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九話 いざウォーウルフ狩り

 

 僕たち――僕ことウル・シロスとシスタールシア、それにロッツのパーティの三人がやって来たのは山地の入口あたりだ。それほど人が住んでいる地域ではないが、行商人がよく利用する道だ。どうやら標的のウォーウルフはこの辺りで行商人を襲撃しているらしい。

 依頼主も奴に襲われたうちの一人だった。


「そんじゃあ、オオカミ探しといくか! よろしく頼むぜ、ウル、ルシア」

「あ、ああ……」

「はい。よろしくお願いいたします、ロッツ様」


 どうやらロッツは僕の正体に気付いていないらしい。まあ、そうじゃなければ仮面にマントなんて格好する意味がないんだけど。


 ちょっとした山道を歩き始めると、しばらくして狩人のシュロが僕に声を掛けてきた。


「おいおい、アンタ珍しい武器持ってんだってなァ?」

「……そうだな。確かに珍しいだろうな」


 僕は腰に差していたリボルバーを抜いて見せた。こんな奴に見せるのは癪だったけど、今後も会う可能性がある以上、あまり邪険にはできなかった。


「ちょっと借りるぜっ!」

「あっ、待て!」


 シュロが僕からリボルバーを奪い取った。素早さは流石Bクラス狩人といったところだ。

 だが、感心する以上に僕は焦った。あれが父上の遺品だからではない。そういう意味での怒りもあったが、それよりも銃が暴発することを恐れたのだ。

 リボルバーの構造はとても複雑だった。僕だって説明書を見ながら色々調べて、やっと使えるようになってきたばかりだというのに、シュロが不用意に扱っては思わぬ事故につながってしまうかもしれない。


「へぇ~変な武器だなァ。アンタ魔術師なんだろ? どうやって使うんだこれ?」

「やめろ、下手に触るな!」

「いいじゃんいいじゃん」


 撃鉄が起きた。その状態では少し引き金に触れるだけでも弾が飛び出しかねない。

 僕は必死でリボルバーを取り返そうとしたが、悲しいかな、身長差のせいで手が届かない。


 そのとき、シュロの指が引き金を押した。

 僕は思わず目を閉じる。次に発射されるようにしていたのは炎の弾丸だった。


 ――しかし、火球が僕らを焼くことはなかった。


「あん? 全然使えねーなこの武器……」


 カチリ、と音を立てて弾倉が回転した。シュロは何度か撃鉄を起こしては引き金を引いたが、いずれも不発だった。


「――かっ、返せ!」

「おわっ!」


 僕は隙を付いてリボルバーを奪い取る。弾倉をずらしてみると、六つ全てが空だった。かと思うと、ぼんやりといつもの三色が浮かび上がって来る。


「……僕以外は使えないのか? それとも、魔術師しか使えない……?」

「しけた武器だなァ、面白くねェや」


 シュロは頭の後ろで手を組んで歩みを速めた。視線の先にはルシアさんの姿があった。

 僕が銃に異常がないか調べていると、次はリネッサがやって来た。


「うちの馬鹿が悪かったわね~」

「ああ、いや……何事もなくてよかった」

「あいつ、魔法ロールにとっての触媒の重要性が分かってないのよ」

「……らしいな」


 銃を仕舞いながら頷いた。

 実際、触媒は大切な要素だ。少なくとも、僕の魔法が火花から火球になるくらいには。


「わたしはリネッサ、よろしくね」

「ウル・シロスだ、こちらこそよろしく……」


 僕はそう言いながらも、彼女への不信感が拭えずにいた。

 だって、目の前にいるリネッサが、この前僕に『痛覚逆流』という魔法を使ってきたあの恐ろしい癒術師と同一人物にはとても見えなかったから。目の前の彼女は品が良くて可愛らしい女性だ。あんな術を見ず知らずの人間に使うようには……とても。


「これが女の裏表ってやつ……なのかな」

「……? なにか言った?」

「いや……」


 僕は仮面の下で顔をしかめていた。妙なきな臭さを感じたからだろう。


 道中、ハーピーに遭遇もしたけど、ロッツが大きな剣で薪割りのように真っ二つにしてしまった。彼が実際に戦うのは初めてみたが、それは圧巻だった。あまりの力強さに息を呑むほどに。


「ふむ、なかなかやりますね、ロッツ様」

「ハハハハッ! そうだろ? やっぱ剣でゴリゴリ潰すのは最高だよなぁ!」

「やはりモンスターは殺す感触が手に伝わってこそですね」


 高笑いするロッツに、ルシアさんはそう言っていた。妙に気が合ってしまいそうなのが恐ろしいところだ。


「……よし、この辺で昼飯にでもするか!」


 周囲を岩場と森に囲まれた広場で、ロッツは座り込んだ。

 それに付き従うようにシュロとリネッサも続く。


「あ~つっかれた~。俺この後走ったりしたくねェな~」

「何言ってんの、本番はまだここからでしょっ!」


 リネッサが呪文を唱えながら杖で空中に円を描く。


「遍く精たちよ、願いに応えたまえ……」


 すると虹色の扉が開き、彼女はそこから大きなバスケットを取り出した。

 僕はそれを見て目を瞠った。


「空間魔法……!」

「ウル様、あれは?」

「術者のいる空間と別の空間を繋げる魔法だよ。複数の魔力を混ぜ合わせて安定させないと扉は開けないんだ。魔法系ロールの魔術師、癒術師、呪術師なら存在は知ってるけど、使える人は滅多にいない。他に使えるのは、多分兄――ヨハン・ロシウス卿くらいじゃないかな」

「ほほう、便利ですね。ウル様も可能なのでは?」

「俺は……無理だよ」


 そんなに簡単なものじゃない。今の僕は銃弾の威力すらまともにコントロールできていない状況だ。魔法の威力だけは高まったけど、根本はまだ変わっていない。魔力の正確な属性変換を身に付け、他の属性――冷気や光、風の魔力を自在に操れるようになってからでないと、お話にもならない。

 ルシアさんはきょとんとした顔で、そんなことを考えていた僕を覗き込んでいた。


 リネッサが取り出したバスケットには、予め用意された昼食が入っていた。出てきたサンドイッチやフルーツは目にも口にも優しい感じだ。そして何より、材料が分かっているから安心して食べられる。


「うん……おいしい」

「わたしが作ったのよ~」

「そうなのか」


 リネッサの声に応えながら隣を見ると、ルシアさんが正座のまますごい勢いでサンドイッチを食べていた。


「……ルシアさん、食べ過ぎるとお腹壊しますよ」

「平気です。こう見えても、モンスター料理大食い選手権で優勝させていただいた経験もございます」

「はっ?」


 だから何なんだその系統の称号は……一体どこで開催されてる大会なんだ……!

 よしんばそんな大会があったとして、果たして出場者はルシアさん以外にいるのだろうか……。僕はそんな疑問を抱きながらお腹を満たした。


「……ふぅ、食った食った。ウル、お前もちゃんと食ったか? ちゃんと食わなきゃ、俺の知り合いみたいにずっとチビのまんまだぜ」

「余計な世話だ」


 余計なお世話だよ。僕は口の中でだけ、『ロッツの知り合い』としてもう一度呟いた。


「あ、知り合いってもしかしてこないだのアレか?」

「そうそう、アレだ」

「いやアレは傑作だよなァ……もちろん、悪い意味で!」

「ハッハハハ! お前本人のいない所で悪口言っちゃ悪いじゃねぇか! ちゃんと面と向かって言ってやれ!」

「それもそうだ! 今度会ったら何するか考えとかないとなァ‼」


 二人の会話を聞きながら、僕は奥歯を噛んだ。今すぐにでも銃を抜いて眉間にぶち込んでやりたいくらいだ。

 でも……


「くっ……」


 そんなことはできない。魔法の力は人を守るためにあるべきだ。誰かを殺したり、甚振ったり……そんなことに使っていい力じゃない。


「ウル様、いかがなさいました?」

「ルシアさん……いや、なんでもないよ」

「そうでしたか、これは失礼いたしました。ですが、何かお困りでしたらこのルシアに何なりとどうぞ。可能な範囲内で善処します」

「ふふっ……行けたら行く、みたいな感じですね」


 僕を助けてくれるつもりがあるのかないのかよく分からない彼女の言葉を聞いて、僕は仮面の下で顔を緩めた。

 すると、そこでリネッサが立ち上がって杖を鳴らした。


「ほら、食べたらいくわよ」

「おっ、そうだな。そろそろいい頃合いだろうしな」

「っし、行きますかねェ」


 三人が続けて立ち上がった。そしてロッツが僕たちを見下ろして言う。


「腹ごなしついでに、この辺の見回りに行って来るぜ。お二人はそこでイチャイチャしてな」

「なっ……俺たちはそんな――」

「いってらっしゃいませ。ウォーウルフを見つけたら連れて来てくださいね。私も殺したいので」

「怖っ……わ、分かってるよ。安心しな」


 ロッツがそう言い残したのを最後に、三人は肩を並べて歩いていく。

 後に残されたのは、仮面の下で微妙な顔をする僕と、普段通りのルシアさんだ。


 と、ルシアさんが僕の前に座り直した。


「ウル様、あの方々、いかがお考えですか?」

「いかがって……」

「今後、彼らのパーティに参加するご意思はございますか?」


 ……そう言う意味か。僕とルシアさんはあくまでも『仮パーティ』ということでコンビを組んだ。ルシアさんがあの三人の所に行くのは勝手だ。

 ただ、僕は、


「俺は絶対に入らないよ。あの三人と肩を並べて、なんて……反吐が出る」


 僕はありったけの恨みと、ほんの少しの残念さを言葉に乗せた。

 ルシアさんは大きな瞳でじっと僕の仮面――その奥にある僕の目を見つめていた。そしてこくりと小さく頷く。


「了解しました」

「……ルシアさんは? あっちに付いた方が強いモンスターと戦えそうだけど」


 無意識に、拗ねたような口調になってしまった。ルシアさんにとってはそっちの方がいいと思ってしまっていたんだろう。

 しかし、彼女はかぶりを振った。


「いえ、私もご遠慮しようと思います」

「本当に? ど、どうして?」

「匂いです」

「匂い?」


 ルシアさんは自身の通った鼻梁を指差す。


「シュロ様は香水の匂いが強すぎます」

「え……? いやまあ、確かにちょっと甘い匂いはしたけど……」

「モンスターを殺す道具は武器フレイルだけではありません。自らの体もその一つです。あまり匂いが強い方がいらっしゃると、ご依頼に支障を来してしまいますから」


 僕は開いた口が塞がらなかった。確かに匂いはしたが、ほんの少しだけだ。とても嗅覚を阻害するものには思えない。


「リネッサ様は消毒液の匂い、ロッツ様はお酒の匂いがいたしました」

「ええ……? 全然分からなかったけどなぁ……」

「お面のせいで分かりにくいのでしょう」

「そうかなぁ……」

「とにかく、匂いのする方とパーティを組むのは私のやり方から外れますので」


 なるほど、よく分かった。彼女は獣だ。全身がモンスターと戦うためにあるのだ。確かにそんな人なら、あえて仲間を作る必要もないのだろう。

 ……じゃあ僕は?


 それが気になったが、口を開く前に森の中から大声が響いた。


「――ウル、ルシア!! ウォーウルフが来るぞ!!」


 ロッツの叫び声だった。

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