拭いても止まらない。アレクは民家のテーブルに体重を預けて立ち上がる。


 全身の骨が悲鳴を上げ、それと比例した痛みがアレクを襲う。身体中を駆け巡る痛みのせいで体制を崩し、床に膝を付く。


「さすがに……死ぬ……かもな。……まだだ。まだ全然認められてない」


 まだアレクの名はほとんど広まっていない。今死んだところで一部の人間にしかその死を悟られない。


 どう見積もっても生前の世界でアレクの死を悲しんでくれる心優しい人間はいなかった。兄はもちろん、放任主義の親もだ。


 どれだけ嫌われようと、憎まれようと、憶えていてくれるならこれほど嬉しいことはない。


 好きの対義語が無関心なら、嫌いの対義語もまた無関心なのだから。


「アレク殿。もういいであろう。なぜそこまで蘇生を否定する。いや、なぜそこまでする必要がある」


 腹部の出血を手で抑えたリネが壊れた壁からボロボロになったアレクを見下ろす。その瞳にはもう戦う意思は感じ取れない。


「言った……だろ。どれだけの願いや……望みがあったとしても。認めてしまってはダメなんだ」


「そこまでの傷を負って、なぜなおその信念にこだわる」


「簡単なことだ。譲れないんだよ。これだけは。俺の人生にかけてな」


 アレクは無事な右手を使って起き上がる。先ほどと比べて幾分かは落ち着いている。


「なぁ。リネのおっさん。あんたの妻と娘はどんな死に方だった?」


 アレクの問いかけに虚をつかれたように目を見開く。満身創痍なアレクの様子から軽口を言っているわけではないと悟ったリネは、しばらく口ごもる。


 そして誰かの名を呼び、伝わらないと思ったのか静かに首を振る。


「妻は病で。娘は……五年前のあの黒い鳥に……殺された」


 黒い鳥。それは五年前にパウエル王国に訪れた災厄。黒い鳥と命名された化け物が大勢の人を死にいたしめた出来事だ。

 当時技帝ではなかったアレクにもその話が舞い込んでくるほどの被害が出た。


「そう……か。……あんたは、その二人を生き返らせたいと決心させるほど仲が良かったのか?」


「いや、私は父親として二人に何もしてやれなかった。病で苦しむ妻に何もしてやれず、喧嘩別れしたままの娘に妻の死を伝えることすら出来なかった。私は、一言。たった一言でいい。謝りたいのだ」


 リネは俯き、空の手のひらを握り締める。大事な人がいないアレクにはリネがどういう気持ちなのかわからない。だからこそ、アレクは不器用なりに伝える。


 転生。いや、生き返りがどれほど辛いものなのかを。


「リネのおっさん。悪いことは言わない。今すぐ手を引け」


「アレク殿に手を出した時点で王都を敵に回しているのだ。ここまで来て止めれるものか!」


「自分の身勝手な願いで、大事な二人を不幸にさせていいのか!」


 反発的に言い返す。アレクの言葉はリネにとってまさに衝撃だった。蘇生が人の不幸に通じるとは想像していなかった。なぜならば、成り上がった転生者という先人達がいるからだ。


「リネのおっさん。一体どこの誰が、転生や生き返り後の幸せを保障した?」


「だがアレク殿は!」


「これを見てもまだ幸せ者だと言い張れるか?」


 アレクはおでこに付けたバンダナを取り外す。バンダナの下には、0243という赤い焼印が痛々しく残っている。


 リネはその数字を凝視し、固まっていた。


「それは、奴隷の紋章……」


「リネのおっさん。俺はな、この世界の親に魔法が使えない。勉強ができない。運動ができない。ただそれだけで奴隷商に売られたんだ。転生者だから成り上がった人間はいるが、それはそうなるべくしての才能があったからだ。世の中、手に入れられる人間と、そうでない人間がいるのが常だ」


 生前の世界でも親に期待を持ってもらえず、この世界でもアレクは親に期待してもらえなかった。


「俺だって最初はやり直せると思っていた。幸せに暮らせるように頑張った。だが、結局俺は何も変われなかった。誰にも期待してなんてくれなかった」


「なんと……なんと悲しい。こんなことが……」


「ああ。だから俺は、蘇生を、転生を否定する。俺のように救われない人間を増やしたくないから。あんただって、好き好んで不幸になんてなりたくはないだろ」


「しかし……」


 アレクの心の芯に住み着いた闇を垣間見たリネは動揺する。納得してしまうほどの境遇に、躊躇さえ生まれる。


 けれどまだ完全に折れているわけではない。


「転生と違って、蘇生はそれを願う人間の利己的な考えが介入する。だからあんたのせいで、大事な家族が苦しむ可能性だってあるんだ。死んだままの方が良かった。そう言われたくなければ、今すぐにクラウドを止めろ。でないと誰も救われないぞ」


 アレクの言葉はまさしく嘆きだ。絶望の中をただひたすら走り抜けた青年の懇願でもあった。


「もう、どうしようもないのか? 私は、あの二人に謝ることが出来ないのか?」


「俺と違ってあんたは家族を生き返らせたいと思うほど好いているじゃないか。人間、忘れさられなければそれで充分なんだ。誰かが悲しんでくれる。誰かが泣いてくれる。そういう人が一人でもいれば、死んだ奴は幸せなんだ」


 誰も心配してくれなかったアレクだからこその説得力。戦意喪失のリネを殺す必要はない。


 後はクラウドのみ。もう少しで終わる。息込んだアレクが立ち上がった。


「アレク殿。聞かせてくれ。転生して、良かったという気持ちはあるか?」


「ない。死んだままの方が良かったと今でも思っている。こんなことになるなら……」


 そう語るアレクの瞳は、どうしようもなく悲しげだった。感傷的な気分から抜け出すように家から出ようとした直後、風の刃とも呼ぶべき斬撃が家を貫通しアレクの腕を斬り裂く。


 宙に舞う片腕。何が起こったのかとそれを凝視するリネ。自分の腕が切り裂かれたのにも関わらず、アレクは風の刃が飛んできた方向に注目する。


 建物越しに、クラウドがアレクへ向けて魔法を打ち出す杖を向けていた。




 




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