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三話 仮面とマントのウル・シロス

 モンスターは死ぬと細かな粒子を放出する。『魔素ダスト』と呼ばれるものだ。

 ダストは大抵、そのモンスターを倒した人が使っている武器に吸収される。魔術師なら、触媒とする杖か手の平……。そして僕の場合は、この『リボルバー』に。


「ど……どうしよう……。ドラゴンを……倒しちゃった……」


 砂の上に落ちたドラゴンの首から、輝く粒が流れ出していた。手にした黒い塊がそれを吸い込んでいる。

 これをどうするべきか。僕の頭はそれでいっぱいだった。


 通常はこのダストを、全ての協会の中心であり、モンスターに関する事象を統括する機関――『モンスターオーダー』に提出すれば、モンスター討伐完了。報酬が支払われる。

 ただ……僕の無能さは町の誰もが知ってる。僕に倒せるのは危険度Ⅰのリビングルート(動く根っこ)くらいだ。今日手痛くやられた相手は危険度Ⅱのスライム……。

 そんな僕が危険度Ⅶのドラゴンを倒したと申告したとして、それが受理されるとは考えられない。

 かと言って、今の僕には帰る場所はない。持っているお金も、三日も過ごせないくらいしかない。


「これを倒したのが兄上だったら――」


 その時、思いついた。


「そうか……僕じゃ……セシル・ロシウスじゃなければ……!」


 別の人間が――町の外から来た誰かなら、認められるかも知れない――。

 その考えを胸に、僕は洞窟に向かって歩き始めた。両手に、リボルバーと宝箱を持って。


 ――

 ―― ――


 変装の方法は限られていた。僕の所持金でできるギリギリが、『仮面とマント』だった。お世辞にも格好いいとは言えないが、セシル・ロシウスという人間からかけ離れた誰かになるには、それを着けるのが一番良い方法だ。

 ……その内、髪の色も変えた方がいいかな。


「海岸沿いの洞窟にいたドラゴンを退治してきた。報酬を受け取りたい」


 翌朝、僕はそう言ってリボルバーをモンスターオーダーの受付に渡した。設置された『魔素鑑定機ダスト・シーカー』が吸収されたドラゴンのダストを読み取る。


「……あれ?」


 背中に視線が刺さった。併設されたサロンにいた人たちが僕を見ているようだった。

 まずい、ばれたかも。

 すると受付の女性は当惑の表情で言った。


「あのぅ……どなたでしょうか……?」


 ……そっちだったか。助かった。

 しかし僕は言い淀んだ。名前をどうするか考えていなかったからだ。

 まさか「セシル・ロシウスです」なんて言うわけにはいかない。そんなことしたら妙ちくりんな仮面を着けてるのが馬鹿みたいじゃないか。

 僕はとっさにこう言った。


「ぼ――俺は、ウル・シロス。北の方の町から来た」


 セシル・ロシウスのもじりだ。ついでに一人称も別のにしとこう。


「ウル・シロス様、でございますか……。確かにこちらのダストはドラゴンの物のようですね……」

「ああ」

「ですが、褒賞金はお渡しできません」

「ええっ!?」


 僕は素っ頓狂な声を上げた。


「な、なんで!?」

「なんでって……シロス様はこの町でのクラス付けを受けていらっしゃらないのですよね?」

「え……まあ、それはそうだけど……」

「でしたら、まずはEクラスの試験を受けるところから始めていただかないと……。クラスに応じたお支払いしか、こちらからはできませんので」

「そうなの!?」

「そうです」

「ドラゴン倒せるからAクラス相当とか……」

「ございません。Eクラスで依頼をこなして、Dクラスの試験を受けて、と言う流れが必要です」


 ……知らなかった。みんな試験なんて受けてたのか……。学校卒業と同時にFからEに自動昇格して以来、クラスが微動だにしなかった僕には無縁の話だった。


「ええ……じゃあ試験やります……」

「承知いたしました。それではこちらが内容でございます」


 彼女はさっぱりとした笑顔で一枚の紙を差し出した。なんだかとても居心地の悪い笑顔だった。


 ――

 ―― ――


「スライムの討伐……やだなぁ」


 Eクラス認定試験の内容はそれだった。僕は先日ボコボコにされたばかりの相手に、再び挑まなければいけなくなったのだ。

 この前と違うことと言えば、今の僕は無クラスの『ウル・シロス』であるということと、仮面・マントを着用していること。あと、武器が一新されたことだろう。


「今まで倒したことあるのは危険度Ⅰのモンスターばっかりだし……」


 そもそも、危険度Ⅰなんて魔法を使う必要もないようなモンスターばかりだ。下手をすれば子供でも倒せる。それが倒せたからどうだって話だ。


「……そう言えばあのお姉さん、こんなこと言ってたっけ」


『先程、シロス様と同じように試験を受けに行った方がいらっしゃいましたよ。南の方から転勤になったとかで……』


 一体どんな人だろう。少なくとも、僕の正体を知らない人ということは間違いない。多少は楽に話せそうだ。


「スライムがいるのは……この辺りかな」


 僕がやって来たのは町の外れにある湿地帯だ。スライムは体表を粘膜に覆われているが、湿度が高い場所でないとそれごと乾いて死んでしまう。そんなわけで、この湿地帯はスライムにとって都合の良い場所だった。


「ちょっと探せばいくらでもいると思ったけど……案外いないなぁ」


 今日はスライムの姿が見えない。

 一体どうしたのだろうか。

 すると、


 バチャ


 という音と共に、潰れたスライムの亡骸が僕の足元に降ってきた。


「うわっ! な、なんだ!?」


 スライムから魔素が放出される。それは一筋の光となって飛んでいく。

 僕はダストの光に導かれるように足を進めた。


「おりゃあっ!! どりゃぁっ!!」


 すると聞こえてくるその声。近づいてみると、黒い修道服を着た女性がフレイルでスライムの群れを潰して回っていた。


「まだいましたか! ぶっ殺しますよ!!」


 また一匹潰れた。


「ちょ……ちょっと待って!」


 僕は思わず飛び出していた。このままでは湿地帯中のスライムが絶滅しそうに思えたからだ。


「ん……? あなたは?」

「僕は……じゃなくて、俺はウル・シロス。ここにEクラス認定試験を受けに来た。でもこのままじゃスライムが根絶やしにされると思って……」

「ああ、私と同じでしたか。それは申し訳ないことをしました。ですが……」

「ですが?」

「試験内容には『スライムの討伐』とだけあったのでどれだけ殺せばいいかと思いまして。指定区域の群れを全滅させれば達成になるかと」


 まさか……この女性ひと、数の指定がなかったから全部倒そうとしてたって言うのか?

 あまりにも……馬鹿げてるでしょ。


「いやいや! 基本そういう場合は一体でいいんです!」

「おや、そうでしたか」

「しかもスライム絶滅なんてさせたら生態系が崩れるじゃないですか!」

「モンスターなんて上から下まで全部殺せば解決ですよ」


 女性はフレイルを担ぎながら涼しい顔で言った。

 僕は仮面の下で顔を引きつらせていた。そんな無茶苦茶な理論で主張が圧殺されるとは夢にも思わなかったからだ。


「と、とにかく! 俺も試験なんです! 一体は倒させてもらわないと困ります!」

「どうぞ」

「じゃあお言葉に甘えて……」


 ……じゃないだろ! なんでスライムが彼女の所有物みたいな言い方してるんだ僕は!


 僕は逃げ出すスライムの一匹背に向けて銃を構え、片眼を閉じて照準を合わせる。

 そして一呼吸おいてから引き金を引いた。


「うわっ――!」


 再び反動に飛ばされる。銃口から出た塊は、今度は空中で黄色い魔法陣を展開してスライムに突き刺さった。

 その瞬間、


 バチンッ!! という音。目の前にはもうスライムはいなかった。

 代わりに、さっきまでスライムだったゼリー状の物体が、あちこちで焼け焦げていた。


「……結局全部殺してるじゃないですか」

「いや……そんなつもりは……」


 炸裂した雷光が伝播し、通電しやすいスライムたちを全てダストに変えていたのだった。

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