六話 お部屋探し
「お疲れ様です、シロス様。それにルシア様も」
「ああ、魔素の精算を頼む」
「かしこまりました」
西の森から帰還した僕らはそれぞれの武器を提出した。……まあ、僕はただの一匹も倒してないけど。
「ねじ切りサソリがお二方で合計……三十五匹ですね。報酬金をご用意いたしますので、今しばらくお待ちください」
受付の女性は営業スマイルで言った。
前から思っていたことだけど、この人は仕事のことをどこまでも仕事としか思っていなさそうだ。『セシル』にもすごく優しくしてくれたくらいだし。
お金が出てくるのを待つ間、彼女は僕たちにこんなことを訊いた。
「そういえばウル様、ルシア様、お住まいはもうお決まりですか?」
「住まい?」
「お二人とも別の町からいらしたばかりですし、もしかするとお決まりでないかもと思いまして」
確かに僕には帰る家なんて無いが、ルシアさんはきっと違うだろう。ここには転勤で来たと聞いているし、家がないなんてまさかそんなこと――
「まだ探していません」
「あるわけ……って、ええ!? な、ないのかシスタールシア!?」
「はい。何分小さな宗派ですので、宿泊場所も自分で探さなければならないのです」
仮面の下でなんとも言えない表情をする僕を尻目に、受付嬢はにっこりと微笑む。
「でしたら、ぴったりの物件をご紹介できますよ」
「ほう、それは興味深い」
「それではこちらをご覧ください」
「ふむふむ、よい外観ですね。住みます」
「かしこまりました、ではこちらの契約書にサインを――」
「ちょ、ちょっと待って二人とも!」
これはおかしい。話がトントン拍子すぎる。建物の見た目を写し取った絵を見ただけで即決なんてあまりにも非常識すぎるでしょう?
「……なんでしょう、ウル様」
「ルシアさん落ち着いて! 家を決めるときはまず内見に行って家賃とか聞いて、それから決めるのが普通じゃないですか!」
「詳しいですね。お引っ越しの経験が?」
「俺はないけど、それが常識ですよ!」
ずっと屋敷暮らしの僕でもそのくらいの一般感覚は持っている。
「とにかく内見には行ってみましょう! 外から見た絵だけじゃ中のことは分かりませんから!」
「なるほど確かにそれもその通り。私が壊す前に壊れていては興醒めですからね」
「うぅん……ちょっと違うけど……!」
受付嬢は立ち上がると、奥のオフィスにいる誰かを手招きした。そして僕らに言う。
「そういうことでしたら、早速ご案内いたします。受付は妹に預けるとしましょう」
すると、受付嬢とまったく同じ顔をした女性が現れた。
あまりの瓜二つっぷりは、まるでドッペルゲンガーでも見ているかのようだ。
「それじゃあ任せたわよ、リリー」
「うわ~めんどくさ……あたしお昼寝タイムだったんだけど」
「勤務時間中よ」
「ゲーッ……わかったよちゃんとやるよ……。はやく戻ってきてよ、ローズ」
すごく嫌そうな顔をして出てきた彼女――リリーさんは、そう言ったっきりあのビジネススマイルになった。こうなると姉――ローズさんといよいよ見分けがつかない。
「では、参りましょう」
そうやって歩いて行くローズさんの笑顔が、僕のより分厚い仮面に見えてきた。
――
―― ――
「こちらが物件となっております」
「へぇ~ここか~……なかなかよさそうだな」
僕とルシアさんが案内されたのは、町のやや北側にある新しそうな二階建ての家屋だった。
……なんで僕がルシアさんの家探しに付いて来てるのかというと、ルシアさんだけだと
『やはりよいお部屋ですね。住みます』
とか言って、見るべきポイントも見ずに即決してしまいそうだったからだ。
かく言う僕も住む家はまだ決まってないんだけど……。
「では壊れてないか確認しに行きますか」
「普通は壊れてないから……!」
受付嬢ローズさんの笑顔を先頭に、僕たちは家の中に入った。
あまり立派とは言えない造りだったが、思ったよりは綺麗に整っていた。
「ほほう、これは立派な造りですね」
ルシアさんがキョロキョロしながら言った。
「そうかな?」
「そうです」
「そんなことないと思うけどなぁ……」
「あると思いますが」
「い――」
「あります」
……そうなのか? 僕が間違っていたのか? ずっとロシウス家の屋敷にいたから感覚がおかしくなっているのか?
「そんなことないと思うけどなぁ……」
今度はさっきとは別の意味でそう言った。
ローズさんが最初に案内したのはリビングダイニングだった。
窓の外には川が流れていて涼しげな感じだ。
「こちら、ソファが備え付けとなっております」
「ふむ、床で寝ずには済みそうですね」
「二階にはベッドも備え付けでございます。寝床の心配はございません」
「やりましたね」
なんだろうな。普通はこんな会話しない気がするんだけどな。
僕は二人の会話を聞きつつ、窓の立て付けを調べた。古い家だと、全体が傾いたり歪んだりしてスムーズに開かないこともままあるからだ。
しかし心配は杞憂に終わり、いとも簡単に窓は開いてくれた。
「うん、これなら平気かな」
「では次にキッチンに参りましょう」
ローズさんの後に付いて行く。歩いても音がしないあたり、床もしっかりしていそうだ。
「キッチンは最新鋭の技術によって上下水道を完備しております。これまではわずかな貴族のお宅にしかありませんでしたが……」
「上水道までとは。驚きの技術ですね、ウル様」
「そ、そうだね……」
責められているような気がして、少し胸に棘が刺さったように感じた。
いつも平然としているルシアさんの表情からは、本当はどう思っているかは読み取れないけど。
「水道の整備によってシャワールーム、水洗トイレも一般化されました。この物件にも付いておりますよ」
「シャワーはお湯は出るのだろうか?」
僕は尋ねた。さすがに冬も冷水だと死んでしまう。湯沸かし機構の存在は必須だ。
「給湯も可能ですが、そのままではできません」
「というと?」
「第一に、『炎の呪文石』をご購入いただくという方法がございます」
「呪文石? あれを買おうと思ったら結構するんじゃ……」
呪文石――それは魔法の力を凝縮させた結晶で、それぞれの属性に対応した初級~中級魔法程度のエネルギーを発生させられる。例えば炎なら、最大で『烈火』の魔法くらいのエネルギーを起こせるはずだ。……もちろん、僕には使えない魔法だけど。
モンスターオーダーが回収した魔素はこれになっているとも言われる。
その製造方法は完全に秘匿されており、モンスターオーダーしか製造できない。故に高価で稀少なものだ。
「申し訳ございません。呪文石を初めから組み込んでしまうとお家賃の方がかなりかさんでしまいますので、オプションという形での提供となっております」
「そうか……。確かに、毎月掛かってくるとなると、結構厳しいかもしれない。それだったら。入浴は町の銭湯を利用するって方法も選べる方が助かるかもな」
……って、なんで僕が入居希望者みたいになってるんだ。そりゃいい部屋だとは思うけど、あくまでここではルシアさんが主役だろう。
「シスタールシア、どうだ? 呪文石を買うのは……」
「不可です。そんな蓄えはございません」
「うむ……そうか。ならば銭湯に行くのがベターになるか」
そこでローズさんが手を叩く。
「もう一つ、方法がございます」
「方法? それは湯を沸かす方法、ということか?」
「はい。モンスターオーダーが行っております実験……というと語弊がございますが、現在、私たちは『空の呪文石』というものを開発中でございます。それのテスターになる、という方法が二つ目にございます」
空な呪文石? 初めて聞いた名前だ。普通は何かしらの属性が入っているものなんだけど……。
「空の呪文石とは、属性のない呪文石を販売し、魔法エネルギーを購入者の方ご自身で適宜注入していただくというものでございます。これによって製造コストが大幅に削減され、安価での呪文石提供が可能になる見通しです」
「へぇ……」
それはすごい。呪文石が安く使えれば、日常生活だけじゃなく対モンスター戦にも活かせる。市民の自衛能力がかなり高まることになるだろう。
「テスターになっていただければ、空の呪文石は無償で提供いたします。し・か・も・敷金礼金はゼロ! いかがですか、ルシア様?」
「む、無料……素晴らしい、住みます」
「やっぱりそうなるんじゃないか!」
ルシアさんはきっと「期間限定!」とかにも弱いタイプだと思う。
でも実際、ここはいい物件だ。家賃もEクラスでも充分払えるくらいだし。そうなると僕も納得せざるを得ない。
……と、契約書を出しかけたローズさんが忘れてた、といった風に口を開いた。
「そうでした、空の呪文石なのですが、ご利用には魔力が必要でございます。魔法を撃つ、というレベルでなくとも結構ですが……」
「そうなのか……。まあ、魔法は魔術師や癒術師、あとは呪術師くらいしか使えないからな」
魔力自体は大抵持っているものだが、それを魔法に転換するには魔法術式の読み方を習わないといけない。それをするのがそれぞれのロール向け学校だ。
しかし、その程度なら問題ないだろう――
とか思っていたら。
「そ、そんな……終わりです、絶望です、破滅です……」
ルシアさんが崩れ落ちた。フレイルが音を立てて落下する。
「シ、シスタールシア!? 一体どうしたのだ!?」
「ウル様……私は……魔力を持たないのです……」
「ええっ!? ほ、本当に!?」
「スライムのコアほども……」
まさかそんなことが……。テスターになれなければ敷金礼金もしっかり取られてしまう。これは死活問題に違いない。
「いつも銭湯に行っていては支出が馬鹿になりません……」
危険度Ⅹモンスターが大挙して押し寄せてきた、といったような様相だった。なんとかしてあげたいところだが、僕だってお金がないのは同じだ。いくら同じパーティだからと言っても、どこまでもルシアさんの面倒を見られるわけではない。
僕がセシル・ロシウスだったならどうにでもなったというのに……。
すると、
「――そうです」
ルシアさんが呟いた。
と思った瞬間、僕の腕が凄まじい力で握られていることに気付いた。
「痛たたたた‼ シスタールシア、どうしたんです!?」
「ウル様、私思いつきました」
「な、何を!?」
まずい、腕が腐る。なんか紫色になってきたし。
ルシアさんは僕の仮面をじっと見つめ、手を放すと同時にこう言った。
「一緒に住みましょう」
腕に血行が戻る。だが、その血液は真っ白になる頭の方から降りてきたものに思えた。