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七話 灼熱の同棲生活

 

 僕の正面にルシアさんが座っている。その隣にはフレイルも。一方の僕はと言うと、マントを椅子に掛けたっきり固まっていた。


「……ウル様」

「は、はい!?」

「ありがとうございます。無茶を聞いていただき……」

「い、いやいや! 俺だって家が見つかってなかったのは一緒だし……」

「しかし今日が初対面の方に『一緒に住んで欲しい』などというお願いを……。私も少し冷静になるべきでした」


 そう、何の成り行きか僕とシスタールシアは、今日から一つ屋根の下で暮らすことになってしまった。僕としては部屋探しの手間が省けたわけではあるが……。


(き、気まずい……!)


 正直、頭が爆発しそうだった。女性と喋ることくらいは平気だが、一緒に暮らすなんて想像したことすらない。それがいきなりこんな状況になって、頭の中をよく分からない恥ずかしさが引っ掻き回しているようだった。

 ああ、すごく暑い。まだ夏は先なのに。

 まさか昨日仮面を買ったときは、これにこんなに助けられるとは思いもしていなかったなぁ……。


「あ、ああ! そうだルシアさん! 『空の呪文石』を取り付けておこうよ!」


 僕は立ち上がりながら、手を叩いた。かなり苦し紛れな感じだったが、実際これは必要な作業だ。問題は何もない……。


「そうですね。お願いします」

「うん、任せてよ!」


 僕は彼女から白い石を受け取る。ローズさんから預かった『空の呪文石』だ。これに魔力を送れば、自然に炎の魔力に属性転換してくれるとのことだ。

 ただ、リボルバーを使えば借りたばかりの家が吹き飛ぶ危険がある。ここは素手でやらないと。


「じゃあ、行きます……」


 僕は石を手の上に乗せ、そこに魔力を集中させる。ローズさん曰く、


『最大まで吸収するとひと月ほど補充なしで保ちますが、吸収上限は相当高くできております。疲れない程度、負荷にならない程度に抑え、日に一度ほどの補充をなさることをおすすめいたします』


 ……とのことだ。

 だったが、


「……あれ?」

「おや、いかがなさいましたか」

「いや……もう魔力が入らなくなっちゃって……もしかして不良品だったかな?」


 魔力が送れなくなってしまったのだ。僕は呪文石を机の上に置き、様子を見た。徐々に赤くなって来ているようだ。


「ふむ、上限まで吸収してしまったようですね」

「でも上限はかなり高いって……。僕は全然疲れてもないしなぁ……」

「ウル様ほどの魔術師ならば当然かもしれませんね」

「いやぁ、そんな馬鹿な……」


 僕なんかの魔力で満杯になんてできるはずがない。これまでずっと、既製品の呪文石にも劣るような魔術師として生きてきたんだから。

 とにかく、少しは動きそうな感じだ。使ってみよう。


「ええっと……これを壁にはめればいいんだっけ……」


 僕はリビングの隣にあるシャワールームに向かい、壁にぽっかりと空いた穴に石をはめ込んだ。この状態で赤い方の取っ手を回せば、お湯が出るらしい。


「私が試してみましょう」


 すたすたとやって来たルシアさんはシャワールームに入る。

 ――かと思うと、突然修道服を脱ぎ始めた。


「……ええっ!? ちょ、ちょっとルシアさん!?」

「おや、申し訳ございません。これはお見苦しいものを」

「そ、そうじゃなくて! 何突然脱いでるんですか!?」

「殺したサソリの体液が付きっぱなしだったもので。毒のない種類ですが、万が一のために洗い流すのは早い方がよいでしょう。……そうです、ウル様もご一緒にいかがですか?」

「け、結構です‼」


 僕は慌ててその場を後にした。

 まずい。少しは思っていたことだが、それが確信に変わった。どうやらルシアさんには普通の感覚がないらしい。つまりズレているのだ。そうでなければ、仮にも男である僕の前で服を脱いだりはしないはずだ。


「ああああもう……!」


 僕は仮面を外して頬を叩いた。だが瞼の裏に張り付いた光景は消えてくれない。

 淡い桃色の髪、すらりとした手足、ゆったりとした服の上からでは分かりにくかった女性らしい体つき……それらが黒くて禁欲的な雰囲気の修道服の下から現れて――


 バチン! と、今度はさっきの十倍くらいの強さで叩く。


「ああああっ、もうっ‼」


 大変なことになってしまった。これでは明日まで心臓が持たない。

 僕はなんとかそれを誤魔化すように、昼の内に買い揃えたタオルや寝間着を用意する。敷金礼金がゼロだったお陰で、こういった必需品は大抵揃えられた。

 それらをシャワールームの前に置き、僕は声を掛けてみた。


「ゆ、湯加減はいかがですか!?」

「ちゃんと温かくなっています。このルシア、感激です」

「そ、それはよかった!」


 胸を撫で下ろし、それで立ち去ろうとした。しかしルシアさんはくぐもった声で言ってきた。


「ウル様、申し訳ございませんが、修道服を洗ってはいただけませんか? 代わりに、とは言えませんが、ウル様の服は私が真心込めて真っ白にいたします」

「ええええっ!? マジなのですか……?」

「妙な言葉遣いですね、方言でしょうか。駄目だと仰るなら、私が当然この後洗いに行きます。ご無理を言いましたね」

「いや、駄目じゃないけど……!」


 それは……極めて刺激が強すぎる……! もうこの人、僕を困らせるためにやっているんじゃないだろうか……?


「では、是非に」

「ううん……分っかりましたぁ……!」


 僕は無造作に脱ぎ捨てられた修道服を回収し、仮面とマントを着けて外に出た。すぐそばの川で洗おうと思ったのだ。


「駄目だ駄目だ……何も意識してはいけない……。ただ布を洗うだけじゃないか……。でも匂いとかちょっと気になる気も……ああああっ‼」


 今度は頬を殴った。夜になって、静かになってきた町にその音が響く。


「匂いなんて嗅いだってしょうがないだろ! きっとサソリの体液で臭いに決まってるぞ‼」


 言い聞かせながら、袖をまくり上げて腕ごと川に突っ込んだ。三分の一程度の煩悩も洗い流されなかった。


 ――

 ―― ――


「お帰りなさいませ、ウル様。少々遅いお帰りですね」

「ちょっと夜風を浴びたくて……」

「そうでしたか」


 どうやらルシアさんはシャワーから上がったみたいだった。ほんのりピンク色の寝間着に着替えていた。

 僕は咳払いしながら、できるだけキッチンにいる彼女の方を見ないようにして部屋に上がる。


「服、干しとくよ……」

「ありがとうございます。……そうです、そろそろ夕食のご用意が終わりますが」


 庭の物干し竿に修道服を掛け、部屋に戻ると、確かにいい匂いがしていた。


「ルシアさんって料理できたんですか?」

「失礼ですね。こう見えてもモンスター調理師免許を取得しております」

「はっ?」


 なんだその物騒な資格は……僕は聞いたこともないぞ……。でもいい匂いがしているのは事実だし、まさかモンスターを食材に使用しているとは到底思えないけど……。


「ウル様、夕食を先に召し上がりますか? それとも入浴を済ませるのが先でしょうか?」

「ああああっ!!!」


 その言い方はまずい! 否が応でもその続きを想像させられるじゃないか!

 やめろやめろ! 僕は何もやましいことなんて考えていない!!


 気がつくと、僕は壁に頭を打ち付けていた。


「ふむ、私の悪癖が伝染りましたか? 頭から血が出ていますよ」

「すみません、直します!」


 素早くリボルバーを抜いて壁と自分の頭に向けて発砲した。緑の弾丸が傷を治した。


「ご飯! 食べます!!」

「了解です。掛けてお待ちください」


 マントを脱ぎ、仮面と顔の隙間に風を送りながら待った。炎の弾を自分にぶち込んだのかと思うほど体が熱かった。


「お待たせいたしました」

「お、お皿がデカいな……」


 こんなの買ったかな、というような巨大な皿に載って料理が出てきた。どうやら肉料理みたいだ。

 ……なるほど、見た目は鶏肉みたいで美味しそうだ。


「何のお肉なんです?」

「秘密です」

「ええ……」


 僕は何かも分からない肉を食べなきゃならないのか……。

 差し出されたナイフとフォークを受け取りながら、僕は唾を飲み込んだ。色んな意味で。


「……」

「どうぞお召し上がりになってください。このルシア、会心の出来と心得ております」

「いやぁでも……」

「僭越ながら、私が口にお運びすることも可能です。ほら、あーん……」

「やああああっ!!!」


 僕は仮面をずらして料理を無心に貪った。目出し穴の位置がずれて前が見えなかったが、ルシアさんの濡れた桃色の髪と、火照った顔を見なくて済むのが幸いだった。


 料理は意外にも、とても美味しかった。

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