始まりの日
自分の人生とは、なんだったのだろうか。運動も勉強も、人付き合いも上手くいかなかった。双子の兄が優秀過ぎたせいで親からは期待されず、学校でも比べられて過ごした。
認められようと、評価を巻き返してやろうと、必死に努力した。しかしその努力は実らず、一度足りとも兄に勝てることはなかった。
だから、諦めた。どれだけ頑張ったところで認められないのなら、頑張ったところで意味などない。
現実から逃げるように読書を始めた。読書をしている間は現実から。世界から隔離出来ていた。けれど、同級生の心の無い言葉や行動。馬鹿にする兄や期待しない親。
精神をすり減らし続け、それでも頑張って生きてきた。ただ一言、誰かから認めてもらいたかったから。
そんな希望は虚しく、結果、災害によって高町竜二の人生は呆気なく終わった。もし次があるとするならば、せめて大勢の人から認められて死にたい。その願いを抱え、魂は異世界へ流されいく。
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飛行船アウンバラン号の広間にて、棺桶がモチーフとなったケースに座った青年が吐き気を訴えていた。
トレンドマークの赤髪とおでこに巻いた赤いバンダナ。臆病な者なら一睨みで震え上がらせてしまいそうな目つき。細身ではあるが随所に鍛えた跡がある。丈の長いコートを羽織り、口元を押さえて必死に吐き気を押さえている。
「これだから飛行船は嫌なんだ。飛行機もこんな揺れ方なら修学旅行なんて行かなくて良かった。ハァ」
自分の言葉に落ち込んむ青年。飛行船は飛行機よりも乗客への配慮がなってなく、奇妙な揺れを起こす。文明の違いのため仕方ないが、いかに飛行機というものが優れていたかわかる。とはいっても青年はそんなものに乗ったことはないが。
「あ、あの、大丈夫ですか? これ吐く用の袋です」
大きなリュックサックを持った少女が青年に小さな袋を差し出す。青年の指先が躊躇するようにピクっと反応するが背に腹は変えられない。青年は素早くその袋を貰うと溜まりに溜まったものを袋へ吐き出した。
「あースッキリした。悪いな。気を遣って。だがもう少し距離を開けてくれ。俺は女性への対抗がないから」
「え? あ、はい」
吐き気と格闘していて気づかなかったが、この少女、中々の美少女である。太陽が反射するほどの銀髪をショートカットにしており、頭部に生えた小さな猫耳がピクピクと動いている。童顔もあってかとても良く似合っている。
大きなリュックサックのせいか本来の背丈よりも小さく見える。
「あの……その、すみません。私何かしましたか?」
青年の三白眼は知らず知らずのうちに相手に恐怖心を与えてしまう。今に始まったわけではないので慣れてもらう他ない。
「悪いな。元からそういう顔つきだ」
ある時は女性に悲鳴を上げられ、ある時は睨んでいるだのヤクザに喧嘩をふっかけられ、またある時は子供に泣かれる。
「そ、そうなんですか。すみません」
なぜか謝る少女。よく見ると少女はどこか自信なさげで目線を逸らしてばかりいる。なんだか自分を見ているようで妙な近親感を覚える。ただ青年のことを避けているだけではないようだが……。
「俺の名前はアレク・カルメライだ。そうだな……。これといってお礼は出来ないが、袋の礼だ。面白い話をしようか。俺は転生者だ」
「転生者⁉︎ ほとんどいないというあの転生者ですか⁉︎」
少女が驚くのも無理はない。この世界は転生者の存在を認めているが、実際に会うとなるとだだっ広い砂漠からオアシスを見つけるような確率だ。
存在を確認出来るのは稀だが、飛行船や武器などのアイデアの一部は転生者から来ている
「転生者ということは、その……一度、亡くなっているんですか?」
「ああそうだ。転生というのはそういうものだからな」
「……そうなんですか」
「もしかすると自分は二度目の人生があるのかもしれない。そんな甘えは捨てておけ。いいことばかりじゃない」
アレクはこの世界に初めて来た時のことを思い出す。
意識があるまま赤ん坊になるという世にも奇妙な体験から始まり、魔法という元の世界と異なる文化へ接触する興奮。
この世界の者は体内に魔石というものを精製できる器官があり、その魔石のおかげで魔法という物理法則を無視した事象を使えるのだが、転生者はその器官が備わっておらず魔法を使うことができないのだ。
なぜこのようなことになるにかと言うと、転生する際に体にあった魔石とそれを生成する器官を犠牲にしたためと言われている。
「あの、一つ聞きたいことがあるんです! ん、何あれ?」
少女はアレクの背後にある窓から奇妙な物を見た。少女の目線に気付き、アレクも窓の外を見る。
雲をかき分けるようにこちらに向かって来る飛行船が一機。その飛行船の船体にはクロスボーンが描かれていた。
あきらかに飛行船が出せるスピードではない。飛行船の違法改造品だ。
「空賊……か? 貨物室の日常品の魔石を狙うにしても特に利益なんて出るはずがない」
飛行船の運用やメンテナンスのことを考えれば財産や食料などでは割に合わない。そもそも飛行船を調達することが難しいのだ。
このアウンバラン号だって貨物を運ぶついでとして乗客を乗せているだけだ。
「空賊⁉︎ だ、大丈夫なんですか⁉︎」
「ある程度ならやれるが、人数によるな」
そう言うアレクだが、表情は不思議と怯えておらず、どこか頼もしさを感じるほどだ。
他の乗客は半信半疑で空賊の飛行船を見つめている。海賊や盗賊とは違い、見たことや話を聞いたことなどないのだ。
まだハイジャックの方がリアリティがある。
空賊の飛行船はこの飛行船を狙っているのか、依然としてスピードを緩めないままこちらに迫って来ている。
アウンバラン号は空賊の飛行船に背を向け距離を離そうとしているが、性能的に追いつかれる。
「まさかあの飛行船、突っ込んで来るつもりか⁉︎」
空賊船は先端から錨を二本射出しアウンバラン号の船体に突き刺す。そして推力任せに空賊船はアウンバラン号に突っ込んだ。
大きな衝撃で船体が揺れ、壁に叩きつけられる人や地面を転がる人。悲鳴や絶叫があちこちで上がる。
アレクは突撃された衝撃で後方に飛び、飛行船用の強化ガラスをぶち破ってそのまま重力に引っ張られて落下していった。
「嘘……?」
少女は自分の目の前で起こったことが現実のものだと思えなかった。驚きや動揺よりも呆然が勝つ。一度に沢山のことが起きて対応出来ていない。
飛行船の窓ガラスは衝撃や風圧で割れないように特別な加工を施されている。それなのにも関わらずアレクは落ちていった。
飛行機と比べて高度は低いがそれでも生身で外に放り出されれば生存は難しい。魔法で着地することも出来るが、アレクは転生者だ。魔法は使えない。
「何……これ?」
割れた窓の端に鍵爪のようなものが引っかかっており、そこからロープが伸びている。疑問を浮かべる少女だが、事態は急展。
空賊船から次々と武器を抱えた空賊達が乗り込んで来る。
あっという間に少女を含めた乗客たちは捕らえられ、広間で拘束された。魔法や護身用の武器で抵抗したものもいるが呆気なく武器をはたき落とされた。
「お前ら、俺たちの言うことを聞けば命だけは助けてやる。技帝はどこにいる」
技帝。それは帝の名を授かる者の名だ。王都直属近衛部隊に所属しており、炎帝。水帝。地帝。風帝。雷帝。竜帝。技帝の七つに分かれている。厳しい試験はもちろんのこと、才能に恵まれ、人並み以上の努力をした者にしかなることが出来ない名誉ある称号。
その実力はたった一人で千の敵を相手に相手にできると言われている。
五大属性と空の王者こと竜が並ぶ中、一際異彩を放つのが技帝だ。ここ最近誕生したこともあり、民衆にあまり広まってはいない。
「技帝? 技帝がここにいるのか⁉︎」
「近衛部隊がこんなところにいるわけないでしょう!」
「そもそもそんな奴いるのかよ!」
空賊は苛立ちながら手に持っていた銃を発泡させた。精度や攻撃能力は低いが、脅しには持って来いの武器だ。魔法よりも素早く攻撃できるのが利点である。
「いいか! てめえらの命は俺らが握っているんだ。この顔に見覚えはねえか! グチグチ言ってねえで竜使いが来る前に出てきやがれ!」
空賊達は乗客を取り囲み銃で狙いをつけながら、技帝の写真を見せつける。写真に映る人物は少々ボヤけているものの、アレクの顔に良く似ている。
少女はハッとしアレクが落ちていった窓を見つめた。技帝がどれほどの力を持っているかはわからないが、地上へ叩きつけられれば命はない。
その考えに行き着いた少女は何かに気付き、首を振る。
そう簡単に強化ガラスを割ることは出来ない。ガラスに手を加えるか、何かで壊さない限り。さらには窓に引っかかった鍵爪。来る。必ず彼は来る。
乗客間で恐怖蔓延する中、少女は力強い目を空賊へと向ける。先ほどアレクに見せた弱々しい雰囲気は一切無く、自分が時間を稼がなくては。そんな力強さが目に宿っている。
「大丈夫。あいつはもうそろそろ来るから」
「へ?」
少女を止めるように後ろにいた少年が肩を持つ。身長が小さく、顔も幼いため少女と同年代に見える。少年の表情は落ちついており、余裕さえ感じられる。
「頭領! どこにもいません」
「どこにもいないだと。チッ。ここにいることはわかってるんだ。乗客を殺してお引き出せ」
頭領には余裕が無かった。予定では早々にアレクを捕縛しこの場を離れるはずだった。いくら空賊船の機動力が高くとも、空の王者と言われる竜に追われて逃げ切れる可能性は低い。
空賊の一人が怯える乗客に手を出そうとした時だ。その時だ。空賊船の一角で爆発が起こった。
「な、なんだ⁉︎」
「長! 俺らの船が真っ二つになってます!」
「んな馬鹿な!」
空賊船はまるで花火のように火花を散らせて地上へ落ちていく。何か爆弾や強力な魔法でない限りあんな真っ二つに割れることはない。アウンバラン号に繋がれた錨も切られているせいで空賊船を浮かす力はもうどこにも残ってはいない。
「頭領。やっぱり上手い話には裏があったんですよ! 飛行船をくれるってだけでも十分怪しかったのに」
「馬鹿野郎! これを成功させれば大量の金が貰えるんだぞ。ここで諦めてたまるかってんだ。仲間を殺されてんだぞ。出てこい技帝。お前だろう。こっちは人質がいるんだぞ!」
空賊達が周囲の警戒を強め張り詰めた空気のさなか、襲撃は突然だった。壁付近にいた空賊の一人の胸から大剣が飛び出し血飛沫が飛び散る。
空賊はピクピクと痙攣し、口から血を吐き出しながら絶命。衝撃的な光景に乗客はパニック状態。あまりにも猟奇的な光景に他の空賊も、頭領さえも固まってしまった。
大剣が抜き取られ、割れたガラスからアレクが身の丈をも越す大剣を肩に担いで登場した。
「パウエル王国国王バベルガ・パウエル直属、技帝アレク・カルメライだ。命が欲しければ投降しろ」
細身とは不釣り合いな大剣を軽々と持ち上げ、頭領に向ける。真っ赤に輝く瞳は、凶暴な獣を連想させた。
「カルメライさん! 無事だったんですね!」
待ちかねたかのように少女が高らかに声を上げる。
「空中じゃあ孤立して逃げ場がない上、俺は魔法を使えない。戦法としては上々だが俺は魔法無しで成り上がったんだ。そう簡単にやられるわけにはいかないからな。クルス。後は任せた」
少女の隣に居た金髪の少年が人差し指を上げる。少年の名はクルス・ガーズ。アレクの補佐としてこの船に乗り込んでいる。
「飛行船での突撃は想定外だったけれどまだ不十分だね。技帝を名乗っているんだから実力は折紙付きだよ。飛行船の突撃は派手過ぎてチビりそうだけど」
「よくも仲間を!」
クルスの説明を遮りアレクの隣にいた空賊の一人が怒り任せに剣を振り上げた。四角からの攻撃にアレクは回し蹴りで対応。空賊の剣を蹴り上げさらにそこからアクロバティックにもう片方の足で空賊の頭蓋を破壊する。
そしてその空賊をまるで軽い業務をこなすかのように割れた窓から突き落とす。
あまりの手際のよさに頭領以外の空賊は戦意喪失。並びに乗客達、クルスも絶句。
「……やり過ぎだよ」
「技、技帝! 俺たちに着いてこい。着いてこなければこいつらの命はない!」
頭領は野太刀を乗客へ向ける。乗客は震え上がり身を寄せ合いながらアレクに助けを求める。
アレクは面倒くさそうに髪をかきあげる。
「投降しろと言った。まあいい。こんなこともあろうかとクルスが準備していたんだ」
アレクが指を鳴らすと広間のあちこちから白い煙幕が吹き出す。が、アレクが壊した窓から掃除機で吸い上げているかのように全て煙が外に出ていってしまった。
全員がなんともいえない雰囲気になってしまった。
「おいクルス。煙全部が出て行ったぞ。早くなんとかしろ」
「ハッハッハ。無理」
「野郎ども、やっちまえ!」
魔法の準備をする時間はたっぷりとあり、アレクに向けて空賊達は一斉に弾丸と火の魔法を発射させた。
「カ、カルメライさん!」
「転生者に向かって遠距離攻撃とは、卑怯だろうが!」
大剣に隠れてアレクは負け惜しみを言う。いくつもの弾丸と魔法が大剣を襲うもビクともせず、それどころか傷一つ与えられてない。
「知るか! 仲間をやった仇を取らせてもらうぞ! おいそこのガキを人質に取れ! 奴の仲間だ」
「あー。やめた方がいいよ。僕を人質にとったところであいつは止まらないし。それよりこの子なんてどう? 可愛くて僕なんかよりもよっぽど価値があるんじゃないかな?」
「ええ⁉︎ 私に振るんですか⁉︎ さ、最低ですよこの人!」
「てめえら人質って状況わかってんのか! ふざけてんじゃ」
「長さん。目を逸らしたらダメでしょ? 相手は技帝なんだから」
クルスと少女のコントに一瞬だけ気を取られた空賊達。その一瞬の隙にアレクは大剣を踏み出しにして天井すれすれまで跳躍する。
コートをなびかせ飛ぶシルエットは、コウモリのようであった。
「邪魔だ」
着地地点にいた空賊の一人にアレクは飛び膝を顔面に食らわせる。ただの飛び膝ではない。膝部分の服から小さな刃、ダガーが飛び出しており空賊の一人を死に至らしめる。さらに持っていた銃を奪い、その銃でそばにいた空賊の顔を全力で殴る。
「てめえら、油断するんじゃねえ! 相手は一人だぞ!」
銃を持った空賊は魔法を放てる者を守るように前に出てアレクに向けて発砲する。アレクは死体となった空賊を盾にし全力即で突っ込む。
「た、助けてくれ!」
空賊の一人がアレクの力量に恐れ銃を落として手を上げる。
「何やってんだ。死にたいのか⁉︎」
そばの空賊が怯える仲間を叱咤するが時すでに遅し。目の前には殺人をいとわない殺し屋が迫っていた。
「お前はいいのか?」
「ヒィィ⁉︎」
空賊の命などカケラほどの価値もない。そんな無感情の目に怯えた空賊は反射的に剣に持ち変えた。
「そうか。それがお前の選択か。じゃあ死ね」
剣に触れた空賊の手をアレクは片手で押さえつけ、袖の部分から伸びたダガーが空賊の首を搔き切る。武器を持っていない空賊には手を出さずにそのままダガーをしまう。
「もう一度言う。降伏しろ。でなければ命はないと思え。そこに転がる死体のようにはなりたくないだろ」
冷たく、そして重みがかった声。
人数差は歴然。武器や人質があるというのに空賊達には勝つ未来が見えなかった。
つい先ほど無残に殺された仲間に、爆発音を鳴り響かせながら墜ちていった空賊船。どう足掻いても勝ち目はない。
「降参する! 命だけは! 命だけはどうか!」
「お、俺もだ!」
「まだ死にたくねえ」
頭領以外の空賊は武器を地面に落として両手を上げる。
「て、てめえら! こんなガキ相手に情けねえぞ!」
「こんな化け物に勝てるわけがねえ!」
所詮は烏合の衆。アレクは頭領に同情しつつ大剣を構える。
「あとはお前だけだ。降伏しないのならば死んでも後悔はないよな?」
「捕まるものか!」
頭領は近場にいた乗客を力任せにアレクへと放り投げる。
「馬鹿力だな。おい!」
アレクは投げられた乗客をかわしている隙に頭領は近くにいた少女の首根っこを掴み、窓ガラスを野太刀で割って空に飛び出していた。
「クルス。お前、そばに居たんだから身を挺してかばえただろう。それでも帝の御付きか」
「やろうと思ったんだけどあの子に逆に突き飛ばされちゃったよ」
「……そこは負けるなよ」
アレクは棺桶風のケースを持ち出し、そのケースを踏みつける。すると棺桶の蓋が飛び上がり、中から白銀の太刀を取り出す。
柄に白桜という名が刻まれている。この白桜こそ技帝の証であり、世界を滅せる可能性を持った武器。
その武器と大剣を持ってアレクは窓の外へ躊躇なく飛び降りた。飛行船から少し距離を取り、魔法によって滑空していた頭領は唖然としていた。
空中でアレクは大剣の上に乗り、いくつものトリガーが付いた柄を大剣から取り外し、トリガーを引く。
すると大剣の側面が開閉し、大量の緑の粒子を放出して加速する。
「な、なんだそれは⁉︎」
驚きながらも頭領は迎撃の準備をする。遮蔽物のない空中では遠距離から一方的に攻撃出来る。
空いた手の平に魔法陣が浮かび、そこからいくつもの火の玉がアレクに向かって飛び出す。簡単な魔法だが、転生者のアレクには充分効果的だ。
その火の玉をアレクはかわさない。速度を緩めず白桜で斬り捨てる。
火の玉が白桜に触れると、火の玉が残滓も残さず消滅した。
「魔法が⁉︎」
「こいつは魔法を斬る刀だ。諦めろ」
「まだこっちには人質……」
アレクは大剣の柄を戻し、その場で回転しながら頭領の片腕を斬り裂いた。
頭領は腕の痛みに意識を集中しすぎたため、少女を支えることに気が回らず少女は嘘ぉ、と言いながら宙へ身を晒す。
アレクは再び大剣をサーフボードのように乗りこなし、粒子を放出する。アレクは大剣と重力に押し潰されそうになるのを耐えて急停止。
丁度アウンバラン号から伸びてきたフック付きのロープを取って頭領の服に引っ掛ける
「この、ガキがぁ‼︎」
「転成者だから精神年齢的に違うと言いたいが、元引きこもりでな、社会的にはあんたの言う通りガキだよ」
煽るようにアレクは頭領に笑いかける。ただでさえ目つきもあってか妙な凄味が出ている。
「カルメライさん! 早く助けて下さい!」
未だ落下中の少女が涙声で叫ぶ。パラシュート無しのダイブは心臓に悪いどころかショック死してしまいそうなほどだ。
「悪いな。今行く!」
アレクは大剣から降りながら剣の柄を掴み、緑色の粒子を大剣の両側から発生させサナの元まで即座に移動する。
少女は必死に両手をアレクに伸ばすも、その手をアレクは取らない。アレクは速度を調節し、コートから長めの紐を取り出しながら少女に巻き付けていく。
「よし。もう大丈夫だ」
グルグル巻きになった少女を吊るし上げることに成功したので再び大剣に乗る。何も知らない第三者が見れば折檻。いや拷問だと思われても仕方ない光景だ。
「何が大丈夫なんですか⁉︎ イジメですよ! 虐待ですよ! 格好悪いですよ!」
「悪い。俺は生前、女性に嫌な思い出があってな。なんとか喋れるまでにはなったんだが触れるのだけはどうしても無理なんだよ」
「そういう問題じゃないですよ⁉︎ というか今はそんな話どうでもいいです! 早く自由にして下さい!」
少女がプランプランと揺れているその時、プスん、とガス欠したような音が大剣から鳴ると粒子の放出が止まった。
「暴れているところ悪いんだけどさ、どうやら故障したみたいだ」
「えええぇ⁉︎ ど、どうするんですかぁ⁉︎」
空を飛ぶための能力を失ったため二人はそのまま地上へ落ちていく。
「簡単な魔法でいいんだ。飛べないか?」
「無理ですよ! 私魔法使えません!」
落下中だというのにアレクは涼しい顔をしており、その顔のせいで少女の不安が一層高まっている。
「それならそれでいい。よっと」
アウデバラン号から伸びてきたフック付きのロープを掴んで無理やり静止する。二人分以上の体重がアレクの腕に重しかかるが問題ない。
「あ、そういやお前の名前聞いていなかったな」
「な、名前ですか? サナです。サナ・スタックです」
「サナ……ね。あ、マズイ。紐切れるかも」
「どうしてそう不安になるようなこと言うんですか⁉︎」
ギャアギャア騒ぎながら二人は地上に降りた。