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八話 思わぬパーティ

 

 二階からルシアさんが降りてくる音が聞こえた。どうやらもう朝らしい。

 僕はベッド代わりに使っていたソファから起き上がり、仮面を着けて彼女を迎える。


「おはようございます、ウル様」

「おはようルシアさん……」

「よく眠れましたでしょうか」

「全然……」

「ふむ、もっと日中にモンスターを殺して、エネルギーを消費しておく必要がありそうですね」

「違うと思うけどなぁ……」


 一睡も出来なかった。悶々として目が冴えてしまったのだ。

 僕が横になっている数メートル上で、若い女性が眠っているなんて考えるだけで心臓が破裂しそうだった。こんなことになるなら、僕も早々に出家して聖職者にでもなってればよかったかも。


「朝食のご用意をいたしましょう」

「いや、今朝は俺がするよ。ルシアさんは鏡見て、寝癖でも直してて」

「おや、寝癖が……。それはまずいですね。モンスターに舐められてしまいます。早急に取りかかるとしましょう」


 ルシアさんがお辞儀をすると、ぴょこんとはねた前髪も揺れた。

 それと胸も。

 ……駄目だ、まだ妙な気分が抜け切ってないらしい。


「何を考えてるんだ僕は……」


 今までこんなに心が乱されることがあっただろうか。いや、ない。

 何なら殴られたり魔法撃たれたりしてる時の方が落ち着いてすらいるかもしれない。

 とにかく、ご飯を作ろう。あまり料理が得意なわけではないが、母上から教わった秘伝のレシピを使えばそれなりの味になるはずだ。


 ――とはいっても、結局食卓に並んだのはスクランブルエッグとスープくらいのものだった。味は保証するけど。


「ごちそうさまでした。ウル様もなかなかお上手ですね。私ほどではありませんが」

「そ、そうかな……。ありがとう」


 修道服に身を包んだルシアさんは手を合わせた。食べるのはかなり速かった。


「ただ、今一つ味がパンチに欠けますね。このような場合は、危険度Ⅰのリビングルートを削ってかけると、ちょっとしたスパイスに使えますよ」

「ええ……」


 本気でモンスターを食材にしてるのか……。

 正直、あんなのが美味しそうにはとても見えないけど……。根っこなのにやたら柔らかいし、そのくせ死ぬと硬くなるし。


 ――などと思っていると、ルシアさんが僕の顔をじっと見ていることに気付いた。


「……どうしたの?」

「そのお面、いつも着けていらっしゃるのかと思いましてね」

「お面って……」


 彼女に顔を見せてはいけない理由はないのだが、どうやら僕は無意識に着けっぱなしにしていたみたいだ。


「うちの中だけなら外してもいいですけど……見たいですか?」


 僕は少し意地悪っぽく言った。ルシアさんなら食いついてきそうな気がしたからだ。

 すると思った通り、


「ウル様がどうしてもと仰るなら、見て差し上げないこともございませんが」


 などと言ってそわそわし始めた。

 よし、これで彼女にささやかな『恩返し』ができそうだ。


「俺としては見せる必要もないかと思いますよ」

「む、それはどうでしょう。これから共同生活をする中で互いのことを知るのは重要ですよ」

「いやぁまだ早いんじゃないかなぁ」

「……私を焦らすおつもりですね。このルシア、そう簡単には引っかかりませんよ」


 ちっ、ばれたか。

 でも、作戦は成功したみたいだ。いつの間にやら、ルシアさんは椅子に立て掛けてあったフレイルを固く握り締めている。普段は何の感情も読み取れない瞳にも、今ばかりは好奇心の色が爛々と浮かんでいた。

 僕はここで最後の一押しを加える。


「では、今日の依頼が成功したらお見せします」

「なっ……なんとご無体な! 気になってご依頼に身が入らないではありませ――」


 と、そこまで言って立ち上がりかけたルシアさんは、ばつが悪そうに窓の外の川を眺める。


「気になるんだ」

「なりません」

「でも今なるって――」

「なりません。さあ、参りましょう。今日も今日とて、モンスターに苦しむ罪なき方は無数におられます。人間に仇なすモンスターは殺さねば。そして早くご依頼を成功させてしまいましょう」

「やっぱり気に……」

「なりません」


 僕は仮面の下で笑いながら、マントを羽織った。


 ――

 ―― ――


 モンスターオーダーにやって来ると、いつもの五倍くらいの人数でごった返していた。談笑していた彼らは、僕とルシアさんが入って来るのを見るなり、一様にこっちに視線を集めた。


「み、見られてますね……」

「そうですね」


 どうしてそんなに涼しい顔をしていられるのだろう。僕は正体云々を抜きにしても心臓バクバクだというのに。

 とにかく、一体何事なのかローズさんに尋ねてみるしかない。


「おはようございますローズさん。あの、これは……?」

「おはようございます、シロス様。皆さん、あなたを一目見ておこうと思っていらしたようですよ」

「ぼ、俺を!? なんで俺なんかを……」

「手を焼いていた洞窟のドラゴンを倒すような魔術師がやって来たとなれば、気になるのも当然ですよ」


 ……そうか、そういえば僕はドラゴンを倒してきたんだった。北の方から来た変な奴がドラゴンを倒してきた、って噂にでもなったんだろうか。それは確かに、僕が彼らの立場でも見物に行くかもしれない。


 と、ルシアさんは人目も気にせず、掲示板の前で依頼書を物色していた。


「何か殺し甲斐のあるモンスターはいませんかね。危険度Ⅲ程度ではあまり面白くありませんよね」

「いや、俺はスライムでちょうどいいくらいだけど……」

「かと言ってEクラス二人で危険度Ⅴ以上というのも、恐らく許可が下りませんし」


 危険度Ⅴ……というと、ハーピーやガーゴイルのように高い知性を持ったモンスター討伐が多くなる辺りだ。実際の力がどの程度かは別として、Eクラスの魔術師とEクラスの聖職者という現在の僕たちでは、そんな依頼は受けられない。失敗のリスク、命の危険が高くなるからだ。Cクラス以上の同行者がいれば許可は下りるだろうけど、そんな当てはない。そもそも、僕はそんな危ない依頼行きたくないし。


 すると、ルシアさんの前に大柄な男がやって来た。後ろには小男と白衣の女性もいた。


「ロッツ……!」


 僕は顔を引き攣らせた。まさか彼らもここに来ているとは考えもしなかった。


「お困りかい、シスター?」

「おや、あなたは?」

「俺はロッツ。Bクラスの剣闘士だ。後ろの二人はシュロとリネッサ。良ければ、俺のパーティに加わってみないか? そこのマスクマンも一緒にな」


 僕はぎくりとした。ここでロッツに絡まれれば下手をすると、大勢の前で正体が暴かれてしまうかもしれない。そうなればもう、殴る蹴る魔法撃つ依頼書食わせるでは済まない騒ぎになってしまう。

 なんとか躱せないものか。


「お、俺は何の関係もないだろう」

「関係ないって、二人仲良く入って来といてそりゃないぜ? なあシュロ?」

「ああ。まっ、俺としては、シスターさんだけ連れて行っちゃいたいところだけどなっ」


 バチーン、といった感じの下手なウィンク。リネッサがそんなシュロの頭を杖で叩く。


「馬鹿ね~、本命はマスクの方って言ったでしょ!」

「だってよォ、ドラゴン倒したって聞いてどんな筋肉モリモリマッチョマンかと思ったら、あんなちんちくりんじゃん? 正直期待外れっつーかー……」

「魔法ロールは体格じゃないって何回言えば分かるのよっ」

「へいへーい……んじゃ、後はロッツに任せっかねェ……」


 そう言ったっきり、シュロは人の中に消えていった。どうやら手当たり次第に、女性に声を掛けているようだ。


「……まあ、そんな感じで楽しいパーティだ。人数は丁度三人と二人で五人だし、ものは試しってことで行ってみようぜ」

「ふむ、どうしましょう。ウル様はいかがお考えですか?」

「お、俺……? 俺はあんまり……」


 あまり強く断ると怪しいだろう。やんわりと断れればそれが一番いいのだが……。

 しかし残念ながら、事は僕の思い通りには進まなかった。ロッツがルシアさんを刺激することを言ってしまったのだ。


「俺たちは全員Bクラスだ。危険度Ⅴの上位レベルの依頼にも行けるぜ」


 それを聞いたルシアさんの顔色がほんの少しだけ変わった。多分初対面のロッツたちには分からないだろう。


「ほう、興味深いですね。例えば、どんなご依頼が?」

「そうだな……こいつなんてピッタリだろうな! 『ウォーウルフ狩り』だ!」

「ウォーウルフ……よいですね」


 ウォーウルフ(人狼)……半人半狼の危険度Ⅴモンスターだ。全身を毛に覆われているが、服を着て二足歩行していれば、遠目には人間と見分けがつかない。奴らはそれを理解していて、店から服を盗んだり、それを使って人に化けることで簡単に田畑に侵入したりといった被害をもたらす。放っておけば野菜や家畜が根や骨まで丸呑みにされ、農業畜産業に大きな打撃が起きることもある危険なモンスター。

 僕なら出会った瞬間に気を失ってしまうだろう。


 しかしルシアさんは乗り気なようだ。


「ウル様、いかがしますか?」

「いかがって……」


 言葉ではそう言っていても、彼女の顔は


『是非行きましょうよ‼』


 と言っている。

 それに、ロッツの言う通り、彼女だけを連れて行かせるわけにはいかない。と言っても、ルシアさんの身を心配しているんじゃない。彼女の強さはもう十分分かっているつもりだし。そうではなく、ルシアさんが何かやらかすのではということが心配なのだ。


「はぁ……。分かったよ、行こうか」


 そんなわけで、僕は一時的にロッツのパーティに参加せざるを得なくなってしまったのだ。

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