第漆弐話 People
もっと落ちる感覚とかあるのかと思って、身構えていたのだが、穴の上に普通に乗った感触しかなかった。しかし、周囲の景色は一変しており、まるで、瞬間移動でもしたかのようだった。
穴の向こう側から見えた通り、周囲の景色は色褪せていたが、遠くの景色は完全に灰色のモノトーンだ。
少し離れた所にドデカい獣が丸まって眠っている。その周囲に人々が集まっていた。
俺は人々に近づいて行く。全員の注目を集めているのは分かったが、特に反応は無い。
「トロメキのみなさんですか?」
声をかけてみる。
「ああそうだ。こっちに、来てしまったんだな。」
向こうの世界からこっちを見た時に目があった男性が答える。歓迎されてはいないらしい。
「来てはいけなかったのですか?」
「ああ、そうだ。来るだけ無駄だからな。」
「無駄とはどういう事ですか?」
「この世界から出る方法は存在しないからだ。そして、少しずつこの世界は崩壊して行く。いずれ、我々もそうなる運命なのだ。」
「しかし、首領はあなたたちを救出するために、立ち続けているのですよ。」
すると、男性の傍に立っていた司の面影のある女性が答える。
「だからこそ、悪茄子を差し向けたのです。穴を塞いでいただく為に。」
「しかし、まさかその悪茄子に精神を潜り込ませて、『穴』を抜けて来る者がいるとは思わなかった。」
別の男性が声をかけて来た。その男性が続けて話す。
「私は岩川礼次と言う。首領様の補佐をしていたものだ。助けに来てくれたのありがたいが、私たちでは穴を抜けることができない。
君のその体なら戻る事ができるだろう。だから、戻って首領様に伝えて欲しい。
『もう休んで下さい。』
と。」
「あなたが浩二さんのお父さんですか?」
「ああ、そうだ。浩二は元気か?」
「ええ、俺をトロメキまで案内してくれました。途中まででしたが。それと、奥様にもお店でお会いしました。」
「そうか、つつがなくやってくれているのなら安心だ。」
そういう割に、礼次の表情に安堵の色は無い。そもそも表情が極めて乏しいのだ。
礼次だけではない、ここにいる全ての人たちから、感情をほとんど感じないのだった。
「さあ、もう行きなさい。これ以上ここにいると、君も抜け出せなくなる。」
どうしても俺を追い出したいらしい。
「わかりました。戻ります。その前に一つ、首領より伝言があります。」
表情のほとんどなかった礼次の目が、少し生気を取り戻したようにみえた。




