四話 フレイルの聖職者
「お疲れ様でした、ウル・シロス様。それではこちらがスライム二十六匹とドラゴン一頭……の一部の褒賞金になります」
「ありがとう」
「ですが、あなたとルシア様には十日間の『湿地帯への接近禁止令』が出されていますので、ご了承ください。違反された場合は罰金をお支払いいただきます」
「うう……分かった」
僕が放った弾丸はどうやら、一発で二十六匹のスライムを倒してしまったらしい。結局、サロンで僕を待っているフレイルの女性――シスタールシアと僕とで、スライムをほぼ狩り尽くしてしまい、さっきその件でこっぴどく怒られてしまった。
そのルシアさんは大量の小銭を数えながら赤い飲み物を飲んでいた。
「ルシアさん、お待たせ」
「おや、ウル様。お久しぶりですね」
「さっきまで話してたじゃないですか」
「そうでしたか」
どうやら小銭を数え終わったらしい。ルシアさんは袋にジャラジャラと投入してそれを大事そうにしまい込んだ。
「……ルシアさん、スライム討伐数いくつでしたか?」
「百五十二だそうです」
「……非常識だって怒られたので、今後は控えましょう」
「そうですね」
ルシアさんは修道服の下で平然としている。分かっているのだろうか。
――シスタールシアは『聖職者』という特殊ロールを持つ女性だ。僕ら『魔術師』やロッツの『剣闘士』は専門の学校があるが、『聖職者』にはそれがない。なんでも、神さまを信じて修行を積むことで聖職者になれるとのことだ。神さまの名前は
「モンスター殺しの神、テオ・クリャです」
とのことだ。彼女はその教えを広めるためにこの町にやって来たらしい。僕は聞いたこともない神さまだった。
「そういえば、ウル様。試験突破おめでとうございます」
「あっ、ありがとう。ルシアさんこそおめでとう」
「しかしそれにしても、Eクラスから上げていかないといけないのは面倒ですね。大した時間はかからないでしょうが……」
「ぐっ……」
やめてくれ、その言葉は僕に刺さる。
「さて、それでは早速依頼をこなしますか。少なくともBクラスくらいにならなくてはまともに布教活動もできませんし」
「Bくらいって……ルシアさんって前はどのクラスだったんですか?」
「Aです。Sにはなぜかさせてもらえませんでした」
僕は震え上がった。上位Aクラスと言えば、泣く子がひれ伏すような人たちだ。兄上にも肉薄するレベル。間違いなくその地域では英雄視される存在のはず。
そんな人と万年Eクラスの僕が話しているのが信じられなかった。
「Eクラスだと危険度Ⅲくらいが妥当でしょうか……。この辺りにしましょう」
ルシアさんは背伸びして掲示板から依頼書を剥ぎ取った。その小さな背中に好奇の視線が集まっている。
見慣れない修道服に、背丈に見合わない大きなフレイル。気にするなと言う方が無理な話だとは思うけど。
「あなたもいかがですか、ウル様?」
ルシアさんがこっちを向いて言った。
「えっ? 何が?」
僕は他の人たちと同じく、ぼうっと彼女の背中を見ていた。それで少し理解が遅れた。
「ですから、このご依頼です。『サソリ駆除』だそうです。この仕事に際して、私とウル様で仮パーティを組みませんか?」
思わずどきりとした。と言うのも、僕はこれまでパーティなんて、まして女性と二人組のパーティなんて組んだことがなかった。
それも当然で、魔法も撃てない魔術師を連れて行く余裕のあるパーティはどこにも存在しないからだ。
「い、いいの……?」
だから僕はそんな風に言ってしまった。
するとルシアさんは不思議そうな顔をして小首を傾げた。
「……? あなたほどの魔術師を拒む方など、どこにも存在しないでしょう」
仮面の下で涙がこぼれそうになった。そんな言葉を掛けられてもらえただけで、もう死んでもいいくらい幸せだった。
「行きます! 行かせてください!」
考える必要なんてなかった。
――
―― ――
依頼主は西の森に住むお爺さんだった。
僕とルシアさんは、本格的にサソリを探す前に、彼に挨拶にしに行くことにした。
「おや……あんたたちは?」
お爺さんの家は森の入口にあって、風が吹けば吹っ飛んでしまいそうな家だった。
「モンスターオーダーから参りました。サソリを殺して欲しいとのご依頼でしたね?」
「おお、やってくれるのか! こりゃ助かるわい! な~んか変な恰好のが来たと思ったら、救世主じゃったわ!」
余計なお世話だよ。僕だって好きで変装してるんじゃないんだから。
「それで、俺たちの仕事はサソリ退治……でいいんだったな?」
「うむ、なぜか最近になって森の中がサソリだらけになっていてな。キノコも採りに行けんのじゃ」
「そうか……。しかしなぜ森にサソリが? 本来はもっと西にある乾燥地帯に棲んでいるはずなのに……」
「それが分からんのじゃ。できたら原因も調べてほしいが、無理はせんでくれ。とりあえず三十匹も倒せばしばらくは安心できるからのう」
「承知いたしました。ではウル様、行きましょうか」
ルシアさんはぺこりと頭を下げると、すたすた歩いて行った。
「あっ、待ってよ!」
僕もお辞儀をしてその後を追う。
森の中は暗くてあまり視界が良くない。鬱蒼と生い茂った木々が太陽を遮っているのだ。
「これは……まるで見えませんね」
「そうかな? 歩けるくらいはあると思うけど……」
「ウル様の眼は鳥か何かですか?」
「人間だよ……」
そんなに見えないだろうか。大袈裟に言いすぎに聞こえるけど……。
そういうわけで、ここは僕が先を歩くことにした。ルシアさんは僕の肩に手を置いて付いて来る。
「あの……ルシアさん?」
「なんでしょう」
「その……音が……」
僕の耳元でフレイルがジャラジャラと凶悪な音を立てていた。
……そりゃ僕だって「む、胸が……」とか言ってみたかったが、そんな距離で密着していたらまず歩けないし。
「おや、これは失礼。明日までには錆を取っておきます」
「いやそうじゃなくて……」
顔のすぐ横でそんな音立てられると生きた心地がしないんだけど……。
しかしそう言う間もなく、僕は足を止めた。
「ルシアさん、ストップ!」
「はい。いかがしました?」
「……サソリだ」
「どこにでしょう」
「……辺り一面に」
尻尾を立てて威嚇する姿が目の前に、木の陰に、枝の上に……。
「ここで三十匹全部終わっちゃいそうだなぁ……」
僕はそこら中の闇に潜む『ねじ切りサソリ』の、中型犬ほどもある姿を見ながら呟いた。
暗さのせいで、真っ青になっている顔色をルシアさんに見られないのが唯一の救いだった。
ルシアさんは僕の肩から手を放すと、フレイルを握って辺りに適当に振り回し始めた。
「――どりゃああっ‼」
腐葉土の地面に当たり、身長の三倍ほどの高さまで塵が舞い上がる。
「……手応えなしですね。外しましたか」
そこにはスコップで十分ほど掘ったような穴が穿たれていた。
「もう一度いきます」
「ま、待ってよルシアさん!」
「なんでしょう」
「僕――俺に当たったら普通に死ぬって‼」
「平気ですよ、ウル様ほどの魔術師の自動障壁は壊せません」
「いや俺は――」
また破壊音。今度は木が真っ二つに裂けていた。その枝の上に乗っていたねじ切りサソリが落下して、小さな鳴き声を上げる。
「ギッ」
すると、
「――そこですか!」
ルシアさんは正確に腹をぶち抜いてサソリを倒した。……足で。
「あと二十九匹!」
ヤバい、このままじゃ死ぬ。ルシアさんは僕が自動障壁を出せないなんて知らないし、それに何よりモンスターへの殺意が高すぎる。次にそこで臓物溢してるのは僕かもしれない。
僕が光の魔法でも使えればいいんだけど、そんなものを使った経験はない……というか、成功した経験がない。
「動きましたね、捉えましたよ‼」
大きな尻尾が消し飛んで頭が潰される。修道服に緑色の体液が掛かった。
とにかく、僕に出来ることは何は無くとも撃ってみることだけだ。まだ『リボルバー』の使い方もよく分からないが、このままだとルシアさんが――いや、僕の身が危ない。
「ぬおおぉぉっ‼」
「行けっ……!」
僕は木の上にいた一匹目がけて狙いを定め、突起を起こして引き金を引いた。
緑色の光が飛び出し、魔法陣が現れる。――それと同時に、ルシアさんのフレイルがサソリの上半分を吹っ飛ばしていた。
その吹っ飛んだ半分は、何の因果か僕の射線上に突入し、魔法陣と衝突した。
「次行きますよ‼」
ルシアさんはまた別の方に武器を振るっている。どうやら魔素の僅かな光を頼りに敵を探しているらしい。
僕はその背中に向かって叫んだ。
「後ろにいる!」
「なんですと」
そこには今にも襲い掛かろうとするサソリが。――その個体は、さっき彼女に上半身を飛ばされた個体だった。